シリ婚~俺の彼女はラブドール!?

上等兵

11話 「私の足を舐めろ


 ――宿泊する旅館へ戻るバスに胡蝶を背負いながら乗った。バスの中には俺達以外の乗客が何人かいる。
 
 「何あの人……人形背負ってる」
 「うわっ、やば」
 
 乗客の誰かがヒソヒソと俺達の方を見て話している。確かに今の俺は他の人から見てとても奇異な存在だろう。
 
 俺は人形の胡蝶を彼女にした。胡蝶はバスに乗る前俺に自分が彼女でいいのかと尋ねた。
 
 ――私といるとこれからお前は偏見の目で見られることになるがいいのか? 

 俺は胡蝶がそういう意味で尋ねたのだと思った。それでもいいと思った。何故なら胡蝶と過ごすのが楽しいから。だが、今改めてこの周りからどう見られるかという現状を目の当たりにすると俺は動揺してしまった。
 
 そんな俺の気持ちを察したのか背中の胡蝶がほんの僅かに震えた。
 
 ――畜生……何やってんだ俺は、今までこんなことはたくさんあっただろ、今更動揺してどうするんだ。
 
 今の自分の気持ちの有り様に腹が立った。
 
 それより旅館でどう過ごすか考えよう。
 
 周りを気にしないようにして席に着くとバスが出発した。胡蝶とは一言も喋らなかった――。

 「――おおっ! 大我氏戻られましたか」
 「あの……お帰りなさい」
 
 旅館の部屋に戻ると黒田さんと繭さんが出迎えてくれた。
 
 「ただいま戻りました、二人はどこに行ってたんですか?」
 
 俺は胡蝶を背中からおろしながら尋ねる。このとき一瞬胡蝶の腕に少し力が入った。
 
 ――そんなに俺と離れたくないのか?
 
 そう思うと少し照れる。
 
 「ワタクシは梨々香タンと海で泳いで来ました、梨々香タンは良く浮きましたぞ!」
 
 そりゃ中身は空気だから良く浮くでしょうね。
 
 「……私は夢見鳥と部屋にいました」
 
 そう言うと繭さんは少し俯く。
 
 繭さんはこの旅行がおもしろくないのだろうか?
 
 「繭さんはどこか行きたい所はないんですか?」
 
 繭さんに気を使って尋ねてみた。すると繭さんは少しもじもじして下を向きしばらく黙りこんだ。
 
 ――うわっ俺マズいこと聞いたかな、
 
 俺がそう思っていると繭さんが突然大声で言った。
 
 「あの、わ、私海に行きたいですっ……それで皆さんと泳ぎたいです!」
 
 繭さんは恥ずかしいのか正座の姿勢で目ぎゅっとを瞑り、拳を握り閉めている。それを見て、俺は一日しか会っていないがなんとなく繭さんの性格がわかった。
 
 繭さんは引っ込み思案な性格で普段はきっと大人しい。そんな彼女がこうして見知らぬ俺達と旅行に来た。それは彼女にとってはとても勇気がいることだろう。
 
 俺がそんなことを考えていると繭さんが泣き出しそうになった。
 
 こうして海に行きたいと言うだけでこんなになるんだから苦労してるんだろうな。
 
 ここまで勇気を出した繭さんを何とかしたいと思って決意した。
 
 「よしっ! 行きましょう、黒田さんすみませんがもう一度海で泳ぎませんか?」
 
 俺がそう言うと黒田さんはニヤリと笑って言った。
 
 「ムフフ、良いですよ梨々香タンももう一度泳ぎたいと言ってますし、それと繭氏の水着姿も写真に撮りたいですからね、と言う訳で明日は楽しみにしてますよ繭氏!」
 
 繭さんはふわぁと言いながら顔を赤くして倒れた。俺は慌てて繭さんを介抱する。
 
 全くこの人はなんて欲望に忠実なんだ!
 
 ……さて。
 
 決意したは良いが問題二つがある。それは俺は海パンを持って来ていない。
 
 海が近くにあることを知ってはいたが胡蝶は海に入れないので海パンは不要だと思い持って来なかった。
 
 「おい大我、お前あの女に欲情したな? 私がいるのに……気に食わねぇな」
 
 もう一つの問題がこうして機嫌を悪くしている胡蝶だ。
 
 何故機嫌が悪いかと言うと、繭さんが夕食前に入浴に行くと言い隣の襖一枚でしきられた部屋に行き浴衣に着替え始めた。
 
 俺と黒田さんは襖に耳を当てて繭さんが着替えている音を聞いた、そのことが気に食わないらしい。
 
 その後は繭さんは俺達がそんなことをしていたとは気づかずに風呂へ行き黒田さんも後から風呂に行った。
 
 「だいたい貴様は私の男だろう、あの繭とか言う女に気を遣って優しくしてんじゃねえよ、それと海に行くってなんだよ私はどうすんだ! あぁ!?」 
 
 胡蝶は胡座をかきながら怖い顔をして言う。本気モードだ。
 
 胡蝶を明日どうするか俺は悩んだ。俺は恐る恐る胡蝶に訊いてみた
 
 「あのー、明日はお留守番ってことには……」
 「あぁ? あの黒田の風船女は連れて行くのに何で私が行けないんだ?」
 「それはまぁ……梨々香ちゃんはアレだから、うん……良いんだよ! それにお前の妹の夢見鳥ちゃんが明日も部屋にいるって繭さんが言ってたぞ!」
 「うるせえあんな喋ったり動いたりしねえ人形は只の置物だ妹じゃねえよ」
 
 俺は胡蝶の言葉に絶句した。
 
 「お前……いくらなんでもひどすぎるぞ!」
 
 流石にその言動は酷いと思って胡蝶を怒ろうと思った。
 
 「ふんっ! なんとでも言え、だいたい私は特別なんだ、それにもし人形のあいつ夢見鳥が私とが同じように生きてたら……お前を取られるかもしれないだろ?」
 
 胡蝶はそう言うとだから気に食わねぇんだという感じでそっぽを向いた。
 
 「おっおう、そうか……すまん」
 
 言っていることは酷いがそれは胡蝶が俺を独占したいと思う気持ちから来ていることを知り俺は怒るに怒れなくなった。
 
 「なあ胡蝶、お前が不安になる気持ちも分かる……今日の帰りのバスのこともあるしな」
 
 俺がそう言うと胡蝶は段々悲しそうな顔になっていく。しかし人形なので涙はでない。
 
 「ごめんな胡蝶、俺はこんなだけど胡蝶一筋だから信じてくれ」
 
 胡蝶に土下座して誠意を見せる。
 
 「……大我、信じてやる、だけど今から一つだけ私の言うこと聞け」
 
 俺は顔を上げて胡蝶の顔を見た。胡蝶は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
 
 「わかったよ胡蝶、何でも言ってくれ」
 
 胡蝶はニヤリと笑うと俺の目の前に片足を持ってきていつもの勝ち気な顔で言う。
 
 「大我、お前は私の男だ忠誠を誓う為に私の足を舐めろ!」
 
 あっ、白のパンツ……ってそうじゃねえ!
 
 「胡蝶! お前やっぱりサド女だったなこの変態人形! 俺はお前の奴隷になんねえぞ!」
 「はぁ!? 大我てめぇは彼女の足も舐めれねのか!?」
 「舐めれます!!」
 「だったら舐めろよ!」
 
 そう言って胡蝶は無理矢理俺の口に足をくっつけようとしたが両手でガードした。
 
 「舐めれるけど、舐めたくねえ!」
 「意味わかんねえ、素直に彼女の言うことを聞けよ!」
 
 俺は胡蝶と舐める舐めないと言い合い、押し合った。
 
 ガラッ。
 
 「……た、大我さんあの舐めるとか舐めないとかいった……い?」
 
 繭さんがいつのまにかお風呂から帰って来ていた。
 
 胡蝶は片足を俺の顔の前にしながら固まって動かない。要するに今繭さんから見て俺は独り言を言いながら人形を襲っている変態だ。
 
 繭さんは頭の処理が追い付かないのか固まって目の光りを失っている。ドン引きだ。
 
 「繭さんお帰り! それと繭さんは何も見てないよ!」
 
 俺はもうどうにでもなれとヤケになって言った。
 
 「私……何も、見てない」
 
 おっ、これは行けるか?
 
 どうやら繭さんはショックが大きすぎて記憶を消そうとしているらしい。
 
 「そうだよーここに変態さんはいないよーだから俺も風呂に行くねー」
 
 俺はそう吹き込んで風呂場へ準備して逃げた。
 
 「あれ? 私何してたんだろ……大我さんがいたような?……きゃっ、胡蝶ちゃんのパンツが見えてる! な、直さないと」
 
 ……。
 
 セーフ!
 
 俺は何とか場をしのぎ? 風呂へ来た、中にはまだ黒田さんがいた。身体を洗って湯船に浸かるとまだ黒田さんがいた、どうやら俺を待っていてくれたようだ。
 
 「おっ大我氏やっときましたね、それにしても身体ムキムキですね何か身体を使う仕事をしてましたか?」
 「いえいえ只のフリーターですよ、それと身体は毎朝のランニングと趣味の格闘技とかで鍛えたからですよ」
 
 俺は黒田さんに元自衛官だとは言わなかった。
 
 そうですか、と黒田さんは納得して、その後世間話をした。黒田さんは美少女フィギアメーカーに勤めているそうだ。俺はどうしても聞きたいことがあったので黒田さんに尋ねてみた。
 
 「あの黒田さん、俺が言えることじゃないんですが……その梨々香ちゃんと一緒に町を歩いて恥ずかしくないんですか? 世間体とか気にしないんですか?」
 
 俺は決して馬鹿にしてるとかそんなのじゃないことを告げた。
 
 「そうですねぇ実はこう見えてワタクシ梨々香タンと町を歩くのは恥ずかしいですしそりゃ世間も気にしたりしますよ」
 
 黒田さんの答えは以外だった。
 
 「だったらなんで?」
 「それはワタクシはそういったこと以上に梨々香タンが好きだからですよ、確かに世間一般から見てワタクシ達はおかしな存在でしょう」
 
 そう言って黒田さんは俺に真っ直ぐ力強い眼差しを向けて言葉を続ける。 
 
 「しかし彼女を好きになってしまったのだから仕方ないじゃないですか、アニメの彼女は熱く優しく仲間思いで自分を他人の為に犠牲にできる女の子ですワタクシはそれに憧れいつしか好きになってしまいました」
  
 その後黒田さんの梨々香ちゃんトークは続いた。
 
 この人はアニメの中の女の子とはいえ本当に梨々香ちゃんのことを好きで愛しているんだな。
 
 俺は胡蝶をここまで愛することができるのだろうか。
 
 黒田さんは等身大梨々香ちゃんフィギアを制作して一緒に生活する事を目標としているようで、あの風船梨々香ちゃんはそれまでの繋ぎだと言っていた。しかし何だかんだで気に入ってるようだ。
 
 最後に黒田さんは言った。
 
 「何にでも言えますが本当に好きなら世間など気にせず真っ直ぐ突き進むべきだとワタクシは思うのです」
 
 俺はその言葉が胸に突き刺さった。
 
 黒田さんあなたは強い人だ、俺もあの時そんな意志の強さがあれば……。
 
 俺はしばらく一人で風呂に浸かりその場を後にした。
 

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