だんます!!

慈桜

百六十二話 閻魔だったのね?

 
 なんとか夢幻回廊から抜け出す事に成功したメイファー達。
「行けるか? みんなおるな」
「ギリギリじゃないさ」
 ギリギリの所で逃げ切れたが、やはり一筋縄では行かない相手である。 皆目を背けて直視してはいないが、鬼気迫る表情で老人が飛び回るなどカオスでしかないのだ。
 全員に体のそこかしこを掴まれたままに転移した為に、一人地面に顔面から突っ伏しているメイファー。 各々に落ち着いを取り始めたのか、体の自由が利くようになりムクッと起き上がり、文句の一つでも言おうとむくれ顏になるが、空を見上げたままに固まってしまう。
「あれ、なに?」
「あぁ、わいらのせいでクソジジイぶち切れてもたみたいやな」
 空は墨を零したように黒く染まり上がっている。 ありえないような光景に異変が起きているのは一目でわかる。
「はやくしろ兄探しにいかなきゃ!」
 メイファーがその身を光に変えて走り出そうとするが、何者かに優しくお腹から抱きかかえられてしまう。
 その男は何処にでもいそうな黒髪の日本人である。
 ちゃんとご飯を食べているのか心配になる程か細く、かつ本当に何処にでもいる特徴の無い男だ。
 もし牛丼チェーン店で対面になんら特徴の無い男が座ったとする。 一時間後、どんな男だったか思い出せと言われても苦労するだろう。
 男はそれ程に特徴が無い、中肉中背身長175cm程の、何処にでもいる一般人である。
「ごめんモルスァ「メイファー」ちゃん。苦労して葬儀屋アンダーテイカー連れて来てくれたかもだけど、危ないお爺ちゃんってやっぱり閻魔だったわけね、あいつの世界式が発現したから自動的に顕現しちゃった! てへ! 」
 男は自分の頭をコツーンと叩くと、メイファーを地にそっと立たせる。
「こない言うんも変な感じやけど久々やんけ。元気しとったんかい」
 結果どうあれ、彼に出会えたグレイルは何処か嬉しそうである。
「現時点では久しぶりだな。コアにログの更新をして貰えば今どうなってるかわかるんだけど、とりあえず会ってしまったものは仕方ない」
 青と黒のネルシャツに細いブラックデニム、そして足元はスウェードのスニーカー。 本当に特徴の無い地味な男は、右手の人差し指を一時から十二時の位置に戻すと、突如として視界はセピア色に染まり、チッチッチッチッと時計の秒針音だけが響く空間になる。
 其処に存在する冒険者の面々が動きを止める中、男は楽しそうに一人ゆっくりと歩き出す、悪戯心満載でジャイロの胸を指で突くのも忘れないが、グレイルだけはその空間でゆっくりと瞬きをする。
「おぉ!! グレイル成長してるな!  〝再演〟のルーンに反応出来てる!」
 男はグレイルの背後からガバッと抱きつくと、世界は色を取り戻し、時が当然のように流れ始める。
「や、やめぇ! きしょいんじゃ! 抱きつくな!」
「そんな事いうなよぉ。俺たち友達だろぉ?」
「ちょ、ほんまにやめて。その顎でツムジかくかくすんのまじできもい」
 メイファーやジンジャーの目には、男が瞬間移動したように見えたが、メイファーですらそのルーンの発動を見逃しているので何が起きたか理解していない。
「ヤムラシン様、いまなにしたの?」
「ふはは! 気になるかメスガキ! これはヤムラ家に伝わる秘技、自己加速である!」
「嘘だ。それなら私はルーンを見逃さない」
「そうだろそうだろ! これは今回の無茶振りに対してのほんのお詫びだ。天鏡眼は無敵じゃないって知れただろ? これからも精進したまえ」
 もうお気付きかも知れないが彼はヤムラである。 彼を外へ連れ出す為にメイファー達は危険を冒し夢幻回廊に浸入したにも関わらず、閻魔が世界式を発現させてしまった為に、自動的に封印が解けてしまったのだ。
「最後にメイファーが俺の精神世界に漂流したから繋がりが出来てたんだろな。コアのいないとこに顕現するとはね。困ったな」
「それならラビリに来て貰ったらいいじゃないさ、あんたがあたいらの知ってるヤムラなんだろ?」
「おっぱいメアリー半分正解半分はずれ! いいラインでしたが、それはボディラインだけのようです。正解はあれも俺、だけどグランアースでも閻魔閉じ込めたぐらいからずっとあっちの俺に任せてるから、ほぼ向こうがオリジナルかな? なんてったって、俺って俺に嫌われてるレア個体だからな」
「なに言ってるかわかんないね」
「安心しろ。俺も伝わると思ってない。けどあれだ、グランアースでの色んな事の記憶は、向こうの俺ってややこしいな、ラビリには知識としてしか与えてない。あれは俺の想い出だからな。その辺の添削が小さいバグになったのかなって思ったりしてるけど、なんだかんだフェリアースとレィゼリンとここで3つ目だろ? 世界樹もばっちりあるし、良くやってると思うよ。閻魔に関しては思う所があるけど……で、さ、そこにようこそメキシコへって英語で書いてるんだけど気のせいだよな?」
 ヤムラが指差す先には国境で米国側に向けて掛けられている看板が取り外されて転がされている。
「間違っとらへんで。ここは地球や、ほんでメキシコや。故郷なんやろ?」
「おう……やっば。まじか、まじなのか。まじで言ってんのか」
 ヤムラは恐る恐るメニューを開き、ショップの検索に漫画やアニメなどを思いつく限りに入力して行く。
 そしてこれまで一度も見せていなかった真剣な面持ちでグレイルに向き直る。
「よし、ラビリも閻魔に勝算あって喧嘩吹っ掛けたんだろうし、俺達は分身が苦手だった忍者が最強の分身使えるようになる所からキッチリ見守ってやる必要があると思うのね」
「いや、お前さっきグランアースでのお前は俺やって胸張ってたんやったらもっとビシッとせぇや」
「だってダンジョンバトルしてるんなら俺できる事ないじゃん! コアにログ更新させに行ったらラビリ拗ねるだろうからだるいし」
 ヤムラとグレイルは髪の毛を掴み合う取っ組み合いの喧嘩にまで発展するが、見事に此処までジンジャーは空気である。
「あれはダンマスなのか?」
「ややこしいけど、そうでもあるって感じじゃないかい? あんたらが知ってる奴とは別だよ。あたいらにとったらこっちの方が見慣れてるけどね」
 ヤムラの登場に警戒して黒鎧姿になっているにも関わらず、ジンジャーは冷静である。 夢幻での生活は彼に権能の制御を教え、とても温厚にリリーとの念話を楽しんでいる。 小鳥ですら停まりそうな勢いである。
 突然のヤムラの登場であるにも関わらず、のほほんとした空気が流れているが、その緩やかな時間を壊したのはメイファーだ。
 彼女は先程のヤムラの技が気になって気になって仕方が無くなり、遂には天鏡眼を開いてヤムラに入り込もうとする。
 しかし、それは叶わない。
 メイファーがヤムラの中を読み込もうとすると、ミラーハウスに閉じ込められた子供のように右往左往し始めるのだ。
「こらこらモルスァちゃん。勝手に人の中に入ろうとしたら駄目でしょうに。天鏡眼は元々血族が脈々と受け継ぐ魔眼だから共鳴しやすいんだよ。ちゃんと家族で技の奪い合いにはならないように出来てるんだから」
 そう言ったヤムラの両眼は全て鏡面の天鏡眼に切り替わっている。
「そんな危ない魔眼持っとったんか?」
「元魔眼コレクターを舐めるでない。けどこれ便利だけど使うとこないんだよ。ある程度力持つと裸眼でもルーン覚えられるし、コピーする時めっちゃ痛いくてやばいし、どれぐらい痛いって眼球に刃物でルーン彫り込んでるんじゃってぐらい痛い。正直俺はこの小娘はドエムとしか思ってないよ、だってこれ使うならこんな魔眼の方が便利だと思うわけよ」
 ヤムラが瞬きをすると、その目は孔雀の羽が菊紋のように円を描く瞳に切り替わる。 その眼を見てしまったメイファーは膝下から崩れ落ちて眠りこけてしまう。
「それは知っとうな。ヒュプノスやったか?」
「よく覚えてるな。そう、絶対睡眠、眠りの強制な。まだおっぱいメアリーがジルとラブラブで歯並びが良くて可愛かった時に、これで寝かせて亀甲縛りの練習台にした事がある」
「リア充撲滅委員会時代やな。懐かし。それでアセロラに三日三晩ひたすら刺客送られとったもんな」
 懐かしい話に華が咲き乱れているが、怒り狂ったジャイロは二人を殴ろうとぶんぶん拳を振り回すが、物のついでとグレイルに乳を鷲掴みにされて、怒りに眼が見開いてしまったと同時にヤムラの魔眼で眠らされる。
「あん時と全く同じ手口で行けたな」
「成長してないな、おっぱいメアリー」
「そこな葬儀屋君、場所変えるからそいつら担いでくれる?」
 不意を突かれて話しかけられたジンジャーは一瞬固まってしまうが、周囲を見渡して自分の事だなと再確認すると素直に頷く。
「あ、はい、いや、わかった」
 ジンジャーはやはり憎き相手と声が同じである為に、ヤムラが別の存在なのだと納得したくないのか、不承不承とメイファーとジャイロを鎖で巻きつけて担ぎあげる。
「なぁ、あんたが葬儀屋アンダーテイカーなんて作ったんだろ? なんでそんな事したんだ?」
 聞いてはいけないような気がしたが、聞かずにはいられなかった。 恋人が死んでしまう能力なんておかしいと思ってしまうが故だ。
「うーん、話せば長いけど一つは閻魔への嫌がらせ。当時あいつは恋仲の冒険者のパートナーを片っ端から殺して行ったんだよ。俺も勿論、グレイルも、みんな恋人や親友を奪われた」
「ヤムラはダブルやったけどな」
「あれは流石に効いたな。負けでもいいって思ったぐらいだ。んで、当時メアリーとジルはロミジュリ状態、ジルはジル・アルテライト王国の王子、メアリーはジル・アルテライト王国の転覆を狙う元侯爵で革命家ジャイロ家の愛娘。許婚であったのに結ばれるに結ばれない関係になってしまった可哀想な二人、忍びよる閻魔の影、あん時は俺も壊れてたと思うよ。仲間を殺されるぐらいなら何方かの死を強制的に確定して、双方の存在消滅を阻止しようって思ったんだ。いつ何方が殺されるかわからないぐらいなら、その結果を操作してでも、形はどうあれ存在が残る方がいいって思ってな」
 始まりの理由はどうであれ、現在は冒険者を敵対者に殺させる手段の一つとして使われている為に、当然葬儀屋アンダーテイカーに関しては恨みを買われているが、他の世界式を消す為にダンジョンバトルのトリガーを引く上では欠かせないカードの一枚である。
「だからこそ命のストックを出来るようにしたんだ。閻魔は俺に宣言した、俺の仲間の大切な者を全て消してみせるってな、だからそれをさせない為に最後に残ったメアリーとジルを消させてたまるかってあの手この手を尽くしたんだ。結果奪った命をストック出来るようにしてまで簡単に殺させないようにした。冒険者に敵対する人間を殺していいなんてのは後付けのルールだよ。あの時はそれが良かれと思ってたんだ」
 ヤムラは足を止めてジンジャーに向き直る。
「俺がお前に如何に残酷な道を敷いたのかは知らない。許してくれなくていいし、むしろ許さなくていい。だけど代わりに一言だけ謝らせてくれ。すまない」
 ヤムラが頭を下げると、黒鎧の中からジンジャーの歯軋りの音が聞こえるが、当事者ではない彼に怒りを露わにしても八つ当たりと変わらないなと、その謝罪を無視する。 それが精一杯の反抗だったのだ。
「結果閻魔を閉じ込めた後、メアリーは一人で純白のドレス着て、アセロラ胸にぶら下げて教会で式挙げたんや。アルテライトは捨ててメアリー・ジルとして生きるってな。閻魔との決着はつかんかったけど、メアリーとアセロラが生きてるんが俺らの勝ちやってのが落とし所やったんや。まぁ、何十年も経ったら今のおっかないジャイロさんになっとったけど」
「怒り憎しみ悲しみが募りに募ってどんだけ歯軋りしたのか歯がギザギザになっちゃってたしな。昔はほんとに可愛くて健気な女の子だったのにな。今じゃ軍服しか似合わなさそうだもん」
 鎖に巻かれながら眠るジャイロにそんな過去があるなどと思いもよらなかったのか、ジンジャーは乱雑に肩からぶら下げていたジャイロを優しく両手に持ち直す。 メイファーは相変わらず網に入れられたサッカーボール状態だが。
「と、葬儀屋アンダーテイカーに関してはこんな感じだ。そんなこんなで俺は閻魔とは図太くて赤いロープで結ばれてる。出来る事は少ないかもしれんが、それなりに助力はするつもりだ」
「なんや漫画読むんちゃうんかったんか?」
「読むさ、けど閻魔が相手なら助力する。その為に俺は閻魔の世界式が発現したら外に出るようにしてたんだからな。とりあえずログの更新が終わったらグランアースに行ってくる。あの世界の宮司は俺が頼まにゃ動かんからな」
「レイセンに会うんか? 何処にいるかも分からんし、もしかおれへんのちゃうかって言われとんねんけどなってなんやあれ」
 空が黒く染まり上がった次は、空に浮かぶ巨大な城、島…いや大陸要塞である。
 距離が離れていながらも、破壊の限りを尽くす轟音が響き続ける。
「かなり歩いて来てもたけどどないする? あれ見に行くか?」
「いややめとこう、しかし凄いやつらを用意してるんだな……少し早めにレイセンに会いにいった方がいいかもな。ジャイロとグレイルも付いてきてくれよ」
「俺はもう地球っ子やって言いたいけど、しゃーないな」
「あたいは元々来るつもりも無かったからね、グランアースに戻れるなら万々歳さ」
 空間を捻じ曲げてラビリの存在する場所への穴を開くと、メイファーとジンジャーも同行しようとするが、ヤムラは待ったをかける。
「お前等には重大な任務を任せたいんだ」
「任務?」
「そう、お前達にしか出来ない極秘任務だ」

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