Q.最強の職業は何ですか? A.遊び人です

ノベルバユーザー225229

Q.街に着いたら何をすれば良いんですか? A.職業を決めましょう

 十一月の朝の気温は肌寒い。秋の終わりという事もあるのだろう。 既に息は白く残るようになり、隙間風は冷たく吹き込む季節になる。 それは日本だけでなく、この異世界でも同じである。 つまり
「ぶえっくしょ~ん!!」
 藁の敷き詰められた馬小屋に、ひと際大きく響き渡る寒さを感じた時に人間が発する生理現象、くしゃみ。 そのくしゃみを発した張本人と
「うるせぇな。お前女だろ? もう少しお淑やかにくしゃみ出来ねぇのかよ?」
 隣でくしゃみをする女性にクレームを言う少年、真。 10時間と少し前に地球での命の火が消え、ある・・世界の命運を託されてこの世界に転生した少年である。 転生した初日からモンスターに追いかけられ、必死の思いで逃げてきてこの聖ゾディアック王国に辿り着いた。 しかし、宿泊するための資金がなく、馬小屋で一泊することを余儀なくされたわけであるが
「なぁ、せっかく異世界に転生したのに、これってどういうことだ?」
「どういうことって――何が?」
「確か俺はこの世界を救うべく転生した、『勇者』なんだよな?」
 自分が転生した理由を問うべく、十数時間前の記憶をたどって、今目の前にいるクリスが発言した言葉を口に出して確認する。
「そうよ」
 指を頬に当てて首を傾げ、真の質問にクリスが答える。
「それなのにこの扱いは何だと聞いている」
 クリスの答えを聞いて自分の記憶が正しいことが分かり、改めて今の扱いに真が不満を言う。
「勇者って言っても、それはみんなが呼ぶ通称であって、この世界ではそんな職業は存在しないわ。RPGをやったことのある人なら、そのぐらいわかると思うんだけど――」
「やっぱりお前、殴っていいか?」
 ポラリスで抱いた感情と同じ感情が再度湧きあがり、拳を力一杯握り絞めながらひきつった笑顔をクリスに向ける。
「――――」
 涙を浮かべながら両手を組み、プルプルと首を左右に振ってクリスが許しを請う。
「――はぁ。で、俺はこれから何をすれば良いの?」 転生する前も後も、詳細な説明を受けていないため、説明を求める真であるが「私、女神なのよ。そんなこと分かるわけないじゃない!」
 自分は女神だ。これからどうしたら良いかなどは知らない。自分で考えて行動しろ。クリスはそう言っているのだ。 いっそ清々しいほどに開き直った返答をするクリスの目の前に、巨大な星が回って出現する。
「さて、一文無しじゃ何も出来ないからな。取りあえず職探しに行くぞ!」
 クリスの脳天に鉄拳を一発叩き込み、当面の資金を工面するために職を探しに出る真。その手には、頭をさするクリスの手がしっかりと握られていた。


「いった~い――たんこぶが出来ちゃったじゃない! あんた女の子を殴るなんて最低ね!」
 馬小屋を真に引きずられて出てきて5分後、未だ痛みが治まらない頭をさすりながら、クリスが罵声を浴びせる。
「うるさい役立たず! それで、職を探すためにはどうしたら良いんだ?」
 先ほど、クリスがこの世界にも職業があると言っていた。そして転生する前、魔法の力が発達した世界と聞いている。 それならば戦士や魔法使いといった職業がこの世界にはあるはずである。 それらの職業に就くためにどうしたら良いのかを聞いたのだが
「え? う~~ん――私もこの世界に来るの初めてだからなぁ――」
 やはりこの女神、役立たずである。
「はぁ――もういい」
 溜息と共にそう言うと、近くの通行人の中から一番若くて綺麗な女性を見つけ出し
「ねぇねぇ、俺さ、最近この街に来たばかりで、分からないことが多いんだ。それでいろいろと教えて欲しいんだけど、今時間ある?」
 軽い口調で声をかけ、必要な情報を得るために笑い話を交え、目の前の女性に話しかける。 とどのつまり、簡単に言うとナンパである。 その様子を遠くから見つめるクリスは一言
「チャラっ!」
 そう呟き、続けて溜息混じりに
「本当にあの人で良かったのかしら? この様子を見ちゃうと、運命星の人選も疑わざるを得なくなるわ――」
 愚痴をこぼすのである。
「何を疑うって?」
「え? 本当にあなたがこの世界の命運に関わるのか、ってことよ」
 もはや隠す必要もないのだろう。自分の心に沸いた猜疑心を、包み隠さず真に伝える。
「そんなのは分からん。ポラリスでも言ったけど、魔王を倒せるかどうかは分からない。それで今聞いた情報だと、職業を選択するにはギルドに行けば良いらしい。この道をまっすぐ行ったところにあるってよ」
 ナンパまがいに聞いた情報をクリスに伝え、ギルドのある方向を指さして言う真。
「へぇ、ちゃんと情報収集もしてたんだ! ナンパしてるだけかと思ったけど、必要な情報もちゃんと仕入れてるのね。少し見直した!」
「当前だ! 何せチュートリアルをしてくれるはずのやつが、全くの役立たずだからな! ほら、行くぞ!」
 最後に嫌味を強調してギルドのある道を歩いて行く。


「ここがギルドかぁ――っていうか、ただのパブじゃねぇか!」
 ナンパで得た、もとい女性から提供された情報を元に辿り着いた場所は、地球のイギリスにあるような酒場――パブであった。 二階建ての建物におしゃれな木枠を備えた窓。木製の扉の奥からは、笑い声やビールジョッキを打ち合わせる音が漏れている。
「ねぇマコト、本当にここに入るの?」
「何だクリス。怖いのか?」
「こういうところに入ったことないから――」
 きっと今までポラリスから出たことがないのだろう。クリスの表情からは、不安の色が濃く表れているのが分かる。 しかし、それは未成年である真も同じである。
「ま、入ってみないと何も進展しないからな! 行くぞクリス」
 そう言って扉を引いて中に入る。 ギルドの中は午前中だというのに関わらず、既に賑わっていた。 その様子を眺めていると、一人のウェイトレスが真達に気付いて声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ~。お食事の場合はテーブルへ、お仕事探しならカウンターへどうぞ」
「えっと、今日この街に来たばかりで職業がないんだ。どうやったら良いのかな?」
「はい、ギルド登録ですね? それでしたらカウンターで受け付けています。案内係の者にお尋ねください」
 ウェイトレスはそう言いながら、カウンターを指さして案内する。
「ありがとう、ちなみにあなたのお名前は?」
 さりげなくウェイトレスをナンパしようとするが
「はいはい、ギルド登録でしょ! 行くわよ!」
 クリスに手を強引に引かれ、名前を聞く暇もなくカウンターの前まで到着する。
「すいません、ギルド登録をしたいんですが――」
 カウンターにいる案内係に、職業登録をしたい旨を伝えると、中から女性が一人出て来て
「すいませんお待たせしました。ギルド登録ですね? それでは最初に職業を教えて下さい」
「それが、今日この着いたばかりで職業もないんですけど――とそれよりも、お姉さん! あなたのお名前を教えて下さい」
 案内係の女性をすかさずナンパするあたり、やはり遊び人なのだろう。女性を安心させるために全力で笑顔を作り、話しやすい雰囲気を作りだす。 ナンパしている真の背中に、クリスの冷たい視線が突き刺さるが、今更この女神の呆れを含んだ視線を受けたところで、真の性格に何か変化をもたらすという事はない。
「私はギルドに登録している方たちの案内を担当しています、ミオンと言います。何かお困りのことがございましたらお気軽にお声をおかけ下さい」
 真の軽薄な行動に、案内係の女性はテンプレート通りの受け答えをして、冷たい視線を真に送る。 恐らくこういったことには慣れているのかもしれない。
「(ちっ、この人は無理か)――えっと、どういう風に登録すれば良いんですか?」
 笑顔を崩さずにナンパするのを断念し、諦めてギルド登録を再開する。
「はい、まずはこちらのカードをどうぞ」
 そう言うと、名刺より少し大きめのカードを取り出し、真に見せる。
「こちらが登録カードです。何も職業に就かれていないとのことでしたが、その場合は基本色である『ハンター』になっています。このカードに触れた方の魂を読み取り、情報が表示されます。それと――こちらへどうぞ」
 そう言うと案内係のミオンは、カウンターから出てくると、ある扉の前まで二人を連れて行く。
「こちらがステータスルームです。ステータスルームでは、ギルドカードに蓄積された経験値やスキルポイントを確認でき、職業の変更やスキル習得が出来ます。そのほかギルドカードには簡易な表示し化されませんが、こちらのですと詳細な情報が確認できます」
 そう言うとミオンは二人にギルドカードを一枚ずつ渡し
「それではお一人ずつ中に入って、ステータスを確認してください。その後に職業の説明をさせていただきます」
 ミオンからギルドカードを受け取ると
「俺から入って良いか?」
 別にどちらから入っても問題はないのだろうが、念のためクリスに確認する。 クリスが頷いて肯定を示すと「それじゃお先に」と言い、真がステータスルームに入る。


 ステータスルームに入り、ミオンから受け取ったステータスカードを改めて確認すると、見たこともない文字が浮かび上がっていた。 完全に地球には存在しないはずの言語。それなのになぜか読めてしまうのは、転生する前にクリスの言っていた、何らかの方法で読めるようになっているからだ。 ステータスル-ムの中は試着部屋ぐらいの広さで、入るとすぐ目の前に掲示板のような木枠があり、その下に腰の高さぐらいの台座がある。 その台座には四角形のくぼみがあるのが確認できる。ここにギルドカードを置くのだろう。 渡されたカードをくぼみにセットすると、目の前の掲示板に次々と情報が刻まれていく。
「へぇ――これが魔法の力かぁ」
 地球では起こりえない現象を目の当たりにし、魔法の力の存在を改めて認識する。 刻み込まれたステータスを真が確認し
「ハンター、耐久値23、干渉値6、優先度1、力9、素早さ23、器用さ75、知力255、幸運255――これってどうなんだろう? 強いのかな? 弱いのかな?」
 表示された内容を読み上げ、自分の能力がどの程度なのか頭を巡らせていると、掲示板の右下に【参考数値】と書かれているのを発見する。 そこには次のように書かれていた。
『登録初期は皆さんハンターになっています。優先度が1の時の平均値は次のようになっています。耐久値30、干渉値15、力20、素早さ10、器用さ10、知力20、幸運20』
 この表示を見てから改めて自分の能力を確認し
「ってことは――バトルに必要なものが軒並み平均以下かよ! 俺どんだけ弱いんだよ! 何だよ知力と幸運が255って!? 戦闘じゃ何の役にも立たねぇじゃねぇか!」
 ステータスルームの中で一人叫び、自分の基本能力の低さに、落胆と怒りを同時に覚える真である。
「はぁ、これで出来る職業ってあるのかな?」
 深く溜息を吐き出し、真がステータスルームを出てくると
「ねぇねぇ! どうだった?」
 クリスが目を輝かせて真に尋ねてくる。自分が異世界に転生させて、恐らく最後の救世主になるだろうと期待しているのだろうが
「戦闘に必要な基本能力はすべて平均以下――」
 クリスの期待のまなざしを直視できず、下を向きながらそう伝え、続けて
「その中で知力と幸運が上限数値なのが、いっそ不思議なぐらいだ」
 顔を上げ、この世界のまだ見ぬ遠い地平線に視線を送る。
「――じゃ私も行ってくるね!」
 その遠い目をしている真と、視線を合わさないようにしてクリスが部屋に入っていく。
「ふっ――俺って何者なんだろう?」
 真が己の存在意義を自分の中に問う様は、一種の悟りを開いた賢者の様でもあった。


 真がステータスルームから出てきてから約10分後、入れ替わりで入ったクリスが部屋から出てくる。
「それでは各職業についての説明をします。まずは基本職であるハンターですね。まずギルドに登録すると全ての人がこの職業になります。戦闘やクエストをクリアして経験を積み、更に上の職業を目指します。これといって特化した能力はないですが、攻守においてバランスが良い職業とも言えますね! 次に――」
 ミオンが職業について説明をする。 基本職であるハンター、戦士、格闘家、魔法使い、僧侶、盗賊、遊び人の説明が終わり
「以上が基本職です。続いて上級職についてです。基本職で能力を高めて一定の基準を超えると上級職に転職できます。例えば戦士で力を上げて格闘家で素早さを上げると、バトルマスターと言う上級職に転職できます。各上級職に必要な能力値は、こちらのステータスルームで確認できますよ」
 上級職についての説明を聞き、自分の能力値を思い出して真が溜息をついて
「はぁ――知力と幸運が最高レベルだとどんな職業に向いてますか?」
 暗い顔をしてミオンに自分の職業についてアドバイスを求める。
「そうですね――知力と幸運――盗賊か遊び人、ですかね」
 ミオンが言いづらそうに真に向いている職業を紹介する。 真の顔を見ないのは、自分の発言がいかに残酷なのか分かっているのだろう。
「それじゃ、遊び人は嫌なのでとりあえず盗賊でお願いします」
「盗賊ですね。かしこまりました」
 部屋で確認した自分の能力が、平均を大きく下回っていたことのダメージは、真を思いのほか深く憂鬱にさせたようだ。
「そう言えばお前はどうだった?」
 自分のステータスが平均値を下回っていた事を考え、クリスにも過度の期待はすべきでない。 それは分かっていたのだが、部屋から出てきたクリスの能力値を、確認していないことを思い出して聞いてみる。
「えっとね、知力が平均をだいぶ下回ってるのと、幸運がゼロだった以外は、平均値を大きく上回っていたわよ!」
「――具体的には?」
「えっとね――耐久値が120、干渉値99、力78、素早さ92、器用さ101かな」
「「は?」」
 クリスの規格外の数値を聞かされて真の声が大きくなる。 その数値を隣で一緒に聞いていたミオンも同じ言葉を発する。しかし、その中身は真とは明らかに温度が違い、歓迎する色が強いのが分かる。
「初期からその能力値はすごいなんてもんじゃないですよ! 知力を必要とする賢者は無理ですが、バトルマスター、パラディン、アークビショップなど殆どの上級職になれますよ」
「えっと、そしたらアークビショップにしようかな!」
「アークビショップですね! 回復魔法や補助魔法に特化していて、仲間を支援するだけでなく、戦闘の前線でも活躍できる職業ですよ!」
 ミオンの驚嘆と歓迎の声がギルド内に響き、パブで飲んでいたほかのハンターたちが一斉にクリスを見る。
「クリス様! ギルド登録ありがとうございます! スタッフ一同クリス様のご活躍を期待しております」
 ミオンがギルドのスタッフを全員集めてクリスの前に並ばせ、続けて歓迎の言葉を告げて頭を下げる。 その瞬間、ギルド内から大歓声があがる。 そこかしこから「いきなりアークビショップかよ!」や「ヤベェ奴が現れた!」、「あいつが魔王を倒すんじゃないか?」などの声が聞こえる。 完全に置いてけぼりを食らった真は
「あれ? 俺って確か運命に導かれて転生したんだよな? 俺の立場って――」
 自分の存在意義を改めて確認していたのである。


 クリスを歓迎するどんちゃん騒ぎが行われた翌日
「ぶえっくしょ~ん!!」
 藁の敷き詰められた馬小屋に、再び響き渡る生理現象、くしゃみ。 昨日ギルド登録を済ませ、盗賊になった真とアークビショップになったクリス。
「うぅ~寒みぃ。って――おい! そろそろ起きろよ!」
 大股を開き、真の隣で馬小屋でいびきをかいて寝ているクリスを、爪先で軽く蹴って起こす。
「ん? ふにゃぁ――あ、おはようマコト。昨日は楽しかったね」
 目をこすって起き上がり、一つ大きなあくびをするクリス。
「(女子力低っ!)――おはようじゃねぇよ、もうすぐ昼だぞ! ギルドに行かないとまずいんじゃないのか?」
 初クエストの依頼を確認するため、ギルドに向かうよう声を荒げる真であるが
「え? あと10分だけ。お願い」
 そう言って再び目を閉じて倒れ込み、微睡の中に意識を投じるクリスに
「はぁ――(どうやら反省というものがこいつはないらしい)」
 深いため息とともに冷たい視線を送り、拳に力を込める。


「いった~~い。ねぇマコト! あなたには女の子に対する優しさっていうものがないの?」
 馬小屋で再び鉄拳制裁を食らったクリスが、真にクレームをつける。
「うるさい! 俺の中でお前は既に女じゃない!」
 昨日、ギルドで男どもと腕相撲をし、並み居る力自慢の男どもを負かして掛け金を総取りし、その金でシャンパンをラッパ飲みしたあげく、店の裏口でキラキラと光るものを口から逆流させ、真に介抱させたのだ。
「(顔が可愛くても、さすがに――)」
 その真がこう感じるのも無理はないかも知れない。 ギルドに到着し、ドアを開いて中に入る。
「いらっしゃいませ~。あ、クリス様! 昨日はありがとうございました! それで、お食事代なんですが――」
 ウェイトレスがそう言ってクリスに細長い紙を渡す。
「私たちも楽しませてもらいましたから、多少値引きはさせてもらってますので!」
 そう言うとウェイトレスは満面の笑顔をする。 クリスがウェイトレスから受け取った細長い紙、それは
「10万ルーク!!」
 請求書であった。 それもかなりの高額が記載され、請求先がご丁寧に「クリス様」となっている。
「――――――」
 その高額の請求書にクリスが言葉を失い、真の方を見て涙を浮かべる。
「ん? どしたクリス。あ! そう言えば昨日の飲み代、ツケにしてたよな? お前金あるの?」
 ウェイトレスから何を受け取ったのかを理解し、請求額が支払えるのかを確認するが
「えっと――マコトって今いくら持ってる?」
 あろうことかクリスは、真の現在の所持金を聞いてきたのである。
「は? あるわけないだろ! 昨日も言ったけど俺は無一文なんだよ」
 転生して二日。 真がやったことと言えば、羊型のモンスターを崖から叩き落し、その後に大型犬に似たモンスターから逃げ、ギルドに登録しただけだ。所持金などあるわけはない。 真の答えを受けてウェイトレスに向きなおり
「――これって今日払わないとダメですか?」
「えっとそうですね――出来たら今日お支払い頂きたいのですが、かなりの高額ですものね」
 この世界の相場がどの程度か、真には想像がつかないが、それでもウェイトレスの発言からかなりの高額だという事は理解できる。
「分割ってできますか?」
 請求された金額を、一括で支払うことは不可能だと踏んだのだろう。クリスは支払方法についてウェイトレスに伺いを立てる。
「それは大丈夫ですが、今はあまりクエストがない状態ですよ。どうしますか?」
 クリスが提案した支払方法は可能だという事だが、その後に続いたのは残酷な言葉であった。
「それは――」
 そう呟くとクリスが再び真の方を振り返る。
「何だよ?」
「マコト~~」
 涙を浮かべ、真に助けを求めてくる。
「知らねぇよ! お前が騒いで飲み食いしたんじゃねぇか!」
 そのクリスを真が冷たく突き放す。
「でもでも、マコトも昨日一緒にいたじゃない! 私たち仲間でしょ! お願い助けて!」
 その様子を後ろで静かに見つめるウェイトレスがクリスに提案する。
「えっと――そしたら別の仕事を手配しますので、お支払いはそこから天引きという事ではいかがですか?」
 恐らく店側としても苦肉の策だろう。その証拠に、困った顔をしているのが誰の目にも分かる。
「良いんですか! それならそれでお願いします!」
 無一文状態に差し込んだ一つの光明。これに飛びつかない人はいないだろう。 それは人間でも女神でも同じである、というのが今証明された。 恐らくクリスにはウェイトレスのその提案が、救世主の声にでも聞こえたのだろう。頭を上下に何度も振り、ウェイトレスの提案に乗っかるクリスであるが
「ただしその場合、給料がゼロになりますが仕方ないですよね」
「――――」
 その後に続いたウェイトレスの発言に、奈落に叩き落されたのである。

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