異世界から召喚する方法は「ガチャ」らしいですよ。

ノベルバユーザー225229

第1話 異世界から召喚する方法は「ガチャ」らしいですよ。

 星界歴一九九九年、世界は暗闇に包まれた。 大罪の名を冠する七人の魔王、「大罪王」が突如降臨して八つある大陸の内、一つを残して支配・統治されてしまっていた。 ここは唯一無事だったアルコル。数多の魔法師、戦士が守る王都である。 魔法師とは、魔術師、法術師、召喚士の総称であり、これらの中でも召喚士は魔法師の中でも憧れの職業である。 ここアルコルが大罪王の侵略を受けていないのも、召喚士の働きによるところものが大きい。 召喚士は魔術師や法術師と違い、訓練や練習によってなれるものではなく、才能や資質によって決まる面が大きい。 その為、国民は10歳になるとその適性が試され、召喚士の才能の有無を判別されることになる。 そして召喚士の才能を持つ少年、少女は満11歳になると、国立召喚士育成学園「サモール」に入学する権利を有し、その才能を磨くこととなる。
「それでは本日の卒業試験を始める! 全員召喚カードにポイントをチャージしろ」
 校内に響き渡る凛とした女性の声。 恐らく20代中旬と思われるその女性は、軍服のような教官服を着て片手に指示棒を持ち、頭には帽子をかぶっている。 長い髪と瞳は炎の様に赤く、凹凸のはっきりした体は成熟した女性の魅力を余すことなく引き出している。 その身なりと態度から、目の前にいる学園の生徒たちの教師であることは想像に難しくない。
「チャージは終わったか? 皆も知っての通り、卒業を認められるには異世界から生物を召喚することだ! それを持って一人前の召喚士として認められることになる! それでは詠唱を開始しろ!」
 サモールでは学生が一人前の召喚士になったかどうかを判断する為、卒業試験というものが存在する。 召喚士も一人の人間である以上、戦場に出れば常に命を危険に晒すことになる。 貴重な人材を失うのは国の寿命を縮める事に直結するため、一定以上の能力を認められなければ召喚士の資格は与えられず、戦場に出ることは許されない決まりとなっている。 そして今日その是非を問う卒業試験が行われる日である。
「うぅ、今年こそ卒業したいなぁ」
 卒業試験を前に一人の少女が自信なさげな表情を浮かべている。
「良し合格! では次、シャンテ! シャンテ=ゼーベック」
「は、はい!」
 シャンテと呼ばれたその少女は緊張気味に返事をし、教官の前に進み出る。かなり緊張しているのは誰の目から見ても分かるのだが、踏み出す方の足と手が同じなところは意識したほうが良いかも知れない。
「今回で四回目の試験だが、大丈夫そうか? 召喚ポイントは購入出来てるのか? 無理をしなくても来年にして良いんだぞ」
「大丈夫ですエリーヌ先生! この日のために必死に働いて貯金してきましたから! それに今年を逃したら私、この学園で最年長者になっちゃいますし……」
 エリーヌと呼ばれた女教官が言ったように、召喚士として認められるには異世界より生物を召喚することである。 しかしその召喚には「召喚ポイント」と呼ばれるものが必要であり、これを手に入れる方法は一つしかない。
「まぁ確かに通常なら14歳ぐらいで卒業していくところ、お前は今年で16歳になるわけだが……しかしお前の場合、事情が事情ではないか。私もお前の家の事情は多少知っている。召喚ポイントを購入するのは、家計にはかなり痛いのではないか?」
 召喚ポイントの入手方法、それはすなわち現金で購入することである。 召喚士達は、自分たちの所属する魔法師ギルドにある販売機で召喚ポイントを購入し、そのポイントを使用して召喚魔法を行うのである。 召喚には通常召喚と高等召喚があり、当然の事として高等召喚の方が高価な召喚ポイントを必要とする。 召喚されるものには、基本能力を示す「優先度レアリティ」と呼ばれるものがあり、これも高等召喚の方が一般的には高くなる。 その為、必然的に多くの資金を持っている召喚士が有利となるわけだが、召喚可能なものはその召喚士の才能に大きく影響する。
「それはそうなんですけど、通常召喚分のポイントは購入してるから大丈夫です」
「しかし、通常召喚だと生物を召喚出来るかどうかは運が絡んでくると思うが」
 エリーヌが言ったように通常召喚の場合、召喚した者の運による要素が強いようで、何が召喚されるかはやってみないとわからず、必ずしも生物が召喚されるわけではなく、武器や防具、時には建物なども召喚する場合もある。 これが高等召喚の場合、召喚する者の才能や潜在能力を反映することが多いようで、普通なら卒業試験は高等召喚にする学生が多いのである。
「確かに運も絡んでくると思います。でも、8年前に召喚士としての才能があると判断された時、私は召喚士になるって決めました。そして、召喚するのに必要な召喚ポイントは、通常召喚でも召喚する人の能力を少なからず反映すると、そう信じてます」
「ふむ、それなら止めはしない。しかし、今回失敗したらまた2年後とかになってしまうのではないか? それならもう1年貯金して高等召喚にした方が良いと私は思うのだが……」
 エリーヌのいう事も一理ある。 シャンテの焦る気持ちも分からなくはないが、本当に卒業をしたいのであれば、もう少し我慢をして卒業できる確率を高くした方が効率的である。
「いえ、良いんです。それよりも早く召喚士となって家族を安心させたいんです」
「そうか……それでは始めろ」
「はい!」
 ――お願い今回こそ成功させて!
 シャンテが召喚カードに願いを込めて天にかざす。チャージされた召喚ポイントがカードから光となって放射され、学園の庭を眩く埋め尽くす。 先ほどエリーヌが言ったように、運の要素が強い通常召喚は原則として召喚者の資質や才能に左右されないとされているのが一般的である。 しかしそれは原則である。原則があるという事は例外があるという事でもある。 かつてこの世界に存在した伝説の大召喚士「アーデルベルト」は、その才能故か、全ての召喚を通常召喚で行ったと言われている。 当時の研究者たちはアーデルベルトの事を研究し尽くしたようだが、結論は「運がよかった」とされ、今では運のよい人の事を総称してそう表現するぐらいである。 アーデルベルト本人はかなり不服を申し立てたようであるが、当時の理解ではそれが限界であったのだろう。 そしてそのまま「通常召喚=運」との理解が広まったわけである。 この日シャンテは数百年の時を超えて、伝説のアーデルベルトの再来と呼ばれることとなる。 金色の光があたりを埋め尽くし、シャンテの召喚を完了したことを示す。
「……これは、剣だな。シャンテ=ゼーベックは不合格! 次!」
 だがシャンテがそう呼ばれるの日は今ではなかったようである。
※ ※ ※ ※
 時刻は既に夕方になり、太陽は西に大きく傾き、もう間もなく夜のとばりが降りようとしている。 卒業試験が終わり、学園のそこかしこからは別れを惜しむ声や卒業を祝福する声が飛び交い、学園の大食堂では祝賀会が開かれているようである。
「よ! シャンテは今年も卒業できないんだって? いつになったら卒業できるんだ? あ! でもお前の家って貧乏だからずっと学生かもな? ちなみに俺は一足先に卒業させてもらうぜ!」
 大食堂でシャンテに心無い声がかけられる。
「あはは、そうかもね。でもいつかちゃんと卒業するから! でも今はとりあえず、卒業おめでとう!」
 その言葉にシャンテが傷つかないはずもないだろう。しかしもう慣れているのか、軽く愛想笑いをしてクラスメイトの卒業を祝う。
「シャンテ姉ちゃん、私も今日で卒業しちゃうけど、これから一人で大丈夫?」
 一人の女子生徒がシャンテに不安の色を込めた言葉をシャンテに掛ける。「姉ちゃん」と呼んでいたことからも分かるように、シャンテよりも年下の女の子である。
「うん! さすがにちょっと寂しいけど、それでも大丈夫! 私、お姉ちゃんだもん! マリアも卒業してから頑張ってね! 危険なことだけはしないようにね」
 その言葉には嘘は無いようで、マリアの身を案じて掛けた言葉である。 そしてこの二人は別に本当の姉妹と言うわけではなく、学園内での愛称であることも分かる。
「うん……じゃ、私もう少し挨拶しなくちゃいけない先生がいるから」
「うん! 卒業おめでとう!」
 最後にマリアにそう言うと「ありがとう」とマリアが言い、生徒たちに囲まれているイケメン先生の方へと駆けていく。
「そっか、今日からまた独りか……」
 シャンテの召喚士としての資質は並みの召喚士が束になっても敵わない。それは10歳の時に行ったテストで判明している。 しかしシャンテには召喚士として決定的な資金力が不足していた。
「貧乏な事を嘆いても仕方ないよね」
 そう呟き、食堂を後にして自室へと戻っていく。 サモールは全寮制を採用しており、学生たちは四人で一室を使用する仕組みになっている。この大部屋であれば基本的に料金は必要としない。 しかし中には個室が良いという者もいるため、別料金で個室も使用することが可能となっている。 もっとも、個室の利用を希望するのは専ら貴族出身の学生だけではあるが……。 シャンテは当然ながら大部屋で過ごしていたわけだが、一緒に過ごしていた部屋の友人たちが本日の卒業試験に合格したため、明日から新学期開始の青の季節までは一人で過ごすことになる。
「もう慣れてるから大丈夫、もう少ししたら新しい新入生が入ってくる。そしたらまたがんばろ」
 部屋に戻ったシャンテはいつもより早めに風呂に入り、いつもよりだいぶ早く布団にもぐっていた。
「でも、それでも……何回繰り返してもこの寂しさにはかなわないなぁ」
 そう呟くシャンテの頬を一筋の滴が伝うのだった。 シャンテが布団に入ってから三〇分程経過した頃
「シャンテ、いるか?」
 ドアの外からシャンテの名前を呼び、ドアをノックする声が聞こえる。
「は、はい!」
 その声に慌てて布団から跳ね起き、ドアを空ける。 本来なら外にいる人が誰かを尋ねるところであるが、シャンテの名前を呼んだ声は聴きなれた声だったため、何の警戒もせずにドアを開ける。
「何でしょうかエリーヌ姉さん」
 ドアの前にいたのは紅蓮の髪と瞳の教師、エリーヌであった。 シャンテは姉さんと呼んだが、実際に姉妹というわけではない。入学してから6年近くが経過するシャンテは、この学園にいる教師の事を普通よりもよく知っている。 エリーヌにはシャンテと同い年の妹がいて、既に他界しているとシャンテは知っていた。その話を聞かされたのは、シャンテが学園に入学してから4年が経過した時である。 今日と同じように突然エリーヌがシャンテの部屋を訪ねて来て、家の事情の事を相談した時にエリーヌからシャンテに語られたのだ。 そしてその時シャンテも、自分に身寄りがないことをエリーヌに話した。 10歳の時に受けたテストから帰宅すると、大罪王の配下によって両親とまだ幼かった弟のミルコは殺害され、その後学園に入学するまで非常に虐げられた生活を強いられることになったことをエリーヌに話したのだ。 それ以降、エリーヌが「シャンテ」と呼ぶ時は姉として、フルネームまたはお前、貴様と呼ぶ時は教師として接するようになったのである。 そしてそれはシャンテの方も同じであり、いつしかエリーヌの事を「姉さん」と呼ぶようになった。 扉を開けて出迎えたシャンテの前にいるエリーヌは、授業中ではないため軍服のような教官服は着ていない。 その為昼間見た時よりは幾分柔らかい印象を受けるが、その凛とした佇まいは変わらずといったところである。
「ふむ、少し良いか?」
 そう言うと外に出る様に視線で促す。
「えっと、着替えた方が良いですか?」
「遠出をするわけではないが、確かにその恰好では肌寒いかも知れないな。待っているから着替えてくると良い」
 季節は既に白の季節の終盤であり、青の季節の香りがしてきている時期ではあるが、寝間着一枚で外出すればさすがにまだ肌寒い季節である。 エリーヌの言葉に促されて部屋の奥にある木箱から、適当に上に羽織れる物を取り出し肩に掛けてシャンテが戻ってくる。
「もう少しちゃんと着替えて来ても良いのだぞ。別に急ぐわけではない」
 自分の元に戻ってきたシャンテを見て、エリーヌが短く嘆息して腰に手を当てながら告げる。
「いえ、でも姉さんをお待たせするわけには」
「構わない。何も言わずに私から来てしまったのだからな。それで可愛い妹に風邪を引かせてしまったら私の責任になってしまうしな」
 柔らかな笑みを湛えエリーヌが冗談交じりにそう告げる。
「はい、でも姉さんも祝賀会に戻らないといけないんじゃありませんか?」
 恐らく今、大食堂では卒業記念の祝賀会が最高潮となっていることだろう。フロアを隔ててもその声が漏れてくるのが分かる。
「そうかもしれないが、私はああいう騒がしいのは苦手なんだ。シャンテも知っているだろう? それに、今はそれよりももっと重要なことがあるしな」
「重要なこと……ですか?」
 シャンテ自身この学園に入学してから既に6年が経過している。 普通なら3年前後で卒業していくため、二倍近く滞在しているシャンテはエリーヌの性格もそれなりに把握しているはずである。 そしてエリーヌがシャンテの部屋に来る時は、そのほとんどが慰めの言葉であったり、勇気付けるものだった。 今日も来てくれたのもきっとそうだろうと予想していたシャンテだが、いつもと違うエリーヌの言葉に眉根を寄せて首を傾げ、エリーヌの言葉を復唱する。
「そうだ。少し話が長くなると思うからちゃんと着替えてくると良い。何も気にする必要はない」
「分かりました。それじゃ、少し待ってて下さい」
 そう言うと再び部屋の奥に引き返していき、木箱から衣服を取り出してシャンテが着替え始める。
「シャンテのそう言うところ、嫌いじゃないがもう少し危機感を持った方が良いと思うぞ」
 エリーヌが着替えだしたシャンテを見て、慌てて室内に入ってドアを閉める。部屋の灯りは落ちているとはいえ、うっすらと着替えている様子は分かってしまう。
「え? 何か言いました姉さん」
 可愛い妹の着替えているところを誰かに見られ無い様にしたエリーヌであるが、当の本人は全く気にしていない様である。
「いや、何でもない。それよりも……」
「はい?」
 短く溜息を吐きながらシャンテ方を見てエリーヌが口を開き、シャンテがエリーヌを向いて首を傾げる。
「もうシャンテも大人の女性だな」
 顎に手を当ててシャンテの身体を下から上になぞる様に見ながらエリーヌが話す。
「え? ちょちょちょ、姉さん! どこ見て言ってるんですか?」
 エリーヌの突然の言葉に着替えていた手を止め、自分の胸を両手で押さえてシャンテが大声を上げる。
「そんなに隠す必要もないだろう? しかし、入学してきた時はまだまだ子供だったが、今では本当に大きくなったな。特に胸が」
「そ、そりゃ私だってもう16ですから。それなりに体も成長しますよ! じゃなくて、どこ見てるんですか!」
 先ほどよりももう一段階声を大きくしてエリーヌを怒鳴る。
「どこを見てるって、胸だが。私よりも大きいのではないか? ちょっと揉ませてみろ!」
 そう言うとエリーヌが両手を前に突き出し、指をウネウネと怪しく動かす。
「姉さんだって十分大きいでしょ! そんなに揉みたければ自分ので我慢してください!」
「男以外には揉ませないという事か?」
 シャンテに一歩近づき怪しい指の動きを加速させながらエリーヌが詰め寄る。
「そんな人いません! あまりからかうようなら怒りますよ!」
「可愛い妹に嫌われたくは無いな。冗談だから本気で受け取るな」
 短く笑ってから誤解しない様にと言い、シャンテに着替えを済ませる様に促す。
「お待たせしました」
「では行こうか。ちょっとした……散歩にな」
 着替え終えたシャンテを連れ、学園の屋上に向かって行く二人であった。
※ ※ ※ ※
 既に日は落ちて夜の帳が学園の屋上を包みこみ、空には満月が優しく二人を照らしている。
「今日は月がきれいだな。まるでシャンテの様だ」
 エリーヌが月を見上げて隣にいるシャンテにそう言葉を掛ける。
「だからそういう恥ずかしいこと言わないでください! それとさっきみたいなこともやめてくださいね! 自分にはあまり自信が無いんですから!」
「そんなに自分を卑下することもないだろう? 肩ぐらいまである明るめの黒髪と同じ色の瞳。月光を反射して輝く白い肌。まだ成熟しきってはいないが凹凸のはっきりした体のライン。性格がもう少し明るくて笑顔が自然に出る様になれば、この学園のアイドルになれるというのに損をしているぞ!」
 エリーヌがシャンテをしたから舐めるように見ながらその容姿を言葉で表現する。
「だからやめてくださいってば! 本当に怒りますよ!」
「すまんすまん。いや、本当に私の妹は可愛く育ったものだと思ってな。……それで」
 再び笑いながら謝り、シャンテの膨らんだ頬を指先で突いてから急に真剣みを帯びた表情をする。 空気が張り詰めた感じがしたのか、シャンテも真剣な表情でエリーヌの目を見つめ返す。その瞳は僅かだが怯えているように見える。 シャンテの瞳に直視され、一瞬視線を泳がせてから再び視線を合わせてエリーヌが口を開く。
「シャンテ、もう無理をしなくても良いんだぞ。その……無理に召喚士にならなくても、私がシャンテとずっと一緒にいる。血は繋がっていないが、私は本当の妹だと思っている。だから、もう辛い思いはしなくて良い。私と一緒に本当の姉妹になって暮らそう。これからは、堂々とお姉ちゃんと呼んでくれて構わない」
 エリーヌの口から告げられた言葉は、シャンテにとって衝撃的で嬉しいものであった。
「エリーヌ姉さん……お姉ちゃんって呼んでいいの?」
 先ほど部屋で流したものとはまた違い、今度は嬉しさからくる滴をその黒い瞳に貯めてシャンテが聞き返す。
「そうだ。これからは私と一緒に家族になろう」
 決意を込めた視線をシャンテに向け、強い言葉でエリーヌが言い切る。
「嬉しい」
 シャンテの頬を堪え切れなかった温かい滴が流れ、表情が嬉しさで歪む。 エリーヌがシャンテを抱きしめようと両手を広げる。
「……でも」
 しかし、シャンテはそのエリーヌの胸に飛び込むことはしなかった。
「私は……召喚士になりたい。そうじゃないとお父さんやお母さん、ミルコに合わせる顔がない。私に召喚士になれるだけの才能を与えてくれたお父さんとお母さんに、『私召喚士になったよ』って報告して、お礼を言いたい。ミルコに『お姉ちゃんは召喚士だよ』って言ってあげたい。エリーヌ姉さんの申し出は凄く嬉しい。でも、でも……」
 シャンテの心が葛藤する。その葛藤が叫びとなって口から放たれ、目の前のエリーヌに訴えかける。
「……ふぅ。強情なところは、もしかしたら私に似たのかもな」
 深く溜息をつき、エリーヌがシャンテに歩み寄りながら話しかける。
「今度、シャンテのお父さんとお母さん、そしてミルコ君に会わせてくれ」
 そういうとシャンテを抱きしめ、頭を撫でながら優しく言葉を紡ぐ。
「ちゃんと報告しないといけないからな。シャンテは私の妹になったって」
「え? でも」
 エリーヌの言葉にシャンテが驚きの声を上げる。 しかしエリーヌはゆっくりと話を続ける。
「召喚士の卵シャンテ=ゼーベックは、血は繋がっていなくてもエリーヌ=クルーグハルトの自慢の妹だ。だから明日からは『お姉ちゃん』と呼んでくれ。いや、今からでも呼んでくれて構わないぞ!」
「……お姉ちゃん!」
 シャンテの瞳の堤防が決壊し、堪えていた滴が溢れて頬を濡らす。 そのまま時が流れ、大食堂での祝賀会が終わり、ぞろぞろと学生たちが出てくるのが見える。 屋上からその様子を眺め、エリーヌがシャンテを抱きしめていた腕を解いて話しかける。
「さて、私とシャンテは姉妹になったわけだが、そんな可愛い妹に私からのプレゼントがある」
「プレゼント?」
 まだ涙の乾ききっていない頬を擦りながら首を傾げ、エリーヌに疑問の表情を向ける。 そのシャンテの顔を見て、エリーヌが「そうだ」と短く答えると、懐に手を入れて自分の召喚カードを取り出す。
「シャンテも自分の召喚カードを出して」
 エリーヌに促されてシャンテが自分の召喚カードを取り出す。 それを確認してからエリーヌが自分のカードをシャンテのカードに向けて目を瞑る。
「これって……」
 シャンテが目にしたのは、エリーヌのカードが金色の光を放ち、その光が自分のカードに移動していく光景だった。そしてそれが示す事は一つしかない。
「召喚ポイントだ。通常召喚分しかチャージ出来なかったのは申し訳ないんだが、妹になってくれたことへの感謝の気持ちだ」
 自分の所持する召喚ポイントの移譲。召喚ポイント自体がかなりの高価格であるため、通常こういうことをする召喚士はいない。 通常召喚で一〇万ルークであり、それは一般家庭の生活費に相当するのだ。さらに高等召喚なら五〇万ルークという高額となっている。 こういった事情から召喚ポイントの移譲が行われることは基本的にありえない。 ごく稀に行われることはあるが、それは自らの命が尽きようとしていた時に行うものであり、プレゼントとして移譲することは考えられないのである。
「嬉しい。お姉ちゃん大好き! ねぇ使ってみても良い?」
「当然だ。そのための召喚ポイントだしな。それに……」
「それに?」
 シャンテに渡した召喚ポイントでエリーヌは何かをさせたいようである。
「今ここで生物を召喚することが出来たら、シャンテも晴れて召喚士だ」
「え? でも……」
 エリーヌの言葉に戸惑いの表情をシャンテが向ける。しかし、エリーヌはそのシャンテの目を見つめて言葉を続ける。
「分からないか? 卒業試験をする日は今日、時間に制限はない。そして私が卒業試験の試験官だ! 私が認めたら誰にも文句は言わせない!」
 親指を立てて自分を差し、自信満々に卒業資格の穴をエリーヌが指摘する。
「お姉ちゃんって意外と悪人だよね?」
 シャンテがそう言うと
「はは、今更気付いたのか? 真面目だけが私の取柄じゃないんだよ!」
 エリーヌが邪悪な笑顔をシャンテに向けて笑いながらそう告げる。
「ふふ、じゃあやってみるね!」
 エリーヌとは違い無邪気な笑顔を作ってからシャンテが召喚カードを天にかざし目を瞑る。 エリーヌから受け取った召喚ポイントがカードから光となって放射され、学園の屋上から一筋の光が空に向かって昇る。 そしてその光が徐々に数を増していき屋上全体だけでなく、学園全体を金色の色が埋め尽くす。 光が収束して辺りを再び夜の帳が支配したのと同時に
「あれ? ここどこだ?」
 シャンテとエリーヌの目の前に少年が一人舞い降りたのである。

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