だんます!!

慈桜

第百六十話 救済と怒り?

  並行してジンジャーの世界。 ここは本当に小さな世界のままである。 新たに住民が用意されたとしても、彼らは手を下さずとも存在を否定して、世界に二人だけの空間を作り出している。
「ジンジャー、今日は晩御飯何が食べたい?」
「そうだな、リリーは何を作っても美味しいから悩むなぁ」
「またそうやってハードル上げて!やめてよ」
 狭い家の食卓にまな板を置いて夕飯の仕込みを始めるリリー。 お団子シニョンの美少女は笑顔でジャガイモの皮を剥いている。
「へぇ…これは凄いや。これなら確かに長居したくなるね」
 明らかに場違いなプラチナピンクの肩までの長い髪の美青年。 見ず知らずの男は深い金色の切れ長の瞳でジンジャーとリリーを見て感心している。
「どこの国の王子様だよ。そんな設定はいらない、消えてくれ」
 この世界は存在を否定したなら、創られた人間は消える。 しかし目の前の青年は首を傾げている。
「何故私が王族だとわかったのかな? 明らかに騎士の装いなのだが。まぁ、良いだろう!私はアーセルレミオフリュードリッヒ!親しい者はこの髪色に掛けてアセロラと呼ぶ!!」
 純白の騎士服に赤い天鵞絨のマント、そしてこれでもかと宝石をちりばめたクラウン、明らかに王族である。
 ジンジャーは苛立ちに青筋を浮かべるが、男は涼しい顔で玉ねぎを手に取る。
「手伝おうか? 奥さん」
「お、奥さんだなんて、そんな。ジンジャー、多分この人はいい人だよ」
「リリーさん?!」
 青年の奥さん発言に頬を染めたリリーは手で顔を扇ぎながらに、照れ隠しするが、やはり突如家に現れた男への違和感は拭えずに微妙な空気が流れる。
 そしてその空気を更に困惑させるように突如として窓ガラスが割れる。
 まだ状況が飲み込めていない状態であるのに関わらず、窓が蹴破られたのだ。
「やっと見つけたよダーリン。置いて行くなんてひどいじゃないさ」
 そこへ現れたのはジャイロだ。 赤髪をリーゼントに纏めて、獲物を捕らえた猛獣の瞳にその青年を捉えている。
「あぁ、愛しのメアリー。僕の子猫ちゃん此方においで。今日はこの世界の葬儀屋アンダーテイカー夫妻の夕餉にお邪魔しよう」
「にゃあ! ダーリン!! もう置いていかないでおくれ」
 アセロラとジャイロは抱き合って薔薇を撒き散らかすが、ジンジャーとリリーは何が起きているのかわからないと呆気にとられている。
「えっと、カレーにしようかと思ってたんだけどやめた方がいいかな?」
「いや、カレーでいいだろう。食べたら帰ってもらおう」
 この手のタイプは話しても無駄だと諦めつつにゆっくりとした時間が流れ始める。 ジンジャーはソファに寝転がり、リリーの包丁の音に耳を傾けている。 それはいつもの光景だが、今日は一つ違うスパイスがある。
 それはソファで眠るジンジャーを興味津々と見守るジャイロと王様の姿である。
「集中できないんだけど?!」
「いいね君、愛する者が作る料理の音を音楽にゆったりとした時間を楽しむ。わかるよ、ああ、メアリーが鰐の皮を剥いで僕に似合うバッグを作ってくれようとした時を思い出す」
「どんなシチュだそれ!?」
 散々追い出そうとしていたが、終始二人のペースに調子を狂わされたままである。 既にジンジャーは諦めの境地に達している。
「後は弱火で煮込むだけだけど、まだ時間も早いし、お茶でもします?」
「それはいいね、それならこれを使うといい……あ、そうか私はもう冒険者では無かったね」
 アセロラはアイテムボックスを開こうとするが、メニューが開かれない事に肩を落とす、しかしこれは演技だ。これからが説得の始まりと言っても過言ではない。
「あんた冒険者だったのか?」
「以前は、ね」
 全ては語らない。ここで全てを語ってしまって警戒されてしまえば、どんな言葉でも聞き入れなくなってしまうからだ。
「昔話はいいじゃないさダーリン。二人の大事な物は全部あたいが持ってるよ。ドワーフの磁器だってほら」
「そうだったね。売り払えばいいものを思い出だからと言っていつまでも持ち歩くなんて。アイテムボックスも無限じゃないのに」
「これだけは持ち歩いておきたいのさ。初めてダーリンが二人の為に買ってくれた物だからね」
「そう言って他にも魔導具を身に付けているじゃないか。僕がいるのにひどいよ、そんな二流品で君を守れるとは思えない」
「どれも一流品だよ。これだから金持ちは感覚がおかしいって言われるんだよ」
 二人の何気無いやり取りに、リリーは何やら羨ましそうである。 アセロラはジンジャーの身に付けている物を見て即座に気がついていた、それは装飾品の少なさである。
 本来葬儀屋は愛し愛され、互いに愛を育み、そして肉体での別れを迎え、権能として共に歩む事となる。
 そして共に過ごした時間が長ければ長い程、多くのプレゼントを権能側が渡す場合が多いと言うか、当然とも言える流れになっている。 それはグランアースのジャイロ達に留まらず、フェリアース、レィゼリンの葬儀屋アンダーテイカーも同様である為に、三つの例があるならそれはパターンと呼んでもいいだろう。
 独占欲を分かりやすく示しているのだ、あなたは私の物、私はあなたの物なのだと、アクセサリーなどを渡して束縛する。
 葬儀屋アンダーテイカーの権能を上手く使えば、年に一度程であらば夢で会う事が出来、そしてプレゼントを渡す事が出来る。その品はアイテムボックスに知らぬ間に届けられ、それが夢では無かったのだと知る事ができる。
 落ち着けばその程度の干渉は容易く出来るのだ。棺の形の権能と言えど、葬儀屋アンダーテイカーと共に生きている権能なのだから。
 しかし、ジンジャーとリリーに関しては、その共に過ごした時間が非常に短い。急速に距離を縮め愛の言葉を交わし合い、ジンジャーは暴走を続けた。
 だからこそ彼にはアクセサリーが何一つ無い、だからアセロラとジャイロは其処をチクチクと突くのだ。 ジャイロに関しては本能のままにであるが、アセロラはちゃんと計算している。
「私もジンジャーに何かあげたいな」
「そうだね、でもこんな幻想の世界にいては、本当に彼に似合うプレゼントは渡せないよ」
「本当に似合うプレゼント?」
「そう、心で共に在るからこそわかる本当に似合う品だよ。こんな偽りの世界で本物の愛を否定する君達には難しいだろうけど」
 アセロラの言葉には若干怒気も孕まれている。 この小さな世界で共に過ごす事により、その力を利用されている状況を良しとするジンジャーとリリーに対して僅かながらに怒りを覚えているのだ。
 此処からはもう隠すつもりも無い。
「いつまでいじけているつもりだ葬儀屋アンダーテイカー。私は同じ権能として君達が恥ずかしいよ。運命操作した彼を恨むなら抗い戦えばいい。こんな仮初めの空間で満足出来るほどに薄っぺらな愛なのかい? 自分の身を削って贈り物をした事も無い権能と、幻想に囚われている葬儀屋、笑い物でしかないな」
 ジンジャーは何かを言い返そうとするが、好きに言わせておけばいいかと溜息を吐く。
「このままこの世界に居続ければこの世界へ存在が固定されるよ? 君達の力はいいように利用されるだけだ。そして宿主は今ダンマスと戦おうとしている。その戦いに彼が勝てば君達は消滅する」
 流石に看過出来ないと考えたのかもう一度アセロラへ向き直るジンジャー、リリーも不安げにジンジャーの袖を摘んでいる。
「誠に不本意だが、こと今回の相手である閻魔との戦いとなれば、僕達も全力でダンマスを勝たせるよう助力するよ。そうしないと僕達や君達のように愛する者を失う悲しみを知る者が溢れてしまうからね」
「あんた達に夢を見せてくれてる爺さんはとんだサイコ野郎でね。あたいのダーリンもあいつにやられたんだ。最初はヤムラにムカついてムカついて仕方なかったけど、今となっちゃ絶対に一緒に居られる事にだけは感謝してるって部分もある。消えて無くなっちまうのだけは絶対に嫌だからね」
 ジャイロの言葉にはジンジャーも頷いてしまう、もし自分かリリーが消えてしまうなど考えたくもないのだ。
「だから助けに来たんだ。葬儀屋アンダーテイカーの権能は極めるなら温もりも愛も感じる事が出来る。彼に感謝する必要は微塵も無い、だが、とても慈愛に満ちた権能だと理解するといい。悲しみは悲しみしか生まない、それは権能である彼女も理解してるはずだよ。ちゃんと心の目で見たなら、この仮初めの空間でも真実を知る事が出来るのだから」
 アセロラはそれを言い残して、小さな棺のネックレスに姿を変える。 ジャイロはそれを拾い上げて首にかけるとドカッとソファに座り込む。
「よく目を凝らしてごらん。あんたが温もりを感じてるリリーの姿を。ちゃんと本当の姿を見せてくれって願うんだ」
 ジンジャーはジャイロの言葉に息を飲み、リリーに向き直る。 リリーは優しく笑うと、その姿を大きな棺と鎖の姿へと変える。
「そう、あんたはリリーを見ようとしてなかったんだよ。幻覚でリリーの人の姿を映せばそれが真実だと疑わなかった。でもね、そうじゃない。それは外にいても同じなんだよ、ちゃんとリリーは其処にいる。あたいとダーリンが共にいるようにね」
 ジンジャーは言葉を失っている。 彼も馬鹿ではない、それなりに理解はしていただろう。 ただ、リリーと共に過ごせているからそれでいいと答え探しをやめていたのだから。
「ちゃんと外に出ても、ここで過ごした感覚を忘れずにいるんだよ。そうしたら本当のリリーに会えるようになるさ」
「ジンジャー、怒りや悲しみに飲まれないで。ちゃんと側にいる私を愛してくれるなら、私はジンジャーに沢山の贈り物をしてあげたい」
 ジンジャーが棺の姿のリリーに手を伸ばし、そのまま抱き締めようとすると世界はガラスのように砕け散り、気付けば夢幻回廊に場面が切り替わっている。
「おったおったおった!! お前ら目ぇつぶれ!話は後や!! さっさ逃げるぞ!!」
 階段の上からはメイファーを小脇に抱えたグレイルが駆け降りてくる。 更に冗談からは死のルーンを開眼させた閻魔が迫っている。 赤い眼球に黄色の虹彩のお爺ちゃんが飛んで来るとかホラーである。
 合流すると同時に、グレイル、ジャイロ、ジンジャーはその場から姿を消す。
「取り逃がしてしまったか。やはりこの体は不便だね……」
 目を閉じた閻魔は機嫌が悪そうに杖を叩きつける。
「これで騎士選考においての命のストックの機能が失われてしまった。十分に溜め込めたが、とても魅力的な能力だったので残念だよ」
 これまでに貯めた命が失われる訳ではないが、この先の騎士選考では武士選考同様に能力・ラディアルの全てを奪えるが、命のストックは出来ない本来の機能に戻ってしまったのだ。
「同じ権能を創り出すのも面倒であるし、ラディアルが勿体無いが仕方ない ね」
 閻魔が手を翳すと、無数に立ち並ぶ扉がドミノ倒しのように一つに纏まり最上段で四枚目の扉となる。
 最奥の石扉はグランアースと地球の冥府を繋ぐ扉。 そして最上段の間に並ぶ四枚の扉。
「グランアースでの悲劇」
 二枚目の扉を撫でる。
「そして喜劇」
 三枚目の扉へ立ち止まり、閻魔は黒い涙を垂らす。
「儚く散った私の可愛い僕達、そして」
 先程全ての夢幻と言える扉を一枚に重ねた新たな扉。
「また新しい世界を創り上げてしまったね。君達はそこで悲劇を繰り返すがいい。そして新たな力を私に与えてくれ給え」
 石扉を開き、黒い空間に手を伸ばす。
「ナミちゃん、例の英霊を待たなくていい。私を降臨させてくれないか?」
 黒い空間へ向けて閻魔が話しかけると、空間は歪み艶やかな声が漏れる。
『全ては貴方様の御心のままに』
「ヤムラ君、まだ大陸制覇が終わっていないようだね、嘘も策の内とも言えるし、こうも何度もちょっかいをかけられると、流石の私も少し機嫌が悪い。不本意だが電撃戦と行こうじゃないか」
 その日米国の空は漆黒に染まり上がった。
 空から舞い降りるは不死王。
 ノーライフキングと呼ばれるリッチロードの降臨である。
 タイムズスクエアに舞い降りる黒母衣の骸骨、彼に閻魔の思念体が重なり合うと、見慣れた老人の姿となるが、よく目を凝らして見れば、その骨格と眼窩に鎮む赤い瞳が浮き上がって見える。
「我が存在と世界式の正当性を掛けてダンジョンバトルへと移行する。さぁ、ゲームの始まりだよヤムラ君」
 この日を境に、誰しもが不意を突かれる程あまりにも唐突に、戦乱の幕は切って落とされる事となった。

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