Q.最強の職業は何ですか? A.遊び人です

ノベルバユーザー225229

Q.恋愛フラグって立ちますか? A.立ちまくりです。

「何考えてるのよぉ!!」
 ギルド「猫の足音」に、クリスの絶叫が響き渡る。
「兄さん――最低です」
 つぶやくようにテテが言い、軽蔑の眼差しを送ってくる。
「マコト殿――さすがに今回は、私も弁護のしようがない」
 最後にエリーヌがトドメの言葉を言う。
「――――ずびばぜん」
 その三人に土下座するひとりの少年、真である。 つい数時間前、リュートと一緒にカジノで楽しくデートをしていたのだが、国王にハマルを討伐した時にもらった多額の報酬金、四億ルークを
「何をどうやったら、三時間で四億ルークを使えるのよ!」
 こうなったわけである。
「いやぁ、ほら、俺って運がいいだろ? だから調子に乗って――最初は調子良かったんだよ! だからその――ずびばぜん」
 そう。最初は良かったのである。 ポーカーやブラックジャックで勝ち、所持金は当初の倍近くに膨らんだのだ。 そのことに気を良くし、ルーレットに手を出して負け、その負け分を取り戻そうとスロットに手を出したのが間違いであった。 ルーレットやスロットは、長く続ければ続けるほど、プレイヤーが負けるようになっている。 どんなに運が良くてもこの方程式は崩れない。システム的にそうなっているのだ。
「それでマコト、これからどうするつもりなの?」
「いや、とりあえず無一文になったわけじゃないから――」
 この異世界に転生した時とは状況が違う、と言いたかったのだが「ばっっっっっっっっかじゃないの! これからどうするのよ?! また貧乏生活に逆戻りするわけ?」
 このクリスの反応も当然と言える。なぜなら
「馬小屋生活から抜け出すために、もう予約しちゃってるのよ! その分どうやって払うのよ?」
 こういう事である。 辛い馬小屋生活を脱するため、既に宿泊するところには、今日から一週間分の予約を入れているのである。
「いや、ほら、別に一文無しになったわけじゃないから、クエストをこなして――」
「――――はぁ。マコトって頭良いのか悪いのか――それで、あなたは何しに来たわけ?」
 呆れてものも言えないとは、まさにこの事を言うのだろう。 そんな視線を真に向けた後、今回の原因のもう一つである人物に視線を向ける。
「いやぁ――やっぱりその――何もしないわけには――」
 背中の大きく開いた赤いドレスを着た女性、女盗賊のリュートである。
「ふん! それで、謝りに来たってわけ?」
 そのリュートに鋭い視線をぶつけ、棘のある言葉を投げるクリスである。
「まぁ――ね」
 心許ない返事をするリュートであるが、それを弁護する言葉が次に続く
「クエストをこなしていくためにも、リュートの力は役に立つぜ! なんたってこの街一番のハンターだからな」
 この事件の大罪人、真である。 その真の弁護を聞いて、更にクリスの目が冷たく鋭くなるが、何かに気付いたのか、突然真が口を開く。
「――そうだリュート! 確かお前盗賊だったよな?」
 その視線を遮るように、真が二人の間に入りリュートに問いかける。
「え? うん。そうだけど、どうして?」
「盗賊ならさ、いっそ金目のものを民家から盗んで――ぐえ!」
 何やら良からぬことを思い浮かべたのだろう、真が親指を立ててリュートに自分の考えを提案しようとした時、みぞおちにリュートの拳が突き刺さる。
「僕は盗賊だけど、そういうのは泥棒って言うんだよ!」
 盗賊と泥棒は違うと言いたいのだろうが、真に下った制裁は少々強かったようだ。
「耐久値があぁ――リュート少し手加減しろよ!」
 涙目で訴える真に
「君、選ばれた勇者なんでしょ? そのくらいで死にゃしないよ」
 このくらいでは死なないと、リュートが笑いながら答える。 確かに素手による攻撃では、そんなに耐久値が減少することもないだろう。 しかし、この街ナンバーワンのハンターの攻撃である。
「笑ってんじゃねぇ! 耐久値が一気に四割も減ったぞ! 今よりも優先度が低かったら間違いなくあの世行きだ!」
 盗賊自体はそんなに腕力が強い職業ではない。真自身、最初の職業が盗賊であったためそれは分かっていた。 しかし、それがこの街ナンバーワンハンターのとなると、話は別の様だ。
「それは自業自得!」
 悶絶する真に向かってクリスが冷たい言葉を投げ、続けてリュートに向きなおって口を開く。
「んで、リュートは私の・・マコトに何してくれたわけ?」
 クリスの言葉には二つの意味がある。 いつもと違う服装で帰ってきた真が、なぜカジノに行くことになったのか、ということ。 もう一つは、恋愛的な意味で何をしたのか、という事である。
「いや、私の・・って、俺は別にクリスのものじゃ――」
「マコトは黙ってて!」
 クリスの言葉を訂正しようとした真を、怒声と共に一喝すると
「大体、マコトもマコトよ! いくらリュートが可愛くて綺麗だからって、ほいほい付いて行くのは私に失礼じゃない?」
 怒りをあらわにしながら怒声を上げるが
「なんで? 私じゃダメなの?」
 真の顔を覗き込みながら訴える。 クリスの瞳と声に涙が滲んでいるのが分かり、真がクリスをなだめようと肩に手を置くが、すぐに払いのけられてしまい、どうしたら良いかわからず真が困った顔をしてリュートの方を見る。 その様子を見かねたリュートが口を開き
「可愛くて綺麗は嬉しいけど、安心して良いよ。僕と彼はそんなロマンチックな関係じゃないから」
 二人の関係について否定の言葉を投げる。
「そうそう。俺とリュートは、この街を一緒に守ろうっていう約束をしただけで、そんな関係じゃ――」
 リュートの言葉に真も乗っかるが
「一緒に守ろうって、それじゃプロポーズじゃない! マコトのバカアアァァ!」
 真の言葉がトドメになったのか、とうとうクリスは泣き出し、後ろにいるエリーヌの胸にしがみ付いてしまった
「クリス殿、もう少し静かに泣いた方が可愛げがあるぞ」
 号泣するクリスの肩をエリーヌが抱いてそう慰め
「兄さん、ちゃんと二人で話し合った方が良いですよ」
 エリーヌの隣に控えていたテテが真に忠告する。 こういう時は、女性の意見を聞いておいた方が良い事を知っている真は
「いや、俺とクリスは別に――」
 テテの提案に反論しようとするが、自分とクリスは特別な関係ではないことを思い出し、口を開こうとするが
「兄さん!」
「――分かった。じゃあ、クリス。ちょっと行こうか」
 今度はテテに一喝されてしぶしぶ了承し、クリスに手を差し出す。
「ぐすっ、どこ行くの?」
 嗚咽を漏らしながら、どこに行くのかとクリスが真に聞く。
「いいからついて来い」
 そのクリスの質問に答えずに強引に手を引き、二人がガル爺の店を出ていく。 二人が店を出て行った後
「それで、リュート殿。マコト殿とはどのようなご関係で?」
 店では別の意味での女の闘いが、繰り広げられようとしていた。


 ガル爺の店「猫の足音」を出た真の行く先は
「ねぇ、どこに行くの?」
「――――どこに行くという事もないんだけど」
 そう言って立ち止まった場所は、王国の中央公園の中である。 植えてある木々はやせ細り、道端に落ちている葉はすべて枯れている。 中央には噴水があるが、季節が季節だからか、それとも時間が遅いせいか、止まっている。 一見すると寂しい景色のようである。 しかし、夜の街灯が優しく光り、道行く人の影を映し出し、昼間との気温の変化で足元にもやがかかっている様は、いっそ幻想的ですらある。 そんな公園の風景を前に真の発した言葉は、特に目的地があったわけでは無いようである。しかし
「ちゃんと話をしないといけないと思ってな――」
 そう言って振り向き、真剣な表情をクリスに見せる。
「え、うん」
 その真の表情を見て、ただ頷くクリス。
「えっと、リュートの事何だけど、本当に何も無いから。安心して欲しい」
 言葉に詰まらせながら話す様子は、動揺しているのが丸わかりである。 それと同時に、必死に信用してもらおうとしているのも見て取れる。 真のそんな様子を見て、クリスがくすりと微笑んで口を開く。
「そんなの分かってるよ! 分かりすぎるくらいわかってるよ! だってマコトはマコトだもん!」
 言い訳にも取れなくはないが、クリスは真の伝えたいことが何となくわかったようである。
「そしたら別にあんなに泣かなくてもいいじゃないか!」
「だって、マコトのその――」
 今度はクリスが言葉に詰まったようだ。俯いて言葉を濁す。 女性経験はそれなりにある真だが、こういう時の女性が何を考えているのか、という事まで分かるほど経験値は高くない。 クリスの言いたいことが分からず、首を傾げる真に
「んもう鈍い! マコトの隣にずっといて良いのは私なの! 絶対私なの! そういう事! 分かった?」
 変化球に近い直球で、真への気持ちを改めて伝えるクリスである。 その直球を真っ向から受け
「――――はぁ、クリスの気持ちはもう分かったよ。ってか分かってるよ。なんでそんなにムキになるんだよ?」
 短く嘆息し、クリスの気持ちは十分すぎるほど知っていると、真が改めて伝える。
「そしたら、なんで他の女の人とデートするの? 私の気持ち知ってるんでしょ!」
「大丈夫だよ。クリスも、俺の気持ちは知ってるだろ?」
「――――――うん」
 真の思わぬ発言に言葉を失って頷いて返事をし、再び俯いてから
「ねぇ――」
 一言静かに呟く。
「ん?」
 クリスを見下ろして真が首を傾げる。 不意に
「ちょ!」
 突然の出来事に真が驚きの声を上げる。 その真の口をクリスが手で塞ぎ
「今だけだからもう少し、こうさせていて」
 そういうとゆっくり、優しく真を抱きしめる。
「わかった」
 真が答え、クリスを優しく抱きしめ返す。 そのままどのくらいの時間が流れたのだろう。ずっと続くように永く、瞬きの間のように一瞬のようでもあった。 そのクリスが抱擁を解き、真の目をまっすぐ見て微笑んで
「明日から、クエストで忙しくなるわよ!」
 そういうとガル爺の店の方角に向けて歩き出していってしまった。 それを見送る真の視界には、公園の空を埋め尽くす星の中心に、クリスだけが照らされて光って見えるような、そんな錯覚すら覚えて微笑む真であった。



 二人がガル爺の店を出て行って数秒後、別の熱き女の戦いが今、始まろうとしていた。
「それで、リュート殿。マコト殿とはどのようなご関係で?」
 エリーヌがいつもと変わらぬ声色で、しかし邪気を孕んだ言葉をリュートに投げる。 その言葉でここ最近では賑やかになりつつあった、「猫の足音」が急激に静まり返る。 静まり返ると言っても無音になるわけではない。コーヒーを煎れる音や暖炉で薪が弾ける音など、人工的、または自然に存在する外はその場に存在する。 ただ、人の口から発せられる音が絶たれたという事だ。 無言の空間は凍り付いているようでもあり、沸騰しているようでもある。 その空間を一人の声が引き裂く。
「あ、あたしも教えて欲しいです。リュートさんと兄さんはどういう関係なんですか? 場合によっては――兄さんと一緒にあたしの魔法の実験台です」
 少女の放った言葉は、勇敢というよりも蛮勇と表現した方が正しいかも知れない。 一つの稲妻が走り、その空間を三つに分割したかのような錯覚すら覚える、そんな瞬間であった。
「――えっと、さっきも言ったけど、僕と彼はそんなロマンチックな関係じゃないよ」
 先ほどと同じ言葉を、今度はエリーヌとテテに投げる。
「それは先刻聞いた。私が聞きたいのは、その、なんだ、えっと――」
 エリーヌが歯切れ悪く言葉を紡ぐ。エリーヌらしくないと言えばそうかもしれない。 ただ、エリーヌはどうしても聞きたかったのだ。
「つまり、僕が彼に何かしたのか? って聞きたいのかな?」
 リュートの口から紡がれたこの言葉の真意を。
「――――」
「――――」
 エリーヌとテテが同時に沈黙し、リュートを見つめる。 その視線は攻撃的で、並みの胆力であるならば、その場から逃げ出してしまったかもしれない。 しかし、その攻撃を受け流す様に、リュートは短く嘆息してから、二人に笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。何もちょっかい出していないから。お願いはしたけどね」
「お願い?」
 リュートの答えに、眉間に皺を寄せて疑問を口にするエリーヌ。恐らくテテも同じことを考えていたのだろう、首を傾げているのが分かる。
「そ! お願い」
「それは、先ほど言っていたことか? その、この街を二人で守るって――」
 リュートの答えにエリーヌがさらに質問をする。
「それとは別のお願い。まぁ、答えはもらってないんだけどね」
 再び笑顔で答えるリュートであるが、先ほど見た笑顔とはどこか違う。 寂しさや哀しさといった感情を内包しているようにも見えた。
「――そうか」
 その様子を見て、リュートの真意が全て伝わったわけではないだろうが、エリーヌの言葉から険が取れた気がした。
「分かりました。それでは私も今はそれで納得しておきます」
 エリーヌが矛を収めたのを感じ、テテも今は攻撃の意思がないことを口にする。
「少し良いかの?」
 突如、現場の空気とどうかしていたガル爺が口をはさむ。
「ガルシア殿! ビックリするではないか!」
「心臓止まるかと思ったよじいちゃん」
「さすがに僕もビックリしたよ」
 三人の頭の中では完全にガル爺の存在がこの場から消えていたようだ。 気配を消すのが巧いのかは不明だが、驚いて心臓を抑えている三人に向かってガル爺が口を開く
「ここはもともと儂の店じゃ! わしがいないことの方が不自然じゃろう?」
 ガル爺のいう事ももっともである。 最近やたらとこの店に通う事が多くなったエリーヌ達であるが、そもそもこの店はガル爺の店であり、ガル爺は店主――もといマスターである。 この場所にいるのは何も不思議ではない。 ガル爺に言われ、それもそうだ、という顔をしている三人に向かって再び口を開く。
「それで、リュートや。明日からどうするのかな? 少なくとも君はこのパーティに迷惑をかけたことになるが」
 迷惑をかけたパーティにどう謝罪をするのか、と言っているのだろう。ガル爺がリュートを挑発するように言う。 その口調からは、リュートが次に何を言うのか分かっているようであった。
「僕の性格は知ってると思ったんだけどな」
 リュートがガル爺の挑発に挑発で返し、にやりと笑みを浮かべる。
「では決定じゃな?」
「そうだね」
 二人の間では既に何かが決定しているようである。 交した言葉の数は少ないのに、それだけでお互い分かってしまうあたり、この二人はそれなりに付き合いが長いのかもしれない。
「ガルシア殿、どういうことなのか説明をしていただきたいのだが」
 エリーヌが二人の会話に怪訝な表情を浮かべ、説明を求めてくる。
「それは僕から話すよ! まず――自パーティ以外に迷惑をかけた場合、ハンターはその償いをしなければならない――っていう暗黙の掟があるのは知ってる?」
 最近ハンターに登録した真やクリスはもちろん、最年少のテテもそれは知らない。 当然エリーヌも知らないと思ったのだろう、テテはエリーヌの顔を見るが、エリーヌに表情を変化させた様子は見当たらない。 ただリュートの顔をジッと見つめるだけだ。
「お姉さんは知ってるみたいだね? それで、どうする? 僕の生殺与奪権は君たちのパーティにあるんだけど――」
 ハンター間での掟――ハンターを生業とする者たちの間で培われた掟であろう。 それは、迷惑をかけたハンターの生殺与奪権は、その迷惑を受けたパーティに委ねられるという事だ。
「リュート殿の犯した罪は、非常に重い。私たちパーティの軍資金を浪費してしまったのだからな」
「そうだね」
 半ば諦めた様に、床に座ったまま笑顔でリュートが答える。
「だが――」
 しかし、そんなリュートに向けられたエリーヌの言葉は
「それはマコト殿も同じこと。マコト殿には我々から罰を与えるとして、リュート殿の処断だが――テテ、君はどうしたい?」
 エリーヌがテテの方を振り向き、意見を聞く。 先ほどの言葉をそのまま受け取るならば、与えられる罰は相当に重いのでは、と考えられる。 しかし、なぜかエリーヌの口元は微笑みに歪んでいた。 その表情を見て
「そうですね、罪は償うものですから、あたしたちの役に立つことじゃないといけないと思います。でも、命を奪うとかそう言うところまで必要か? と問われたらそれは違うと思うんですよね」
 テテが明るく返答する。 テテもまた笑顔で口が歪んでいる。
「同感だ。多分だが私も同じことを考えていたぞ」
 二人の笑顔は邪悪に満ちていたわけではなく、純粋に嬉しいという感情から自然に現れる表情であった。 二人の言いたいことが分からず
「えっと、つまり君たちは僕に何をしろというのかな?」
 首を傾げながらリュートが口を開き、そう尋ねる。
「それではリュート殿に処罰を申し渡す」
 エリーヌが凛とした声で告げる。
「あたしたちのパーティに損害を与えたリュートさんは」
 テテもエリーヌを真似て声を張って続ける。 残念ながらエリーヌの様に、凛としたとは言い難いが、それでも真剣なまなざしの中に喜びが見える。
「我々のパーティで、共に魔王討伐をすることを命ずる」
 最後にエリーヌがリュートにそう告げる。
「――――は?」
 エリーヌの最後の言葉を聞き、リュートが間抜けな声を出す。 恐らく全く予想していなかった答えだったのだろう。完全に拍子抜けした様子で、口をポカンと開けて二人を見つめ返す。
「ん? 聞こえなかったか?」
 エリーヌが、自分の声が聞こえなかったのかとリュートに問う。
「ちゃんと伝わらなかったんじゃないですか? もう一回、別の言葉で言ってみたらどうですかね?」
 その様子を見て、別の言葉で伝えれば理解出来るのではないかと、テテがエリーヌに進言する。
「そうだな! では――我々と一緒に来い!」
 エリーヌが別の言葉で、先ほどと同じ内容を口にする。
「えっと――」
 しかし、まだ自分が何を言われているのか理解できず、リュートはそのブラウンの目を大きく見開き、口をパクパクしている。
「エリーヌさん! もう少し簡単な言葉で言いましょうよ!」
 今だ理解できていない様子のリュートを見て、テテがエリーヌにアドバイスをする。 テテの方が全然年下なのに、こういった場面では年齢が逆転するようだ。
「そ、そうか? それでは単刀直入に言おう。リュート! 私たちの仲間になれ!」
 テテのアドバイスを聞いて、直球勝負に出たようだ。 先ほどまで目を大きくして聞いていたリュートが、更にブラウンの瞳を大きく見開き
「許して、くれるの?」
「ん? 許してないぞ。だから罪の償いに、私たちの仲間になれといったのだが――」
「ひとつ聞いてもいいかな?」
 直球勝負に出たエリーヌの真意が掴めていないのか、聞きたいことがあるというリュート。 リュートが質問があるということに、少し怪訝な表情を見せるエリーヌとテテだが
「何だろうか?」
 リュートの話の続きを促す。 質問することを、エリーヌから許可を得て、リュートがゆっくりと口を開く。
「あのさ、どうして僕を誘ったの? 僕がこの街を出ると思う?」
「普通に考えたらリュート殿はこの街を離れないだろう。だからこの手を使った」
 リュートの挑発めいた答えにエリーヌが答え
「まぁ、これも兄さんの考えなんだけどね」
 テテが衝撃の発言をする。
「え?」
 そのテテの言葉を聞いて、リュートが驚愕の表情を浮かべる。
「そうだな。マコト殿は色々と考えておられるようだ」
 エリーヌもテテの言葉を肯定する。
「ち、ちょっと! どういうこと? 僕にわかるように説明してよ!」
 そう言って眉根を寄せ、困惑の表情をリュートが浮かべる。 リュートの表情を見て、エリーヌが説明をしようと試みる。
「つまりだな、ん~その――」
 しかし、なんといえば伝わるかわからず、今度はエリーヌが困惑の表情を浮かべる。 そのエリーヌを見て、今度はテテの方をリュートが振り向くが、浮かべている表情はエリーヌのそれと同じである。
「儂が説明を変わろうかの」
 そう言って説明するのを代わったのはこの店の店主、ガル爺だ。
「じいちゃん知ってるの? 今回のこと」
 テテが、「今回のこと」と言ったのは、先ほど自分たちが言っていたことだろう。 思わぬところから助け舟が出たことに、エリーヌとテテが驚きの表情を浮かべるが、真ならガル爺に話しているだろうという結論に達したのだろう、二人が視線を合わせたあとに同時にして頷き
「それではガルシア殿にお任せしたい」
 ガル爺に説明を任せることにした。
「簡単に言うとだな、今回のこと――お前さんを仲間に加えようと言いだしたのは小僧なんじゃ」
「え? いつから?」
 いつからというのは、いつ真がそんなことを言い出したのか、という質問だろう。
「それをこれから説明するから黙って聞いておれ! まずどこから話そうかの――最初はテテがこやつらのパーティに加わることが決まった時じゃった。こやつらのパーティは個々の力はかなりのもんじゃ、小僧以外の話じゃが――例えばそこの騎士は防御力が非常に高い、しかし攻撃が当たりにくいといった欠点を持つ。孫のテテは魔力は随一じゃが、なにせ技術不足じゃ。小僧がいつも連れてる嬢ちゃんは小僧のことになると周りが見えなくなる。小僧のことは――まぁ言わなくてもわかるじゃろうが、全てにおいて中の下じゃ。小僧がそう思っておった時、最初のギルドで見かけたお前さんを思い出したらしい。それで、国王から報酬をもらった時に思いついたらしいぞ、お前さんを仲間にする方法を。まぁ報酬をもらった後に、お前さんとの事件があったことを好機と思ったんじゃろうが――」
 ガル爺の発言はリュートを大いに戦慄させた。
「そんな――だとしたら、一体どこまで――」
 もしガル爺の言っていることが全て正しければ、リュートの行動の全ては真の掌の上であったという事になる。 例の夜、ギルドの外で起こった出来事、その後のリュートの行動。さらにはカジノ内部でのこともそうなのだろうか。 一体どこまでが真の計画なのか、それすらもわからない。
「それでここにいるエリーヌとテテの二人には話したようじゃ。最初は反対していたが、何とか説得して、お前さんを仲間に加えることを取り付けた、というわけじゃ」
 そこまでガル爺が説明し終えると
「ちなみにクリス殿には一切伝えてないがな。いずれ話すことになるとは思うが――」
 エリーヌが補足事項を口にする。 どうやらこれらのことは、一切クリスに話していないようだ。
「そしたら、カジノで散財したのは」
 リュートが静かに呟くと
「小僧の作戦の一つ、という事になるじゃろうな。バカラやポーカー、ブラックジャックなどのカードゲームはともかく、スロットやルーレットのリスクを、小僧が知らないはずはないからの」
「ふふ、そしたら最初から僕は――彼の思惑に嵌っていたことになる、ということか――まったく、彼はどこまで――」
 その先は言葉に出来なかった。 ギルド「月光花」で一目見てリュートを仲間に加えようと思ったこと、仲間たちの力量を全て把握する洞察力、手持ちの手札で全てを手に入れる掌握力、全てにおいて真がリュートを上回ったと確信できる。 エリーヌとテテに視線を送り表情を見ると、二人とも既に納得している様子である。
「――わかった。君たちの手助けをしよう」
 仲間になると言ったリュートの表情は、全ての憑き物が落ちた様に爽やかな笑顔であった。 この街を守るという事を諦めたわけではないだろう。この世界を魔王から救う事が、結果として街を救う事になると、そう考えたのかもしれない。
「それでは、これからよろしく頼む」
 エリーヌが手を差し出してくる。 その手を取って立ち上がり
「こちらこそよろしくね」
 その手をそのまま握手の形に変化させ、エリーヌの掌をしっかりと握り返す。
「あたしもお願いします! リュートさん」
 テテもリュートと握手と笑顔を交換し、新しい仲間になれたことを喜び合う。
「ふぅ――これで一件落着じゃな」
 最後にガル爺が溜息混じりにそう言い、全てをまとめ上げるのだった。
「それで、一応自己紹介しておいた方が良いのかな?」
 リュートが今更という感じではあるが、自己紹介すべきかどうかを二人に問いかける。
「そうだな、それでは私がエリーヌ。職業は騎士だ。両手剣を使っているが、素早さが足りないため敵に命中することが限りなく少ない。その分防御力には自信がある」
「あたしはテテ。アークメイジです。さっきじいちゃんも言ってたけど、魔力には自信がありますが、技術不足です。だから自分が使いたい魔法とは、別の魔法が発動することが殆どです」
 エリーヌとテテがそれぞれ自分のことを紹介し
「ふふ、僕はリュート。盗賊をしている。主要武器は二本の短剣。得意なことは素早さを生かした連続攻撃と、敵の持ってるアイテムを盗む『スティール』かな。後は『追跡』や『盗み聞き』とか、盗賊特有のスキルは全部覚えてるよ。これからよろしくね!」
 リュートが笑顔で答え、自己紹介する。
「ちなみに君たちは、彼とどんな関係なのかな?」
 自己紹介が終わり、今度はリュートが質問する番になった。 目の前にいる騎士とアークメイジに、ややイジワルな笑顔で尋ねると
「わ、私はマコト殿とはただの仲間だ。最初はクエストの依頼をした依頼人だったがな」
「あたしはそのクエストのお手伝いをしただけで、特にそういう関係じゃありません」
 あたふたと両手を左右に振る仕草が完全にシンクロしている。 二人ともに特別な関係という事はないというのは、リュートでなくても分かるだろう。 しかし、その色合いが違うのを見抜けたのは、ガル爺だけかもしれない。にやにやと二人を見つめている様子は、何とも言い難いものがある。
「ガルシア殿、なぜ笑っておられるのか聞きたいのだが」
 その視線に気付いたのか、エリーヌが顔を紅潮させてガル爺に聞いてくる。
「いやなに、ちょっとな。それよりも、今回の大罪人が帰ってきたようじゃぞ」
 そう言うとガル爺が視線を入り口に向け、それにつられて女性陣三人も入口に視線を移す。 入室を報せる軽快な鈴の音と、古びた扉の開く音と共にガル爺が『大罪人』と称した張本人である、真が店に帰ってきた。
「ただいま~っと――ん? 何かあったのか?」
 帰ってきていきなりそう尋ねた真の表情に、笑顔が隠しきれていないことから、全てがうまくいったのだろうと確信しているのが分かる。
「何かあったのか――ではないだろう。これだけの事をしたのだ。聞き方は、うまくいったのか? ではないだろうか。マコト殿」
 呆れた表情でそう答えるのはエリーヌだ。後ろの方では、テテが両手を天井に向けて目を閉じ、同様に呆れた表情で首を左右に振っている。
「確かにそうだな。うまくいったのか? ってうまくいったようだな?」
「答える必要があるのか小僧」
 わざとらしい真の反応に、既に答えは出ているだろうというガル爺であるが
「ねぇ、マコト! どういうこと? 全然話が分からないんだけど」
 クリスが真の袖を引き、一人蚊帳の外に置かれていることに、どういうことか説明を求めてくる。 真がクリスの方に視線を一瞬移してから、顎に手を当てて目を瞑り、考え込む仕草をする。 たっぷり10秒ほど「う~ん」と唸ってから
「クリス。これから俺のいう事、全部信用できるか?」
 自分のことを信用して、全部話を聞けるかと尋ねる。
「いまさら?」
 その真を見て、やれやれと言った感じでクリスが答える。
「まぁ、一応な。それで、今回の件だが――簡単に言うと全部俺の計画だったんだ」
「どういうこと?」
 口元に人差し指を当て、首を傾げて今の言葉の意味を聞く。
「エリーヌとテテには既に話してあるが、リュートが俺たちのパーティに加わることになった」
「は?」
 一瞬何を言われたのか分からなかったのであろう。クリスは口をポカンと開けて間抜けな表情を作る。 その後、腕を組んでいろいろ考え事をしてから
「事と次第によっては、いくらマコトでも怒るよ」
 クリスの頭の中でどのような答えが出たのかはわからないが、どうやら悪い方に解釈したらしい。拳を握って真を威嚇する。 そのクリスの拳を片手で制して下げさせ、続けて言う。
「まぁ、とりあえず最後まで聞け。昨日の夜、月光花で騒いでる時、リュートと話す機会があったんだ。それで決闘寸前までいったんだけどな、まぁいろいろあって決闘は無し。代わりにリュートと約束したんだ。それが、お前が出て行った原因のあの・・セリフだ」
「この街を一緒に――ってやつ?」
「そう。でも俺たちは魔王を倒さないといけないだろ? そうなるとその約束は守れないことになる。だが、魔王を討伐することで、それと同じことが出来ると考えたんだけど、その直後にデートのお誘いがあった。しかもカジノで――ってな。それならと別の方法があると思って、リュートを仲間に加える方法が浮かんできたわけだ。それが今回のひと騒動ってわけだが――」
 そこまで言うとクリスの顔を覗き込み、首を傾げる仕草をする真である。
「それならどうして、どうして二人には話して私には話してくれなかったの?」
 先ほどの怒っている顔から、今度は蒼い瞳に涙を浮かべて聞き返してくる。
「だってお前なら、俺が他の女の人とデートするって言ったら、それがどんな理由があっても反対するだろ?」
「それはまぁ――そうだけど――」
 唇を尖らせてから俯いてクリスが答える。
「まぁそう気を落とすなって!」
 そのクリスの肩を軽くたたいてそう言い、真が話を続けようとした時
「ところでマコト殿」
 真の後方からエリーヌが、やや硬質な声で呼びかける。
「ん? どした?」
 振り返りエリーヌの方を向くと、そこにはいつのエリーヌではなく、凶悪な邪気を孕んだ満面の笑顔を作ったエリーヌがいた。
「話を聞いていたとは言え、罪は罪。マコト殿には罰を与えなければならないのだが、それは承知しているのかな?」
「――――え?」
 エリーヌの言葉はきっと予想していなかったのだろう。 全てを話し、タキシードを買うのに付き合ってもらった騎士ならば、自分の考えを理解してもらえると思ったのは、どうやら甘かったらしい。
「使い込んでしまった軍資金の補填のため、明日からマコト殿にはクエストをたくさんこなしてもらう」
「そ、それはまぁ――」
 覚悟していたことだが、改めて言われるとやはり少し身構えるというものだ。 とはいえ、これは想定の範囲内であったようで、真は素直に了承する。 しかし
「では、明日はテテと一緒にある・・魔法研究院に行ってもらえるか? ある魔法を研究しているらしいから、その手伝いをして欲しい。その翌日は私とモンスターの討伐クエスト。その翌日はリュート殿と別のクエスト。その翌日はクリス殿と別のクエスト。といった様に一ヶ月間、毎日クエストをこなしてもらう」
「は? えっとそしたら俺、休めないんですけど――」
「その通りだが――何か? まさかこの程度の事も予想できないマコト殿ではあるまい?」
 そう言うとにっこりと微笑み、真の両肩に手を置く。その笑顔がブリザードの如く冷え切り、肩に置かれた手が重く感じるのは、きっと気のせいだと――そう思いたい真である。 エリーヌの言っていることは、真に休みを与えずに、相棒を変えて毎日クエストを行うというものである。 恐らく真の考えていた事は、クエストをこなすのは皆で行い、軍資金が溜まるまではしばらく――少なくとも半年程度はこの街で暮らそうと、考えていたのであろう。 しかし、エリーヌが真に出した条件――いや与えた罰は、一ヶ月間の無休クエストであった。 エリーヌの極低温の笑顔と共に発せられた言葉で、その場の雰囲気が、いや時間までもが完全に凍り付いてしまった。 真冬という今の季節。まもなく雪が降ってくるかもしれない程に低くなった外の気温。 しかしそれ以上に低い、絶対零度の室内の空気を温めるため、真が発した言葉は
「――当然だよな! 任せておけ!」
 これであった。
「では、明日から宜しく頼む」
 そう言うとエリーヌの笑顔にいくらかの温度が戻り、室内の気温も若干上昇したようである。


 翌日、太陽は高く上り、まもなくお昼時を迎える街道を、俯きながら肩を落として歩く一人の少年がいた。 前日に新しい仲間を手に入れるためとは言え、大金をギャンブルで使い、その罰としてパーティの仲間と、日替わりでクエストをするよう命じられた少年、真である。
「あ! 兄さん遅いですよ! 今何時だと思ってるんですか!」
 真の名前を呼んで手を振っているのは、今日のクエストをこなす相棒、テテである。 テテが手を振っている右側にそびえ立つ白亜の巨塔。 高さは恐らく百メートル程度だろうか、全体が白い大理石で作られており、綺麗な円錐型の建物で最上階には神殿のようなものが見える。 この世界に聖書というものがあるならば、旧約聖書に出てくるバベルの塔を模して作ったと言われても、誰も否定はしないだろう。 その円錐型の塔が、今日クエストを行う舞台、聖ゾディアック王国魔法研究院である。
「でっけーな。ここが王立魔法研究院?」
 研究院の前に到着し、仰ぎ見てその大きさに感嘆の声を漏らす真に
「そうです! ここでは日々いろいろな魔法が研究されています。新しい魔法を行使する方法や、古代の失われた魔法も研究してるんですよ!」
 テテが物分かりの悪い生徒に教えるように紹介する。
「兄さんは中に入ったことはないと思いますけど、中に入ったらもっとびっくりすると思いますよ! さ! 入りましょう!」
 そう言うと真の手を引いて中に入ってゆく。 研究院の中は真を大いに驚かせた。なぜなら
「なぁテテ」
「何ですか?」
「俺、頭痛い」
「こういうのダメですか?」
「そう言うわけじゃないんだが、あまり本は好きじゃないんだ」
 そう、見渡す限り本の海である。いや、足を踏み入れた室内にびっしりと本が詰まっていることから、海というよりもむしろ森である。 部屋の隅に上階に行くための階段があり、所々に上部の本を取るための梯子と足場がある。
「なぁテテ。もしかして、この建物全部がこんな状態なのか?」
 仮に建物全体がこの状態だとすると、収められている本の数は一体どのくらいになるのだろうか、という素朴な疑問と、頭痛の原因がずっと続くのか、という憂鬱な気分を払拭したかったのだが
「そうですね、最上階の研究所は違いますけど、それ以外の階は大体こんな感じです」
 どうやら真の希望は儚く砕け散ったようだ。 意を決して目の前の本棚から一冊手に取り、開いてみるとさらに頭痛がひどくなった気がして、自分のこめかみあたりを揉み、頭痛を和らげようとする。
「兄さん何してるんですか?」
 その頭痛の原因と戦っている真にテテが話しかける。
「え? 何って、この中から研究している魔法の本を見つけるんじゃないのか?」
 真の聞いている話では、研究中のある魔法の手伝いだという事だ。 これだけの本がある建物の中で手伝いと言ったら、指定された本を見つけるというクエストだろうと思っていたのだが
「違いますよ。あたしたちが目指すのは最上階にある研究所です」
 どうやらそれは真の早とちりであったようだ。 テテの言葉に安堵し、最上階目指して階段を上り始める二人。 しかし
「テテ~まだ着かないの~?」
「兄さんみっともないですよ! それでも男ですか!」
 上り始めてわずか十分後、真は既に根を上げていた。
「だってまさかこんなに高いとは思わないだろ? 一体何メートルあるんだよこの塔は!」
「えっと、大体ですけど百メートルというところですかね」
 どうやら真が最初に推測した高さと同じの様だ。 つまり、日本で二番目に高い建物である東京タワーの三分の一程度の高さだが
「上に行く方法って階段しかないの?」
 さすがに階段で目指すとなると、それなりに体力が必要となる。
「ないです! 諦めて登ってください。それに、もう九割ほど登ってますから。あと2、3分で到着ですよ」
「マジで? それなら急いで登ろう!」
 そう言うと子供の様に階段を駆け上がっていく真であった。 その様子を見て
「兄さんって――」
 テテが一人呟くのであった。 その呟きからわずか一分後、最上階にて
「はぁ、はぁ。さすがに、きつかったか――」
 床に大の字になって息を切らす真と
「子供じゃないんですから」
 それを冷めた目で見下げるテテがいた。
「手を――貸してくれ」
「仕方ないですね、はい」
 情けなく寝転がる真に、手を差し出し、全体重をかけて引っ張り起こす。
「サンキュー。それで、ここが今日の目的地?」
 研究院の最上階は、今までのように本で埋め尽くされてはおらず、代わりに大きな釜やら望遠鏡、魔法陣などがそこかしこに存在していた。 その様子を少し見てから
「魔法ってこうやって作り出されてるんだな」
 今までと違う風景とその場の雰囲気で、萎えていた気力があっという間に復活し、目を輝かせながらテテに向きなおる。 その輝く目に、もう一度冷ややかな視線を送ると
「この場所だけ例外です。魔法の研究とか開発は、基本的に自分一人で行います。ただ、その場合にも目安というか、アイディアみたいなものが必要になるわけです。そんな時に訪れるのが魔法研究院であり、この研究所です」
 テテがそう言ったところに
「その通り」
 二人の後ろから声が掛かる。 振り返るとそこには、ガル爺にも負けない白髪の老人が、その顎髭を撫でながら二人の到着を待っていた。 真と視線を合わせると、その老人は再び口を開いて話し出す。
「初めてのお客さんじゃの? 儂はゴルド。この研究院の管理責任者じゃ。ここは古きを知って新しきを築く、といったことに役立てる魔法使いが多い。そこのお嬢ちゃんもそうじゃ」
 ゴルドと名乗った老人はテテを指さしてそう言う。
「へぇ――テテって意外と勉強家だったんだな?」
「意外ってどういう意味ですか? アークメイジたるもの、日々の研究と精進は欠かせないのです!」
 テテはその薄い胸を張って、自信満々に答える。
「でも、失敗が多いのはなんでだ?」
「それは――」
 真の思わぬ反論に言葉を失うテテであるが
「まぁお若いの。女の子はイジメるもんじゃないぞい。失敗が多いのはそのお嬢ちゃんの絶大な魔力故じゃ」
「「そうなの?」」
 ゴルドの発言に二人の声がシンクロする。
「なんじゃ、お嬢ちゃんわかってなかったのか? それなら覚えておくと良い。魔力と技術というのは相反するものなのじゃ。どちらかが低い場合、それに併せてもう一方も低くなって、バランスの取れる場所に落ち着くのじゃが――お嬢ちゃんの場合、自分の努力の結果じゃろうな。魔力が異常に高い。恐らくアークメイジの中でも比肩しうる者は限られるじゃろう。じゃがそれ故にまだ技術が伴っていない。じゃが慌てずともこれから技術も上がってくるじゃろうって」
 さらりとそこまでを述べたゴルドに、感心とも驚嘆ともいえない微妙な表情を作る二人である。 不意に真が口を開く
「ってことは――テテが成長したら、基本的には全部解決するってことか?」
「まぁ単純に言ったらそういう事に――」
「それって後、どのくらいですか?」
 真の言葉を肯定しようとしたゴルドのだが、その言葉を遮るようにテテが声を大にして聞く。
「――ん? お嬢ちゃんは早く大人になりたいのかね?」
「それは当然です! それで、どのくらいですか?」
「そうじゃな、大体じゃが――五、六年と言ったところかの」
 ゴルドのその一言がテテを奈落へと突き落とした。
「ふ、ふふ――あと、五、六年――」
 わなわなと肩が震え、俯いてぶつぶつと何事か呟いていることからも、テテはショックを隠し切れない様である。 テテは自分が幼いという事にコンプレックスでもあるのだろうか、と真が思い
「テテ、焦らなくても――」
「そんなお嬢ちゃんに朗報じゃ!」
 慰めの言葉を言おうとした真を遮って、ゴルドが声を大きくする。
「「朗報?」」
 ゴルドの言葉に二人とも声をシンクロさせて尋ねる。
「そうじゃ! 実はな、時間を操る魔法というのが発見されたんじゃ!」
「「時間を操る魔法?」」
 またしても二人の言葉が重なる。
「太古の昔じゃがな、時間を操作する魔法というのが存在したらしい。当然禁術になるのじゃが、今の人類の魔力じゃ使いこなすことが無理らしいの。じゃが、大掛かりな時間操作は無理じゃろうが、人に限定すれば出来るかもしれん。そこでじゃ――」
「その手伝いをあたしにさせてください!」
 鼻息荒くゴルドのセリフを、今度はテテが遮って言う。
「そう言うと思っとったわい。じゃからお嬢ちゃんを呼んだんじゃ」
 どうやらゴルドは、以前からテテが早く大人になりたがっているのを知っていたらしい。
「それで、具体的には何を手伝えばいいんですか?」
 そしてテテもゴルドの話にはものすごく興味があるようだ。 早く大人になりたい。大人になって魔力も技術も高めたい。そう考える少女には、このゴルドの話は眉唾ものだったに違いない。
「殆どの準備はもう完成しておるのじゃが、一つだけ足らないものがあるのじゃ」
 思わせぶりにそう言うゴルドだが、その話をしている顔にはなぜか暗い影が見える。
「その足らないもの、って何ですか?」
 しかし、ゴルドの話に夢中なテテはその様子に気付かない様である。 真は気付いていたが、全てを聞いてから判断しても遅くはないだろうと考えているのか、話を遮ることはしなかった。
「この王国の裏山にある、その名も逆時草ぎゃくじそうと言う薬草が必要なんじゃ。それは満月の夜のある時間にだけ光るらしい。それを採取してきてもらいたいのじゃ」
 ふと、昔にやっていた何かのRPGゲームのイベントを真は思い出していた。 失われた魔法だか呪文だかを復活させるため、必要となる素材を集めるイベントの事を考えていた真だが
「その採取クエストに、危険は無いのか?」
 そう、どんなクエストでも基本的にはモンスター討伐が付きまとう。 このクエストもそう言うものかと考えて質問した真だが
「裏山じゃからな、それなりにモンスターと遭遇するとは思うが――お前さんは国王推薦の勇者なのじゃろう? それなら大丈夫ではないのか?」
 今度は真を挑発するような発言をするゴルドである。 真が国王から勇者に指名され、魔王討伐を依頼されたことは、今やこの王国の誰でも知っている。 そのことに不思議はないのだが
「それを知ってるなら、そんな依頼を何で俺の仲間に頼むんだ?」
 これが問題である。
「単純な話じゃ。これからお前さんたちは魔王討伐に行くのじゃろう? その時、このお嬢ちゃんの魔法が強力なら、それだけで助かるのではないかな?」
 そう言いながらゴルドが真の目をまっすぐに見つめる。
「(嘘――というわけではないかもしれなが、目的はそれだけじゃなさそうだな)――分かった。どんな企みがあるのかは判断できないけど、その依頼引き受けた。――というよりも、テテが乗り気だからな」
 最後にそう呟きながらテテの方を見ると、既に準備完了といった様子で真を見つめていた。
「確か――今日がちょうど満月だったな。今日の夜行くか?」
「はい! 行きましょう!」
 テテのこの様子では、真が止めても多分一人で行くに違いない。 テテが危険に晒されないよう、二人で行くことを提案する真であった。
「おぉ! 行ってくれるか? それでは今夜の日付が変わる直前、逆時草は光ると思う。頼んだぞ」
 そしてゴルドも恐らく、テテにこの話をしたら取りに行くだろうと予想していたはずだ。 そうでなければ光る時間帯などは調べているはずがないからだ。



 真はクリスと同じ部屋に宿泊している。 しかし、真がクリスとそう言う関係にならないのには理由があった。 それは宿泊する部屋が決まった後、なぜかエリーヌとリュート、更にテテまで一緒の部屋に宿泊することになったからである。 クリスの気持ちは皆知っているはずだが、二人の仲が一向に進まないのは、こういった微妙な阻止運動が働いている所為もあるだろう。 女性陣の行動は意図しているのかそうでないのか、真は薄々感づいているのだが、クリスは気付いているかどうかは不明である。 皆が同じ部屋に泊まることに決まった後「みんな一緒だと楽しいよね~」と言っているあたり、恐らく気付いていないのだろう。 日が沈んで数時間が経過し、クリス、エリーヌ、リュートの三人は、晩酌のつもりがバカ騒ぎになってしまい
「死亡推定時刻は――午後八時といったところか――」
 物言わぬ死体へとなり替わっていた。 死体と言っても実際に命が無くなったわけではない。 単純に酔いつぶれて寝てしまっているという事だ。
「酔っていないとはいえ、兄さんも少し飲んでるんですから気を付けてくださいね」
 その三人を見てからテテが真に声を掛けてくる。
「あ、あぁ。心配してくれてありがとう」
「身体を案じているわけじゃなくて、これからのクエストに支障が出ないか心配なだけです」
 テテが視線を真に移して言う。 その視線に温度というものは全く存在しておらず、完全に疑っているのは誰の目から見ても明らかである。
「――ちょっとしか飲んでないから大丈夫――だと思う」
 テテの辛辣な発言に、一瞬言葉を失う真であるが、問題ないと答えてクエストに向かう準備を整える。
「足手まといになるようなら――容赦なく置いて行きますからね」
 視線よりもさらに極低温の言葉で、多少酔いが入っていた頭が急激に冷たくなっていくのを感じ、一気に酔いから覚める真であった。 王国の北にある裏山は、真がこの世界に転生した初日、と言うよりも転生を果たした場所がまさにそこである。
「そう言えば、ここに来るのって二回目なんだよな」
 思い返してみると、いきなりモンスターに襲われたという思い出しかない。 今はちょうどハマルを落とした崖の上である。 転生したばかりの頃は、自分の倒したモンスターが魔王軍幹部とは分からなかったわけであるが――。
「兄さんは、この山に何しに来たんですか? 正直この山って何もないですよ」
 この世界の住人から見ても、この山に特別な感情を持っているというわけではない様である。
「いや、気づいたらいた――って言うのが正直なところかな」
「気付いたら? って、兄さんってもしかして記憶喪失なんですか?」
「そう言うわけじゃないんだが――まぁ、機会があったらちゃんと話すよ」
 ここで「異世界から転生してきたんです」と伝えても、恐らく信じてはもらえないだろうと考えての言葉だったのだが
「機会があったら――ですか? 今だと何か都合が悪いんですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが――」
「あたしの事信用できませんか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが――」
「そしたらあたしの事、頼りにならないからですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが――」
「あの、さっきから同じ言葉しか言ってないですよ。壊れた記憶水晶みたいに」
「いや、そう言うわけじゃないんだが――」
「そろそろ怒りますよ」
「悪い。でも、今はその時じゃないって思ってるだけだ。テテの事を信頼してないわけじゃない」
 そう言うとテテに視線を送ってから
「それで、目的の逆時草ぎゃくじそうはどこに生えてるんだろうな」
 研究院にいるゴルドの話では、月の光を一番浴びる場所と言われている。 それを考えると
「普通に考えるなら、頂上ですよね! さ! 行きましょう!」
 テテはそう言うと、頂上に向かって歩き出す。 しかし、その僅か五秒後
「きゃあ!」
 真の視界からテテの姿が消えた。
「テテ! どこだ?」
 急に消えた仲間の姿を見つけるべく、左右を見回す真の耳に
「ここですぅ。兄さん助けてくださいぃ」
 微かにテテの声が聞こえる。 消え入るような声は、真の前方下部から聞こえてくるようであった。 その声のする方へと歩み寄り、崖を覗くと
「テテ!」
 ハマルと同じ状況に陥っていたテテの姿がそこにあった。
「ヤバいです。落ちそうですぅ。助けてくださいぃ」
 まさにハマルと同じである。 当時は近くにあった鞭で崖下に落としたわけだが
「頑張れ! 今助けるから! これに捕まれ!」
 その鞭で今は仲間を助けようとしている。もしかしたらこの鞭は、真が見つけるべくして見つけたものなのかもしれない。
「片手でも放したら落ちそうですぅ」
 崖の下で細い枝に必死にしがみついている少女に、一瞬でも手を放して鞭に捕まれと言うのは無理があるかもしれない。 それならばと今度は自分に鞭を巻き付け、近くにある木の枝に巻き付けてから、ゆっくりと少女の元へと降りて行き、手を伸ばす。
「もう大丈夫だ。俺に捕まれ!」
 しがみついている枝から手を放す様に叫ぶ真だが
「む――無理! 放せないですぅ」
 完全に体が恐怖で硬直してしまったテテは、枝から手が放せない様である。
「大丈夫だ! もう少しだけ! がんばれ!」
 テテにもう少しだけ勇気を出して手を掴まる様に言うが
「も、もう――ダメ」
 少女の脆弱な握力は、その身体を維持できるはずもなく、体力が限界に達し
「あ――――」
 ついに枝から手を放してしまう。 テテの手が、二度三度放してしまった枝を掴もうと握るが、その手は空を握るだけであり、テテの体が重力に従って落下を開始し始め
「テテーーーー!!」
 落下して数メートルのところで、テテの体を温かいものがきつく抱きしめる。
「兄さん!」
 真が鞭を巻き付けていた枝から鞭を解き、テテの小さな身体を抱きしめて、一緒に落下していた。 月明かりを乱反射する川が、二人の視界に映り残り十数メートルとなった時
「兄さん!」
 テテが一際きつく真を抱きしめ、目を瞑る。
「(あぁ、あたしここで死ぬんだ。まだまともに恋愛してないのに――)」
 走馬灯がチラリと見え、テテが死を覚悟した瞬間
「あったああぁぁぁ!」
 テテを抱きしめる真が叫び、右腕を激しく振り上げる。 川に着水するまでコンマ数秒。 その刹那の瞬間、重力に従って落下していた二人の体に、別の力が強烈に作用して空中でバウンドしてから
「え?」
 静止した。
「ふぅ――助かったぁ。大丈夫かテテ」
 大きく息を吐き、腕の中にいるテテに話しかける真。
「――だ、大丈夫、です」
 眼下を流れる川を見つめ、激しく鼓動する心臓の音を感じながら、テテが答える。
「どうすっかなぁ――死なないけど、風邪は引くな」
 真の言葉はテテに掛けられたものではなく、ほとんど独り言である。
「えっと――どうして、あ!」
 なぜ落ちていないのかを未だ判断出来ていなかったのか、テテが左右を見回してから真を見上げると、真が腕を上げて空を仰いでいるのが分かる。 いや、空を仰いでいるのではない。真の視線の先は、崖の一点を見つめていた。
「木の――枝?」
 先ほどテテがしがみついていた枝より、ひと回り太い枝に何かが巻き付いているのが見える。
「あれ、鞭?」
 テテが目を凝らして見ると、枝に巻き付いているのは、真の鞭だと分かる。
「いやあ、思い付きだったけど、やっぱり俺って運が良い――のかな?」
「どういうことですか?」
 テテの頭の中は未だに混乱しているようである。 その混乱を落ち着かせようと考えたわけではないかもしれないが、真がゆっくりと話し出す。
「いや、この崖って結構途中に枝があるみたいなんだよ。それで、さっきテテが放した枝の他にも生えてるかも、って思ってさ。そしたら運よく見つけられた――ってわけ! OK?」 真の言葉を聞いてようやく冷静さを取り戻したのか、顔を俯けて真に向かって話しかける。
「兄さん、馬鹿なんですか? 枝がないかも知れないんですよ!」
 真の腕に顔を埋めたまま、お前は馬鹿なのかと、そうテテが呟く。
「そんなのは分かってる。もしかしたら二人とも死んでたかもな」
「そしたらなんで――どうしてあたしを追ってきたんですか?」
 埋めていた腕から顔を上げ、真の顔を仰ぎ見て叫ぶ。
「何でって――」
 そこで一度言葉を切り、腕の中のテテを見て、その瞳と視線を交錯させる。 真を見上げるテテの瞳には涙が溜まり、安堵と恐怖と疑問と、その他のいろいろな感情が混ざって複雑な色を映し出していた。
「――理由が、必要か?」
 真の答えは、答えになっていない。それぐらいは混乱しているテテにも理解できただろう。 だがその言葉を聞いて、今までせき止めていた感情の堤防が決壊し、涙として流れ落ちる。
「馬鹿! 兄さんの馬鹿!」
 テテが泣きながら何度も真の胸を叩く。
「わ! ばかばか! 落ちる落ちる! この季節だと確実に風邪ひ――」
 二人分の体重は、少なく見積もっても百キロ弱だろう。その重量が鞭と枝に支えられている。 鞭の巻き付いている面積は極わずかであり、その僅かな面積に百キロ弱という圧力がかかっている。 しかもその先端が暴れているとなると、起こりうる現象は想像に難くない。
「「あああぁぁぁ」」
 二人の絶叫が崖に木霊し、その後に重量物が水面を強かに打つ鈍い音が続く。 最後に水しぶきを一メートルほど散らし、二人が川に激しく落水する。


「闇夜を照らす猛る火よ、出でよ照炎発動魔法イグナイト!」
 暗い洞窟から火を灯す微かな音が聞こえ、内部が仄かに明るくなる。
「お! 珍しく成功した!」
「兄さん、失礼ですよ!」
 少女が崖から転落し、少年の閃きにより窮地に一生を得たが、その後に崖下を流れる川に落水した二人、真とテテである。 現在は十二月の冬ど真ん中であり、気温は下がり、吹く風は危険なほど冷たくなっている。 そんな中、寒中水泳よろしく川を渡って出てきた二人は、手ごろな洞窟を見つけたのだが「濡れたままだとさすがに風邪引くよな」という真の言葉を皮切りに、火を起こして暖を取りつつ、服を乾かすという方法に至った二人である。 途中テテの「こっち見ないでくださいよ」「ロリコン」「訴えますよ」という、苦言を投げられたイベントも、無事にこなして今である。
「さすがに一糸まとわぬ――ってのは、いくら背中合わせでも恥ずかしいな」
「兄さんよりもあたしの方が恥ずかしいんですからね! さっきまで暗かったのに、明るくなったから更に恥ずかしいんですから、絶対にこっち振り返らないでくださいね」
 今現在、濡れた服を乾かすため二人は、真のセリフにもあるように生まれたままの姿であった。 今まで何人もの女性を知っており、真自身は恥ずかしいと感じているわけではない。まして今後ろで背中合わせなのが、中学生ぐらいの年齢だ。 世の中にはそう言う類の女性しか愛せない男性もいるが、真にはそういう趣味はないため、良からぬ感情など沸いてこないのだ。
「ックシュン!」
 寒いときは誰でも同じ生理現象が起こる。 真を思う銀髪のアークビショップよりも、かなり控えめなくしゃみだったが、それでも静まり返った洞窟内に響くには十分な音量である。
「ん? 大丈夫か?」
「寒い、ですね」
「まぁ、何も着てないしな」
「でも兄さんの背中、あったかいです」
 背中越しに肌を伝わる体温は、確かに温かく感じるのだ。体温は人の肌通し合わせると、お互いに熱を奪い合い、奪った熱を保温するらしい。 という事を思い出し
「知ってるか?」
「何をですか?」
「寒いときは、裸で抱き合うとあったかいんだって――いっ痛!」
 発言した真のわき腹を、テテの華奢で鋭い肘が抉る。
「何言ってるんですか! 変態ですか? 変態ですね! 訴えますよ!」
「テテとはそんなつもりはねぇよ」
 真の言葉に若干落ち込んだ様子を見せるテテだが、当然真からはその様子を覗い知ることは出来ない。 その俯いているテテに真が続けて言う。
「まぁエロい意味じゃなくても、雪山で遭難するとやるらしいぞ」
 本当に裸で抱き合うかどうかは別として、そういう知識は知っている。
「――――」
 テテが小さく呟く。 その呟きは真の耳には届かず
「は? 何て言ったの?」
 振り返らない様に注意して真が尋ねる。
「――下さぃね」
 再びテテが小さく呟く。 先ほどよりも、気持ち大きくなったようだが、それでも真には何を言っているのか聞き取れなかったようだ。
「はいぃぃ?」
 その事に若干のイラつきを覚え、声を大きくして真が尋ねる。
「だから――絶対に見ないでくださいね!」
「は?」
 今度ははっきりと、真の耳にもテテの声が響く。 しかし、その意味が完全に理解出来る前に、答えが真の背中に伝わる。 背中の一点のみで伝わっていた温もりが背中全体に広がる。 真の胸に優しく巻かれた細くて華奢な腕は、焚火の色を反映しているのか、それとも体温が上昇しているからなのかは不明だが、紅潮し震えている。 肩あたりに感じる控えめな柔らかい感触と、薄い肌を通して直に心臓の鼓動が伝わってくる。
「兄さん――温かいです」
「無理するな。そう言うつもりで言ったわけじゃない」
 自分の胸に巻かれた、震える腕に手を添えて真が話しかける。
「無理――じゃないです」
「震えてるじゃないか」
 真としては、決して良からぬことを考えて発言したわけではない。純粋に知識の一つとして教えただけである。 しかし、テテはそうは受け取らなかったようである。
「――あたしって、魅力無いですか?」
「は? 何言ってんの?」
 突然のテテの発言に、いくら真でも答えに戸惑わざるを得ないようだ。
「良いから、答えて下さい」
「それは――って何で?」
 こういう状況になった場合、回避する手段は男側にはほとんどない。 その限られた選択肢の中で、真が選んだ「問い返す」という方法は、かなり有効な方法だと言えるだろう。 実際、質問されて答えに戸惑った場合、相手に問い返すというのは、心理学上でも有効な手段だという。 しかし中途半端な知識は、究極の覚悟を前にした場合、愚策となる。
「さっき言ってたじゃないですか。あたしとはそんなつもりはないって――だから、あたしってそんなに、魅力無いのかな? って――」
 真の選んだ選択肢は有効であるが、それは同時に諸刃の剣にもなりうるのだ。 相手の女性に覚悟があった場合、一気に窮地に立たされるのだ。 答えに戸惑う真に、更にテテが畳みかける。
「あたし、初めてですけど――」
 これが今のテテの覚悟である。 後ろから小さな声でも聞こえるよう、真の耳に口を近づけ
「兄さんなら――」
 テテの小さな唇から紡がれるその言葉は、未成熟ながら濃密な誘惑と、青くても甘さを凝縮した危険を内包する麻薬であった。
「(これは麻薬キケンだ)――テテ!」
 現状を抜け出そうと、視線を左右に送っていた真の視界に光るものが映り、テテの名前を呼ぶが
「兄さん――」
 テテはそれに気付かず、目をとろける様に閉じかけている。
「いや、テテ! あれ! あれ見ろ!」
 真の言葉に火照っていた頭が急速に冷え、視界が開ける。
「あの光は」
「もしかして」
「「逆時草ぎゃくじそう」」
 洞窟の僅かに外、仄かに光る花を見て、二人が同時に叫ぶ。 その花を回収すべく、二人が立ち上がろうとして
「きゃあっ!」
 テテが悲鳴を上げる。
「ん? どした?」
 悲鳴に思わず振り返る真の視界に映し出されたのは、両手で顔を覆い自分の視界を塞いでいる、一糸まとわぬ未成熟なテテの姿であった。 その姿を見て自分たちが今、どういう状況かを思い出し
「あ! そ、そのまま! 今服着るから」
 慌てて乾かしている服を身に着ける。が
「冷たっ!」
 まだ完全に乾いていなかったようである。当然だが、目の前で視界を塞いでいるテテの装備もそうである。
「まだ、装備乾いてないんだけど――」
「兄さん! 男ですよね? 多少冷たいぐらい我慢してください! ほら! 採って来て下さい! あたしの方見ないようにして下さいね! 少しでも見たら訴えますから! 訴えてからあたしの魔法で殺しますから!」
 一気にそこまで言うと真に背を向けて、膝を抱え込むテテである。
「わ、分かった」
 そして年下の女の子の剣幕に負け、肩を落として乾いていない装備を身に着け、目的の花を回収する。
「採ってきたぞ」
「見てませんよね?」
 先ほどの甘く危険な麻薬から、鋭く危険な凶器と化した視線と言葉がテテから放たれる。
「――そんなに命知らずじゃありません」
「今、なんで少し間が空いたんですか?」
 氷の様に冷たい言葉が紡がれる。
「いえ」
「見たんですよね?」
 炎の様に熱い言葉が放たれる。
「見てません」
「怒りませんから、正直に言って下さい」
 風の様に柔らかな言葉が吹き抜ける。
「――――ほんの、少しだけ、チラリと」
雷極光陣魔法ライトニング!!」
 王国の裏山に、一筋の雷が落ちた。


「そう泣くなって! な!」
 体中を黒いすすで汚した真と
「グスッ。でも、でもぉ」
 同じように煤で真っ黒になったテテが、並んで宿への道を歩く。 逆時草ぎゃくじそうを回収し、装備を完全に乾かしてから研究院に戻り、ゴルドに逆時草ぎゃくじそうを渡した。 魔法の開発まであと逆時草ぎゃくじそうを投入するだけとなり、釜に投入した瞬間になぜか釜が爆発してしまったのだ。 ゴルドが言うには、製法に何かしらの問題があったとのこと。それが何かは分からないが、時間を操作する魔法の開発は、無事失敗したのである。 開発に失敗したことがかなり残念だったのか、テテが泣き止む様子は一向にない。 そのテテに
「早く成長して、思うように魔法を操りたいってのは分かるけど、最近成功することが多いじゃないか! 成長してる証拠だよ」
 慰めの言葉を真が言う。 実際のところ、最近は魔法の成功率が高くなっているのだ。先ほどの雷極光陣魔法ライトニング小火発動魔法イグナイトは成功している。 そのことを純粋に褒める真である。
「私が早く大人になりたい理由は、それだけじゃないんです!」
 歩きながら真の方を振り向き、両手を握って訴える。
「ん? じゃあ、なんでだ?」
「最初はもちろん魔法の事しか頭になかったですけど、今は早く成長してクリスやエリーヌみたいに、大人の女性ってのになりたいんです!」
「そう――か」
 その発言を最後に、無言で歩く二人。 宿の入り口に到着し、不意に真が口を開く。
「あのさ、ちょっと考えてたんだけど」
「はい?」
「魅力ってさ、心と身体が成長するから、その人の魅力が光るんじゃないかと思うんだ。それが体だけ成長しても、テテが魅力的になるとは限らないと思うんだ。テテには二人とは違った魅力があるから――これから両方磨いていけば良い! って思うんだけど」
 その言葉を聞いて、驚いたように目を見開いて真の顔を覗き込む。 突然のテテの行動に
「あの――テテ?」
 今日気付いてしまったテテの気持ちと、裏山での出来事を思い出し、テテから視線を外す真だが
「口説いてるんですか?」
「――違うわ! ほら! 入るぞ!」
 そう言うと宿の扉を開き、真は中に入っていってしまう。 その背中を見つめて
「今度は――逃がしませんからね。兄さん」
 そう呟くテテを、満月の光が優しく包んでいた。

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