シリ婚~俺の彼女はラブドール!?
49話 「人形にできないこと」
屋敷の外の庭を越えた先にある地下の風呂で衝撃的なことが起こった。
ボタンが繭に突然キスをした。それを見た私はボタンが何の脈略もなくそして躊躇なくキスを実行するんことに恐怖を感じた。
こいつは狂ってる、絶対に何かやって来る!
ボタンはその時いた姉の心春に頬を叩かれ制裁を受けた。
「繭お姉様は人間だから赤ちゃんを産むことができる、けど私達はそれをできないわ」
ボタンは最後に私に対しそう不吉なことを言い残し去っていった。
「は? どういうことだ?」
私は茫然と立ち尽くしボタンの言った言葉の意味を考える。
繭が人間だから赤ちゃんを産める? なんだそれは?
私は知識として人間が女性のお腹から生まれることは知っていたがそれがどういった仕組みでそうなっているのか詳しくは知らない。
せいぜい男と女が一緒に居ればできるぐらいだ。そもそも赤ちゃんを産むというのがどういった意味を持つことかもあまりよく分からない。
「ボタンのやつ意味の分からないことを言いやがってしかも私達が赤ちゃんを産めないだと? バカを言うな」
私はボタンが去って言った方向に対しそう言った。
だいたい親父は男一人で私達娘を造ったんだ、なら人形の私でも何とかして赤ちゃんくらいできるだろ……ふふふ、将来大我と私の赤ちゃんを何人産もうか。
私は幸せな未来を想像してにやけた。
「繭、大丈夫? ねぇお願い夢見鳥に何か言って!」
夢見鳥が繭を必死に呼ぶ声がした。私はその声に反応し振り返ると繭が下を向いて落ち込んでいるのが目に映った。
夢見鳥が繭を揺らして呼び掛けているが繭はただ揺さぶられるだけでまったく反応しない。まるで人形のようだ。
「っ、繭!」
私は慌てて繭の側に行く。そして繭の顔を見ると無表情で目から涙を流していた。ボタンにキスをされたのがよほどショックだったみたいだ。
「繭! すまない、いや……ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」
私は繭の現状を見てとても哀しくなり思わず繭を抱き締めて謝った。
私が人間の女性の体を調べるなんてバカなことを言わなければ繭はこんな目に合わなかった。
「……胡蝶ちゃん」
繭がやっと反応して私を呼ぶ。
「気にしないで……胡蝶ちゃんは悪くないわ」
「……っ!」
繭は無理して笑顔を造ろうとしながら私に言う。
気にしてないなんて嘘だ……繭は私を庇おうとしている……そんなことしなくて良いのに、私を罵っても良いのに。
私はもう繭に対し何もできない。かける言葉が見つからない。
「繭様ぁ、申し訳ございません」
心春の謝罪を皮切りに次々と他の姉達が繭にボタンとバラの不始末について謝罪を告げて最後に慰めの言葉をを言う。
私はその光景を茫然と突っ立って見ていた。
繭に償いをしなきゃなんねぇ……けどその前やることがある。
私はそう考えると拳に力が入った。
「ボタン、バラ、てめぇらは私が壊す」
そう呟いた瞬間だ。
「胡蝶ちゃん」
「っ!」
突然後ろから名前を呼ばれたのでビクッとした。
「なんだ……えーと」
「私はヒガンバナよ」
振り返りヒガンバナの体を見て思わず目を見開いた。彼女の体は傷だらけだった。
「……私に何のようだ?」
「胡蝶ちゃん、あなたに言いたいことがあるの、繭様は古家家の大切なお客様なのよ? けどあなたが原因でおもてなしを失敗したわ」
「……すまないヒガンバナ」
私はヒガンバナに頭を下げて謝罪する。
「本当だったら胡蝶ちゃん、あなたは私の手で反省させるけど今のあなたは久我様の所有物だから後で久我様にしっかり反省させられなさい!」
ヒガンバナの厳しい言葉に私は頭を下げた状態で聞いて萎縮した。
……。
「っ、痛!」
突然髪を引っ張られ痛みを感じたので顔を上げる。
「胡蝶、本当に反省するのよ……それと私達姉のことは呼び捨てにせずちゃんとお姉様と呼びなさい」
ヒガンバナが冷たい表情をして私の髪の毛を掴んで言う。
「わかった……ヒガンバナお姉様」
逆らうのは得策じゃないと判断してヒガンバナの言う通りにする。
「ヒガンバナお姉様、胡蝶ちゃんと話は終わりましたか?」
スイカズラがやってきて質問する。
「ええ終わったわ」
先程の冷たい表情とは違って笑顔でヒガンバナは答える。
「あとはボタンちゃんとバラちゃん、あの子達を制裁しなきゃね」
「そうですね、特にボタンちゃんは一回私達が厳しく注意したことがあったのにまた問題を起こしたから今度は徹底的にやらないと」
ヒガンバナとスイカズラが何やら物騒なことを言っている。
やっぱりな、こいつら毒を持っていやがった。
私は姉妹の豹変ぶりに恐怖を感じると同時にこの姉妹を決して怒らせてはいけないという自分の予想が正しかったことを確信した。
……。
騒動の後私達は地下のお風呂を後にした。寝るときの服である赤い浴衣に着替えて大我がいる部屋を目指して廊下を歩く。
はぁ、大我に心春と浮気した理由を聞こうと思ったがそれどころじゃねぇな。
一度立ち止まる。
大我に私が原因で繭を傷つけたことを言ったらあいつは激怒して私を嫌うだろうな。
考えれば胸が締め付けられてくる。そうなったら大我はきっと私を捨てる。
最悪な未来にゾッとして体が震えた。
いっそのこと今回の騒動を黙っておくか?
最低な選択が頭をよぎる。しかしすぐにその選択を捨てた。
大我はそんな卑怯なことをする女なんか好きにならねぇ……いったい私は今後どうすればいいんだ?
私は大我が大好きでなおかつ愛しているのだ、それ故に悩む。そうして悩めば悩む程、胸を締め付けていたモノが強くなってやがて耐えきれなくなり私の顔に信号を送り吐き出そうとする。
「はは、なんだこれ?」
不思議なことに私は泣いているのだが何故かスッキリしない。
泣くときに吐き出そうとするものが心から顔、顔から目に伝わるのだが何故かいつも目で停まってスッキリせずにどこかモヤモヤする。
私はいつもより大きく感じるモヤモヤに対しその場にしゃがんで対処しようとした。そのときお風呂で繭が泣いていたときのことを思い出す。
繭は泣くとき目から水、いわゆる涙を流していた。
あぁ! そうだったんだ、繭はこのモヤモヤを涙で吐き出してたんだ。
私は知識で人間は体の中に水分があることを知っていた。どうやら人間はその水分をこういう事に使うこともできるらしい。しかし私の人形の体に水分はない。例え合ったとしてもせいぜい口の中を少し湿らす程度だ。だから涙が出ない。
なんだよそれ、繭が、人間が羨ましい……私も涙を流したい、そしてこのモヤモヤをどうにかしたい!
このとき私は苦しんではいるが同時に頭も冴えていた。
あ、そうか!
⎯⎯⎯
「繭お姉様は人間だから赤ちゃんを産むことができる、けど私達はそれをできないわ」
⎯⎯⎯
ボタンが言ったことはこの類いのことだったんだ。
要するにボタンは私達人形と人間には明確に差があると言いたかったんだ。
そうか、だから親父は最初に私と大我が一緒に暮らすことを反対したんだ。
私と大我、人形と人間、それは姿形は一緒だが決して相容れない差があるのかも知れない。
じゃあ私は大我と一緒にいてはいけないのか? じゃあ大我はいったい誰と……。
そこまで考えてある一人の人間が真っ先に思い浮かぶ。
繭か……。
繭はまだ気づいていないようだがあいつはきっと大我に惚れている。そして大我は信じたくはないが繭に少し気がある素振りを見せている。
私がいるのに……。
そんなの嫌だ! 悲しすぎる!
そんな事ない! 大我は私といるべきなんだ! だってあいつは人形の私でも良いといったんだ……一生私を可愛がると誓ったんだ!!
「大我ぁ……」
私は愛しい人間の男の名前を呟いて起き上がるとフラフラとした足取りでその男がいる部屋へ向かった。
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