だんます!!

慈桜

百六十九話 再会?

「灼熱香が足りないよ!! これじゃあモモカのとこに行けないじゃないかい!」
 深雪はショップを開き、何やら怪しげなタバコを大量に買い込むと、煙管にそれを詰め込んで行く。
 火種が赤く燃え上がると、煙を吐き出し、その全身から火の粉を撒き散らすと、姿を桃色の光を放つ蝶へと変え、音速で舞い始める。
 しかし、火が落ちると、再び深雪は艶やかな着物姿へと戻ってしまう。
「なんだいまったく!」
 魔力体力の回復薬を飲み込み、再び煙管に火を灯すが、次は激しく噎せて蝶の姿になる事が出来ない。
「ディレイとかどうでもいいんだよ! 早く飛ばせておくれ!」
 深雪が得意とする蝶化の術。 灼熱香と呼ばれる煙草を吸い、擬似的に身体を炎に変換している間、蝶の姿で長距離の移動を可能とするが、デメリットは連続して使用した場合に訪れる大型ディレイタイムある。
「頼むよ、こんな時の為に頑張って来たんだよ」
 深雪クラスの貴族になると、多くの情報源を持っている。 そんな彼女が一早く知り得た情報は、此度のダンジョンバトルに関してである。
 兼ねてより殺戮大臣信長の動きに不穏な空気を感じとっていた深雪は、自身の特産を大量に買いに来た麦飯小僧より情報を仕入れ、今回の戦争の開始を誰よりも早く知る事が出来た深雪は、インターネット、SNS、そして冒険者掲示板を網羅し、駄目押しにコアからの連絡を受ける。
『現在不安定で危険な状況下にあります。モモカへ何度も通信を試みておりますが、命の森は世界樹の力を持ってして強固に通信を遮断しているので連絡がとれません。優れた移動手段を持ち、且つモモカに近しい人物である貴女に連絡を頼みたいのですが、よろしいでしょうか?』
 その連絡で信憑性を確実のモノに変えると同時に、居ても立ってもいられなくなった深雪はギブルに留守を頼み走り出してしまったのだが、ディレイタイムで止まる度に、彼女は自身の能力の低さに打ち震えている。
「おぉ、これは素晴らしい。もはや芸術だと思わないかい? こんな美しい服があるなんて」
「それナンパだとしたらお前終わってるぞ?」
 そんな深雪を見て地面の上を走る意味不明なクルーザーから飛び降りるレオナルドとチェーザレ。
 最悪のタイミングでの邂逅となってしまうが、目の前の人物が奇怪な能力を行使しているので、只者では無いと理解している深雪は冷静である。 彼女は足の指先に力を入れて黒塗り下駄の鼻緒を千切り、歩き辛そうに立ち上がる。
「お心遣い感謝します旅の方。下駄の鼻緒が切れてしまいまして、立往生していたのであります」
「なんとそれは大変じゃないか! 少し戻った所に街があった。彼処なら代わりになる靴を買えるかもしれないね」
「ならば歩いて行ってみます。気にかけていただき道すがらの街の事まで教えていただいて感謝します。ありがとう」
「いやいやお嬢さん。ここで会ったも何かの縁、世の中危ない事ばかりだからね、このヴィンチ村のレオナルド、貴女をこの陸船でお送りして差し上げるよ」
 男とはいつの時代も単細胞で海綿体的な生き物である。 特にイタリア系のこの人種はEDでもゲイでも総じてチャラい。旅の途中、隙だらけの女性に出会したとなれば、後はご察し下半身とその場のノリに任せたままに会話をしてしまうのだ。
「こんな船見た事無い」
「そうでしょうそうでしょう。私の特殊な力でね。キャンバスに描く虚構が実現してしまうのだよ。最も、範囲内に私が居なければ力を失ってしまうのだけれど。もっと万能ならば、貴女の靴も描いてあげられるのに。芸術家だと自負していたのに造る直すには向いてない。壊す専門の能力なのだよ」
「何が何だか…今流行りの冒険者のようなものですか?」
 何よりも深雪の白々しさがこの上無いが。
「話は移動しながらでも出来るよ。さぁ、おいで」
 深雪はレオナルドの肩を借りながらにデッキの上にたどり着き、バランスを崩し倒れこみレオナルドの髪の毛を抜く。
「あいたたた。ごめんね、こんなの脱いでおけば良かった」
「いえいえ、お怪我が無くて何よりだよ美しい姫君」
 苦笑いしそうになるが、深雪は恋する乙女のような可愛らしい笑顔のままにしがみついたレオナルドの胸から離れ、一瞬の隙にソファの隙間に何かを隠す。
 チェーザレが操船室へ入ると、陸上を走るクルーザーは土煙を上げながらにUターンをするが、その隙に深雪は灼熱香を焚き、その身を桃色の蝶へと変化させる。
 ディレイタイムが終了となったのだ。
 数キロ先で人型に戻った深雪は懐から藍色のビー玉を取り出し叩き割る。
「ご親切にどうも」
 同時に遥か後方で火柱が上がる大爆発が起きる。 共鳴型の爆裂晶だ。 言わばルーン版の遠隔爆弾だ。
「ギブル、チュニジアのスファックス近郊にいる特殊技能を持ってる二人組をどうにかしな。一応髪の毛は盗めたから道すがら奴らの魔力に反応する罠は仕掛けておくけど急ぐんだよ」
『勿論です深雪様、事後報告となりますが、我々もそ奴らを追って陸海空で編隊を組みコンスタンチンまで来ております。移動系統の魔導具を大量に買い占めているので確実に追いつきます』
「そうかい。……誰かやられたのかい?」
『えぇ、多くの者が。ケープタウンから付き従ってるアクルールも』
「そう……アクルールが、まだ子供じゃないかい……用を済ませたらすぐ戻る。死ぬんじゃないよギブル」
『有り難きお言葉感謝します』

 深雪がモモカの元へ一早く向かおうと四苦八苦しながらにディレイタイムの関係もあり丸一日が過ぎ去ろうとしている頃、とうの本人は起きないハクメイに苛立ちを募らせている。
「あぁぁぁ!! もぉぉぉ!! やっと命の森が完成したってのにハクメイ何しても起きないじゃん!!」
 桃色の長い髪を掻き回しながらに短いフリルスカートから伸びる色白の長い脚でげしげしとハクメイのお腹を踏みつけるモモカ。
「モモカさん、ハクメイ君がかわいそうだよ。ガーゴイルに起きるように言ってもらったらどうだい?」
「そんなのとっくにやってるよ。でも駄目、何しても起きないんだ。ダンマスもフルムーンになったら無敵とか言ってたのに」
「キュアッ!!」
 赤雷が俺に任せろとハクメイを甘噛みで咥えてヒョイと投げ捨てると、ラオが慌ててキャッチしに行く。
 まるで人形扱いである。
「この駄竜が!! ハクメイが怪我してもっと起きんくなったらどうするんじゃ! この! このこの!」
「きゅあっ!! キュアッッ!!」
 そしてラオと戯れる。 繰り返しである。
 当初はエルフ達が引き取りたいと執拗なまでに食い下がってきていたのだが、モモカが絶対に譲らないと意地を張った為に、ハクメイは葉っぱのベッドで寝かされ続けている。
 だが、それでもエルフの女王は毎日ハクメイを見舞いにやって来る。
「来ちゃった!! あー、やっぱりまだ起きてないんだね…。モモカちゃん、ハクメイさんはやっぱり里で保護した方がいいよ?」
「でも里に連れて帰ったらもしかしたらずっと起きなくなるかもしれないんでしょ? リュリュが心配する気持ちもわかるけど、私がハクメイだったらそれは嫌かな」
「うん、言うと思ったよ! だからこそ、じゃあん!」
 月のエルフであるリュリュが背中に隠していたのは、世界樹の葉である。 隠しきれていないのはご察しの通りだが、エルフの女王と言えどリュリュティシュフィアはまだ生まれたての幼女である。 暖かい目が必要だ。
「うわー、なんだそのでっかいはっぱー」
 モモカは棒読みで驚いたリアクションをするが、リュリュはえっへんと胸を張ってドヤ顔である。
「世界樹様に毎日庭師様を助けて欲しいと願っていたら身を削って下さったんだよ! これはすごい事だよ!」
 まだ新芽であるのに馬鹿でかい世界樹の葉を護衛に支えられながらに翳すリュリュ。 葉っぱがどしたいと目を細めながらにもペチペチと拍手をするモモカ。 いつもののほほんとした命の森の光景である。
「この世界樹様の葉を煎じて飲ませたら、どんな状態異常も一撃完治間違いなしだよ!」
 リュリュがドヤ顔でどんなもんだいとモモカにアピールする。
「エルフも世界樹の眷属になってるし、起きてもいい頃なのに」
「だからこれを飲ませば起きるよぉ!」
 リュリュがキャッキャと騒ぐが、モモカもラオもドラゴン教授も、一斉に西の方角へ視線を向けている。 無視すんなと地団駄を踏んでいるが、この反応を見せる時は総じて緊急事態が多いので、リュリュはしょんぼりと肩を落とす。
「侵入者だのう。どれ、儂が行ってくるかの」
「ラオちゃん、それなら赤雷と僕で行ってくるよ」
 ラオと教授が侵入者の元へ向かおうとするが、モモカは慌てて両者の首根っこを掴む。
「待って! この侵入者速い!!」
「すごい! まるで獣だね!! ここに真っ直ぐ向かってる」
 リュリュは能天気なお姫様である。
「来る!! みんな構えて!!」
 尋常じゃない速度の侵入者に備えて各々が武器を手に取るが、其処へ訪れたのは桃色の光を放つ一匹の蝶である。
「いたいた。まったく馬鹿でかい森だね。探すのに一苦労だったよ」
 桃色の蝶は、もう一つ強い光を放つと、黒い着物姿の艶やかな美女の姿へと変わる。
 深雪である。
 立兵庫に簪を目一杯刺した花魁姿の美女は煙管を吹かしながらに、モモカと教授、そして赤雷を見回し、懐かしそうな笑みを浮かべると眠るハクメイに火種を落とす。
「客人が来てるってのに寝腐るなんて礼儀のれの字も知らない子だね」
 火種はハクメイの額へと落ち、皮膚を僅かにジュッと音を立てて焼く。
「ぅあっつ!! あつっ! なに!? えっ?!」
 結果はご覧の通り、あっと言う間に目覚めてしまうのだ。 これまで何をしても起こす事が出来なかった面々は顎を外して文字通り愕然としている。
「灼熱香だよ。蝶化の術を使うのに体の熱を限界まで上げる必要があるのさ。起きなかったら頭蓋まで溶けてただろうね」
「二度とこんな事しないで下さいっす。マジで死ぬかと思ったっすよ」
「死にゃあしないよ。しばらく火の粉になるだけさ」
「モモカちゃん何か変な人いるっすよ?!」
 ハクメイはここ最近で一番真剣な表情である。 何はともあれ目覚めたのは僥倖であるが。
「さて、本題に入るよ。此処に来たのは他でも無い。今、外は大変な事になってるんだけど知ってるかい?」
 深雪の言葉に、何か言葉を返そうとするモモカと教授だが、教授はモモカを気にして口を噤み、モモカは瞳に目一杯の涙を浮かべて黙り込んでいる。
 それに致し方無しとラオが反応を示す。
「何やら西の空が黒く染まり上がったのは知っておるが、何があったかはよく知らんのう」
「そう。それが関係してるよ。だけどね、こっちも随時情報を集めてるにしては曖昧な話ばかりだけどね、どうやらダンジョンマスターが戦争を始めたみたいなんだよ」
「戦争?! にしてもあの者の事じゃ。呆気なく終わらしてしまうのではないか?」
 そこから深雪は殺戮大臣信長についての情報を話して行く。 彼がどれほど理不尽な存在か、そしてそんな彼が西の空が黒く染まったと同時に、全勢力を持って米国を壊滅させた事。 そして随時更新される各地での戦況報告。
「まだ事が起きたばかりで情報が少なすぎるけど、ダンジョンマスター同士のデカい戦争だってんなら、あんたらに資金面で協力は惜しまないって事を伝えに来たんだよ。近場で戦えそうなのはあんたらしかいないからね」
「……おばあちゃん、だよね?」
「おばあちゃん? 何を言ってるんだいこの子は。あたしゃ何処にでもいる冒険者の深雪だよ、失礼な小娘だね」
 どんだけ隠そうにも、やはり血縁者にはバレてしまうだろう。 その姿は深雪がモモカに自慢していた若かりし頃の姿そのままなのだから。
 彼女としてももっと力をつけて、モモカが本当に困った時に陰ながら助けられるような、そんな冒険者を目指していたに違いない。
 しかし、世界が危機的状況にあると知れば彼女はいても立ってもいられなくなってしまったのだ。
 愛する孫娘が自分の為に無理をして苦しまない道を選ぶ為に、自らの死を偽装し、更には冒険者として力をつけて陰ながらに支えてあげようとしていた深雪であるが、此処で動かなければ彼女が選んだ道の全てが噓偽りになってしまう。
「それにコアさんからも連絡が来たのさ。命の森は通信を遮断してるから、移動に優れた能力を持ってて、尚且つ一番ここに近いんだから危険だって事を伝えてくれってね。それ以上は何も聞けなくなっちまったけど」
 心構えをしておくだけでも全く違う。 黒蝶の旅団の者達は、深雪に少しでもいい装備を使って貰おうと、生産者達で上納金を集めて莫大なDMを手渡したりしている、ならばその資金で一つでも多くの魔導具をモモカ達に渡していればと辛抱たまらずに訪れたのだ。
「おばあちゃん、ばか、あーちゃんのばか、ばかばかばか」
 深雪のそんな心配など関係なく、モモカはその胸に抱きついてわんわんと泣き喚く。
「困った子だね、まったく」
 深雪も涙を浮かべながらに、桃色の髪を胸に抱きよせるが、そのまま胸から押し離す。
「こうもしてられないんだよ。今は部下が食い止めてくれてるけど、ここにも敵が向かってきてる。強いだけじゃなくて何回殺しても生き返るみたいなんだ、だからとりあえずは逃げな」
 深雪の言葉にモモカはキョトンとした表情のままに首を傾げる。
「それは出来ないよ。だってモモカは守護者だもん。誰であれ、守護者が守護する全てに対して害意を持つ者は殲滅する」
「……モモカ、あーちゃんはモモカに危ない事をして欲しくないし頼って欲しいんだよ」
 それを聞いてモモカは嬉しそうにはにかむと、その背後には満月の前に佇むガーゴイルが浮かんでいる。
『世界樹、この人は私の大切な人なの。だからあなたの加護を与えて』
『えー? またぁ? エルフでお腹いっぱいだよ。それにその女、眷属が蛆虫みたいに一杯だから大変だよぉ』
『私はこれから先、ずぅっっとあなたの下でしか生きられないの。可哀想、あぁ、私可哀想。世界樹なんて伐り倒しちゃおうかな』
『んーもーわかったよぉ。うっとおしいなぁ』
 世界樹が大きく揺れると、雨のように露が降り注ぎ、深雪もまたその全身をビショビショに濡らす。
「……なにこれ?」
 流石の深雪もいくら愛する孫とは言え、水責めはないだろと怒り浸透である。
「世界樹の加護だよ。命の森の中なら、世界樹に魔力を借りる事ができるの。でも私達はその力だけじゃない。守護者としての絶対権限、そしてその眷属は命の森でしか生きられない代わりに、命の森の事象に干渉できるの、つまり」
「つまり?」
「無敵ってこと」
 モモカがウインクをしたと思えば、気が付けば彼女は深雪の前から消えていた。 知らぬ間に扉が開かれ、そこへ消えてしまっていたのだ。
「心配せずともよいぞ、モモカの祖母よ。ほんの一瞬幻覚を見せられておっただけじゃ」
 ラオは木に触れると中へと飲み込まれて行く。 守護者の眷属としての移動方法なのであろう。
「お久しぶりです」
「ヘタレ坊主、あんたもまさか眷属とやらになっちまったのかい? テレビの仕事はどうしたのさ」
「冒険者の待遇は改善されましたし、それに僕も眷属にならなきゃ、みんな過労死しかけだったので仕方なく。でも僕は竜騎士で、赤雷とセットなので、命の森から出られるんですよ。世界樹が炎竜と海竜の特性がある赤雷を遠ざけようとしてるみたいで、出入り自由です。裏技ですね」
 ドラゴン教授は赤雷に跨ると、両者は植物に覆われた竜騎士の姿へと変わる。
「誰かわからないね」
「そうなんです。でも便利ですよ。森の中でも自由に飛び回れますし」
 垂直に飛び上がると、その姿は下から見上げる世界樹と一体化する。
「ステルス的な感じですしね、行くよ赤雷」
「きゅあっ!!!」
 一瞬のうちに戦場へ向かってしまったモモカ達だが、取り残された深雪、ハクメイ、リュリュとその配下達は半ばキョトンとしている。
「えと、大体理解したんで俺も行っていいっすか?」
 その言葉に深雪はさぁ?と肩を竦めるが、エルフ達はハクメイを取り囲み行かせまいとしがみつく。
「ハクメイさんは世界樹の葉を食べて体を休めなきゃだめなんだよ!!」
「いやぁ、俺は自由になったんで冒険者の先輩達を助けに行きたいんすけどってマズ!!なにこれ不味いっすよ?!」
 エルフ達に持ち上げられてさっさとエルフの里に連れ去られるハクメイを見届けて、深雪も灼熱香に火を入れる。
「さて、無敵とやらを見ようかねぇ」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品