だんます!!

慈桜

第百七十八話 レイセン?

  時空の裂け目から抜けるとそこは文字通り異世界である。
 しかし異世界だからと言って、目まぐるしく何かが変わるわけでもない。
 世界樹があり、大自然があり、人々が生を謳歌している。
「やっぱグランアースはええなぁ。日本も好きやけど、やっぱ空気はこっちのんがうまいわ」
「ゆっくりしたいんだが、そうもいかん。悪いなグレイル」
「わかっとるっつの。で、レイセンは何処にいてんの?」
「俺が此処にいれば、あいつは現れるよ。むしろもう此処にいる」
 ヤムラに同行しているグレイルとジャイロが互いに目を見合わせて首を傾げると時が止まる。 揶揄では無く文字通りに時が止まり、動きを止めたのだ。
「久しぶり、レイセン」
「あれ、どちらさん? 俺こんな不細工な友達いたかな?」
「ブスって言うなぁ!!」
 ヤムラが声の主に殴りかかると、何も無い空間から白い毛むくじゃらの獣の手が現れる。
「久々なんだから姿ぐらい見せたらどうなんだ?」
「モフモフじゃあってすんなよ?」
「するかよ。ガキじゃあるまいし」
 ヤムラの返答に溜息混じりに姿を現したのは燕尾服を着た兎である。 ラビリが召喚する次元兎をそのまま大きくした見た目だ。 白いデカ兎もっふもふである。
「もっふもふじゃわてぃー!!」
「やぁめぇろぉ!」
 これまでは定番の流れのようである。 耳を掴もうとするヤムラの顔面に、目にも止まらない拳が何発も叩き込まれて行く。
「はぁ、はぁ、で? なんで戻ってきた?」
「くそ、口の中切れた。加減しろケモノ」
「時の支配者様にどんな口聞いてんだブス」
「ブスって言うなぁ!!」
 また殴り合いである。 話が一向に進まない。
 暫くポコスカと殴り合いが続き、互いに立っていられなくなると、大の字に寝転がる。 此処まで青春ドラマの焼き回しである。
「ラビリが閻魔を復活させた」
「ラビリがって結局お前がって事だろ?」
「そうなる」
「チッ」
 レイセンはあからさまに機嫌が悪くなるが、ゆっくりと体を起こし、深呼吸と共に傷を全快させる。
「で、戦況は?」
「かなり悪いな。今閻魔とやり合ってる世界の冒険者はひよこもひよこ。対する閻魔は騎士選考で強者を揃えてる」
「じゃあこっちとゲートが繋がるのも時間の問題か?」
「いや、その世界の宮司はズバ抜けてる。こうなるのをある程度予測してたかは知らんが、ラビリはそいつにかなり力を分けてる」
「危ういな、諸刃の剣じゃねぇか。そいつが負けたら終わりだ」
 レイセンは伸びをしながらに立ち上がり、グレイルの手をジャイロの胸に押し当てて鷲掴みさせる。
「で? 問題を後回しにしていたツケが今になって爆発した訳だが、お前は俺に何をさせたい?」
「グランアースから一方通行でゲートを開いてくれないか? 今、ラビリはフェリアース、レィゼリンに頼みに行ってる。数の力で押せば、閻魔を追い込めるかも知れない」
「却下、わざわざグランアースを危険に貶めてるだけだ。一方通行にしたってどうにか開通させられんのが目に見えてる。他の宮司も絶対断るね」
「そう言うと思った。だからお前が来て戦ってくれ」
「はぁ? 冗談だろ? 前回同じことやっておもいっきり失敗しただろが」
 話にならんなとルーンを解くと、乳を鷲掴みにされたジャイロはグレイルを殺すと息巻き、血で血を洗う決戦が開始される。
「そこが閻魔の生まれた世界だとしてもか?」
「だから閻魔はシステムだって言ったろ。先祖を殺しても人格が消えても根本は変わらんよ。他の誰かが閻魔になってお前らの師匠になってみんな死ぬ。それにまた時の地図を作ってシエルの存在そのものをお伽話に変えるような苦労を強いられるかも知れないってのに。絶対やだ、お断りだね」
「ふーん、そういや地球の宮司って時のルーン使えるらしいよ。おかしいなぁ? なんでだろう。禁忌のルーンにしてるから他の誰も使えない筈なのになぁ」
「は? あり得んな。時のルーンは俺が許可してなきゃ使えんし。そんな矛盾した話に俺が釣られるとでもおもったか? 寝すぎて呆けた?」
 まさにヤムラは一本釣りのドヤ顔である。
 手を翳した先には魔素でビジョンが生み出され、其処に丁髷男が鼻眼鏡を掛けて黒板の前で何やらを語っている。 まるで塾講師のネット動画である。
『って訳でね、おまいらもっとルーンの勉強しろください。ルーンの勉強するとね、不可能が可能になるんだわ。例えばさ』
 それまで講師をしていた大臣は顔面を弾き飛ばされて絶命する。 だが、画面の外から大臣が満面の笑みで現れる。
『こんな忍者みたいな事も出来ちゃうってわけ。こんな事したいあんな事したいって思ったら先ずはルーンに出来るかどうか考える。それが大事なんだこれ』
 その動画を見せるとレイセンはフラフラと足元が覚束なくなり、気を失いそうになる。
「あれは違う時間軸の自分を殺してるのか? なんでそんな事が出来る? なんで笑って殺されてるんだ?殺し合いにならないのか?」
「同一世界に存在しない時間軸の自分を創り出して殺す。ただそれだけの事だ」
「ただそれだけ? お前は何を言ってるんだ? 平行世界でなく同一世界だと? 時のルーンのなんたるかを全くわかってない。そんなんだから全て許可を出しているのに再演のルーンを組む事しか出来ないんだ」
「お前が時のルーンは危険だから云々とうるさいから使ってないだけだろうが!」
 またもや殴り合いが始まろうとするが、話が進まないのを見兼ねたグレイルがヤムラを、ジャイロがレイセンを取り押さえる。 寸前まで殺し合いをしていたのに息がピッタリである。
「離せ! あの兎、肉にしてやる」
「やってみろ平たい顔!!」
 敵意剥き出しでジタバタするが、レイセンは後頭部に押し当てられたジャイロのおっぱいでふにゃふにゃになり、ヤムラは物理で押さえつけられて落ち着きを取り戻す。
「次はジャイロが俺で頼む」
「ふざけてたらぶっ飛ばすよ」
 ヤムラとしては腕力よりもおっぱいがいいだけなのだが、男勝りなジャイロは眉間に皺を寄せて今にも鎖を突き刺しそうな空気である。
「よし、手伝うかどうかは別として、その宮司に会いに行くわ。どうやって禁忌を使ってるのかも気になるし」
「じゃあグランアースの迷宮止めなきゃだな」
「え? なんで? 止めなくていいじゃん。ゲート開かないよ?」
「ダメか。済し崩しに設置させようと思ったんだがな」
 グランアースの宮司であるレイセンの協力を取り付ける事は出来たが、グランアースそのものの戦力を総動員する為にはレイセンが許可を出さなければならない。
 次元兎で暫定的に行き来させる事は可能であるが、それをする為にはラビリが付きっきりにならなければならない。
 決戦に至るまで手を出せないとは言え、だんますには他に多くのバックアップをする必要がある為に現実的ではないのだ。
「いや、でも下手にグランアースに閻魔の手が入るのも面白くないな。グレイル、お前ギルドに行ってこいよ。こいつ連れて」
 レイセンが長い睫毛を抜くと、それは黒い毛の次元兎へと姿を変える。
「黒兎、ええんか? これは誰の言う事でも聞くねやろ? 悪用されるんちゃうんか?」
「したいならするといいよ。でも黒兎は悪い事だって理解したら亜空間に閉じ込めてしまうからね。扱いには気をつけた方がいい」
 レイセンが膝丈の黒兎の頭を撫でる、黒兎は気持ち良さうに目を細めるが、その扱いの難しさにグレイルは顔を歪める。
「ちゃんとグレイルの言う事を聞くんだよ」
「はいなっ!」
「じゃあ地球とやらに行こうか。と、その前にジャイロ。お前変なかんじだな、どうやって地球に行った?」
 さて一件落着、早速地球に向かおうかとした所でレイセンはずっと気になっていた疑問を口にする。
「話せば長くなるんだけどね」
 それからジャイロはメイファーについて一から語り始める。 彼女の持つ魔眼、そして彼女もまた大臣と同じ風変わりなルーンを使う存在である事。
「ってなワケさ、其処で一に戻る。同一存在を世界式が消した反動で時空に穴が空いたのさ」
「あぁ、なんて奴らだ。お前は世界そのものを壊すつもりか? なんで分身が鏡の魔眼持ってるんだよ」
 レイセンは事の深刻さに頭を振りながらにヤムラを睨みつける。
「知らん」
 しかしヤムラは玉のような汗を浮かべながらに否定をする。 彼としても天鏡眼ならまだしも、鏡の魔眼のような使えない魔眼だからいらんかったとは素直に言えないのだ。
「あぁ、くそ、面倒だな。ジャイロが通った穴は半分はこっちから、後で地球側から直しに行くとしても、お前らは事態を甘く見過ぎてる。世界式がどんなにしっかりしてても穴を開けまくったらスカスカになって崩れるんだぞ。時のルーンの危険さをってしくったな。やり直しだ」
 レイセンの一言に時計の針が巻き戻され、レイセンがグレイルに黒兎を渡す所にまで時間が遡る。
「ショートちょっと伸びたな」
「だまってろ」
 場面は再び黒兎をグレイルへ預ける所へ戻る。
「黒兎、ええんか? これは誰の言う事でも聞くねやろ? 悪用されるんちゃうんか?」
「だからシリウスにちゃんと管理して貰ってくれよ?」
 グランアース高位の冒険者は、レイセンが時のルーンの使い手だと誰もが知っている。 しかし冒険者達はそれをあまり口には出さないし、ましてやレイセンの口から聞いた記憶は無い。 正確には消されているのだが、レイセンの口から聞き、自身の口から言う事は、レイセンに時のルーンの使用許可を申し込める条件となってしまう。
 その面倒を避ける為に、レイセンは失言をしても取り返しのつく時間の巻き戻しを行い、それらを無かった事とする。
 その間に生じる違和感は、断片的なデジャブやフラッシュバック、酷い場合は胃が捩れるような吐き気に襲われたりもするのだ。
『したいならするといいよ。でも黒兎は悪い事だって理解したら亜空間に閉じ込めてしまうからね。扱いには気をつけた方がいい』
 グレイルはフラッシュバックを起こすと、込み上げる胃液を無理矢理押し込み、その喉の焼ける苦さに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「久々やな、この変な感じ。別になんや言うてんの大体わかってるから消さんでええんちゃうんか」
「お前らが普段容易く口にしてるからだよ。禁忌は禁忌だから禁忌なんだよ」
 うさぎと赤髪のチビがあぁん?と睨み合う。
「よし、揉めてる時間も勿体無い。穴とやらを塞ぎに行ってさっさと行こうか」
「さっきまでポコスカ殴り合いしといてよう言えたな」

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