彼の心にわたしはいないシリーズ

ノベルバユーザー225269

運命は時に残酷 (前編)



運命という言葉を信じている人間はいったいどれくらいいるのだろう。少なくとも僕は信じていた、あの時までは。



僕の初恋は九歳の時、公園で見かけた女の子だった。年のころは僕と同じか少し下か。黒い髪は腰のあたりまであって一つ結びにしていた。公園にはたくさんの子供がいるのに彼女の周りには誰もいなかった。彼女を避けるようにして皆遊んでいた。それが不思議でたまらなかった。
僕は彼女を見かけてから毎日のようにその公園に行った。話しかけるチャンスはいくらだってあった。だけど僕にはその勇気がなかった。


けれどチャンスは突然にめぐってきた。彼女が僕の目の前でこけたのだ。僕は彼女に近寄り声をかけた。
「大丈夫?」「え・・・あ、うん。・・・大丈夫」
彼女はひどく驚いたような顔をして僕を見ていた。
「僕の名前は工藤喜三郎。君の名前は?」「・・・加瀬涼子」「涼子ちゃん?いい名前だね」「・・・ありがとう」
涼子ちゃんは頬を染めながらほほ笑んだ。この時の胸の高鳴りは今も忘れられない。




僕と涼子ちゃんはその公園で二人で遊ぶようになった。涼子ちゃんと過ごす日々は楽しかった。家で兄弟たちと過ごす時間も楽しいけれどそれとはまた違った楽しさがあった。
けれどその楽しい時間は急に終わった。公園に涼子ちゃんが来なくなった。最初は病気かと思った。けれど二週間も公園に来ないとなると何か事故に巻き込まれたのだろうかとか考えるようになった。
そんなとき、一人の男の子が僕のところに来て
「加瀬さんなら転校したよ」
そう言った。僕は思わず「何で!?」と彼に詰め寄った。
「か、加瀬さんの父親、ある暴力団の幹部って噂でそれでそれが広まって虐められてたんだ」「っ!そんなこと一言も」「この前先生が加瀬さんはお家の事情で転校しましたって言われて」「そんな・・・」









僕はそれから彼女に会うことなく中学生になり、高校生になり、大学生になり、父親の会社で働くことになった。その間に何人もの女性と付き合った。もちろん深い関係になったことだってある。結婚を考えた女性だっていた。けれど自分の中で、この人じゃないという思いがこみ上げてくる。そうした時、頭に浮かぶのが幼いときに別れた涼子ちゃんだった。初恋を引きずりすぎだろうと思うけれど、どうしてか彼女を忘れたことは無かった。
けれど僕と涼子ちゃんが再会する確率は非常に低かった。涼子ちゃんだって成長しているし、今あったらお互い二十代。きっと分からない、そう思っていた。それに再会したからと言ってどうにかなるなんて思っていなかった。















父さんの会社で一通りの仕事ができるようになった僕は支店の部長に就任した。そんな時に長い間連絡をとっていない人物から電話が来た。
「三郎兄さん、俺結婚することにしたんだ」
家から出て行った弟からの電話だった。
「今度、そっちに行くから。兄さんたちにも紹介しようと思って」「あぁ、楽しみ待っているよ」
弟が結婚か、時が経つのは早いなと感じた。家を出て行ったのは確か十七歳の時だ。今は計算が正しければ二十五歳のはずだ。気づけば俺は二十九歳。周りからは早く結婚しろと言われているが今のとこはする気はない。もう二人の兄さんたち子供はいるし、姉さんも結婚して子供はまだだが望は高いだろう。たくさん父さんの会社を支える人間はいるのだから僕一人が結婚せず子供を残さなくても何の問題にもならないだろう。





京四朗が妻となる人を連れてきたのはあの電話から二週間後のことだった。
「みんな久しぶり」「京四朗・・・!」
母さんは涙ぐみながら京四朗を出迎えた。何せ会うのは九年ぶりなのだ。近況報告はしていてもここに来ることはなかった。それが今回は結婚をするからと律儀にも報告に来たのだ。
憎たらしいほどに真面目で、それでいて人を思いやれる優しい心を持った弟。人に好かれる人間で、京四朗の周りには僕たちの傍にいる人間とは毛並みの違った人間が多くいた。叶いそうもない夢を持っている人間が多く集まっていた。それを僕は馬鹿らしいと思いながらも羨ましいと思いながら見ていた。
僕はあまり親に期待されていない人間だった。上の兄の出来が良すぎたのもある。僕が何をしても兄たちには勝てなかった。僕も家を捨てようと思えばできたのだ。しかししなかった。僕には出て行くほどの夢も自身もなかったから。それに比べて弟は夢を追いかけ家を飛び出した。そして夢を叶えて結婚相手までできた。僕の人生とは全く違った、有意義な人生だ。

そんな弟が連れてきた女性は黒髪がよく似合う美人な人だった。切れ長の目は、気の強い印象を与えるが笑うとえくぼができて、可愛い人だなと印象が変わる。
「彼女は島涼子さん。俺の働いている高校で国語の先生をしてるんだ」「初めまして、島涼子です。京四朗さんとは生徒指導の担当で一緒になりそのご縁で」
名前を聞いて僕は彼女を食い入るように見た。島涼子さん・・・。涼子ちゃんと似ている気がする。いや、涼子ちゃんの目はこんなにも印象的な目だっただろうか。そう思っていると、ふと涼子さんと目があった。
「お久しぶりです」「・・・え」「あぁ、そうだったよね。涼子と三郎兄さんは小さいころ会ってるんだったね」「そうなのか?」「はい」
父さんの目が涼子さんに向けられた。涼子さんは肯定した。僕は驚いて変な声を出しそうになった。
「急に転校することになって、お別れが言えなかったので気にかかっていたんです」
涼子さん、いや涼子ちゃんが僕に向かって申し訳なさそうに眉をひそめた。僕は固まってしまった。二度と会うことはないと思っていた。けれどまた会えた。この時僕は運命と言う言葉を信じたのだ。







京四朗と涼子ちゃんの結婚に反対するする人はいなかった。もともと京四朗はここから出て行った人間なので反対してもあまり意味はないのだけれど。結婚報告から二か月後京四朗と涼子ちゃんは籍を入れた。結婚式はしないのだと言っていた。結婚式のお金は子供のために使うほうがいいとも言っていた。




僕は二人が結婚してからよく会うようになった。そこで驚いたのが涼子ちゃんのキャラだった。大人な女性という印象を受ける彼女は実際はかなり京四朗とののろけを恥ずかしげもなく語る人だった。
「京との出会いは運命を感じたんです」「運命?」
運命という言葉に僕はちょっとドキッとした。
「初めて目があった瞬間にこの人だって思ったんです」「一目ぼれってやつ?」「そうですね。・・・そういえば、京のお兄さんが喜三郎って知ったときも運命を感じました」「京四朗に?」「いいえ、喜三郎さんに」
思わぬ返答に僕はむせた。
「ちょっ!大丈夫ですか?」「う、うん、大丈夫。で、続きをどうぞ」「あ・・あぁはい。小さいときにお別れも言えずにバイバイした相手が恋人のお兄さんって運命じゃないですか?」「う・・・うん。まぁ、どちらかというと僕との運命と言うより京四朗とのって言ったほうがいいかもしれないけどね」「やっぱりそうですか!?」
それから延々とのろけ話を聞かされた。僕が知っている彼女とのギャップが激しくて苦笑しつつその話を聞いていた。












二人が結婚して二年後に春が生まれた。父さんたちも喜んでいた。もちろん僕も。京四朗によく似た子供だった。春に生まれたから、そして京四朗と涼子ちゃんの出会いが春だったことにちなみ「春」と名付けられた。
春が生まれたころ、僕は海外出張が多くなった。そして結局約三年間向こうで過ごすことになった。その間の春の様子は京四朗から送られてくるアルバムで把握していた。

指をしゃぶっている姿。ハイハイしている姿。笑っている姿。泣いている姿。京四朗たちと一緒に写っている姿。
どれも愛おしかった。こんなに可愛い存在がいるのかと胸が震えた。
笑うとえくぼができるのは涼子ちゃんと一緒だった。そして意志の強そうな目も。








日本に帰ってきたころ、ちょうど健太郎兄さんの社長就任が決まった。それのお祝いなどでなかなか京四朗たちに会えない日々が続いていた。
そんな時、四歳になった春に僕はちょうど会った。写真で何度も見たから見間違えるはずがない。春がいたのは、僕が涼子ちゃんと出会ったあの公園だった。春は近くにいる女の子と砂のお城を作っていた。可愛らしい姿をしばしば見つめていた。
「春、可愛いですよね」「っ!」
急に後ろから声をかけられた。
「お久しぶりですね喜三郎さん」「涼子ちゃん」
いたのは長かった髪をショートにした涼子ちゃんだった。
「まさかここで会うとは思ってなかったです」「僕もだよ」「やっぱり運命ってあるんですかね」「・・・あるのかもね」
涼子ちゃんとここで出会い、別れた。そして京四朗の婚約者として再会した。それからまたここで約四年ぶりに出会った。これは運命の何物でもない。
「でも僕たちの場合は赤い糸は繋がってないけどね」
僕の発言に涼子ちゃんは驚いたように僕を見た。そんなに変なことを言っただろうか。
「・・・そうですね。私の赤い糸は京に繋がっていますからね」


















僕はそれからまた海外と日本の行き来をする生活になった。いずれ支店の会社の社長か副社長になるつもりだったから仕事に不満はなかった。日本にいるのは三分の一くらいで、他は色々な国を回っていた。

だから知らなかったのだ。京四朗と涼子ちゃんが亡くなったことを。京四朗と涼子ちゃんが亡くなったのが分かったのが亡くなって三カ月過ぎたときだった。

僕が日本にいればこんななことにならなかったのかもしれないと後悔の念でいっぱいだった。もう二度と会えないのだ。夢を追いかけてそしてその夢を叶えた眩しい存在の弟も、初恋の人だった義妹にも。







その事実に胸が張り裂けそうになった。もっと話をしたかった。まだ家族みんなで食事を囲んだことすらなかったのだ。
もっと、もっと一緒にいたかった。なのに、もういない。どこにもいないのだ。名前を呼んでも、返ってくるはずもない。
どうしてお前たちだった。夢に生きた二人がどうして死なないといけなかった!
まだまだ明るい未来があったはずだ。なのにどうして。春だって小さいのに。これからだって時に、どうして。



どうして、どうして・・・。運命の出会いだったんじゃないのか。運命の赤い糸で繋がっていたんじゃないのか。それなのに・・・。これがお前たちの運命だっていうのか!そんなこと信じられるか。こんな運命誰が信じるか。



あんなに想いあっていた二人が死ぬことが運命だったなんて誰が信じるか。










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