ネカマな回復職の物語

春乃秋

13.約束事。


鍵を受け取り大きめの扉を抜けると協会の通路のように真っ直ぐに廊下が伸びており、左右に5つずつドアがあってそれぞれに番号が振られている。
ボーイに言われた通り俺は左手の手前から3つ目の8と表示されている番号のドアへと向かう。

「よし。」
俺は一言小さく気合いを入れてドアをノックする。
すると、扉越しから男性の声がする。
「…どなたかな?」
「スーリアと申します。」
「お待ちしていましたよ。中へどうぞ。」

俺はもう一度小さく気合いを入れると少し重めのドアを開け中へ入る。

中はこじんまりとしつつも最低限飾られた窓のない部屋となっており、値の張りそうな黒い皮のソファとテーブルが向かい合わせて並んでいる。

入って右側には40代程の貴族らしい男性が座っており俺が入って来るのを確認し、少し目を見開くと立ち上がった。

「今日は何やらお話があるそうで。私の名前はライオット・フォン・スタンレーと申します。スタンレーとお呼びください。」

「スタンレー様本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。ハルブルグさんにご紹介頂いたのでご存知かも知れませんが私の名前はスーリアと申します。」

俺はカーテシーをしつつ挨拶をするとスタンレーは少し驚きつつ座る様に促してくる。

「立ち話もなんですから、まずは座ってどういった要件かお聞かせください。」

言われた通りに俺はソファへと向かい合わせて座る形になる。

このスタンレーという男、現代人からみるとどう見ても貴族って感じの男なんだけど、偉ぶっておらず年下にも敬語を使える辺り一筋縄ではいかなそうだなぁなどとぼーっと考えつつ、とりあえず手土産を渡さなきゃと思いワインの入った木箱を取り出す。

「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます、これはお礼といってはなんですが…。」

そういいつつ俺がワインの入った木箱をテーブルに置くと、一瞬スタンレーが嫌そうな顔を見せ、すぐにまた元の表情に戻ると一呼吸おいて尋ねてきた。

「…これは?」
「ああ、ええとおそらく私の故郷のワインです。」
「ああ、そうでしたか。これは申し訳ない。」

俺が答えるとスタンレーは少し苦笑しつつ嫌な表情を見せてしまった事について謝ってくる。

「いや、なにハルブルグさんからの紹介ですしそういった事は無いと思ってはいましたが袖の下を渡してくる者も少なからず居るのでね。」
「王侯貴族達は浪費し、国の状況や国民の生活を知らぬ貴族達は道楽と私腹を肥やすばかり。中には他国に自国の情報を流す貴族までいる…頭がどうにかなりそうだよ。」

敬語も忘れてそう呟くスタンレーは少し血色の悪い顔色をしている事に俺は気付く。
ハルブルグさんにまともな貴族を、とお願いしていたが思っていたよりもこの人は国の事について真摯に考えている貴族の様だ。
他の貴族は知らないがスタンレーの言う通りなら腐敗しているんだろう。

「ああと、すみませんね。私ばかり話してしまって。愚痴のような事を…誰にも聞かれないようになっている部屋というのもあって口が軽くなっている様です。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「それで、スーリアさんのお話というのは?」
「ええ、私は記憶がなくうっすらと覚えていることはあるのですがそれを探しつつ私の故郷に帰りたいのです。」

…帰りたいのだろうか。割と怖い思いもしたけどこの世界現実より好きだったりするんだよなぁ。美味しい物もあるし。

「なるほど…記憶が。それで先程おそらくと仰っていたのですね。」
「ええ、出来る限り早く帰りたいのですが…」

俺はそう話しながら長年ネカマとしてやってきたスキルで少し悲しそうに俯くとスタンレーは少し同情する様な声で話してくれる。

「スーリアさん程の容姿ですと貴族の可能性は限りなく高いと思うのですが、申し訳ない私もお見かけした事がなく。これ程の容姿であれば噂にも聞くはずですが。他国の可能性が限りなく高いでしょうね。」

「では、やはりこの国では記憶や故郷へ帰る手がかりもないでしょうか…」

俺が更に落ち込み気味にそう呟くと
何かを少し考えた後スタンレーがこう切り出してくる。

「…無いことはないのですが。」
「あるのですか?!」
「…お教えしてもいいのですが交換条件があります。」

無理難題じゃなきゃ受けておいて
一応帰りたくなった時の為に帰る方法は知っておいた方が良いよな…。

「内容にもよりますが私に出来ることでしたら。」

「聞くとスーリアさんは回復魔法が使えるとか。」
「ええ、一応は…」

一応というか回復魔法の習熟度ほぼ全てカンストさせてるけどね…

「ではまず冒険者になって頂き、ランクを上げて頂きたいのです。ゴールドランクまで上がれればその時に依頼を出させて頂きます。その依頼の報酬に帰る方法をお教えする形でいかがでしょう?」

ふむ。どのみちこの前の様に絡まれるのも嫌だから冒険者ランクは上げておきたいし、その時依頼が無理難題であれば受けなければいいか。
あんまりデメリットが無いしその辺を確認して受けてもいいかな。

「わかりました。ただ、その依頼内容が私には出来ないと判断した場合お受けしなくても良いのであれば。」

「それで結構ですよ。あくまでも命令ではなく依頼ですからね。他に質問が無ければこれで良いでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。」
「定宿はありますか?」
「一応、母なる鳥亭に今は泊まってますね。」
「では何か用事があればそちらに連絡しましょう。」
「よろしくお願いします。」
「では、私はこれで。」

そう言ってスタンレーはワインの入った木箱を持ち部屋を出ていき、俺は少し時間を開けてから談話室を出てボーイに挨拶を済ませて店を出る。

明日からは早速冒険者ランク上げだな。
ランク上げなんていつ以来だろうな、また登録した日みたいに面倒な奴や面倒事に巻き込まれなきゃ良いけど。

そんな他愛ない事を考えつつ俺は母なる鳥亭へと帰った。

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