オレンジ色の魂

ノベルバユーザー225269

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 次に目を開けると、そこには姉がいた。姉は私が目を覚ましたのを見ると、にっこりほほ笑んだ。
「どう、したの」「サーシャももう聞いていると思うけど、私達婚約を解消することになったの。それであなたとロジャーが結婚することになったの」「姉様」「ねぇサーシャ。…こんなことあなたに言いたくないの。言っても意味がないって分かっているの…でも、でも」「姉様」「何でサーシャが、サーシャがロジャーと結婚するの?ねぇ、どうしてよ。わ、私の体がもっと強かったら、そうしたら私は、ロジャーとっ!」
 姉はぐっと胸元を苦しそうに抑えた。
「姉様!」「サマンダ様!」
 私の声を聞いたメイドが姉の姿を見てすぐに医者を呼びに行った。
「姉様」「どうして、どうして」
 姉は苦しそうに顔を歪めながらそう繰り返していた。
 私がずっと思っていたこと。どうしてロジャーが手に入らないの。どうして姉とロジャーは結婚するの。どうして私が選ばれなかったの。 その思いは一夜にしてすべて私から姉に移ってしまった。私の苦しみが姉に移ってしまった。
 姉はすぐに自室に戻され、医者の診療を受けた。興奮したことによって心臓が驚いたのだと、母は私に言った。 なんて幼稚な説明だろう、心の中で笑ってしまう私がいた。 そんなことがあって私と姉の関係は少しずつ変わって行った。 そしてあのことがあって一か月後姉は療養の地へと送られることになった。それには母もついて行くことになった。
 これから妻になる私を置いて母は姉について行ってしまった。きっと母も悩んだのだろうけど、これではっきりしてしまった。 結局母が選んだのは姉だった。心臓が生まれつき弱く、そのせいで婚約者を失った可哀想な姉を母は憐みそして愛した。腹を痛めて生んだ子なのだから当たり前なのかもしれない。 そして実の子ではない私は、味方がほとんどいない家に取り残された。父は私に無関心で夫となるロジャーは私に辛くは当たらなかったが避けているのは目に見えて分かった。また姉とロジャーの結婚を喜んでいた人たちも私が婚約者になると声をそろえて糾弾した。「あんな子がどうしてロジャー様と」「サマンダ様が可哀想だわ」「家のためといっても姉の婚約者を奪うなんて」「どこの骨とも知らない女の子のくせに」「グレイス家の名を汚さなければいいのだけれど」そんな言葉を色々なところから浴びせられた。
 
 それを知っているはずなのに、父は姉とロジャーの婚約が解消されてたった一年で私とロジャーを結婚させた。
 ロジャーとの結婚生活は皆の想像通りうまく行くはずもなかった。
「行ってらっしゃいませ、ロジャー様」
 ロジャーが出かけるとき私はそう言うが、ロジャーはそれに少し頷くだけだった。 言葉を交わすことは少なく、体の交わりは全くなかった。それは私が十五歳ということもあるのかもしれないが、それだけじゃないことは私にも分かっていた。
「ねぇローリエ、ロジャー様は今日も姉様のところに行くのかしら」「…分かりません」
 姉の療養地はここからそう遠くない場所にあった。ロジャーの職場から馬で走って行けば二時間くらいで着くところにある。 ロジャーや周りは隠しているのかもしれないが、私にはちゃんと分かっていた。だってロジャーは初夜ですら、うまいこと理由を並べて姉に逢いに行っていたのだから。
「私は責めるべきなのかしら、それとも今までみたいに知らないふりをする?……笑ってその行動を認めるべきなのかしら」「サーシャ様!そんな」「私少しも幸せじゃないわ。…あんなにロジャー様のことを好きなのに全然幸せじゃないの」「……」「私はどうしたらよかったのかな。どうしたらいいのかな」
 ローリエからの答えは返ってこなかった。 その晩、案の定ロジャーは帰ってこなかった。次の日の夜、何気ない顔をして屋敷に帰ってきた。
「帰ったよ」「おかえりなさい。昨日はお仕事忙しかったんですか?」「あぁ、最近色々立て込んでて」
 ロジャーはいつからか平気で嘘をつくようになった。昔は私に隠し事なんてしない人だったのに。それもそうか。今も昔では関係が全く違うのだから。愛する人の妹だった私がいつの間にか妻になって。ロジャーからすればそれがどれだけ苦痛か。一緒になれるはずだった人とは隠れてでないと逢えないことがロジャーをどれだけ苦しめているか。 それでも私はロジャーに話しかける。鬱陶しがられることを分かっていながら。ほんの少しでもいい、私を見てほしかった。
「そうなんですか。そうだ、今度仕事が落ち着いたら騎士の皆さんを屋敷に招待してみたら如何かしら」「そんなことは考えなくていいから」
 そう言うとロジャーはすっと私の隣を通り過ぎる。やはりロジャーの匂いがした。それと同時に姉の匂いもした。 あぁ今日も姉に逢って来たんだ、その事実に胸がきりきりと痛んだ。私がどれだけ尽くそうともロジャーの気持ちは姉から動かない。頑ななまでに。
「…私はどうしたらいいのかしら」 誰からも返事なんてないのにそんな言葉がポツリと零れた。



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