だんます!!
第192話
閻魔の夢幻へと転移したメイファーとヤムラであるが、目の前では自身の長いうさ耳でジンジャーをこちょばしているレイセンの姿がある。
「くっ、くそ、なんなんだこのウサギ」
「ほれ、ほぉぉれ、もちょこいだろう? もちょこいだろう、あーん?」
ジャイロ同様に全能力を時空の狭間へ集中させているジンジャーは、鎧の部分ですら鎖に変換しているので、無防備にも程がある。
目から血をダラダラ流しながらに、踏ん張っているジンジャーにうさ耳で擽ぐるなど下衆の極みも甚だしい。
「どしたぁヤムラ。事情は痛いほど理解してる。早くしねぇとコイツもメアリーも死ぬぞ?」
「ほんとやり辛いウサギさんだねぇ」
困った困ったと眉間を抑えたヤムラは、顔を上げるとその右眼には先程レイセンが見せた青地に無数の時計の針が廻る魔眼を開き、世界の時を完全停止させ、更にはレイセンから左目を抜き取り、残された命の時間を容易く奪い取る。
「実はレイセン殺すの2回目なんだよねって、聞こえてないか。今のお前は知らないもんな」
奪い去った左目を違う眼に切り替えて喰わせると、ヤムラは「はぁ……」と深く溜息を吐きながらに肩を落とす。
「親友二回も殺さにゃならんって俺の人生どんだけハードモードなんだよ」
「もうおわったの?」
「ん? ああ、おわったよ」
「悲しいの?」
「あぁ、そうだな、悲しいよ。少し休憩してから戻ってもいいか?」
メイファーは心配そうに眉尻を下げながらにウンと頷くが、そのやり取りにジンジャーは「ファック!!」と叫んでいるが、ヤムラは無視である。
「昔昔、ある所に寂しがりの少年がいました」
慰めようとしてくれているメイファーにクスリと笑いながらに抱き抱え、膝の上に乗せながらに昔語りを始める。
普段の彼であれば事案云々と怯えて、このような大胆な行動はできないが、今回ばかりはそれどころではないのだろう。
━━━━━━━
少年は狩りをしました。
仕留めた兎は妊娠していました。
お腹の中からは赤ちゃんが出てきました。
みんな死んでしまっていたけど、一羽だけ生きていました。
少年は家族に内緒で兎を育てようと決めました。
でも兎は乳も飲まずに弱っていきました。
少年は死に行く兎に母親の魔石を添えました。
何故か魔石は光を失い、兎は少し元気になりました。
兎は魔石の魔力を食べるのだと知りました。
それから少年は毎日狩りをして兎に魔石を与え続けました。
幼馴染の二人の女の子達も兎を育てるのを手伝ってくれました。
三人と一羽はとても仲良くなりました。
ドラゴンや魔族の魔石を与えると、強い魔物になりました。
言う事を聞かなくなってしまったので従魔術の勉強をしました。
それでも兎は言う事を聞かないので、少年達は友達を誘って強くなれると評判の学校に通いました。
兎はその間も色んな魔物を倒しまくってドンドンドンドン強くなりました。
いつぞや全ての魔族を食べちゃった兎さんは、地上の全てを食べようとしました。
世界はめちゃくちゃです。
ただの兎が世界を滅ぼしかけたのです。少年は爆笑です。
大人になって強くなった少年はバカな兎に頭脳戦を仕掛けました。
兎はルールも分からず簡単に殺されてしまいました。
幼馴染と三人で沢山泣きました。
少年は悲しさに耐えられずに、自分の命とも言える宝物を兎に埋め込んで祈りました。
兎は生き返りました。
少年は死にました。
でも、気が付いたら子供に戻っていました。
次は失敗しないようにもっと強くなろうと頑張りました。
兎は悪者にならず、何故かずっと少年を守ってくれました。
一緒に修行して、一緒に勉強して四人で本当に仲良く過ごしました。
でも一度目の人生で兎が死んだ日と同じ日に突然兎は死んでしまいました。
少年は悲しみのあまりに、また宝物を埋め込んで生き返らせました。
少年は死んでしまいました。
またやり直しだけど、少年はもっともっと強くなりました。
兎ももっともっと強くなりました。
本当に楽しい時間を過ごしました。
何度も繰り返し、どれだけ強くなっても、必ず同じ日に兎は死んでしまいました。
兎が死んでしまう日が近づく度に泣きました。
ある日先生は言いました。
先生に勝ったら世界のルールを書き換える方法を教えてあげると。
少年は大惨敗でした。
結局はズルをして勝ったけど、兎も幼馴染も、沢山の仲間もみんな殺されてしまいました。
だけれど少年は世界の仕組みを知りました。
世界のルールを書き換える宝物を使った戦いは、神様になる為の試験だったと知ってしまいました。
兎の存在は試験的に別世界から連れてきた魂の神化に伴う不具合が出ないように神が遣わしたチュートリアルサービス。
そんなくだらない、そんなつまらない事の為に、俺は……少年は心から友と呼べる存在を失ったのかと……。
心の底から嘆きました。
少年は兎が神から貰った時を司る眼を貰って、時間を巻き戻そうとしました。
だけど悪い先生を閉じ込めた日までしか戻れませんでした。
少年は世界のルールを書き換えました。
長い長い年月を費やして世界のルールを書き換え、記憶の再現による蘇生の概念を刻みました。
少年は都合の悪い記憶を右眼に残し、左眼の時司瞳を核に、暫定的な世界管理者として存在を確定して兎を生き返らせました。
そして遺体が無い幼馴染を生き返らせる為に、星の記憶と、瞳の記憶を読み取り、さらには悪い先生に教えてもらった死霊術の応用での降霊術を行なったが、希薄な存在残滓しか集められなかった。
慌てて二人を宝物に入れたけど、それは二人とは別の存在になってしまった。
ただこれまでと違ったのは、宝物に別の命を吹き込んだのに自分が死ななかったこと。
全てがどうでもよくなってしまった。
結局、みんな違う。
レイセンも、クロエも、セイラも……みんな偽物だ。
それなら自分も偽物になってしまおう。
こんな弱い自分じゃなくて、こうありたいと願う強い偽物に全て任せてしまおう。
━━━━━━
「それで? 寂しがり屋の少年はどうなったの?」
ヤムラは全てを語ったわけではない。
思い出すように逡巡を繰り返し、涙を浮かべたままに黙りこくってしまっていたのだ。
「ん、ああ、ペットに飼っていた兎が育ちすぎて喋り出してビックリたまげて友達になっちゃいましたとさ」
「そっか。友達を殺すのは悲しいね。作ってあげようか? ヤムラシン様とウサギさんが合体した人」
「ははは、やめといたほうがいい。脳みそ爆発どころか存在自体が蒸発しちゃうからな」
気を取り直したヤムラは立ち上がりメイファーの頭をポンポンと優しく撫でると、鎧姿のままぶっ倒れているジンジャーの側に歩み寄り、軽々と持ち上げる。
「メイファー、こいつ向こうに連れてってくれ」
「ん。ヤムラシン様は戻らないの?」
「ああ、ちょっと気になる事があるからな。みんな連れて戻ってくるなら、こいつが起きてからにした方がいい。閻魔に嗅ぎ付かれたら面倒だからな。あと、俺の事聞かれたら、傷心旅行に行ってきますって言っといて」
メイファーはウンと頷き、気を失ったジンジャーの足にぶら下がったままに転移する。
「さて、悪趣味な幻想世界を調べつくしてみるとしようか」
心こそは弱いが本当の意味でヤバいやつが、解き放たれた瞬間であった。
レイセン達の元へ転移したメイファーは、気絶しているジンジャーの足にしがみついたままにドラゴンスクリューを決め込んで地面に叩きつけると、一仕事終えたったと言わんばかりに額の汗を手の甲で拭った。
「ったく、だらしない奴だねぇ」
ジンジャーは気を失って倒れているが、ジャイロは椅子に腰掛けてレイセンにデカい団扇を扇がせている。
「おいチビガキ! あいつどこ行った?」
「うーん、しょーしんりょこーって言ってた。あと、危ないから、向こうに戻るならジンジャーお兄ちゃんが起きてからにしろって言ってた」
「いや、もう繋ぎはできたから、いつでも飛べるんだけどな……まぁ、しゃあないか」
ヤムラは知らない。
レイセンは神たる高次元生命体に創られた特別な存在である為、宮司として再び生を受けた瞬間に改竄された筈の全ての記憶を取り戻し、本物のレイセンそのものとして蘇っていることを。
彼はそれを知る前に、既にラビリを創り自分を封じてしまったのである。
だからこそレイセンはヤムラにしか懐かないのであるが、ヤムラは作り物の記憶でそうなっていると勘違いしているし、レイセンもレイセンでヤムラにムカついているので、偽物らしく振舞っていたりする。
「両目揃ったらバレちまうかな? まぁ、俺の眼使う場面なんてねーか」
兎はぺっと唾を吐き出して、心底楽しそうに、前歯を少し隠しながらに、小さく笑いました。
「つか世界樹うっせーなあいつ!! コッチがしんみりしてんのにドンガラガッシャンンドンガラガッシャン!」
「黙りな暑苦しい! 人がヘタってる時に胸揉んだ分は働きな!」
「うっせーな! ジルの代わりに女の潤いを与えてやろっつー親心わからんもんかね」
「いつからてめぇーが親になったんだよっ」
レイセンが騒がしいのは、いつ何時だって、楽しかったヤムラとの思い出をトレースしているだけだ。
落ち込んで泣き虫なヤムラが楽しかった思い出まで忘れないように、全てが輝いていたあの頃を思い出して貰うために。
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