異世界闇金道~グレーゾーン?なにそれおいしいの?~(仮題

慈桜

閑話 とある花火師の一日

 
「吹っ飛べオラぁ!!」

 浴衣を着た学友を切り裂こうとしたテアトロにアルストの蹴りが入る。
「シャンス!!マリアナを連れて行って!!」
「分かった!!アルスト!前だ!」
 目前に迫るテアトロに肘鉄をお見舞いしてから追い討ちをかける。 魔力供給を最大にして全身に巡らせながら殴りつけるとテアトロはバランスを崩し吹き飛んでいく。
「キリが無いよ」
 殴り飛ばしては走り学友を抱きかかえビルの壁を蹴り上げながら屋上へ退避させていく。
「迎えに来るからここで待ってて」
 そしてまた戻りテアトロを殴り飛ばすを繰り返す。
「アルストォ!!殆ど逃げれた!後少しだ!!手伝ってくれ!二人を上に連れて行ってくれ!時間稼ぎは俺がする!」
「シャンス!!浮遊魔法はっ?」
「流石にこれ以上は厳しい!!だが棒切れ一本あれば時間は稼げる!」
 二体のテアトロは知ったこっちゃないとシャンスに襲いかかるが、即座にアルストがドロップキックをお見舞いする。
「15秒、いける?」
「まかせろ」
 アルストが生徒二人を肩に担ぎビルの壁を走り抜けると下では眩い緑の光が放たれた。
「間に合え間に合え間に合え間に合え」
 屋上に生徒を転がすと同時に地を蹴り上げビルから飛び降りシャンスの元へ向かうアルスト。
 そこには全身を銀糸で貫かれたシャンスとシャンスを守る為に風の精霊の姿があった。
「シャンス!大丈夫か?」
「あぁ…シルフィードのおかげでな…でもペンダント割れちまった」
「今すぐ上に連れてく!みんなで治癒をかけたら助かるハズだ」
「い…良いんだよアルスト、これ割れちまったけどお前にやるよ…みんな助かったんだな」
「うん、助かったよ。ビルの上は安全みたい」
「良かった…今までひどいことしてごめんな」
「死んだら許さないよ、今までいじめた分ちゃんと土下座してもらわないとね」
「結構きつい性格してるな」
 背後では風の精霊の放った暴風がテアトロを細切れに刻んだ後だった。
 ありったけの魔素を吸収し最速で学友の待つ屋上へ辿り着くとそっとシャンスを寝かせる。
「みんな!!回復系統の魔法を頼む、シャンスを助けてくれ」
 それから学友30数名は各々に回復魔法の詠唱を始めた。
 長く続いた回復の末に顔色は悪いがゆっくりと眼を冷ます。
「シャンス…大丈夫?」
「あ…アルスト…みんな…助けてくれたのか?」
「違うよう、アルストとシャンスが私達を助けてくれたんだよう!!」
「誰か魔力回復してねぇのかよ!シャンス辛そうじゃねぇか!!」
 ワイワイガヤガヤと騒ぐクラスメートを背に立ち去ろうとするアルストの手を力弱くシャンスが引く。
「ちゃんと土下座するから…死ぬなよ」
「当たり前じゃん、その後は友達って感じでもいいかな?」
「あぁ、こちらから願う…よ…」
 そしてアルストは青い魔力光を纏い飛び降りた。










 花火大会から一週間の時が過ぎようとしている。
 学校に行く暇なんぞあるはずも無く忙しく動き回っていたアルストは朝方突然サカエに殴られた。
『そう言えばお前くそって言ったよな、っていうか学校行けよ』
 頬をさすりながらネオスラムをトボトボと歩くアルストの足取りは重い。
「はぁぁ」
「うん?どうしたアルスト、こんな朝っぱらから」
「あぁ、ロイさん。ロイさんこそ何してるの?」
「ウチはなりの悪い客が多いからな、見ての通りゲロ掃除だ」
「ゲロって言うか人ですよね?それ」
 ロイが煙草を咥えながら水を撒く先には酔っ払って店先で寝ている男達の姿がある。
「まぁ、似たようなもんだろ」
 苦笑いと一礼を残しアルストは小さく声を返す。
「ちょっと学校いってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
 意味不明に涼しいサカエの家に住みこんでいた為に朝のうだるような暑さにげんなりしながら貴族街の北に居を構える大きな学校に到着する。
 ファルトムント王立魔法学校だ。
 15歳から20歳までの5年制で、卒業した者は平民であろうとも将来を約束されると言われるエリート校だ。
 若者の間ではこの学校のブレザーはステータスであり、市場に流れればたちまち高価で売れる。 そんな制服に身を包む藍色の髪と瞳の少年はどんよりとした空気を纏いながら門を潜る。
「アルスト・フォン・レザーウィリア職員室に来なさい」
「……はい」
 早速来たかと教員に聞こえないように鼻からゆっくりと深く息を吐き出すアルスト。
 一週間も学校をサボり寮まで開けっ放しにすれば当然待っているのはお説教だ。
 学年主任と校長が待つ職員室の中にある面談室に呼び出されソファに座るように促される。
 そこで少し違和感を覚える。
 本来説教であればこの部屋は使われない。 ましてやお茶など用意されるなど言語道断である。
「校長先生が来られたわ」
 案内をした教員の言葉と共に現れたのはロリBBAでも優しそうなババアでもなく、暑い胸板にスーツがはち切れんばかりの剛腕、黒髪を短く切り揃え鋭い三白眼の眼をした男だった。
 まさしく金剛という字を体現した存在と言っても過言ではないだろう。
「この度は御苦労だったな」
「はい?」
 突然にかけられた言葉は労いの言葉であった。 事情がイマイチ飲み込めないアルストは疑問で言葉を返してしまうが、失言だと気付きすぐに言葉を直す。
「も、申し訳ありませんが、そのようなお言葉をかけていただくような事は身に覚えが無く……」
「いや、いいんだ。出来の悪い従兄弟から大まかな事情は聞いている」
 アルストは出来の悪い従兄弟と言われても心当たりが無く首を傾げてしまう。
「アーノルド…いや、リンダと言った方が分かるか?」
 数秒続く長い沈黙の後にアルストの思考と校長の言葉がようやく重なった。
「え、嘘ですよね?」
 今すぐにでも大声を上げてしまいそうな心に鞭を打ち、出来る限り冷静な言葉を返すが、校長はそれを沈黙で返す。
「校長先生はリンダさんの従兄弟なのですか…」
「あぁ、非常に恥ずかしい話だが紛れも無い事実だ、この度はファルトムントの為に頑張ってくれてありがとう」
 その言葉に眉を顰めながら言葉を慎重に選んだアルストは前かがみに校長へ体を寄せ小さな声で問う。
「何処まで知っているんですか?」
 その言葉を噛みしめると校長は他の教員の退出を促す。
「今話題になっている謎の夢映画の件が、一度実際に起きた事実で有った事はアーノルドに聞いた。そしてエンディングの溶けない氷の壁エターナルアイスウォールの確認もこの数日の間で取れている、今は無き時の流れだとしても命を賭けて学友を救ったのは紛れも無い事実だ」
「校長先生、それは夢ですよ。信じているんですか?あんな話を」
「私以外にならそれで通るかも知れないがね、アーノルドは私に一度も嘘をついた事が無いんだ、信じているよ」
 今問題になっている夢映画。 それは花火大会の翌日に、あの日の一日がファルトムント全体で夢の中で上映された事件だ。 目立ちたくないサカエは当然のように発狂し原因究明に毎日走り回っている。
『一つ考えられるのは十二宮の黄金時計が不完全であったかだ。だがあれは既に消失してしまって調べようが無い。そしてもう一つの可能性は映写師の仕業だが、100万に近い人々、国規模で夢の中を対象に上映出来るスキルなどありえない、いや、あってはならないだろう?俺怖くて外歩けなくなるよ?』
 先日のサカエの言葉を思い出し深く息を吐くアルスト。
 もう残念なぐらいに凄い人だという事は周囲に知れ渡ってしまっているのにも関わらず一般人を装う事をやめようとしない姿を思い出して溜息を吐いてしまうのだ。
「それに、その事実を知れたのは他でも無い。アーノルドは君の処分を軽くする為に千職師様と話し合ってからこの事を教えてくれたのだよ、よって今回はお咎め無しだ」
「そ、そうだったんですか」
 今朝突然殴られていきなり学校に行けと言われた理由の片鱗が知れて少し安堵した様子のアルストだが、同時に一週間もの間サボったにも関わらずお咎め無しというのは要らぬ波紋を起こす事に繋がるだろうと苦い顔をする。
「心配するな、課外授業の名目で単位も取っておいてやる」
「追い討ちですね、わかります」
「??」
 話は噛み合わないが、これからシャンス達にまたイジメられる事を考えるとげんなりしてしまうアルスト。
「まぁ、話は以上だ。なんだったら得意の花火でも上げてみたらどうだ?」
「勘弁してくださいよ」
「ははは!!冗談だよ!!」
「あ、はは、では失礼します」
 アルストは一礼をし席を立つと背中に言葉を投げかけられる。
「あぁ、そうだレザーウィリア」
「はい、どうしました?」
「千職師様にタメ口は良くないと思うぞ?」
「あはは、今話題のパンツヒーローですか?尊敬はしていますけど絶対に直しませんよ」
 パンツヒーローについては後述するが、サカエが必死になって原因を探る大きな理由の一つとなっている事は間違いない。
 泥沼を歩くような気持ちで歩むアルストは一つ息を吸い込んでから講義室の扉を開いた。
 いつもならここで水をぶっかけられたり画鋲を投げつけられたり、ひどい時は火炎球が飛んできたりするのだが、今日は何も無かった。
 それに構えていたアルストは眼を開き周りを見渡すとシャンスを筆頭にクラスメートが輪を作っていた。
「アルスト…助けてくれてありがとうな、これお前から今まで取った金だ。シャンスが立て替えてくれたんだ」
「アルストありがとう!あの時助けてくれなきゃ絶対死んでた!」
「今まで本当にごめん」
 お礼の言葉とお詫びの品を次々渡されていくアルストは状況が分からずにポカンとしている。
「待って!待ってよみんな!あれは夢だよ?実際は花火大会は行われたじゃん!!あれは作られた話なんだよ」
「そうだとしてもだよ」
 クラスメートを掻き分ける金髪碧眼のシャンスは後生大事に身につけていた首飾りをアルストにかける。
「ザストリア家に伝わる家宝だ。死に直面した時に精霊が守護してくれるって、お前はあの時その目で見たか」
 シャンスが優しい笑顔を向けると、アルストの瞳には涙が浮かびあがる。
「うん、君のおかげでみんな死なずに済んだよね」
 その言葉を聞いて確信を得たのか、侯爵家の嫡男たる令息が地に膝をつき頭を下げた。
「だ、駄目だよシャンス君!頭を上げて」
「いーや、上げない。俺が今までアルストにした事はとても土下座一つで許される事ではない」
「やめよう!やめようよ!気にしてないから!」
 あまりに唐突の事でアルストは混乱してしまいどうする事もできなかった。 自分を蔑み続けた男の土下座には何の征服感も無くアルストの心には寂しい感情が浮かんでいた。
 あの日の続きであれば友とも呼べる程に学友を互いに助けあい分かり合えたのにと。
「良いんだよ!やめてよ!夢じゃないか!あれはよく出来た映画だよ」
 だがシャンスはクラスメートが見守る中で頭を上げようとはしない。
「だとしたらお前は俺の中で一番のムービースターだよ」
「シャンス……」
「やっとあの時のように呼び捨ててくれたな、アルスト」
 誰もが見た夢映画はたかが夢ではない、それが実際には夢であっても周囲の誰もが見た夢ならば現実と変わらないのだ。
「あの夢の中の俺は紛れもなく俺だった、思想行動理念全てだ。あれが作られた夢だなんてとても思えない、それにキャストなんだからわかるだろ?」
「うん、自分の映る場面は自分自身が体験するもんね」
「そうだ、あの時確かに俺たちは命を賭けてクラスのみんなを守った、そしてアルストはあんな酷い目に合わせた俺達の為に誰よりも危険な思いをした」
 シャンスの言葉にクラスメート達は頷きを返す。
「この際あれが夢物語でもいい、あの日の続きから俺の友となってくれないか?」
「うん、喜んで……」
 どんな見繕った言葉よりも、互いに助けあった事が何より互いを信用するに足る事象だった。
 そしてその日の夜は特別に許可を貰い夜食会を開く運びとなった。
 この世界は16歳から飲酒が許されているので果実酒での乾杯から始まりウェステから仕入れた蒸留酒などを飲みお祭り騒ぎとなる。
「先祖から続く侯爵家と辺境伯家のいがみ合いを俺達の代で消せるだろうか」
「まぁ、学生時代にあんだけイジメられたら性格も悪くなるよね」
「その…すまなかった」
「いいよ、僕もイジメられるのが当たり前だと思ってやり返さなかったしね」
「これからは俺はアルストを傷つけないよ、どんな苦しさでも分けてくれればいい、それに千職師に負わされた借金も事実なら実家に話してどうにかしてやるぞ」
「はは、本当によく出来た映画だよね、けど大丈夫。不思議と返し終わりたく無いんだよね、あの人にはずっと借りを作っておきたいんだ」
「しかしあの暴利が事実ならばいつか家を乗っ取られるぞ?」
「それも面白いかもね、あの人はめんどくさがりだからそんな事はしなさそうだけど」
 グラスの酒を飲み干すとアルストは制服を脱ぎ捨てた。
 その上半身には威厳と美しさを兼ね揃えた二匹の狐の姿が映る。
「やはり全て事実なのだな!そうなんだろアルスト!!」
 アルストは小さく笑うと魔力の循環を始める。
「そろそろお開きにしようか」

『花火師アルスト・千景・夢想』

 そこには花火の領域を超えた景色が広がった。
 パステルカラーの巨大な花が爆音と共に咲き乱れ、神獣達が乱舞する、十二神龍の神話が花火で描かれ、本来であれば各々に凄惨な最後を迎える神々が感謝の意を込めて美しい造形の花をプレゼントしてくれる、その花は次第に特大の花火となり、宴が始まると百花繚乱を嘲笑うかのような無数の花火が一面を昼間に変える。
 そして静まった空に32人の小人が現れ1人の小人をイジメ始める。 そしてイジメられた小人は変わった金貸しに出会う。
 そして悲しみから立ち直り、悪い人形師がした大虐殺から小人の、仲間を守ろうと奮闘する。
 そしていつしか仲間達は笑顔で手を繋ぎ一つの輪になった所で回転を始め、巨大な花火となり柳となった所でフィナーレ。
 再び無数の花火が上がり終幕を迎える。
『はん、今回は下品じゃったのう』
『そうかしら?私はアルストの花火は好きですわ』
 二匹の狐もその大花火を称賛した所で広大なグラウンドは再び夜の静寂を取り戻す。
「アルスト、これは夢か?」
「まぁ、どっちでもいんじゃない?確かに見たならさ」




 その後、謎のパンツ一丁のアフロ男が睡眠妨害を訴えてアルストを殴り飛ばしに来たのはここだけの話だ。




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