だんます!!

慈桜

第百七十五話 夢幻の渦?

  売国議員として日本中に名を馳せている辻堂清実は、濁流に飲み込まれながらも、幾つかの命を消費して水面に上がる事に成功する。
 死刑囚や服役している罪人から安全に奪い取った貴重な命を消費し、命からがらに水面に浮かんだのだ。
「嘘……そんなのありえないわ! 助けて!! ブラックカードの英霊達よ! どうか我々をお助け下さい!!」
 空には壮大で果てしない雷雲が蠢き、雷鳴を轟かせながらにその形を雷神の姿へと変えている。
 緩やかな風が吹いたと思えば、その風は徐々に威力を増して海水を巻き上げる程の竜巻を起こす。
「風神雷神の護符の力をとくと味わうにゃんにゃん」
 キイロが大臣から巻き上げた超高級魔導具である。 ケットシーの種族特性専用のアイテムであるだけに値段は箆棒に高いが、効果は見ての通りである。
 津波で瓦礫をミキサーにかけたような泥々の濁流が竜巻により巻き上がり、無数の雷が世界を紫電の閃光で染め上げる。
「にゃっはっはっ! 死ねや死ねや死ねにゃにゃん!!」
 盗賊王の眼鏡を掛けたヒナタは、視界に映る人型からポコスカと心臓を引き抜くと、抜かれた側から心臓は竜巻の中ですり潰されて行く。
 全自動殺戮兵器となったのだ。 その場に存在するだけで否応無く命を奪われる。
 一秒でも長く生き永らえようと、辻堂議員は瓦礫を掻き分けて、その場から逃げようとするが、それは叶わない。
「手伝うみゃ」
 水色のケットシーが杖を翳すと、極大の魔法陣が浮かび上がり、幾重にも折り重なると雲を貫かんばかりの巨大な女が現れる。
 青と白で彩られた巨大な女神が海の上に立つと、視界は全て白銀世界へと変わる。
 全てを凍てつかせる氷雪姫の召喚である。
 彼女の足にふれるだけで海は凍てつき白銀の大地へと変わり、彼女が優しく息を吹きかけると、その全ては凍てつく吹雪に襲われる。
 まるで音も、時も、何もかもが凍ってしまっているようだ。
 だが、音も時も止まらない。
 その凍てつく空間全てを否定するように、凍りついた竜巻は再び動き出し、雷神の形を成した雷雲は引っ切り無しに雷鳴を轟かせる。
 辻堂清実議員も蓮根代表も、鳩川元首相もそれに抗う事など出来ずに血肉をシャーベットに変えて塵と化して行く。
「ふっにゃっにゃ!! ざまぁにゃにゃん!!」
「こっちみんな土人が!!にゃんにゃん!」
 空でケットシーがハイタッチをしている最中、戦場は一瞬で地獄へと化した。
 いくらヌプ蔵が全財産を惜しげ無く使用した忍具が優れていようとも、新人冒険者達も既に虫の息である。
 これによりヌプ蔵とバイオズラは新人冒険者の回収と回復に専念せざるを得ない結果となる。
「お前ら頭おかしいだろっ!!」
「ダンジョンバトル中はフレンドリーファイア無効が適用されるにゃにゃん!!どんな攻撃でもHP1で生き残るから心配ないにゃにゃん!!」
「そういう問題じゃねぇよ?!」
 効率よく戦線に復帰させる為に用意した忍具は台無しとなり、バイオの突っ込みも虚しく雷鳴に掻き消されてしまう。
 自然災害の地獄絵図の最中、ケットシー達の攻撃の範囲外にまで飛ばされ、なんとか態勢を整え始める迷宮騎士達。
 雑兵は壊滅、被害は甚大であるが、メインディッシュはまだまだ健在である。
「やられっぱなしはつまらんな。のぅ? 龍馬とやら」
 鎧に身を包んだ武人に問いかけられる袴姿に不細工な髷を結った男は耳糞をほじる。
「見とおせ!! ふとい耳糞がとれちゅう!!」
「ふむ。趙雲子龍!いざ龍とならん!!」
 会話は一切噛み合っていないが、此処に趙雲と坂本龍馬の姿がある。 閻魔に助けられ、沖縄上陸作戦にも参加した迷宮騎士であるが、双方には決定的な違いがある。
 山間部まで流されていた双方、趙雲は槍を構え、意気揚々と戦場に赴こうとするが、龍馬は欠伸をしながらに屁をこき、釈迦のように寝そべりながらその背を見届けている。
 ビタッと足を止める趙雲。
「龍馬とやら、共に行かぬのか?」
「お? どうしておらが行かぇきゃならんなが? 」
「どうしてって、命を与えてくれた礼に戦わねばならんだろうが」
「おらは戦おうとは思いやーせん。やき、おんしゃぁ好きに戦えばいい。むしろ放っておいて欲しいやか」
 その違いとは見ての通りにやる気の差である。 趙雲は無理矢理連れて行こうかどうしようかと二の足を踏むが、直ぐに諦めて踵を返す。
 龍馬はあっかんべーとしながらに、山間部から荒れ果てた地を見降ろして鼻糞をほじる。
「あがな力を持っちゅう相手に戦うらぁて命のいかきす。それに日本を攻めるのはやっぱり気分がわりぃ。あほくさ、詰まらん、江戸に行こう」
 着物に落ち葉が張り付いていようが、いかに泥で汚れていようが気にせずに正反対に歩き出す龍馬。
 しかしその判断は結局彼を戦いの場へ招く結果となる。
 軽トラ一台ほどの轍が残るほぼほぼ獣道とも言える山道を抜け、アスファルトの大通りから山一つを越える頃。
「へい、そこの泥まみれの侍、そんなお前に呆れたサプライズ、俺様ガシラは危ない、だってお前を今から殺るわい」
「何が言いたいかわかりゃあせんけど、退いてくれんか? 争い事はめっそう好かん」
 そこには一人のラッパーが道のど真ん中に立っていた。
 ガシラである。
 TOP50の一角を担うガシラであるが、彼はこの先の避難民が控える集落の守りを任されているので、ここから先へ龍馬を行かせるわけには行かない。
 当然双方の意見は食い違うわけだが、ガシラの戦略はいつでも同じ、彼は囮であり、その後方からはいつでもシュガーが狙いを定めている。
 目にも止まらぬ速さで心臓を穿たれた龍馬は膝から崩れ落ちるが、瞼が落ちた直後に目を見開き矢を引き抜くと、即座に横へ飛ぶ。
 彼は他の迷宮騎士よりも、明らかに目覚めてからの状況把握が非常に速いのである。
「争いは好かぇいが、やってくるならやり返す」
「やってみろよホーミー、お前の攻撃で俺をフォロミー、俺に気を取られた頃に、撃ち抜かれるぜモロに」
 両拳に嵌められたGASHIRAの文字のメリケンサックで殴りかかるが、龍馬は気にした様子も無くひょいひょいと躱し、山間から飛来する弓矢も容易く躱す。
「死相が見えちゅるがぜよ」
 龍馬が手を翳すと、その背後には無数の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣の中からは、魔法陣の数だけ、32口径の拳銃が現れる。
「ヘイ、マザファッカ!!」
「BAN!!」
 龍馬が指を立てて銃を撃つふりをすると、ガシラは四方八方から銃弾に貫かれて、その身を肉片へと変える。
「弓兵出てこい!! 撃ち殺しちゃるきに」
 シュガーはここで熱くなって飛び出すような男ではない。 インディアンのようは格好をした冒険者は、時すでに遠く離れた場所まで撤退しているのだ。
 死したとしても、また祭壇で蘇る。 今は逃げる時だと判断したのだ。
 再生の度に訪れる過去の自分を見る時間。
「ひろしー、来週キングスにマムシくん来るらしいよ!」
「来週かぁ…微妙だなぁ。最近シフト入れれなくて金欠だからなぁ」
 ガシラのラディアル分解が始まり、祭壇での復活に向けて記憶を正しく並べられて行く最中。
「ならおっちゃんに借りればいいじゃん、ほらちょうど其処にいるんだし?」
「は? そこでお前は冒険者に応募してみりゃいいじゃんって言うんじゃなかったか?」
「は? なんの話だよ」
 ガシラが友人の視線に釣られるように振り向くと、其処には存在しない筈の者が混ざり込んでいる。
「やぁ、久しぶりだねひろし君」
「あぁ、なんだおっちゃんか」
「そうだよ、ライブに行くお金だったね、三万円もあれば足りるかい?」
「多すぎるよ。けどありがとう。一万だけかりといていい?」
「もちろんだとも。このENMAからするなら、端た金、本当に端た金だからね」
 ガシラの回想に存在しない筈の閻魔が目を開くと同時に、ガシラは鉄の扉を開いて中へと消えて行く。
「やっと大物が釣れたね。さぁ、ヤムラ君、手駒が戻らないけど君はどう対処するのかな?」
 本来であれば、秋葉の祭壇にてガシラは今頃蘇っていた筈である。 しかし彼は戻らない。 閻魔の世界式下の迷宮騎士に倒された者は、祭壇での復活を阻害され夢幻に飲まれてしまう。 これが散々ジャイロやグレイル達が危惧していた殺されるの絡繰である。
 これを阻止する為に、ラビリは宮司である信長に先陣を任せ、ラビリとヤムラはそれぞれ異世界へと渡ったにも関わらず、冒険者達の勝手な行動のせいで早くも犠牲者を出してしまったのだ。
 閻魔が与えるのが死であれば、祭壇にて復活させる事が出来ると考えていたラビリであるが、夢幻に飲まれるのは死ではない。 復活は出来ないのだ。
 それもヤムラとラビリの記憶の違いの弊害の一つであるが、ラビリも薄っすらとした記憶の中で、何となく嫌な予感がしていたからこそ、冒険者を送り出していなかったのだが、結果はご覧の有様となってしまった。
「おまんだけは逃がさんきに」
 そして大臣の配信を見た多くの冒険者は勘違いしてしまっている。 彼がああも容易く迷宮騎士を捕らえて容易く葬っている様を見て、いつしかこの敵は弱いと錯覚し始めていたのだ。
 TOP50が冒険者として上位の存在であろうとも、大量のラディアルをその身に宿している迷宮騎士は別格である。
 超絶の別格である大臣なら、はたまた世界樹がある世界での庭師や守護者なら、その力の全てを使いこなせるようになった葬儀屋ならまだしも、まだ100層リリースを迎えていない世界の普通の冒険者が相手をしていい相手ではないのだ。
 特に坂本龍馬のように、米国での騎士選考で奪った多くの命を、能力に積極的に振っているようなタイプなどは以ての外だ。
 次は拳銃の時のような小さな魔法陣では無い。 特大の魔法陣が並び、そこから陸地であるにも関わらず蒸気スクリュー船が山間を推進しながらに幾度と大砲をぶっ放す。
「くそがぁぁぉあ!!」
 シュガーは一人でも多くの住民を救おうと魔法光を放つ弓矢で砲弾を迎撃するが、砲弾はその迎撃を読み取り空中で一斉に方向転換をする。
「次は射殺してやる」
 インディアンのような装飾を施した弓使いの冒険者は砲弾の雨に飲み込まれて磨り潰される。
「次があればえいやかけどね」
 この短時間に、TOP50に属するガシラとシュガーが閻魔の夢幻に飲み込まれてしまったのだ。
 坂本龍馬は怯える住民達の間を会釈の一つを残して置き去りに立ち去る。
 しかし、その後ろ姿に結構な速度の石がぶつけられる。
 振り向けば其処には小学生程の男の子 が怒りに顔を歪めて、次の石を投げようとしている姿がある。
「シュガーお兄ちゃんを返せ!!」
「やめろ!! 殺されてしまうぞ」
 龍馬はなんと返して良いからわからずにボリボリと頭を掻く。
「これやき戦は好かん」
 投げつけられる石も全て甘んじて受けた上で踵を返す龍馬。
 命を狙われたからこそ、命を奪われたからこそ、この戦いが生じたのだが、彼がそれを高尚に説く理由もない。
 シュガーがこの少年の心に残っている限りは、龍馬はどうであれ仇でしかないのだから。
「おっきくなって冒険者になったら絶対倒してやる!!」
 彼は魔法で生み出した蒸気スクリュー船に乗り込み、大海原へと出てしまう。
「そん頃おまんらの世界はないぜよ」

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