きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第71話

 “力点操作”。それは文字通り、てこの原理で例えられる支点・力点・作用点のうち、力点を操作する能力。平井要芽──当真要目はその目を介して力点、つまり物体に加えようとする力を任意の場所に移せるということだ。

 余談だが、物体に加えようとする力を移動させるならそれによって作用する力も無関係ではないので厳密に言えば、力点だけではなく作用点にも関わってくるわけだが、語呂の悪さから省略されたという背景がある。

 能力の性質上、優之助の“運動エネルギーの完全『優しい手』制御”との共通項が多く、運動エネルギーの増幅こそ出来ないものの、遠当てを再現出来る、相手の力点を操作して強制的に脱力させられる、力点を視覚化して武芸・異能問わずあらゆる攻撃の始動モーションが見えるなど、その応用範囲のみで言えば優之助『優しい手』に決してひけをとらない。

 時宮地元ならば確実に序列認定されていただろう。それだけの異能を持ちながら、ほとんど表に出る事がなかった要芽が今、ハルとカナを前に剥き出しにしている。

「──あなたにしては露骨な物言いね、要芽」

 要芽の異能の影響下にあって未だ地に伏したまま動けないハル。そんな状態にも関わらず、うつ伏せからどうにか頭を動かし、口の中に砂利が入るのも構わずに要芽を射抜かんと視線を上へと持ち上げる。

「らしくない、という意味ではあなたも同じよ、ハル。昔はもう少しものわかりがよかったはずだったのに」

 眼下のハルから、引く気が無いのを悟る要芽。そこに映るのは直前に吐いた迷いや弱音など微塵も感じさせない覚悟。仮にここを切り抜けて優之助の元へ向かったとて無意味。しかし、それを知りながらも止まらない意固地の様なものが伺える。

「そのものわかりがせいで取り落としてばかりだからやめたの。失ったものを取り戻す為に逆を行って往生際を悪くなってみるのは道理ではないかしら?」

わかるでしょ? 要芽ちゃん。私とハルちゃんは行かなきゃいけないんだ。例え、それに何の意味が無かったとしても──ううん、違うね。ユウ兄ぃが私達に会いに来てくれたように、私達がそうしたいと望んだから行くんだ」

 ハルと同じく、土に塗れるのを厭わないカナの言葉で、要芽は自らの失策に気づく。二人に覚悟というものが見えたなら、そのきっかけを作ったのは他でもない要芽自身だ。

 例え、要芽が二人に出来る事が無いと声高に言ったところで、二人を優之助から離そうとした理由にはなりえない。二人が優之助のそばにいたとしても無駄というなら──何も変わらないというなら──それを妨害する事も同じく無駄。憚るかどうかはあくまで当人次第、要芽がどうこう言う筋合いは無い。

「──そう」

 何事かへの肯定を短くこぼしながら要芽はその足を踏み出していく。望んだから止められる筋合いが無いというなら、要芽とて元より止まる気がないのは同じだった。優之助がこの学園に来た理由はハルとカナにあるのは間違いない。

 一方で優之助が立ち止まっていた理由のもまたハルとカナにある。直接何も出来ないからといって何かあってからでは遅い。優之助の幸せが何者にも奪われない様に不安要素はどんなに小さくとも潰していく、今までそうやって立ち回ってきた要芽はむしろ頑迷で臆病であるのかもしれない。

 しかし、そうであるがゆえに鋭く固めた指先にしろ、振り上げた踵にしろ、これらをハルとカナ幼馴染に向けるのをいまさら躊躇などしない。それは奪われない為に、失わせない為に。この段になって穏当な決着などないとお互いわかっていた。だから、要芽が手近にいたカナの上から仕留めにかかろうとも聞こえるのは浅い吐息と衣擦れの音。そして──

「さすが『神算』、そのままズバリだ」

 ──それらを打ち破らんと山間に響く逆崎の声だった。


「逆崎縁に創家操兵──なるほど、私がこうすると読まれてましたか」

 突然の乱入者に目を剥くが、その正体を見るなりおおよその事情を察するあたりはさすがというべきだろう。カナから離れて逆崎、そして同行していた創家と改めて対峙する要芽。

「正直、半信半疑ではあったがね。……まぁ、『エンペラー月ヶ丘』のやつは前線でガンガンやるより『神算読み』と人使いの荒さが本領だからな。とりわけマルチタスク多面指しや投入戦力の分配はまず間違えねぇ。今頃姉だか妹だかと戦いながら、こっちを見てるはずだろうよ」

 ──

 あと先輩な、と大人気なく呼び捨ての訂正を要求する逆崎を異能遠目で見ながらその想像が当たっている事を認める。

「『導きの瞳』を用いたアイコンタクトによる遠距離間意思疎通能力『皇帝の勅令ダイレクトコントロール』。私が最も脅威とすべきなのは成田やハルとカナではなく彼だったようですね。もっとも、逆崎はともかく創家操兵、あなたと彼がこんな遠回りに付き合うとは思っていませんでしたが」

「たしかに何事もなければ、予定では今頃講堂にいるはずだった。だが、どうやら少々毒されたらしい。いらん世話というやつを焼きたくなったのさ」

 要芽の意識が乱入者に向いている間に体勢を立て直したハルとカナを指して創家が言う。因縁の相手月ヶ丘清臣を傍に置いてまで、戦った相手の妹を助けようとするあたり、たしかに逆崎や優之助の影響を受けているといっていいだろう、ごく一般の異能者像では量れない行動心理。当真瞳子や生徒会とを一人で立ち回ってきた要芽が読みきれなかったのも、乱入された時点で珍しく動揺を見せたのも無理も無い。

「いやいや、俺は優之助あいつほど面倒事を好いてるわけじゃねぇよ。ただ、まぁ、これでも雇われの身でね。請けた以上、仕事はこなさんと当真に何言われるかわかったもんじゃねぇ」

 逆崎が方々へ向けてケンカを売りかねない発言をしながら一歩前に出る。立ち位置から見るに要芽の進路を塞いだ形、むしろ一戦を交えようというのが正しいか。

「創家、ここは俺がやる。任せていいか?」

「……わかった。俺としても、御村に二人が事務局にいると言ってしまった以上、嘘にするのは少々寝覚めが悪い。問題無く送り届けよう」

 二人とも屈指の異能者。多人数に挑む事はあってもその逆は無い。思えば二人が初対面の時、時宮の郊外で差された横槍は、この日原山の戦場で一応の決着を見るまで当人達にとってのとなっていたほどだ。

 当然の二対一の提案ははじめから議題に乗らず、役割分担という名の相談は終わる。会話もそこそこに創家の肩周りが盛り上がり、三対の腕を生み出す──アシュラスタンス。ここへ来るまでの道すがらであらかじめ“補給”したおかげか創家の異能は存分に振るえるようだ。横では逆崎が便利なものだと、軽く口笛を吹く。

「両手に花ってやつだな。密着は仕方ないとしてセクハラでチクられないように気をつけろよ」

「その類の心配は無用だ。どの道、このまま抱えて運ぶには腕の長さも太さも足りてない──このまま、ならな」

 逆崎の軽口を柳に流し、自らの『ドッペルゲンガー異能』を再度発動させる創家。あらかじめ増やした腕が使い手の意向を満たさんとさらに変化していく。そうして形作られるのは身長よりも長く伸び、胴回りよりも厚みを増したマシラハンド猿の手。腕は腕でも指からしてハルやカナのそれよりも倍から違う。

 ほどなくして変化がおさまると創家は、六つのうちの二本の腕をハルとカナの方へと動かし、落ちないよう(かつ、あまりところに触れないよう)器用に体を固定させる。

「同時発動も出来たのか、出し惜しみとは存外性格悪りぃな」

「いや、出来る気がしたからやってみただけだ。確信がなければ、やろうとは思わなかった」

 役得感が目減りしたがな、と逆崎の言を混ぜっ返しながら緩やかではあるが鈍重さを感じさせず腕を操作させる創家。腕の動きを見るにハルとカナへの配慮がいくらか感じられるが、それでも生来の性格ゆえか触れた瞬間にカナが引きつった声を上げる。

「す、すみま──せ」

「気にしなくていい、人間大のものに体を触れられたら誰だってそうなる」

 カナの謝罪を特に気にした風もなく受け入れ、創家の残りの腕が高く茂った木の枝を掴む。『アシュラスタンス』と『マシラハンド』、その二つを同時に発動しハルとカナの体を抱え木々を移動していく、その手段ならたしかに速いだろう。逆崎の異能テレポートは短距離過ぎて二人を連れて移動するには不適格。役割分担が迷わずに済んだのもそのあたりの適正があったればこそだ。

「──逆崎先輩さん

 ふいに逆崎を呼ぶのは『マシラハンド創家の腕』に巻きつかれながらも動揺した様子の無いハル。特段、話す様な事が残っているとは思えず内心首を傾げつつ、傍目には大蛇か何かに捕まっていそうな異様な絵柄のハルへと視線を向ける。

「ん、なんだ? いきなりやって来ておいて、相談無しで運ぶってのはさすがの俺でもどうかと思うが他に手段は無いんだ。諦めてくれ」

「いえ、そうではなく──要芽をよろしくお願いします」

「? あぁ、とりあえず任せとけ」

 ハルの不可解な言葉に疑問の色は深くなるが、聞き返す間も無く(といってもそのつもりも無かったが)創家の操作する巨大な腕が、三人分の体重を抱えながら木々の間を掴んでは放しを繰り返していく。

 瞬く間に遠ざかる人影とカナの叫び声。体を固定されているとはいえ、ちょっとした速さで木々を転々とする恐怖に再び声が漏れてしまったらしい。気の毒とは思うが、えり好みをしている状況でないのは理解しているはず。ややあって唐突に声が途切れたのをカナにとっての幸運と思いながら、一連のやり取りを見守っていた女生徒に向き直る。

「えらく素直に行かせたもんだな。邪魔の一つくらいしてみようとは思わなかったか?」

「そんな隙など微塵も見せてもらえませんでしたので」

 仮に二人を止めようとしても叶う事はない、それが理解している要芽の声色からはそんな開き直りが感じられる。しかし、だからといって捨て鉢になった様子はなく、むしろ逆崎を逃がさんとばかりに彼我の距離を徐々に詰めていく。

「まさか俺に勝てるとか甘い皮算用立ててるんじゃねぇだろうな? たしかにお前の異能は強力だが、残念ながら俺のとは相性最悪だぞ」

 要芽の異能、“力点操作”は逆崎が認める通り一線級の能力だ。しかし人が扱う以上、完全無欠とはいえず、欠点やリスクが存在する。逆崎の場合は射程距離、対する要芽は対象の範囲指定にある。

 要芽の“力点操作”は自らだけではなく、離れた距離にいる他人に向けても能力を作用させる事が出来る──自分の視界の内に対象が入っていれば。逆に言えば、何かしらの手段によって視認を妨害されれば、例え手が届くほどの至近距離でも能力を発動出来ないということでもある。

 露見すれば確実に要芽の不利益になる情報。それを迂闊に晒すほど愚かでもなければ、積極的に表舞台で力を振るう性分でもないとはいえ、仮にも序列持ちクラスの異能者。知る人ぞ知る程度には要芽の異能についてつまびらかにされている。しかし、それは他の異能者とて同じだ。有名になればなるほど、上の序列に上り詰めれば詰めるほど、時宮では彼らの得手不得手は常識の一つとなる。

 そんな不利など覆せるからこそ、年に一度の更新以外で序列は動く事は無い。もし、弱点を知られた程度で崩れる様ならそもそも認定などされないし、目まぐるしく移り変わる序列などに魅力も価値も付随されはしない。

 要芽にもそれは当てはまる。たしかに標的が見えなければ“力点操作”の対象には出来ないが、一度視界に入ってしまえば、力点を操作する為に力の流れを視覚情報として認識する目が相手のどんな些細な動きも逃さない。死角からの完全な不意打ちでなければ、近寄る事すら難しい。

 だが、逆崎の異能の前ではさすがに不利である事は否めない。逆崎の『スロウハンド』も目の前で発動している分にはその動作を捉える事は出来る。しかし、『スロウハンド』の本質である部分テレポートは距離を無視して攻撃を成立させるいわば“力点操作”による遠当てと同種の能力。発動初動そのものは読めても転送先まではわからないのだ。それどころか短距離テレポートを連発されては逆崎を狙う事すら叶わなくなる。

「えぇ、そうでしょうとも。それでも──いいえ、だからこそ私はあなたに挑む価値がある」

「──なるほど、そういう事か」

 ハルとカナの排除当初の目的の未達成に加えて──しかもこの場を離れようとした二人を特に止める様子も無く──明らかに不利な状況にもかかわらず、この期に及んで引き下がる気配すら見せない要芽とハルの意味深な発言。お世辞にも付き合いが深いとはいえない逆崎だが、ようやく要芽が何を望んでいるのかを察する。

「まったく、学生服こんな格好してまで学園に来たのは、こんな事に付き合う為じゃないんだがなぁ」

 そう呟きながらも同時に浮かべるのは自嘲。言葉に反して、あごの高さまで構えた両の拳は完全に臨戦態勢を示している。要芽がもはやハルとカナを追いかけるつもりが無いのは明白、ならば逆崎の方こそこの場に留まる意味は失ったといっていい。

 ほんの数分の間に入れ替わる必要性と価値観の中でそれでも要芽から振り切ろうとしなかったのは、やはり本人の面倒見のよさだろう。創家には違うと返したが、間違いなく優之助と同類だ。

「──すみません」

 『氷の乙女』と呼ばれた怜悧な表情が少しだけ申し訳なさそうに俯く。それは自分の行いのせいか、それともそんな自分に合わせてくれた逆崎に優之助の面影を見たのか。一方の逆崎はそんな要芽を珍しいものを見たかの様に目をしばたたかせたが、

「いいさ、無力感なんざ苛まれる余裕もないほど叩きのめしてやるよ」

 そう言って、優之助に何も出来ない事に対する罰を望む要芽へとその拳を突き出した。


「──それにしても、人は見かけによらないものだな」

 要芽に後一歩のところで害されかけた事へのフォローか、意外にも気遣う様な口ぶりで話しかける創家。そんな間にも六つに増えた巨大な腕を巧みに操り、二人を抱えながらその名にふさわしく木々を渡っていく。

「いえ、むしろ彼女はわかりやすい方だと思いますよ。今も昔も、兄の事を見ていましたから」

 それはハルもだろう、と言いたげな表情を浮かべるも、特に言及せずハルの話すがままにさせる。

「さっきだってそうです。兄の為──事から不確定要素を少しでも排除しようと私とカナの前に姿を見せた。兄の下に向かいたいのを抑えて」

 ──本当にわかるんです。似てるから、と生真面目がちな相好を崩し、その身に巻きつく腕に体を預けて気絶しているカナに目を向ける。ほぼ初対面の異性に抱えられて人見知りが発揮したのと心臓に悪そうな移動手段に参ってしまったようだ。

 ハルが笑んだ理由はそんな妹が要芽を相手に下がらず姉の前に立ったから、そして今は気絶しているカナを無理に起こそうとしないのは同じく姉心。妹にそのまま休ませてあげたい──少なくとも目的地に辿り付くまでは。

「それだけわかっていて、なぜそれでも行こうとするんだ?」

 ──これから起こる事に関係ない。

 ──今までだって関係なかった。

 そうハルに突きつけた要芽を直接見聞きしておいて(実のところ、逆崎と創家は要芽が暴挙に出るかどうかをしばらくの間遠目で伺っていた。場にタイミングよく割り込めたのはその為)、少々意地が悪いという自覚はあるだろう。

 しかし創家は質問を投げる事を止めはしなかった。前の自分と比べておせっかいだと思いはしても、ただ流されているだけなら手を貸すつもりはない。

 さりとて、そこまで手間のかかるものではなし、誰もが納得する様な劇的なものでなくていい。の筋道を示してほしい。行きがけの駄賃としては破格の条件を提示されたハルははたしてそれを正しく理解したのか特に迷う様子も無く、こう答えた。

「──兄に支えてほしいと言われたからです」

 ハル、そしておそらくカナにとってこれ以上のない理由だった。優之助が望み、ハルとカナがそれを受け入れ交わした約束。言葉通りただ言われただけではなく、ハルとカナはそれを履行しようと動いている。

 なるほど、創家が納得するかどうかは別として、たしかに筋が通っていた。それはもしかするなら他人には奇異に映るのかもしれない。本当に心の底から通じているなら必要ないだろうか、そんな約束で縛るような関係は歪ではないのか、と。その意見はそれはそれで正しいのかもしれない。

 だが、人と人との繋がりは何もないところから形作っていくものではないか? 何も積み上がっていないからこそ約束や誓いを立てるではないか? 約束や誓いなどいらない関係というのは赤の他人といくらほどの違いがあるというのか? なし崩しの様についてきた血縁にただ甘え依存するのが正しいのか?

 そこへいくと優之助達のそれはどうだろう。何も別段珍しいわけでも、劇的でも、業が深いわけでもない、少しだけ捩じれてしまった家族関係。

 しかし、仮に平凡だったとして、数多くのすれ違いと葛藤の上で互いが認め合い言葉にして紡いだ結論に誰も侮り、非難する事は出来ないし、してはいけない。だからハルの万感を込めた答えに創家はただ一言。

「そうか」

 とこぼし、小さく頷いただけに留めた。


「──じゃあ、行くわ」

 時を同じく二手に分かれた地点にと逆崎と要芽の戦い──足止めの名を借りた要芽の自罰──はすでに終わりを迎えていた。

 浅く息を吐いて呼吸を整える逆崎の足元には散々打ちのめされ、もはや立ち上がる力すら残っていない様子の要芽がうつ伏せで横たわっている。わずかに覗く横顔は腫れぼったく、時間にして数分といったところだが、なあなあの末での決着とは程遠いと察せられる。怪我の具合にしても鍛錬を積んだ要芽だから腫れた程度の見た目だが受け手によっては頬の骨が砕け歯が飛び散ってもおかしくはなかったはずだ。なまじ鍛えられた分、余計長引いたともとれるが。

「お手数をおかけしました」

 うつ伏せというだけが理由ではないややくぐもった要芽の声からはいかほどの感情が渦巻いているのか窺い知るのは難しい。わかるとすれば、地に伏した今こそが本望とばかりに逆崎へ告げた感謝が心からのものだという事だけだ。

「暦の上ではともかく日陰がちなここでは体を冷やしやすいんだ、あんまり長居はするなよ。動ける様になったら治療してもらってこい」

 逆崎なりの配慮か、異能と生来の脚力を駆使して瞬く間にその場から離脱していく。残されたのは一人の傷ついた少女。自分への罵倒で言の葉を満たし、無力は罪だとその身に刻む事を望み、その果てにあるのは情けで受けた罰で動けない体と心。

 要芽の肩が嘆きで震える。慟哭は口付けるほど近い地面と覆いかぶせた自らの体でどこにも届く事はない。その想いを誰にも触れさせないのと同様に溢れた感情をただ一人以外に奉げるのをよしとしないが為だろう。それは彼女にとって最後の意地。吹けば飛ぶようなはかないものではあってもそれは──



 ──

 ひどく懐かしい声が遠くで、近くでを揺らす。異能で拡大した視界を戻し、私は彼へと向き直した。

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