だんます!!

慈桜

第193話

 
 世界が光った。

 五島列島にて、銀の魔女レジーナに恩人であるキッドを殺された直後、嘆く暇も無く世界が光った。

 そして一瞬で理解した。

 これは間違いなく死んだと。

「いや、キッドの奴、あいつ嘘つきじゃねぇか」

「普通に死んだでござるね。しかし此処は何処でござるか? もしやあの世?」

「復活の回想すら無かったな。死んだぁぁぁ、あああ? みたいな」

 赤革ジャンに金髪リーゼントと忍者のコンビ、バイオズラとヌプ蔵が謎に盛り上がるが、教会での復活の際に必ずみる過去の自分の回想すらなく、気がつけば彼らは其処にいた。

「やっぱ流行りの異世界転生ってやつか?」

「いつの流行りでござるか? 10年も前の流行でござるよ」

「いや、最近深夜アニメとかそんなヤツばっかりだぞ?」

「昔に書籍化してコミカライズして売れてからアニメ化でござる。たまにレスポンスが早いパターンもあるでござるが、大抵は忘れた頃の映像化でござる」

「さすが厨二病ロールしてるだけあんのな、お前」

 見ず知らずの森に囲まれた街道、植生も空気も地球のそれとは変わらないが、決定的に違うのは昼間であるのに薄っすらと空に映る緑と赤の双子月である。

 地球でそんなものを見た事はないので、明らかに異世界であろうと勘ぐっているわけだが、二人には考える間も与えられない。

 ただあても無く歩いていた街道の後方から、全身鎧を着た騎士を乗せた馬が数騎駆けつけてきたのだ。

「貴様ら見ない顔だな。何処の国から来たのだ?」

「うわぁ……テンプレな奴キターでござる」

「もうござるやめてもいいのよ?」

 ヌプ蔵が銀ピカの騎士にテンションを上げているが、騎士達は時を追うごとにぞろぞろと増えて行き、躙り寄るように周囲を固め始めたので、バイオズラは警戒を一段階上げた。

 できれば避けたいが、戦わねばならぬのであれば容赦はしないとの警告だろう。

「ヌプ蔵、気をつけろ」

「心配無用にござるよバイオ殿」

 バイオズラは光のルーンを握りしめて光拳の準備をし、ヌプ蔵は九字を切るまでもなく苦無を用意すると、騎士達は慌てて馬から飛び降りて膝を折り始めた。

 状況が一変したのである。

「馬上にての問答、ご無礼をお赦しください」

「なんだぁ? 何がどうしたってんだよ」

「光のルーンの使い手なれば王族もしくは名家の御方とお見受けします。任務中とは言え我が国の顔を潰しかねない失態です。ご不快とあらば、我が首で場を納めていただきたい」

 バイオズラとヌプ蔵は半ばキョトンである。
 いきなり謎の世界で、いきなり騎士に絡まれて、首を持っていけと抜かしやがるのだ。
 妖怪首もってけの登場である。

 ヌプ蔵は何故か期待を込めてバイオズラに頷きかけるが、即座に無理無理と首を振ると、やれ仕方なしとヌプ蔵が前に立つ。

「ゴホン、この御方はさる大国は王族の末子に当たられる由緒正しき血筋ではあるが、今現在は籍を抜き後学の為に諸国漫遊の旅の空、言わばお忍びの只中にある。無礼千万に非あらばと仰られるなら、どうか何も見なかった事にしてお帰り願いたい」

「ははぁー! 」

「なにこれ」

 バイオズラは何とも言えぬままに早々に立ち去る騎士達の背を見送り、ヌプ蔵はサムズアップのドヤ顔である。

「お前すげぇのな」

「これぐらいは予習済みでござる」

「どんな予習だよ。けど、第一村人っつか騎士びと? よくわからんけど、異世界ってのが濃厚になってきたな」

「なればダンマスの管理する世界やもしれぬでござるな」

「次から次へとよくわかんねぇな。クソが」

 バイオズラはいつものお調子者感が薄れている。

 銀の魔女に震えた後はピカッと光って見知らぬ世界となれば緊張感を持つのも当然かもしれないが、ヌプ蔵はさっさと切り替えて順応し始めている。

「ささ、バイオ殿、落ち込むのはいつでもできるでござるよ。人がいるとわかれば、後は街道を抜けて村や町を探すだけでござる。情報を集めておいて損などっ?!」

 ヌプ蔵が話の途中で森の中に意識を持って行かれると同時に、その手に持たれていた苦無が木々を交わしながらに飛んで行くが、甲高い金属音にて弾かれた音が聞こえる。

「バイオ殿っ!!」

「わかってんよ、こっちも素人じゃねぇんだから、よっ!!」

 バイオの光拳が目の前の大木に叩き込まれると、無数の木っ端が森の中に襲いかかるが、それでも気配は強まる一方、なればとヌプ蔵が巨大な手裏剣を構え、バイオズラは再び光拳を用意するが、双方の攻撃が放たれる事は無かった。

「待って……」

 森の中から少女の声が聞こえたのだ。
 流れから言えば此処で登場するのは間違いなくコアである筈だが、森から両手を広げながらに現れたのは、全身に白いモコモコを纏った幼女であった。

 黒いふわふわの肩までの癖毛、クリクリとしたまん丸の瞳、全身を覆うモコモコの獣の毛皮は気になるが、何処からどう見ても夢幻に閉じ込められた、あの幼女である。

「あのっ、はじめまして、たかなしひたきです!」

「えぇと、はい、バイオズラですこんにち、は?」

「ばいおずら? 変な名前ですね!」

「ほっといてぇー?! 初対面で何この子ー!」

 ヒタキのイメージとしては、夢幻の中で切り立った崖の天辺で囚われた籠の鳥のように暮らしていたか弱い幼女であったはずだ。

「ヒタキです!小さいけど冒険者してます! 」

「ぬ、ヌプ蔵でござる。拙者も冒険者でござるよ」

「おー! じゃあヒタキとお仲間ですね!」

 過去に夢幻回廊の扉の一つ、その小さな世界で曖昧な記憶に苦しんでいた彼女の姿は既に無かった。

「冒険者っつっても、チビすぎんだろうがよ」

「ヒタキには暁とわたあめがいるから大丈夫なんです!」

 悪ガキ五人衆の死を否定し、泣き噦っていた彼女は、まるで別人になってしまっている。
 ここで会ったのも何かの縁だと、共に街を目指す事となったが、バイオズラとヌプ蔵は、先頭を楽しそうに行進する幼女の後ろ姿を見て、何らかの違和感に首を傾げた。

「なんか、リアルすぎねぇ? ちがうな、なんて言えばいいんだ」

「わかるでござるよ。先の騎士達と比べれば彼女は、こう……ハッキリとしているというか」

 うまく口にはできない。
 うまく口にはできないが、互いに理解できる違和感なのである。
 夢幻に於いてのメインとキャストの違い、つまりはPCとNPCの違いであるが、それはバイオズラ達にはわからない。
 わからないが伝わっているのだ。

「ヒタキはお姫様だったんだー。だけど暁に選ばれて、五大国の王様達がお妃にって言い出して、みんな友達だったのに喧嘩ばっかりになってね、それが嫌になって逃げてきたの。クッキリ見えるのは姫パワーかもね! へへ」

 聞こえてしまっていたかと、バイオズラ達は苦い顔をするが、別に騎士達が透けていたわけではない。
 しかし視覚の認識とは別の感覚でヒタキがクッキリしているのは間違いないと確信を持っている。

「じゃあ、騎士達はヒタキを探してたのか?」

「そうかも? わかんないから隠れてたんだけど、多分探されてる。でもいいんだ。みんなの中の誰かと婚姻とか、選びたくないし」

 スルスルスルと滑らかにヒタキを包んでいた全身のモコモコが解けて行くと、其処には白いモコモコの巨大な化け猫が現れ、ヒタキの小さな身体にはこれでもかと言わんばかりに絢爛豪華な鎧が纏われているが、その鎧ですらスルスルと解けて行き、次第に黒髪の美しい女性の姿を象る。

「紹介するね。この子がわたあめで、この子があかつき!」

「ぶみゃゃあご」

「よろしくね、冒険者・・・様方」

 鶫をダイナマイトボディのセクシー系にビルドアップさせたような黒髪美人が一礼をすると、何故かバイオズラとヌプ蔵は敬礼で応える。

 どれだけ遊んでいても、いつまでも女慣れしない奴らである。

「でもヒタキ、余り自分の事をペラペラと喋ってしまうのは感心しないわ。変装してまで逃げてる意味がなくなるじゃない」

「でもバイオズラさん達は大丈夫だよ。二人とも変な名前だし、他のみんなとは違う」

 ヒタキはバイオズラ達を見て、天真爛漫に歯を見せながらニコッと笑う。

「ヒタキみたいにクッキリしてるもん!」

 ヒタキとの出会いが起点となり夢幻での戦いを加速させて行く事など、バイオズラ達は予想だにもしていないだろう。


「また会いに来るからね」


 何処からか銀鈴のような美しい声が聞こえ、バイオズラは皆より一歩遅れて振り返るが、そこには誰も存在しない街道が果てなく続いているだけだった。


「そこはまだ、大丈夫だから」


 コアは山の上に伸びる一際大きな針葉樹の先端から遠目に、バイオズラとヌプ蔵の姿を見ながらに小さく呟くと、次の瞬間には既にその姿は無かった。

 残されたのは不自然に揺れる針葉樹と、首を傾げてそれを見つめるヌプ蔵だけである。

「なぁ、ヌプ蔵よ。お前霊感あったりする?」

「光る幼女の霊なら見た気もするでござるよ」

「そうか。するってーと、あれか? 異世界ヒロインは幼女しかいねぇってわけか?」

「目の前にえちえちの実の能力者がいるでござるよ」

「ふーん、えっちじゃん」

 暁が悪寒に震えて胸元を隠したとかなんとか、バイオズラのシリアスは数時間も持ちませんでしたと。




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