私にとって大事なのは

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私にとって大事なのは




半年前にもらった指輪をなくした。それは浮気性でどうしようもないあの彼氏がくれた最初で最後のプレゼントだった。


彼とは中学3年生の時に同じクラスになってその存在を知った。彼はいわゆる不良だった。でも髪も染めていないし先生や生徒への態度も悪くなく、優等生風の不良だった。しかし無口な彼は怒ると怖く、手が付けられない。中3の時も何度か教室で暴れていた。私はその光景を自分とは違う世界で起こっているものとして捉え関与しなかった。
彼はとてもカッコいい人だ。だからとてもモテる。しかし浮ついた話は全くなく、いつも女の子たちが彼の彼女の座を巡って争っていた。私はその争いにも全く関与しなかった。その方が学校生活を楽しく過ごせるからだ。
実を言うと、私も彼女たちのように彼のことが好きだった。中3になって少し勉強について行けなくなって図書館で勉強していた時に、なぜか彼が現れた。彼は「分からないのか?」と私のノートと教科書を指さした。私が頷くと「なら教えてやるよ」そう言って隣に座り1つ1つ丁寧に教えてくれた。その日から彼のことを考えるとドキドキした。彼の姿を見ると何だか嬉しくなって1日を楽しく過ごせた。これが恋だと気づいたのは中3の秋だった。

その頃には、進路をどうするのかという話でクラスは盛り上がっていた。彼は頭がいいから進学校に行くのだろうか。私は彼のように頭がよくないし、母子家庭だからお金のかかる高校には行けない。私の父は3年前に亡くなって今は母とまだ9歳の弟と暮らしている。私は自分にお金をかけてもらうよりも弟のほうにぜひお金をかけてほしかった。弟は私と違って賢いしスポーツもできるし顔だっていい。きっと高校生くらいになると母の自慢の息子になるだろう。母も弟も大好きだから私は自分のことは二の次でいいと思っていた。
それに私の学力ではあまりいい高校には行けない。地元で私の学力にあった高校と言えば不良校として有名な堆海ついかい高校くらいだった。母も弟も最初は反対した。あそこは喧嘩なんて日常茶飯事で巻き込まれるかもしれない、と。特に母の反対は強かった。理由を尋ねても教えてはくれなかったけれど。「私なら大丈夫、中学校の時のように上手くやるから。それに由実ちゃんも同じ高校に行くから」そう言うと2人はしぶしぶ納得してくれた。由実ちゃんとは私の幼馴染で私とは正反対の女の子だ。ギャルメイクをしているし喧嘩だって強い。けれど意外と情に厚く、涙もろい。私にとって幼馴染であり大切な親友だ。父が亡くなったとき、ずっと傍にいて一緒に泣いてくれた。時には喧嘩もするけどたいてい2日で仲直りしいつものように2人で学校に行ってたわいもないことで大笑いした。私が堆海に行くと話すと、「あんただけにそんなとこ行かせられるはずないでしょ。もちろんあたしも行くわよ」そう言って簡単に進路を変えた。由実ちゃんの両親は「由実の決めたことならいいよ」そう言って快諾した。


あと数日で進路先の紙を先生に提出しないといけない。そんな時、私は彼に偶然会った。彼の口元は腫れていて目の下には傷ができていた。そこからは血が流れていた。彼はそんなことを気にせずに私が持っている紙について尋ねてきた。
稲羽いなばはどこに行くの」「あ、えっと堆海高校にしたよ」「・・・そうなんだ」
彼はそれだけ聞くと教室から出て行った。私はそれを追いかけた。今となっては人見知りの私がとくそんなことをしたと思う。恋の力は偉大だなと思う。彼は追いかけてきた私を凝視しつつ「どうかしたか」と首を傾げた。私が絆創膏を目の前に差し出すと「もらっていいの?」そう聞かれた。頷くと「ありがとう」そう言って受け取ってくれた。
「パンダ好きなの?」「え?」「だってこれ」「っ!ご、ごめん!ふ、普通のに変えるね!」
私が手渡しのはよく怪我をする弟に貼っているパンダの模様の絆創膏だった。私はわたわたしながら制服のポケットに手を突っ込んだ。そんな私を見て彼はほほ笑んだ。その顔がとても綺麗で私は見惚れてしまった。彼は「これでいいよ。ありがとう」そう言い、踵を返した。私は今度は追いかけずそれを見送った。






それから彼と話すことはなく、いつもの日々が過ぎて行った。私と由実ちゃんは無事に高校に合格していた。合格発表から少しすると卒業式の時期になる。そんな時私はあと1週間で卒業するという寒い日に彼に呼び出された。
本当に彼が来るのか半信半疑だったが彼は現れた。そして私がいることを確認してまた前のようにほほ笑んだ。そして「好きなんだ」と告げた。私は「・・・え?」と思わず聞き返してしまった。彼は苦笑交じりで「稲羽のことずっと前から好きだった。良かったら付き合ってくれないか」そう言った。私は突然のことに大きく目を見開いた。そしてその言葉の意味を理解すると途端に顔が赤くなった。
「な・・・何かの罰ゲームとか」「そんなんじゃない」「いや、でも」「稲羽は俺のこと嫌い?」「そ、そんなこと」「じゃあ付き合おう?」「あ、・・・うん」
私が頷くと彼は今まで見たことのない笑顔で私を見つめた。「嬉しい。本当に嬉しい」彼はそう言って私を抱きしめた。私もまさか彼が私を好いているとは思っていなくて嬉しかった。

告白された夜、私は由実ちゃんに彼と付き合うことを報告した。前々から私が彼を好きだと知っていた由実ちゃんは自分のことのように喜んでくれた。私はこれからの日々が楽しみでしょうがなかった。



中学を卒業して少し経った頃、彼が思わぬ告白をした。
「俺も稲羽と同じ高校に行くんだ」「・・・え!?」「そんなに驚くことか?」「だって紫藤君、進学校に行くんだとばかり」「はは、行かない行かない。高校楽しみだな」「うん」
確かにあの頃、私は浮かれていた。大好きな彼と一緒にいられるそれが嬉しくて楽しみだった。









高校は噂通りのところだった。喧嘩はどこでも行われているし、ガラの悪いお兄さんたちがタバコを吸っていたりお酒を飲んでいるのは当たり前だった。私は彼とはクラスが違ったが由実ちゃんとは同じクラスだった。それなりに私は高校生活を楽しんでいた。そして彼はというと、喧嘩が強かった彼は学校を取り締まる幹部になった。由実ちゃん曰く、この学校は喧嘩が強い人は幹部になり好き放題出来るのだそうだ。確かに他の幹部の人たちは毎日のように喧嘩に明け暮れ、女遊びも激しかった。私は不安になった。彼もそうなるのではないかと。彼にそう言うと笑いながら「俺は稲羽一筋だから安心して。喧嘩だってほどほどにしてるから」頭を撫でられた。
私は彼を信じていた。彼と私の関係は今まで通り良好だと信じて疑わなかった。

私と彼の間の関係にひびが入り始めたのは高1の夏休み明けだった。彼の真っ黒だった髪は金髪に変わっていた。そして1つだけつけていたピアスが増えていた。私は彼の変容ぶりに驚いた。けれど彼の態度はいつもと何も変わらなかった。だから私は今まで通り彼に接した。
だけど文化祭が近くなったある日、珍しく1人で帰っていた私は見てしまった。彼が美人の女の人と腕を組みながら楽しそうに帰っているところを。私は目の前の光景が信じられなくて見間違いだと思うことにした。けれどその光景はついに学校でも見られるようになった。一緒にいる女の人は違うけれど彼も他の幹部の人たちと同じように女遊びをするようになったのだ。由実ちゃんはあんな男とは別れろと何度も言った。私はそれになかなか頷くことができなかった。もしかしたら彼は何か事情があるのかもしれないと。
私は彼と話をしようと彼の教室に行った。そこで見たのは彼が知らない女子生徒とキスをしているところだった。それも軽いものではなくかなり深いものだった。2人の息遣いが聞こえて私は初めて彼に嫌悪感を抱いた。
それから何度か彼が違う女の人とキスをしているところを見かけた。しまいには仲良くホテルに入っていくところまで見てしまった。その時は由実ちゃんも隣にいて「あのくそ野郎!殺してやる!」と物騒なことを言っていた。私は、あぁもうダメなんだと思い彼と別れる決心をした。


思えばここ数か月彼とデートもしなければまともな会話もしていない。彼は夏休み明けからどうもよそよそしくなり私を避けているようだった。彼の心にもう私はいないんだなと分かった。そんなに別れたかったなら言ってくれたらよかったのに、そう思った。彼と見知らぬ人とのキスシーンを見てから私は前のように彼のことを想えなくなっていた。彼のことは好きだ。だけど私じゃない別の人とキスやそれ以上をしている彼のことは大っ嫌いだ。こんな思いをするくらいなら由実ちゃんの言うとおり別れてしまったほうがましだ。






それから年が変わって、バレンタインも近づいてきたある日私は彼を呼び出した。あの頃とは見た目が随分変わった彼が私の目の前にはいた。いつの間にかごつい指輪もするようになっていたみたいだ。目つきも中学生のころに比べると鋭くなり、身長も伸びていた。ここ数か月、いや半年近く彼をまじまじと見たことがなかったからその変化に多少驚いた。
「用って何」
相変わらずぶっきらぼうに彼は問う。私は自分に出来る精一杯の笑顔で言った。
「別れよう」
すると喜ぶと思っていた彼の反応は私が予想していたものと違うものだった。うろたえ、懇願するように「もう浮気なんてしないから許してくれ」と言ってきた。浮気だという自覚があったのならどうして止めなかったのだろうと思ったけれども私はそれに「無理」とだけ返しその場を去った。

これで彼との縁は切れてこの想いと思い出を過去に出来ると思っていた。しかし次の日から彼は私のところに通い詰めた。「許してくれ」「俺が悪かった」「もうしないから」何度も何度も繰り返し同じことを私に言った。それに根負けした私はまた彼と付き合うことになった。由実ちゃんからは「あんたは正真正銘の馬鹿だ!あんなくそ野郎とまた付き合うなんて!」と怒鳴られた。私もそう思う。それにきっと彼はまた浮気をする。
私と彼がよりを戻して数週間、彼は私に初めてのプレゼントをした。それが指輪だった。彼がしているごつい物ではなく何ともシンプルなものだった。彼の指にもそれが付けてあり「ペアなんだ」そう言って彼はほほ笑んだ。その笑みは昔と何も変わっていなくて私は悲しくなった。彼がそんな風に笑わなければすぐにでもこの指輪を返せるのにそう思った。私は彼の笑みに惹かれた。だから彼がどんなひどい行いをしようと私は許してしまった。昔の彼のようで、懐かしくそして嬉しかったから。






指輪は私の右の薬指にはめられていた。由実ちゃんはそれを見て「そんなんで騙されたら駄目だからね!」そう言って何故だか泣きそうな顔で私を抱きしめた。分かってるよ、知ってるよ、彼が浮気をやめていないことなんて。よりを戻しても彼の浮気癖は治らなかった。たった1週間で私は早くも浮気現場を発見した。きっと私とよりを戻す前もやっていたのだろう。
結局私は自分がどうして彼の彼女でいるのか分からなかった。今の彼と昔の彼を比べているのは自分でもわかっている。彼が昔のように私に一途じゃないのは誰にだってわかる。はっきり言われたわけじゃないけれど、ひそひそ言われているのは知っている。噂によると私は、別れたがっている彼に泣きついてよりを戻したと言われている。噂とは怖いものだと思う。いつ私が泣きついた?彼が別れたがっている?私にあんなにしつこいまとわりついて別れないでくれと言った彼が?バカバカしい、私はそういう類の噂を徹底的に無視した。


彼とよりを戻して関係はあまり変わらなかった。そんな時だった。母が倒れたのは。先に病院についていた弟は泣きじゃくりながら「お母さんが、お母さんが死んじゃうよ」と私に抱き付いた。私が病室に行くと母はいろんなチューブで繋がれていた。お医者さんに母は末期の癌でもう手術ができないくらい進行していてあともって半年だと告げられた。
半年?お母さんがあと生きていられるのは。昨日まで笑顔でいたお母さんがいなくなる?お父さんと同じように私たちを置いていくの?
信じられるはずがなかった。母が弟と私を残して死ぬなんて、考えたくもなかった。
けれど母の容態は一向に良くならなかった。けれど母はいつも笑っていた。「大丈夫よ。すぐによくなるからね」そう言って私たちの頭をなでる。母に気の利いたことも言えない私はただただ泣くばかりだった。



母の看病と弟の世話で私はあまり高校に行けていなかった。由実ちゃんやその家族は私たちを心配してくれて本当によくしてくれた。久しぶりに学校に行くと、また違う女の人と腕を組んでいる彼を見つけた。彼は私を見つけると何事もなかったのように話しかけてくる。「久しぶりだな」「何かあったのか」「俺でよかったら相談に乗るから」一方的にそう言うと彼はまた彼女のもとへ帰って行った。彼から少し離れたところに幹部の人たち数名がいて、私を嘲笑っているようだった。いつもならその人たちを見つめるところだが、そんな元気すらなかった。彼らの横を何事もなかったかのように通り過ぎた。そんな私の腕を幹部の1人が掴んだ。
「君さ、そろそろ限界なんじゃないの?」「・・・」「俺たちさ賭けをしてるんだ」「・・・」「よりを戻した君たちがいつまでもつのかって」
目の下にほくろがあるいかにも女好きな先輩はにやにやしながら言ってきた。この人はいつも私を馬鹿にしたような物言いをするから初対面から好きではなかった。
「僕たちは先輩たちが半年で別れるに賭けてるんです。他の奴らはさ、2ヶ月とか3カ月とか言ってぼろ負け。あとは僕たちだけなんです」「そうなんですか」「僕らが負ければあいつの完勝。大金はあいつのものになるわけ。それって悔しくない?あいつはもう先輩のこと好きじゃないのにさ」「おい言いすぎだろ」「え~本当のことでしょ」
童顔の後輩はほほ笑みながらなかなか衝撃的なことを教えてくれた。女好きの先輩は童顔の後輩を止めようとしているけど顔がめちゃくちゃ笑ってる。性格悪いなこの人たち、そう思うだけで特に彼や先輩たちに対する憤りはなかった。好きじゃないと、と言われても実際のところそうなんだろうなと思っていたからあまりショックではない。賭けのことは多少ショックだったがいつかはそういう対象になるのだろうとは思っていた。
「ねえねえ、先輩。この際だからフリましょう。あいつのことなんて」「そうそう。どうせなら俺たちも協力するよ~?」「・・・結構です」
私は彼らの言葉に耳を傾けずにその場を去った。






彼とよりを戻して5カ月たったころ、母の容態が急変した。まるで崖から転がり落ちるように病状が悪化した。いつ病室に行っても母は眠っていた。もしかしたらこのまま目を覚まさないのかもしれない、そんな恐怖を私を襲った。それは弟も同じだったようで、私たちはここ最近ずっと一緒に寝ていた。2人でいると安心できた。そして弟だけは何があっても守らないといけないと決めた。
「姉ちゃん」「うん?」「姉ちゃんはずっと俺と一緒だよね」「勿論じゃない」「いなくなったりしない?」「しないよ」「絶対に?」「絶対に。何があっても克樹よしきを一人に何てしない」「うん。俺も姉ちゃんを一人に何てしないから」「・・・ありがとうね」
私の支えは弟である克樹だけだ。彼の存在はどんどん私から消えて行った。





「ねえねえ先輩~、まだあいつと別れないの?」「・・・」「早く別れてくださいよ~。お金払わないといけないじゃないですか」
この童顔後輩は最近よくまとわりついてくる。もっぱら「いつ別れます?」「なんならいい別れ方教えますよ」とどうでもいいことばっかり言ってくる。時にはこれに女好き先輩まで参戦してくる。
「そんなに別れてほしいですか」
私がため息交じりにそう聞くと後輩君は嬉しそうに頷いた。
「別れる気になりました!?」「・・・うん、って言ったら?」「嬉しいです」「そう」
後輩君は本当に嬉しそうに私を見つめてくる。そのキラキラした目に私はうろたえる。そんなに嬉しいのか、私と彼が別れることが。


童顔後輩と別れた後、どこからか先輩が現れた。
「君別れる気になったの?」「・・・童顔後輩から聞いたんですか」「童顔後輩・・・ってこがらしのこと?」「彼、凩って名前だったんですか」「・・・凩風杜こがらしふうとって名前だよ。本当に知らなかった?」「はい」「じゃあずっと童顔後輩って呼んでたの?」「さすがに本人には言いませんけど」
そう伝えると女好き先輩は爆笑し始めた。
「ってことはさ、俺の名前も知らないわけ?」「はい」「今までなんて呼んでたの?怒らないからさ教えてよ」「・・・女好き先輩」
ぶっははははは!とさっきよりも大きな声で女好き先輩は笑い出した。しばらくして落ち着いた先輩は「大林林道だよ」そう言った。
「はぁ」「・・・はぁ、じゃなくて呼んでよ。林道先輩って。もちろんハート付きで」
女好き先輩はちょんまげした前髪を揺らしながら私にぐいっと近づいてきた。私はそれをよけながら「いやいや呼びませんから」そう言った。すると先輩は「稲羽ちゃんって今までの女の子とやっぱちちょっと違うよね?なんなら紫藤と別れた後は俺と付き合わない?」と言ってくる。
「・・・浮気性の彼氏は募集してないので」「え~俺ってば彼女になった子には優しくするし一途だよ?」「・・・浮気する男って皆同じようなこというんですね」「紫藤と一緒にしないでよね」
「俺がなんだって」
先輩と話していると、最近聞いていなかった声が後ろから聞こえた。振り返ると何人もの女の人を連れている彼の姿があった。私はその光景に思わずため息をついた。すると彼は明らかに不機嫌になった。周りの女の人たちは彼のその雰囲気に少し怯えているようだが私にはどうってことない。

「紫藤には関係ないよ」「大林さん・・・、そいつに触らないでもらえますか」「あれ~?紫藤にそんなこという資格あるの?」「俺はそいつの彼氏ですから」「ふ~ん、彼氏ね。じゃあそこにいる女の子たち何?」
先輩は彼にきつく当たっている気がする。前までそんなことなかったはずなのに。
「こいつらは別に何でも」「・・・あっそ。じゃあ稲羽ちゃん行こうか」「あ、ちょっ!」
先輩は困惑する私の腕を引っ張ってその場から立ち去った。


「あ、あの、先輩?」「・・・」「どうしたんですか急に」「・・・」「せんぱーい。林道せんぱーい」
先輩の足は止まらない。
「・・・女好き先輩~。おん「何でさ!」「うわっ!なんですか」
先輩は急に立ち止まると、私のほうを向き、肩をガッと掴む。
「何であんな男がいいの!?」「はい?」「あいつ君が知ってる昔の紫藤じゃないんだよ?それなのにどうしてさっさと別れないわけ?」「・・・理由なんて別にないですけど」「なら早く別れなよ」「・・・ずっと聞きたかったんですけど。先輩や後輩君はそんなにお金は欲しいんですか?」「・・・・・・・・は?」「だって私が彼が半年以内に別れたら賭けたお金は全額先輩たちにくるんですよね。だから」「そ、そうだよ!他に理由なんてないでしょ」「・・・そうですか。そうですよね。他に理由なんてないですよね。・・・あ、私用事があるので失礼しますね」「あ、稲羽ちゃん!」
私はお金以外の理由なんてないよと言われて胸がぎゅーっと苦しくなった。今までこらえていた何かがあふれてきそうで気持ち悪かった。










「柚子、何かあったの?」「うん?どうして?」「最近暗いわよ」「そんなことないよ」「そう?お母さんがこんなだから柚子には迷惑かけてばっかりで」「そんなことないよ。お母さんといっぱい話せて私嬉しいよ」「柚子・・・」
母の体はもう限界に達していた。こうやって話せるのも1日に1時間程度であとはベットで横になって寝ている。ご飯もチューブでとるようになった。
「ねぇ柚子、お母さんもうそろそろ柚子たちとお別れするじゃない?」「・・・」「2人だと辛いこといっぱいあると思うの。でもね、笑って過ごしてね。笑っていれば幸せはおのずとやってくるからね」「う、ん」「柚子たちは今までいっぱい辛い思いしてきたでしょ?」「そんなこと」「これからはその分嬉しいこと楽しいことが起こるから」「お母さんっ」

お医者さんから母は夏を越すことはできないと言われた。母は毎日笑っていた。そして私と克樹に「愛しているよ」と伝え続けた。
そして夏休みが始める前に母は逝った。
「柚子、克樹少しの間だけお別れね。早くにこっちに来ちゃだめだからね。お母さんはお父さんと柚子たちをゆっくりあっちで待ってるからね。・・・忘れないでね、笑顔でいれば幸せになれるからね」
そう言い残し、母は笑いながら逝った。
母の人生は幸せとはいいがたいものだったのではないかと思うこともあった。高校を卒業してすぐに母は父と結婚し、私を生んだ。それからしばらくして克樹が生まれた。あの頃が一番みんなが笑っていて幸せだったのかもしれない。あれから母は昼はパートに行き私たちの生活を支えてくれた。一緒に過ごした時間は少なかった。でも母を恨んだことなんてなかった。大好きな母だった。あの笑顔が大好きだった。




母が亡くなってすぐに夏休みに入った。克樹にとっても私にとってもそれはよかった。克樹は私の前では泣かなかった。私も克樹の前では泣かなかった。お互い涙は見せずに笑って過ごした。由実ちゃんはそんな私たちを心配してくれた。泣きたいときは傍にいるからね、そう言ってくれた。克樹にはこんな風にしてくれる友達がいるのだろうか。

そんな頃、私と彼はよりを戻してちょうど半年を迎えた。はっきり言って彼のこともあの先輩後輩のことも忘れていた。そんな時に、指輪が無くなったていることに気づいた。それに気づいたとき何の感情も抱かなかった。ということはやっぱりもう彼のことはどうでもいいのだ、そう思った。


そしてそんなことを思っていた時に、母の遺品から私の知らなかった真実が知らされた。











補習があるということで私は久しぶりに学校に行った。夏休みということもあってか、補習に来ているのは数えるばかりだった。補習の最終日、私は童顔後輩と出会った。後輩君は私を見て顔を歪めると何も言わずに私の腕をとった。
後輩君も私も無言のまま、ある教室へ連れて行かれた。ガラガラっと後輩君は扉を開けた。教室からは嫌なにおいがした。後輩君がよけたので中を見るとそこにはまさにセックスを楽しんでいる彼の姿があった。彼はこちらの様子に気づいたのか顔を上げた。そして私の顔を見ると、固まった。私は、はぁ~とため息をつきその場を後にした。

「ちょ、ちょっと先輩!」「・・・」
後輩君は後ろについてくる。
「何で何も言わないんですか!」「・・・」「もう半年過ぎたし・・・もしかして先輩本当はあいつのことまだ好きなんじゃ」「うるさいな!!」「・・・っ!せ、先輩?」
童顔後輩の顔が少し怯えたように見えた。しかし私のような女に幹部である後輩が恐れをなすはずがない。
「あんたは賭けのお金がパアになったんだからもう私にまとわりつく必要なんてないでしょ!」「先輩っ!」「触るな!!」
後輩が私に触れようとしてきた。私は思わずそれをよけた。後輩の顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かる。
「何してるの~?」「大林さん!」「凩ったら稲羽ちゃんのこといじめてるの?」「なっ!違いますよ」「そうだ、稲羽ちゃんさまだ別れ「もう黙れよ!!」「稲羽ちゃん・・・?」「そ、そんなにお金が欲しかったんですか?ならあげますよ!!!」
私は持っていたカバンから財布を取り出し、入っていた1000円札4枚を2人に投げつけた。


「私だってその賭けの話聞かなかったらとっくの昔に別れてますよ!!あんな浮気性な奴、今も好きなわけないでしょ!」「っ稲羽ちゃん」


私は母の遺品を思い出した。そして目の前にいる2人を見た。

「私、正直言って不良嫌いなんですよ」「え・・・」「私の父、不良の抗争に巻き込まれて死んだんです」「「っ!!」」


父は事故死だと母に聞いていた。けどそれは間違いだったのだと分かった。母はずっとその事実を隠していた。きっと私たちのことを思ってだと思う。

「母と父の結婚記念日に父はケーキを持って帰ろうとして不良に囲まれ亡くなりました」「それって、もしかして」「稲羽ちゃんのお父さんって・・・、あの時に唯一亡くなった、・・・あの時の犠牲者なの?」

私はそれに頷いた。先輩たちの目は大きく見開かれた。
「彼と付き合ったのはその当時彼のことが好きだったからで、今は私の大っ嫌いな不良になって・・・。しかも父を殺したこの学校の幹部になってるんですよ?」「っ!!・・・いつそのこと知ったの」「ついこの前です。母の日記に、あの人を殺したのは堆海高校の幹部って書いてあったんです」

母の遺品を整理しているとき、ちょうど見つかったのだ。流石の私もそれには驚いた。そして母があんなにも私が堆海に入るのを拒否していた理由が分かった。母はどんな思いで私をあそこに送り出したのだろうか。それを考えると胸が痛んだ。

「あなたたちに非があるわけじゃない。でも・・・」「先輩・・・」「・・・彼と別れる決心はその事実を知ってつきました。・・・今まであなたたちの賭けの対象にされたことが気に食わなくて結局半年付き合いましたけどもう良いころあいですよね」




「別れたりしないからな」
また後ろから声がした。後ろを振り向くとさっきの女の人はいないものの他の幹部たちを引き連れて立っていた。もうセックスは終わった後なのだろうか。首元にはキスマークらしきものが点々とついている。彼を目の前にして私はやっぱり嫌悪感しか抱かなかった。
「俺はお前が好きなんだ。だから別れたり」「じゃあ何で浮気なんてするの?」「それは・・・」
言いよどむ彼に私はため息をつきたくなった。
「好きだ好きだ言って、結局それほどじゃないんでしょ?だから浮気もした」「お前だって俺のこと好きじゃないんだろ!」「当たり前でしょ。あなたが初めて別の女の人とキスしてるところを見てから急激に冷めていったわよ」「なっ!」「でもあの頃はまだあなたのこと好きだったし、何か事情があるんだとばかり思っていた・・・。でも違うでしょ?私は一応の女除けで何かあったときの避難場所、その程度でしょ?」「っ!」「反論しないってことはそういうことでしょ」「違う!俺は本当に」
「私のことが好きだって言うの?」
私は今まで出したことのないような低い声を出した。自分でもこんな声が出せるんだとびっくりした。彼をはじめ、他の幹部たちも驚いて私の方を見てる。
「そんな安っぽい言葉で私を縛り付けれると思う?よりを戻したのをあなたを好きになったからだとか、そんなこと考えてるんだったらとんだ勘違い。・・・幹部さんたち皆が私と彼がよりを戻すのか賭けをしていたの知ってますよ?」「知ってたの・・・?稲羽ちゃん」「あれだけ大々的に噂されてたら嫌でも耳に入りますよ。だから私はそれに乗ったんです。ねえ紫藤君いいお金儲けになったでしょ?そのお金であの指輪買ったとか言わないよね?そんなこと言ったら本当に気持ち悪いんだけど」「いな、ば」
彼の唇がわなわな震えているのが分かる。何をそんなに驚くことがあるのか。

「私だって聖人君子じゃない。今まで言わなかっただけで言いたいことはいっぱいある」「稲羽が俺を嫌いなのは分かった!分かったけど、別れるのは」「嫌いなのに付き合うのっておかしいでしょ?半年付き合って賭けのお金は全部あなたに行った。もう十分稼いだでしょ?」「稲羽、話を聞いてくれよ」「・・・その髪嫌いなの」「え」「中3のころのあなたが好きだったの」「っ」「あのころままいわれたら良かったのにね」
私はそう言うと呆然としている彼を見、そして彼と同じように身動きしない幹部さんたちを一瞥して踵を返した。









これでやっと楽になれる。克樹のことだけを考えて暮らしていける。夏休み間、私たちはいろんなところに行った。海や遊園地、水族館。だけどどんなに笑って過ごしていても寂しさは紛らわせなかった。
そうこうしているうちに学校が始まった。私は毎日克樹を迎えに小学校まで行った。そして克樹と手を繋いで一緒に帰った。克樹の笑顔を見ていると、頑張ろうと思えた。



けれど幸せな時間はそう長く続かなかった。その日ちょうど先生に頼まれごとをされて学校を出るのが遅くなった。もう6時になりかけていて私は急いで小学校に向かった。しかし校門にもグランドにも学校内にも克樹はいなかった。
私は嫌な予感がして、公園や商店街を走り回った。だけど克樹は見つからなかった。家に帰っているのかもしれない、そう思って体の方向を変えたとき声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れなかったがあれは克樹の声だった。
声の方をたどっていくと、建物に囲まれた空き地に出た。そこに克樹はいた。そして周りには彼らがいた。別れた彼と、先輩後輩を含む幹部たちが。どうしてこんなところに、そう思っていると克樹の叫び声が聞こえた。
「俺はお前らを許さない!!」「ガキが何言ってんだ」
どう見てもイライラしてる彼は克樹を蹴った。躊躇いもなく。私は思わず足がすくんだ。こんな簡単に人に暴力を与える彼を初めて見た。
幹部たちは止めようともしない。それどころか「今こいつ機嫌悪いんだよね~。運悪かったね」苦笑しながらそう言った。それを周りの幹部たちは笑っている。先輩後輩はわれ関せずと言った感じで克樹を見ている。
父も今の克樹と同じような状況で死んだのだろうか。どうして同じことを繰り返すのだろう。

「げほっ!!・・・お前、彼女がいるくせに浮気なんてすんじゃねぇよ!!!」「うっせえんだよ!!!」
克樹はまた蹴られた。私は今度は駆け出した。克樹のもとに。

克樹が口を開く前にまた彼は克樹を蹴ろうとした。


「克樹!!!!」
私の声に幹部たちはこちらを見た。彼はそれに気づくことなく足を振り下ろす。
ボコっ!と背中を蹴られる音がした。実際にそんな音がしたのかは分からないが、私にはそう聞こえた。

「稲羽ちゃん!?」「先輩!!」
「・・・いな、ば。どう、して」
彼らの声が聞こえるが、そんなことよりも克樹のほうが心配だ。

「克樹、大丈夫?」「・・・姉ちゃん」

「姉ちゃん・・・って、その子稲羽ちゃんの弟、なの」「そんな」

「俺そんなに弱くないって。・・・はは」「この馬鹿っ!何でこんなこと・・・。1歩間違えたら死んじゃってたんだよ?お父さんみたいに」「うん、ごめん。でもさ、許せないでしょ。姉ちゃんいっぱい傷つけて、一番必要な時にいないこいつのこと」
克樹は私にしがみつきながらも彼を睨んだ。彼は驚いていて、声を発せないらしい。
「俺知ってるよ。姉ちゃんがこいつと付き合ってたのも、こいつがどんなこと姉ちゃんにしてきたのかも。それに父さんを殺したのもこの高校の生徒だったってことも」「克樹」「でも姉ちゃんが幸せならそれでよかったんだ。でも、母さんのことで辛い思いをした姉ちゃんの支えになんないといけないのにこいつはそれに気づかず、浮気ばっかり!!他の奴らだってそうだろ!!!姉ちゃんだしにして賭けなんてしてさ」「知ってたの克樹」「俺の友達の兄ちゃんが噂してたの聞いたんだ。・・・ごめんね姉ちゃん。俺、自分のことばっかりで姉ちゃんのことなんも考えてあげられなかった」
克樹はそう言って泣いた。ごめんね、ごめんね、そう言いながら私を抱きしめた。
「克樹が謝ることなんて何もないじゃない。克樹はまだ小さいし、自分のことで頭がいっぱいになっても誰も責めないよ。・・・ありがとうね」「うん?」「私のために体張ってくれたんでしょ?でももうこんなことしないでね。克樹が傷つくのお姉ちゃん見たくないし」「うん」

私は克樹を抱き上げると、彼らの前に行った。
「何も変わってないんですね。父が死んだ時から」「っ」
幹部さんたちの目は私とはあわない。あの先輩後輩たちすらも目をそらす。
「さようなら」
私に責められると思っていた彼らは顔を上げた。誰かが息をのむ声が聞こえた。
「今までどうもお世話になりました」
皮肉を込めて、そして渾身の笑顔でそう言った。彼の顔もだが先輩後輩の顔は見る見るうちに歪んでいった。後輩なんて今にも泣きだしそうだった。



「姉ちゃん」「ん?」「家、帰ろう」「うん。でもその前に病院ね」「・・・は~い」
私と克樹は何事もなかったように彼らの前を去った。彼らの存在はその瞬間私たちから消えた。

「ねえ姉ちゃん」「どうしたの」「俺ね姉ちゃんといっぱい話がしたい」「私もよ」「泣いたり笑ったり」「うん」「絶対姉ちゃんを一人なんてしないから」「うん」「俺が姉ちゃんを守るから!!」「ありがとう、克樹」









今思い返せば彼氏よりも弟のほうが私を支える存在だった。そして私が大事だったのも弟だった。いつかは離れていく彼氏とは違い、弟は決して私から離れてはいかない。
「克樹大好きよ」
そう告げると「俺は愛してるよ」克樹はそう言った。
「いつか俺が姉ちゃんを幸せにするから!」「はは、期待しないで待ってるね」
私たちは笑いながら家路につく。

もう彼氏なんていらない。私には克樹がいるから。克樹がいるなら彼氏なんていなくてもいい。いつか克樹が彼女を連れてきて、新しい家族を作るまで・・・その時まで私は見届けよう。それからのことはまた考えればいい。
今はとりあえず、克樹の幸せを願う。誰よりも大事な弟の。




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