だんます!!

慈桜

第206話

 
 太平洋に無数の何かが浮かんでいる。

 黒くて丸い何かだ……。

 北海道の漁師を悩ませている話題のトドが季節外れに群れを成しているのか、それにしては形が均等である。

 そのナニカが水平線の彼方まで見渡す限りに蠢いている。

 地獄、混沌、阿鼻叫喚。

 言葉では言い表す事が出来ない悪夢が確かにそこにある。

「おいでなすったおいでなすった!! 冒険者の奴らに伝えにいけぇ!!」

 神奈川県は港町の波止場で双眼鏡を持つ男に、漁船でかっ飛ばした捩り鉢巻きのオッさんが叫ぶ。

「あんだってぇ!?」

「津波だぁ!! オバナの津波が来たんだよぉ!!」

 意味不明、静寂、発狂、混乱。

 噛みしめるまで時間がかかったが、オバナが外国で増殖して暴れまくっているニュースは度々ネットやテレビでも取り上げられている。

 水平線を埋め尽くす黒い波、アレが全てオバナだとすれば……。

 赤灯台の横で腰を抜かす青年は、四つん這いになりながらも必死で立て直し、釣りをしている者達にも叫んで行く。

「逃げろ!! 逃げるんだ!! 釣りなんてやってる場合じゃねぇ!!」

 青年の掛け声に釣り人達は鼻で笑いながらに竿を振る。
 その危機感の無さに青年は下唇を噛みしめ、更に声を荒げる。

「オバナだ!! オバナが来るんだよ!!」

 掲げた人差し指を水平線の彼方に向けると、黒い波が蠢く様が見え始める。

 そこからは時間との勝負だ。

 オバナの襲来の報せは緩やかに波及していき、次第に爆発的な広がりを見せる。

 海岸通りはいつしか車が濁流のように溢れかえり、交通網は完全に麻痺。

 青年はただひたすらにオンボロの原付バイクで阿弥陀籤の如くすり抜けを繰り返し都心部を目指す。

「横浜だ、横浜にさえ着けば……」

 全国に迷宮が増え、冒険者の数も3千程になったとは言え、決して多いと言える数ではない。

 しかし都心部であれば冒険者の数は揃う。
 それは神奈川であれば横浜に当たる。

 冒険者に渡りをつけられれば、東京残留組を動かす事ができる。
 ネットなどで既に情報は届いているかもしれないが、何より冒険者達に守られる安心感が欲しい。

 青年はただただスロットルを回し続けた。
 ガソリンが減り続け、オイルランプが光り、マフラーが灼熱に色を変えようが、混乱する群衆を掻き分け、ただただ走り続ける。

「走れ走れ、もっと走れよ!」

 風船から空気が抜けるような音と共に、マフラーが熱膨張でキンキンキン
 と甲高い音を鳴らしながらに、エンジンを停止させる。

 エンジントラブルである。

 家族もいない、恋人もいない、守るべくは己の命、だが大好きな街が蹂躙される姿をただ呆然と眺めているわけにはいかない。

 冒険者、冒険者だ! 冒険者がいればオバナを退治できる。
 日本が、この生まれ故郷がホモ面の黒人に蹂躙されるわけにはいかない。

 足を縺れさせながらも、アスファルトを踏みしめ、希望への一歩を踏み出した時、彼の背後から風切り音が響き、風圧に体がよろめいた。

 そして見上げた先にはアカハライモリの飛竜が隊列飛行のままに空を翔る姿があった。

「む、麦飯冒険団か!! 助けてくれ!! オバナが!! オバナが!!」

 叫んだ先の冒険者達は背を向けたままに親指を立てて海岸線へと飛んで行く。

 脱力。

 腰の力が抜け、膝から崩れ落ちる青年、しかし目の前でジェットスキーが空を舞った。

 安心は束の間であった。

「ファッキンボォォォイ!!」

「いぎゃああああ!!」

 空を舞ったジェットスキーには黒い全裸の男が搭乗しており、民家の屋根を破壊しながらに迫り来る。

 圧殺。

 助けを求める為に冒険者を探し走り続けた青年は、上半身を挽き肉に変えたままに絶命した。

「オバナ、イン、ジャペェェーン!」

「ギィヤァァァアアア!!」

 16号線沿いの運河沿いの一角は大混乱に陥り、蜘蛛の子を散らすように民間人は逃げ去って行くが、単独ジェットスキーで特攻したオバナは、容赦無く人々へと襲いかかる。

 ただ立ち尽くすしかできなかったバス停の老人は頭を掴まれたままに停車した車の窓に何度も何度も顔面を叩きつけられ、車の間をすり抜けて逃げようとするオートバイに投げつけられては宙を舞う。

 人を人とも思わない傍若無人な暴れっぷり、非現実的な光景を事切れた肉の塊で彩って行く。

 目の前で人が死ぬ。

 傘で貫かれ、バスの時刻表で頭が潰され、給油タンクをこじ開けられた車に火種を投げ入れては爆発を起こすカオス。

 羽虫を扱うように、服を掴んでは地面に叩きつけ、思いつきで殺す。

「あ、あくま! 悪魔よ!!」

「イェース、オバナケアァァ!!」

 ブクブクと肥えたパンチパーマのオバハンが買い物袋を手に下げたまま腰を抜かす。

 見るに耐えない醜いババアであるが、オバナは殺戮衝動から性欲へとシフトチェンジしたようで、その下半身からぶら下げた逸物に血液が集中し膨張を始める。

 あまりの光景にゲロを吐きながら逃げ惑う民間人、オットセイのようによがる豚、腰を振り続ける元大統領。

 この世の地獄とは案外身近にあったものである。

「ビーッチビチビチビッチビチ!」

 家電量販店から流れる音楽を替え歌に腰を振り続けるオバナに呼び寄せられたのか、運河から次々にオバナが現れる。

「ヘロォ、ファッキンジァァャップ」

「ヒィヤッハァ!! マイコロニィ!」

 冒険者がいくら対応しようにも、絶対数が違いすぎるのだ。

 麦飯小僧達が飛竜から空爆じみた攻撃を繰り返し、オバナの血の花を無数に咲かせようとも、警察、自衛隊、米軍がプラモンを利用して善戦しようとも、バクテリアの如く爆発的な増殖を見せるオバナの群れは止められないのだ。

「ナイスミートトゥーユー」

 首筋に噛みつき引きちぎり、命を奪えば踊り始め、別のオバナが首を刈り取る。

 それだけでオバナは増えるのだ。

 シンプルなキチガイ。

 殴り、犯し、殺す。

 わかりやすいまでの暴虐、それが人々に恐怖を植え付け、地獄を作り出す。

 太平洋沿岸を埋め尽くすオバナ、総数を数えるのも億劫な程の数である。

「ウィーアザチェンジィィィ」

「日本メーーーン!!」

 ━━

 東京に集結している冒険者達は、オバナ襲来の報せを受け、緊急集会を秋葉原駅で開いていた。

「クソ、早すぎる。南米に向かったんじゃなかったのかよ」

「迷宮に寄せられたんじゃないかって話も出てる。オバナの群れは東京湾近郊に集中してるらしい」

 冒険者達は近くにいる者同士での情報交換に余念がないが、その中で登壇するは赤髪の長髪に大剣を背負った冒険者である。

『あーあー、テステス。よぉし、お前らよく聞け。俺はメタニウムダイゴだ! グラナダの酒が恋しくて樺太から引き揚げて来たら、この有様だ! だが、オバナなんぞにビビる必要はねぇ! なんてったってこっちには!』

 ダイゴが大袈裟な迄に身振り手振りをしながらに話ながら指し示す先には、背の小さな赤髪の大剣使いが舌打ちをしながらにプラプラと手を振っている。

『あのグレイルさんが特別に助力してくれることになった!! 他のグランアースの冒険者様方は迷宮の守護についてるから動きがとれんが、グレイルさんがいりゃ百万力! 微力ながらに俺たちメタニウムもいる! 作戦は命を大事に、ひたすらぶっ殺せ! それで勝てる!』

 シーンと静まり返るなか、冒険者の視線は特殊なアイドルカフェの屋根の上で片膝を立てながらダルそうに座るグレイルへと集められる。

 グレイルは面倒くさそうに小さく溜息を吐き出しながらに、口角を上げて余裕の表情を見せながらにうんと頷くと、状況は一変し爆発音のような歓喜に包まれる。

「ったく、なんでわいがゴブリン狩りせなあかんねん」

 グレイルの愚痴なぞは誰にも聞こえていないが、冒険者達の不安は一掃され、彼らには覇気が漲った。

「やってやるぜ! やってやろうぜ!」

「ダラケちゃんだ! ダラケちゃんがいれば勝てる!!」

「高層ビルの屋上に陣取ろう! アキバを城に見立てるんだ!」

「防衛戦はもっと押し上げた方がいい! 数の力で押し切られたら元も子もないぞ! アキバは世界で最もダンジョンが多いんだぞ!」

「地のルーン持ちはいるか? 壁を作ってアキバを囲むぞ!」

 やる気まんちくりんなのである。

 さて、問題は何故南米を目指していたはずのオバナの群れが、日本を目指すこととなったのかだが、それは偶然と必然が重なった故である。

 まず偶然の部分であるが、閻魔は相変わらずに自らラビリの手が届かない手薄なダミーコアを着実に潰していたのが、やはり仕掛けが早過ぎた故の手札の少なさと、殺戮大臣の地上作戦による殲滅戦、更には世界樹の無差別攻撃に巻き込まれて減る手駒に多少なりの焦りを感じていた。

 そこで、敵味方関係なく暴虐暴食の無限増殖を見せるオバナの快進撃に、興味を示した。

 ラビリ陣営の飛車は殺戮大臣、閻魔陣営の飛車はオバナの様相となっていたので好きにさせておけと放置していたのだが、殺戮大臣が玉の仕事を始めたので、何か一手が欲しいと考えた所で目に付いたのがオバナの群れであったのだ。

 そこで閻魔は、世界中から集まっているラディアルをオバナ達へと注ぎ込んだ。
 それらで億単位の群れとなれば、更に力を増すだろう、そして南米を取り込めば五億以上の群れとなり、蝗害に似た一撃を持って東京を丸裸に出来るかもしれない。

 そんな遊び心が、オバナの大増殖に繋がった。
 それが偶然・・の部分だ。

 必然の部分は、殺戮大臣信長が打った一手である。

 信長は地上作戦に移る前に酒呑童子とアスラを迎えに行った際、シュテンにダン◯ちゃんと共に黄金騎士をばら撒いて来いと命令を下した。

 そのルートが北中米からの南米を扇のように覆いながら回るルートが一番にあった。

 黄金騎士はレイスを宿している為に魔物に属しているが、鎧は鎧でしかなく、実体はレイスなので物理的には存在しない。

 つまりはルーンを持たない肉弾戦がメインのオバナにとっては天敵でしかない。
 その黄金騎士に攻め立てられたオバナは海に逃げるしか道は無かったのである。

 クルーザーや漁船、船と呼べるものは全て盗み、黄金騎士から一歩でも遠くへ逃れようと、オバナ達は大海原へ旅に出た。

 大臣が閻魔を探し回るが見つからず、戦線は膠着したままに束の間の平穏が訪れたかと思われた矢先、オバナ達は日本近海へと襲来したのだ。

 これが必然。

 信長自らがこうなるように仕向けたのだから必然としか言いようがない。

「ふぁーあ。ねむた」

 その当人である信長は、押上の超高層タワーの上で大きな欠伸をしている。

「ほらほら閻魔じーじ、いまがチャンスだぞぉ」

 オバナを引き寄せたのも、全ては閻魔を誘き出す為である。

 信長の家臣を餌に閻魔のダミーコア騎士は相当数釣り上げる事に成功し、戦況は圧倒的優位に立った。
  
 閻魔が逆転で勝負を決める為には東京を落とさなければ話にならない。
 冒険者達がオバナの相手をして手薄になった状況を閻魔が逃すはずがないからだ。

「おうキチガイ」

「あるぇ。だんますダミーコア守ってなくていいの?」

 そこにラビリが転移で現れる。
 心なしか窶れているのは、コアが心配で仕方がないからだろう。
 気苦労の絶えない支配者である。

「グランアースの連中も来たからな」

「んまっ、もう詰みだしな。閻魔じーじって何がしたかったんだろうね」

「基本数年単位で戦うのが好きなタイプだったんだが、何を急いでいるんだか。しかし気は抜けないぞ? あいつ自体が何より面倒だからな」

「そうなん? なんか死にたがってるようにしか見えないんだけどなぁ」

 そのタイミングで信長とラビリが眉間に皺を寄せる。
 ダミーコアが割られた反応である。

「あーあ、尻尾出しちゃったよ」

「閻魔のダミーコアの残りは把握してるか?」

「後12? いや、じーじが隠してる奴いれたら13かな。もう時間の問題だけどな」

「そうか。誘われているようだが一当てしてみるか? ただ、気は抜けないぞ」

「あははぁ……気ぃ抜いた事なんてないっつーの」

「嘘つけぇ」

 信長はよっこらせと立ち上がり、閻魔が潰したダミーコアへ転移する。
 ラビリは術式を組むのが面倒だったのだろう、信長のちょんまげを鷲掴みにしたまま共に飛ぶと、目の前には待ってましたと言わんばかりに閻魔が杖をつきながらにベンチから腰を上げる。

「さて、少し気が早いがヤムラ君がどれだけ強くなったか見せて貰おうかな」

「……らしくないな。 何が目的だ?」

「ただ楽しみたいだけだよ。今回の楽しみはにあるからね。この程度で終わればそれまでだったが、やはりグランアースを二分して戦った時とは比べ物にならないぐらいに強くなっていて安心したよ」

 閻魔が好々爺とした笑みを浮かべる背後で、舌を出しながらに信長が斬りかかるが、大太刀は地面を切り裂き地割れを起こすだけで、閻魔の姿はない。

「焦る必要はないよ。存分に楽しむ時間はあるからね」

 信長の背後で杖をトンと地面に落としただけで、周囲一帯の建造物の全てが塵となる。

 信長、ラビリ共に上空へ飛び上がって衝撃波を躱すが、次は空から黒い雨が降り注ぐ。

 それら全てが触れるだけで物質を無に帰す破壊の雨である。

「あははっ、いいねぇ、面白くなってきたぁ」

 極悪に嗤うちょんまげのキチガイ。

「どうせまだ殺せないんだから無理すんなよ」

 呆れながらに補助に入るラビリ。

「ちょんまげ君は若いね。もっと色々教えてあげたくなるよ」

 何をしようとも決着がつかない不完全な状況であるにも関わらず、人知れずに最終決戦は開始された。






「だんます!!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く