だんます!!
第185話
ラビリの中からコアが消え、身代わりにイナバが残されていたことが発覚していた頃。
舞台はメキシコの荒野へと移る。
「ジンジャーお兄ちゃん、メイファーもう行くね」
「行くねって何処に?」
「うーん……わかんない!」
ヤムラに放置されたメイファーとジンジャーはただ果てなく広がる駱駝色の荒野を、何のアテも無く歩き続けていた。
メイファーはボロボロになったローファーを脱ぎ捨て、メニュー画面から真っ赤なスニーカーを購入し、足元の彩りにご機嫌となったのか、ポニーテールを揺らしぴょんぴょんと飛び跳ねたり走り回ったりと自分の足で地面を踏みしめて楽しんでいた。
そんな様子を見て心配になったジンジャーとリリーは保護者のように追随していたのだが、数刻過ぎると納得したように振り向き、満面の笑みを浮かべた彼女は冒頭の言葉を放った。
行くねと言われても待たんかいとしか返せない状態である。
「その靴の履き心地はもういいのか?」
「うん。これはね、ジャイールを忘れない為のおまじない」
「ジャイール?」
「うん。世界を壊さないメイファー? かな? 」
そう言ってメイファーは体を靄のように朧げな姿へと変えて消えるが、ジンジャーは無意識に鎖を伸ばす。
メイファーはいつも通り自由気ままに思いついたままに行動しているだけなのだが、ジンジャーはメイファーが消え去る際に浮かべた儚い笑顔に、彼女が何処か遠くの世界に消えてしまうような錯覚を覚えたのだ。
過保護に扱う必要など皆無の少女であるのだが、ジンジャーとリリーは彼女の見た目に騙されてしまっているとしか思えない。
その能力をある程度知っていても尚、このようなお節介を焼いてしまうのだから重症だ。
『メイファーちゃん、凄く速いよ。このままじゃ届かないかも』
「大丈夫だよリリー、俺たちは世界の何処に居ても繋がっている。限界なんて無いんだ」
『……そうだねっ。ありがとう、私を信じて……認めてくれるんだね』
「ああ……トキシックリリーは俺の全てであり、恋人であり相棒であり、そして世界……いや宇宙一最強の〝権能〟だ」
ジンジャーの言葉と共に、蛍光色のオレンジと藍色が織り交ざるリリーを表す特徴的な色合いの鎖が、より一層に美しく色味を増し、見違えるほどに加速する。
「ごめんなリリー。こんな単純なことに気付けなかったなんて」
『うん。でも嬉しいよ。私が権能で、権能が私で、私が私だってわかってくれて』
「……ダンマスの事は今でも許せない。だけど、ヤムラ? だったか、あいつの話を聞いて、そしてジャイロさんとジルさんの愛の形を聞いて、最悪の結末を考えてしまった。そしたら気付いたんだ」
それまでのジンジャーの禍々しい権能の行使が嘘のように、それはそれは美しい鎖が少女を捕らえて手元へと運び込んでくる。
「んべぇぇえ! なんで捕まえるの? バイバイしたのに」
鎖にグルグル巻きにされたメイファーを見てジンジャーは小さく笑う。
「あいつの世界式が満ちる世界では、俺とリリーはいつ迄も共にいられる」
『そうだね、生きているのが面倒になるほど長く、いつまでも』
「ああ、そんな幸せな事はない。最悪の結末は……」
『この世界式が消えて、私もジンジャーも空っぽになること』
ジンジャーは小さく頷き、さらなる権能の行使と共に棺を纏い、黒い全身鎧の姿となると、十指から伸びる鎖を腕に巻きつけメイファーの拘束を解く。
「さてメイファー、ここで相談なんだが、俺は今回の戦争に本格的に参戦しようと思ってる。そして勝つ為にはメイファーに協力して貰わなきゃならない」
グレージュカラーのポニーテールを揺らす少女はまん丸な瞳で、眼前の全身鎧の男を見上げて首を傾げる。
「おじいちゃんの扉の部屋には、もういけないよ? 」
「ほう? それはどうしてだ?」
「わかんない。閉じちゃったみたい。行こうとしたら違うとこに繋がっちゃう」
「違うところ?」
メイファーはうんと頷き、小さな右手を差し出すと、ジンジャーは小首を傾げながらに、その手を握る。
刹那。
視界が歪み、身体が魔素変換され再構築される違和感に耐えた直後、先程までは鬱陶しい程に照りつけていた陽光が消え去り、赤と緑の双子月が浮かぶ夜の世界に切り替わる。
「異世界、か?」
「わかんない。知ろうとしたら目が壊れちゃうだけで済まない。全部がルーン」
「夢幻……なのか? 」
ジンジャーは手を広げてなにやらブツブツと小さな声で呟くが、僅かに首を傾げる。
「リリー、人の姿になれるか?」
『なれる、と思うよ……けど、やめておいた方がいいかもしれない。なんか、前と違う。思い通りになる感じじゃない』
夢幻であり夢幻じゃない、その違和感はジンジャーも感じていた。夢幻であらば思い描いた通りに世界が書きかえられるが、ここでは自由自在に書き換える事はできない。
先程ブツブツと呟いていたのは、手のひらにリンゴを創り出そうとしていたのだが、その命令式は受理されなかった。
その代わりに自身の内包するラディアルをリンゴに変換する式が知識として浮かび上がる歪さに違和感を覚えたのだ。
「なんらかの制限を設けた夢幻なのか?」
『でも、これが夢幻なのかな? 異世界って言われた方が納得できるけど……』
「ふーん、ここが夢幻か」
!?
突如として存在しない第三者の声が聞こえ、メイファー、ジンジャー、リリー三名は声を失う。
そこに響き渡ったのは透明に澄みあがった銀鈴の音を思わせる美しき声であった。
天鏡眼を持つメイファーと葬儀屋であるジンジャーに死角は無く、気配を悟られずにゼロ距離に詰められるなどあり得ない。
しかし、その澄みわたる幼女の美しき声は、彼らの真後ろから聞こえてきたのである。
恐る恐ると振り返ると、其処には白い羽衣をワンピースのように纏った紛う事なき天使の御姿があった。
光で描かれたかのような美しき金髪碧眼の幼女は、その身から溢れる光を鎮め、裸足のままに大地をペタペタと踏みながら歩く。
ジンジャーは足が汚れてはいけないと無意識に手を伸ばすが、その次の瞬間、彼女は光を纏うトキシック・リリーの姿でジンジャーの頬を撫でる。
「心配ないよジンジャー。リリーの姿借りてごめんね」
『サポーターさん……?』
「そう。あたしはいつでも、みんなのサポーターだよ。だけどね、今回はみんなに助けて欲しいんだ」
そう言って笑った幼女の背中からは、虹色の光の翼が伸び、メイファーとジンジャーを包み込んでしまう。
「みんなの世界そのものである、ダンジョンコアとしてのお願いだけど、聞いてくれる?」
そのあまりの神々しい姿に、ジンジャーとメイファーは、誰に教えられたわけでもない作法で胸に手を当てながら涙を流し膝をついた。
「泣かせてるみたいだからやめてよ」
「「それがあなたの望みとあらば」」
「要らない要らない。そんなの要らない。君達はあたしの大切な大切な冒険者だから」
慈愛、絶対的存在、超越、庇護欲。
人智を越えた祈りの対象から浴びせられる真実の言葉に、この世界に於いては最強クラスの力を持つ彼らであっても抗うことすら忘れ歓喜に打ち震える。
私はなんと幸運なのだろうか。
俺はなんて幸運なんだろうか。
救いの手を差し伸べない不確定な存在ではなく、全知全能たる力を持ち、その全てを持ってして愛を注いでくれる存在に創造されたことへの愉悦、そして多幸感。
真なる創造主が存在していると理解できた瞬間から満たされていく。
「ありがとう。でも後悔はさせないよ。でも君達にしかできないことなんだ」
コアが暗躍しはじめるが、今回に於いての問題点は彼女の身の安全だけである。
彼女はいついかなるどんな時であろうとも、自分の世界式下にある全てを愛でる存在であり、ラビュラント・ガーディアン、八村明路の絶対的なパートナーであり、彼らの不利益になるような行動は起こさない。
しかし、本来守られるべき存在である彼女が危険を冒してまで成し遂げようとしている事はなんなのか……。
それは次第に明るみとなるだろう。
今はただ、敵地のど真ん中で楽しそうに話す彼女を愛でたいと思う。
「ね? 面白いでしょ?」
システムを通した無機質な言葉でなく、自分の言葉で楽しそうに笑うその姿は、世界の在るべき姿を映し出しているようで、とても眩しく尊いものであると確信できる美しさがある。
「だからね、やってみようよ!」
━━━━━━
コアを探すために世界中を飛び回っているラビリは、恥を忍んでヤムラの元へ訪れていた。
青と黒のネルシャツにストレートジーンズとスニーカーを合わせた、何処にでもいる日本人の男が気配を察知して笑いながらに振り返る。
「おーう、どしたぁ? って、顔面蒼白?!」
ヤムラ達はメキシコへ飛び、メイファーが開けた時空の穴の修繕を行なっていたのだが、そこへラビリが駆けつけた形となる。
「コ、コアは? コアと一緒か?」
長い藍色の髪に中東の民族衣装を纏い、その全身には絢爛豪華な装飾具の数々をこれでもかと飾り付けている。
まるで千夜一夜物語、ペルシャ王に妻が毎夜語る説話集に登場する船乗りの商人を体現した出で立ちでありながらも、その風格はどんな王族よりも王らしい。
「あらら、家出でもされちゃった?」
そんなラビリが顔を真っ青にして、苦手意識の強いヤムラの元へ駆け付けているのだから、それが一大事であるのは一目瞭然。
「あぁ、そうなんだ。カブトがイナバを連れて行けと言って、気が付けばコアとイナバが入れ替わっていた」
「あちゃー。コアもかなりお転婆さんになってきたな。でも、お前はコアとの繋がりがわかるだろ?」
「ああ、それはわかるんだが、何処にいるのかは掴めないんだ。それで、お前といるんじゃないかって」
「残念ながら俺んとこにはいない。でも心配は要らんだろ。これが平時なら一大事だが、ダンジョンバトル中なら全てのダミーコアを壊さにゃコアには届かん。将棋で玉の独走なんぞ悪手も悪手だが、今回に於いては好きに遊ばせといてやれよ。よって、お前がやるべきはダミーコアの死守だ」
ラビリは分かりきった事を言われて苛立ちを紛らわせる為に下唇を噛むが、それを察したヤムラは苦笑いをしながらに小さく溜息を吐く。
「いつ帰ってきてもいいように冒険者を守ってやれ。勿論俺も加勢する。ダンジョンバトルは仕掛けた方が隙だらけになるってのはお前が見出した戦法だろ。まずは座して待つ。フェリアースとレィゼリンはどうなった?」
「ん、あぁ、フェリアースは稼働ラディアルを全て此方に渡すよう世界式を重ねてくれた。カブトも世界に告知を出したら同様に重ねてくれる」
「おお、なるほどな。確かに総力をブッ込んで無駄なリスクを背負うより良いな。だが、大量のラディアルを直接冒険者にかまして強化するなんて、こいつぐらいしかできないぞ?」
指を差された白ウサギは機嫌が悪そうに唾を吐き捨てるが、時空の歪みを直す作業で一杯一杯なので会話には参加してこない。
「擬似的に経験値化したラディアルを与え続けるしか方法がない。だが時間がかかりすぎる。できればランキング上位の冒険者を見かけたら、強化してやってくれないか? 」
「だとよレイセン。もう塞がりかけだろ。返事しろよオラ」
レイセンは再び唾を吐き捨てて、次はカーッと音を立てた後にスポンっと勢いよく痰を吐き出し、ラビリを睨みつける。
「オッケーだってよ」
「嘘でしょ? めっちゃ威嚇されてた気がするんだけど」
「ったく、うっせーなお前らは。一人でも鬱陶しいのに二人になるとか悪夢でしかねぇ。お前ら同じ考え方してんだから、そんな分かりきったことを態々口に出して言ってねぇで、まずは迷宮核の安全確保の為に走り回れっての。お前も閻魔も互いに中途半端な戦力でバトルおっ始めてるっつっても余裕かましてたら負けんぞ雑魚」
歪みの修繕が終わったレイセンが、振り向きざまに「あぁん?」と見上げながらに睨み、器用に中指を立ててFuck y○u!と挑発する。
「殴っていい?」
「やめてあげて」
コアの家出に焦っているが、それで冷静な判断が下せなくなるのはいけない。
レイセンなりにおちゃらけて緊張を和らげているのだが、それに気がついているのは蚊帳の外で彼らを眺めていたジャイロだけだろう。
「ほんと馬鹿なやつらだね」
『メアリー、道案内が済んで一安心のところ悪いけど……「わかってるよダーリン。コアちゃんを探そう」』
そして、蚊帳の外であったジャイロはその場から姿を消した。
「おいヤムラ。おっぱいメアリー逃げたぞ」
「あぁ、ほっといていいよ。どうせコアでも探しに行ったんだろ。メアリークラスの凄腕でも、結局は根っからの葬儀屋なんだよな」
ヤムラは陽気に笑っているが、ラビリ頬をピクピクとさせている。
「いや、俺としては家の庭に猛獣放たれた気分なんだが……」
「そこは頑張れ。お前ならやれる」
「いや、それ閻魔よりしんどそうなんだけど。あいつ偽物云々っていっつも殺しにくるの知ってるだろ?」
「あはははは! 心配すんな。閻魔はもっとしんどいぞ」
ヤムラはケラケラと腹を抱えながらに、小さな小さな声で再び呟いた。
「あいつだけはな、マジでしんどいんだよ」
それがラビリに聞こえたかどうか、それはラビリにしかわからない。
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