きみのその手はやさしい手
第30話
刀山剣太郎、二十一歳。時宮高校卒業後、空也と同じく日本全国を放浪する為、時宮を出る。空也と違う所はライフワークが旅ではなく修行である点。つまり本人にとって旅は目的の為の手段でしかないのだ。
いまどき武者修行で全国を回るなんて、時代錯誤だと笑うのかもしれないが(あるいは変な人扱いか? どちらにしろいい感情は向けられることは少ない)、剣太郎自身からすれば、流行り廃り、まして他人の理解を得るためにやっているわけではないと、言葉にしないが言っている。鋼に例えられる背中が、瞳が、生き方が――振るった剣が。
そんな見た目からして鋼と言われる位なので基本、無愛想というか取っ付きにくい所は否定出来ない。ただ、頼ってくる手を払う真似はしないので年下に慕われやすく、意外に面倒見がいい。
特に弟子だか、取り巻きだかよくわからない後輩が三人もいてどこへ行くにも引っ付いているのをよく見かけた記憶がある。頼んでもないのに追ってくる後輩達に対して邪険に扱ったのを見た事がないのでやはり面倒見がいいのだろう。かく言う俺も高校時代、その面倒見の良さから幾度となく手助けされたクチで、共闘した数など両手、両足の指では足りない。
一方で、敵味方の立ち位置が頻繁に変わる時宮での日々から考えると、かなり珍しい話(瞳子と天乃原学園の講堂で戦った様に、時宮では意見が対立すると自らの証明の手段として敵対するのを躊躇う事はない)だが、敵として剣太郎と戦った事はなく、周囲から俺の『絶対手護』とただの棒きれですら切れ味を帯びる剣太郎の“剣”どちらが上かという議論(というより、ただの世間話のネタとして)は尽きず、その検証に周りから囃し立てられるのは一度や二度ではなかった。
結局、その後の高校生活において、ついに実現することはなく、もし、それが成されるとしたらもう少し劇的な場面だと思っていたがまさかここでとは夢にも思わなかった。
「──真田さんと飛鳥は?」
高校時代には実現しなかったマッチメイクにある種の感慨にひたりながら、口に出たのはもう一方の戦いの結果について質問だった。こういう時、気の利いた事が言えない自分に内心苦笑が漏れる。
「心配しなくていい、眠っているだけだ。少しすれば目を覚ますだろう」
「……まぁ、お前ならやり過ぎる事はないと思っているよ。単なる確認だ」
二人には悪いが、剣太郎相手にそこそこ手こずらせただけでも奇跡に近い。地元びいきが全くないとは言い切れないが、目の前にいる序列三位が負ける所など想像がつかず、個人的には順当な結果だったと思っている。何気なく二人の様子を見ようとするが、辺りにそれらしい姿はない。そういえば、と半ば忘れていたが会長が妙に大人しい事に気づいて、これまた周りを見渡すが、同じく姿が見当たらない。
「会長を知らないか?」
「そちらの会長なら向こうのベンチで寝かせた二人を見ている。彼女にもじきに目を覚ますと言ってあるが、放っておけないらしい」
ベンチと言うのはここへ来る通り道で見かけた東屋に設置されているやつだろう。二人が見かけないはずである。おそらく砂だらけで寝かせた張本人の剣太郎が面倒見の良さを発揮してそこまで運んだらしい。剣太郎がやり過ぎる心配はしていないが、俺と剣太郎が戦って巻き添えを食うかもしれない、と言う意味では気になっていた。これなら多少暴れても問題ない。
「さて、戦るか」
『優しい手』が俺の戦意に反応して再び激しく震える。獣が唸る声に似た音が一瞬、辺りを駆け抜けていく。イルカのセンサーに例えられる『制空圏』の展開音だ。
対する剣太郎は気負いなど一切見せず、佇んでいる。構えらしい構えすら見せない剣太郎の鷹揚とした姿勢に懐かしいものを感じながら、その余裕をすぐに崩してやろうと一層、気合が入る──そんな俺を見て、剣太郎が一言、
「いや、戦らんぞ」
と、どこまでも落ち着いた声で制止する。
「は? 今、なんて言った?」
おそらく、今の俺はとても間抜けな顔をしているはずだ。聞き違いの可能性を否定できず、聞き返してみる。剣太郎はそんな俺の前に手にした得物(ただのモップの柄)を翳す。多少使い込まれた感はあるが傷らしい傷のない木製の棒はその瞬間、思い出したかの様に真ん中辺りからひび割れ、広がり、そして砕けた。
「さすがに横着し過ぎた」
そのただ一言で理解する──思ったより手こずられた、と言ったのは真田さんと飛鳥に向けた掛け値なしの賛辞だったという事に。そして戦わない理由に。
「これではあの二人に勝ったとは言えん。言えば『剣聖』の名折れになる」
今更、そんなものにしがみつく必要もないがな、と少しだけ口の端が歪む──笑ったのだ。剣太郎なりに不器用に。
剣太郎とって、『剣聖』という肩書に対する興味や未練などかけらもない。だが、真田さんが俺に力を借りようとしてまで一矢を報いようとした相手が弱いわけがなく、また弱い相手に真田さん達は負けたわけではない。剣太郎が興味がないといいながら、その名を背負うのは対戦相手を必要以上に貶めない為だ。だから、矛盾と知りつつ勝ったとは納得していない。『剣聖』が選んだ得物を失した事実がそれを許さない。
「……なんだよ。初めてお前と戦うかも、って覚悟したんだぞ?」
少し冗談めかして言ってみるが、それは紛れもない本心。
「残念だが、得物がなければどうにもならんな。それにこんなついでのような戦いは本意ではない」
そうだろう? と剣太郎。俺が妹達の事を切っ掛けに動いたように、瞳子が己の心のままに友人と対立する事を厭わないように、剣太郎も自分を賭けるに値する戦いにしか剣を取る事をしない。
真田さんや飛鳥と戦ったのも当真家とは関係なく、二人に感じるものがあったのだと思う。ただ火の粉を払うだけならもっと早く、容赦なく蹴散らしているはずだ。逆に言えば、あの二人同時に相手をしてそんな器用に立ち回れる事に改めて剣太郎の凄さが伺える。……普段、あんなに無愛想なのにな。まぁ、馴れ馴れしい剣太郎なんて想像もつかないが。
「なら、これで終わりだな。とりあえず管理棟に戻るか」
少々気の抜ける締めだが、これ以上戦う必要がないならここにいる意味はない。春とはいえ、三月の夜はなんだかんだで冷えるし、二人がまだ目覚めていないなら起こすなり、運ぶなりする必要だってありそうだ。それに夕食だってまだ口にしていない。心持ち足早にもと来た道へと足を進める。だが、そんな俺の後ろに剣太郎が付いてくる様子はない。
「? 何してんだ。いくぞ」
しばらく歩いてみても、一向に気配を感じられず振り向く。
「……俺はともかく、相手はまだ残っている」
「誰だよ」
「当真晶子だ」
「……それはない」
剣太郎が挙げた名を即座に否定する。これでもそこそこ修羅場をくぐってきた身だ。強い弱いは別にして“戦えるかどうか”というのは一目見ればわかる。少なくとも、当真晶子は戦う器ではない。
「そうだな」
剣太郎はそれを否定しない。何の冗談だろうか? それとも言葉遊びか? どちらにしても剣太郎らしくはない。
「だが、何かを起こすとしたら一人しかいない」
「起こすといってもなぁ……。そういえば、その当人はどこだよ?」
うちの会長もそうだが、この戦いが始まってから異様に大人しかったせいか途中からはまったく気にも留めていなかった。会長の場合は真田さんを尊重していたからだと分かるが、当真晶子にそんな殊勝な感情はないだろう。だからこそ、姿が見えないのを多少不気味だとも思えるし、剣太郎が“頭数”に入れた理由に足りるのかもしれない。そう考えると、引っかかるものがあると認めざるを得ない。
「当真晶子なら天之原の会長を一緒にいるはずだ。運んだ時に付いてきたのを見ている」
「一応、雇い主なのに扱いが雑だな」
「呑気な事を言っていていいのか?」
今の所、何かをやらかす最有力である当真晶子が会長と同席している事を警戒すべきだ。剣太郎はそう言いたいのだろう。しかし──
「──いくら会長が素人でも、どうこうできるようには思えないんだよなぁ。それに意味がないのもわかっているだろうに」
ここへ来た当初はともかく、ただの力押しで学園を抑えられるなんて考えでは無理だと理解はしているはずだ。そんな中で、真田さんや飛鳥、俺といった下っ端や部外者はいざ知らず、会長──組みたい相手先である天之宮の人間を害そうとするなんて意味はないどころか最悪、天乃原学園から全面的に手を引かなければならなくなる。そんな馬鹿な真似は──
──ズンっ!
何か重いものが崩れた音が響く。会長達がいるはずの東屋がある方角から。
「……今のが流行りのフラグってやつなのかな」
おそらくかなり間抜けな表情のまま固まっている俺に剣太郎が一言。
「……流行なのか? それは」
いまどき武者修行で全国を回るなんて、時代錯誤だと笑うのかもしれないが(あるいは変な人扱いか? どちらにしろいい感情は向けられることは少ない)、剣太郎自身からすれば、流行り廃り、まして他人の理解を得るためにやっているわけではないと、言葉にしないが言っている。鋼に例えられる背中が、瞳が、生き方が――振るった剣が。
そんな見た目からして鋼と言われる位なので基本、無愛想というか取っ付きにくい所は否定出来ない。ただ、頼ってくる手を払う真似はしないので年下に慕われやすく、意外に面倒見がいい。
特に弟子だか、取り巻きだかよくわからない後輩が三人もいてどこへ行くにも引っ付いているのをよく見かけた記憶がある。頼んでもないのに追ってくる後輩達に対して邪険に扱ったのを見た事がないのでやはり面倒見がいいのだろう。かく言う俺も高校時代、その面倒見の良さから幾度となく手助けされたクチで、共闘した数など両手、両足の指では足りない。
一方で、敵味方の立ち位置が頻繁に変わる時宮での日々から考えると、かなり珍しい話(瞳子と天乃原学園の講堂で戦った様に、時宮では意見が対立すると自らの証明の手段として敵対するのを躊躇う事はない)だが、敵として剣太郎と戦った事はなく、周囲から俺の『絶対手護』とただの棒きれですら切れ味を帯びる剣太郎の“剣”どちらが上かという議論(というより、ただの世間話のネタとして)は尽きず、その検証に周りから囃し立てられるのは一度や二度ではなかった。
結局、その後の高校生活において、ついに実現することはなく、もし、それが成されるとしたらもう少し劇的な場面だと思っていたがまさかここでとは夢にも思わなかった。
「──真田さんと飛鳥は?」
高校時代には実現しなかったマッチメイクにある種の感慨にひたりながら、口に出たのはもう一方の戦いの結果について質問だった。こういう時、気の利いた事が言えない自分に内心苦笑が漏れる。
「心配しなくていい、眠っているだけだ。少しすれば目を覚ますだろう」
「……まぁ、お前ならやり過ぎる事はないと思っているよ。単なる確認だ」
二人には悪いが、剣太郎相手にそこそこ手こずらせただけでも奇跡に近い。地元びいきが全くないとは言い切れないが、目の前にいる序列三位が負ける所など想像がつかず、個人的には順当な結果だったと思っている。何気なく二人の様子を見ようとするが、辺りにそれらしい姿はない。そういえば、と半ば忘れていたが会長が妙に大人しい事に気づいて、これまた周りを見渡すが、同じく姿が見当たらない。
「会長を知らないか?」
「そちらの会長なら向こうのベンチで寝かせた二人を見ている。彼女にもじきに目を覚ますと言ってあるが、放っておけないらしい」
ベンチと言うのはここへ来る通り道で見かけた東屋に設置されているやつだろう。二人が見かけないはずである。おそらく砂だらけで寝かせた張本人の剣太郎が面倒見の良さを発揮してそこまで運んだらしい。剣太郎がやり過ぎる心配はしていないが、俺と剣太郎が戦って巻き添えを食うかもしれない、と言う意味では気になっていた。これなら多少暴れても問題ない。
「さて、戦るか」
『優しい手』が俺の戦意に反応して再び激しく震える。獣が唸る声に似た音が一瞬、辺りを駆け抜けていく。イルカのセンサーに例えられる『制空圏』の展開音だ。
対する剣太郎は気負いなど一切見せず、佇んでいる。構えらしい構えすら見せない剣太郎の鷹揚とした姿勢に懐かしいものを感じながら、その余裕をすぐに崩してやろうと一層、気合が入る──そんな俺を見て、剣太郎が一言、
「いや、戦らんぞ」
と、どこまでも落ち着いた声で制止する。
「は? 今、なんて言った?」
おそらく、今の俺はとても間抜けな顔をしているはずだ。聞き違いの可能性を否定できず、聞き返してみる。剣太郎はそんな俺の前に手にした得物(ただのモップの柄)を翳す。多少使い込まれた感はあるが傷らしい傷のない木製の棒はその瞬間、思い出したかの様に真ん中辺りからひび割れ、広がり、そして砕けた。
「さすがに横着し過ぎた」
そのただ一言で理解する──思ったより手こずられた、と言ったのは真田さんと飛鳥に向けた掛け値なしの賛辞だったという事に。そして戦わない理由に。
「これではあの二人に勝ったとは言えん。言えば『剣聖』の名折れになる」
今更、そんなものにしがみつく必要もないがな、と少しだけ口の端が歪む──笑ったのだ。剣太郎なりに不器用に。
剣太郎とって、『剣聖』という肩書に対する興味や未練などかけらもない。だが、真田さんが俺に力を借りようとしてまで一矢を報いようとした相手が弱いわけがなく、また弱い相手に真田さん達は負けたわけではない。剣太郎が興味がないといいながら、その名を背負うのは対戦相手を必要以上に貶めない為だ。だから、矛盾と知りつつ勝ったとは納得していない。『剣聖』が選んだ得物を失した事実がそれを許さない。
「……なんだよ。初めてお前と戦うかも、って覚悟したんだぞ?」
少し冗談めかして言ってみるが、それは紛れもない本心。
「残念だが、得物がなければどうにもならんな。それにこんなついでのような戦いは本意ではない」
そうだろう? と剣太郎。俺が妹達の事を切っ掛けに動いたように、瞳子が己の心のままに友人と対立する事を厭わないように、剣太郎も自分を賭けるに値する戦いにしか剣を取る事をしない。
真田さんや飛鳥と戦ったのも当真家とは関係なく、二人に感じるものがあったのだと思う。ただ火の粉を払うだけならもっと早く、容赦なく蹴散らしているはずだ。逆に言えば、あの二人同時に相手をしてそんな器用に立ち回れる事に改めて剣太郎の凄さが伺える。……普段、あんなに無愛想なのにな。まぁ、馴れ馴れしい剣太郎なんて想像もつかないが。
「なら、これで終わりだな。とりあえず管理棟に戻るか」
少々気の抜ける締めだが、これ以上戦う必要がないならここにいる意味はない。春とはいえ、三月の夜はなんだかんだで冷えるし、二人がまだ目覚めていないなら起こすなり、運ぶなりする必要だってありそうだ。それに夕食だってまだ口にしていない。心持ち足早にもと来た道へと足を進める。だが、そんな俺の後ろに剣太郎が付いてくる様子はない。
「? 何してんだ。いくぞ」
しばらく歩いてみても、一向に気配を感じられず振り向く。
「……俺はともかく、相手はまだ残っている」
「誰だよ」
「当真晶子だ」
「……それはない」
剣太郎が挙げた名を即座に否定する。これでもそこそこ修羅場をくぐってきた身だ。強い弱いは別にして“戦えるかどうか”というのは一目見ればわかる。少なくとも、当真晶子は戦う器ではない。
「そうだな」
剣太郎はそれを否定しない。何の冗談だろうか? それとも言葉遊びか? どちらにしても剣太郎らしくはない。
「だが、何かを起こすとしたら一人しかいない」
「起こすといってもなぁ……。そういえば、その当人はどこだよ?」
うちの会長もそうだが、この戦いが始まってから異様に大人しかったせいか途中からはまったく気にも留めていなかった。会長の場合は真田さんを尊重していたからだと分かるが、当真晶子にそんな殊勝な感情はないだろう。だからこそ、姿が見えないのを多少不気味だとも思えるし、剣太郎が“頭数”に入れた理由に足りるのかもしれない。そう考えると、引っかかるものがあると認めざるを得ない。
「当真晶子なら天之原の会長を一緒にいるはずだ。運んだ時に付いてきたのを見ている」
「一応、雇い主なのに扱いが雑だな」
「呑気な事を言っていていいのか?」
今の所、何かをやらかす最有力である当真晶子が会長と同席している事を警戒すべきだ。剣太郎はそう言いたいのだろう。しかし──
「──いくら会長が素人でも、どうこうできるようには思えないんだよなぁ。それに意味がないのもわかっているだろうに」
ここへ来た当初はともかく、ただの力押しで学園を抑えられるなんて考えでは無理だと理解はしているはずだ。そんな中で、真田さんや飛鳥、俺といった下っ端や部外者はいざ知らず、会長──組みたい相手先である天之宮の人間を害そうとするなんて意味はないどころか最悪、天乃原学園から全面的に手を引かなければならなくなる。そんな馬鹿な真似は──
──ズンっ!
何か重いものが崩れた音が響く。会長達がいるはずの東屋がある方角から。
「……今のが流行りのフラグってやつなのかな」
おそらくかなり間抜けな表情のまま固まっている俺に剣太郎が一言。
「……流行なのか? それは」
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