だんます!!

慈桜

第百五十三話 殺戮と守れない約束?

  ブラックカードで指先を焼いたヒルコは宣言通りに三日三晩魔物を狩り続けている。 戦闘スタイルは以前とは打って変わり、斧を振り回すスタイルにしたようである。 初めは槍の間合いで恐怖心を和らげながらに始めたが、今では体も軽いのか、懐に潜り込んで接敵し、斧で急所を撃ち抜くスタイルである。
「オークで苦戦するとかまだまだだな。ゴブリンからやり直しだオラっ!!」
 裏技である。 宣言するとゲートから現れる魔物が指定できるのだ。 ここら辺の知識もラビリに徹底的に叩き込まれているのだ。
 以前程の力は不可能にしても、元冒険者からするならば贅沢で最高の狩場を与えられているのと同義、しかもタイミングさえ合わせれば、気の持ちよう次第で体力も精神力も爆発的に回復させる事が出来る。 そのタイミングは位階上昇だ。 ラディアルを吸収し、位階上昇のタイミングで生まれ変わった! と切り替えれば不思議と空腹までもが消せるのだ。
 襟足を垂らしたままに一つに纏めたミルクティーベージュの長い髪を揺らしながらに、ゴブリンの首を斧で撥ね飛ばす。
 服装は黒のダボっとしたハーフパンツに白いTシャツとシンプルであるが、緑や青やと魔物の返り血を浴びては浄化されてを繰り返し、常に光を纏う謎の服のようになっている。
「よっしゃオーク来い! オーク来ちゃられ!!」
 右手の斧をオークの顔面に投げつけ、左手の斧を右手に持ち替えたままに首に突き刺す。
「やっぱ身長あるっていいな」
 二本の斧を引き抜くと返す手で再び首に斧を叩き込む。
「よぉし! 手応えあり!」
 ゴロンと鈍い音を立ててオークの首が転げ落ちると、ヒルコは目を見開きながらに口角を吊り上げる。
「オーク連発で行こうかゲートちゃん!!」
 爆上げである。 冒険者を始めて単独三日でオークを狩れる奴などいない。 しかし彼は元々自身の最高位の状態を覚えている、だからこそ自身の力量の加減が繊細にわかるし、恐怖心も薄い。 だからこそ狂気としか思えない勢いで魔物を殺し続けるのだ。 オークを連チャンで豚肉に変え続けると、納得したのか一つ頷く。
「よぉし!ログアウトしよう!」
『帰還希望了解しました。検索中、帰還希望者を発見しました。修行の成果をお見せ下さい』
 目前に現れるのはタトゥーまみれの上半身を晒したいかにもと言った男である。
「お前は知らねぇなぁ。まぁ、いい殺し放題なんて最こ」
「あれ? なんか喋ってた?」
 容易く首を刈り落とすと、器用に斧をクルクルと回すヒルコ。 昔のかわいいヒルコはもういない。
『おめでとうございます。それではアンドレス・ベラの能力をヒル様に加算した状態で記録しておきます。アンドレス・ベラの遺体及びアンドレス・ベラの所有権があった遺体等は拾得物として保存しておきますのでご安心下さい。現実世界にダンジョンが完成するまでの間、あなたの能力は此方で保存されますので、投影はできませんので悪しからず。それでは、またのログインお待ちしております』
「はいストップ! コロシアムに挑戦する! 俺をセーブポイントにしろ」
『コロシアムの申請了承致しました。周囲のデバイス保持者を強制ログインさせ、セーブポイントの権利獲得戦を開始します』
 裏技である。 コロシアムで勝ち抜く事により、狭い範囲であるが土地持ちの騎士となるので、この地域での外部からの干渉は拒否できる事となる。 現時点周囲でデバイスを持っている者を一掃し、騎士階級を上げるのだ。
「さぁ、殺して殺して殺しまくっちゃうよぉ?」
 悪魔である。 彼はまさに悪魔の化身となり、ブラックカードを所持するマフィアを根絶やしにして行く。 気が付けば200余名を葬り、二等兵から一等兵、一等兵から上等兵へと階級を上げる。 本物の騎士までは程遠いが、彼は小さいながらにもマフィアの屋敷を領地とし、不干渉の自領を手に入れたのだ。
「終わっちゃったのか」
 ふと視界に違和感を感じると、ヒルコは路地裏の階段に腰掛けていた。 自身の無力さを再確認して項垂れていると、即座に立ち上がり歩き始める。
「まだ300枚ぐらい余ってる筈だ」
 企みは一つである。 この地で殺せるだけ殺しておこうと言うのがヒルコの腹だ。 綾鬼達が帰ってくるまでは自領で修行を繰り返し、ログアウトでコロシアムを開き皆殺しにする。 それが最も効率がいいのだ。
「てか既に前より強いかもしんない」
 そう思うのも間違いではないだろう。 ヒルコは二百名を越えるラディアルを余す事無く一心に受けているのだから。
 メキシコシティではカルラが、モンテレイでは樹鬼が、そして最後の街プエブラでは綾鬼が、ヒルコと同様に騎士選考に於いて力を蓄える。
 可哀想ではあるが。
「こんな所にいたのかアヤ、早く出たいと言えば出られる空間なのではないのか?」
「そんな生温い空間ではないよ。ここは」
 マルケスには残念な結果となったが、綾鬼が寝ている間に胸に忍び込ませたブラックカードにより、マルケスと綾鬼は対峙する事となってしまう。 勿論コロシアムでだ。
 本来であれば任務を遂行し、ティーグレの元に戻れば密入国の手立てをしてくれるものだと考えていたのだが、ティーグレが綾鬼達を殺すつもりならばと全殺しの作戦に切り替えたのだ。
 これも一応予測の範囲内である。
「マルケスは嫌いじゃなかったけど、これもコアさんの為なんだ。それに裏切ったのはそっちだしね」
 気が付けばマルケスの胸には何本ものナイフが突き刺さっている。 コロシアムで対峙した以上、事情があろうとなかろうと生死を賭けた決着が必要とされる。 綾鬼は微動だにもしていなかった筈だが、目にも止まらぬ速さでナイフを投げていたのだ。
 マルケスは消滅し、綾鬼は次の対戦相手との戦闘に入る。
 いとも容易く、躊躇いなど一切感じさせずに、ヒルコ、カルラ、樹鬼、綾鬼はマフィア達を殺し尽くし、再び合流の為に動き始める。
 ブラックカード大流行の米国への入国前の肩慣らしとしては十分な結果となったのだ。
 きっきり499名殺したヒルコの元へ続々と集まり始める。
「まだ200枚ぐらい残ってる」
「そりゃあ勿体無いな」
 312名を殺した樹鬼、彼女は温厚で虫も殺さないような娘なのだが、きっちりコロシアムを行ったのだろう。
「最悪、残りのカードは見つけられなかったわ」
 450名を殺したカルラが不機嫌そうに訪れると、きっちり499名やりきった綾鬼が最後に合流する。
「概ね予定通りだね。このまま国境まで言ってパスポートを見せて賄賂を渡そう。マフィアを殺したついでに大金もパクってきたから」
「みんな考える事一緒だな」
 綾鬼は新たに購入したキャリーバックにパンパンの現金を詰めている。 樹鬼やカルラは申し訳程度に中身を空にしたバックパックに詰めれるだけと言った具合だが、ヒルコに至っては次元が違う。 アイスクリームの移動販売のようなトラックに現金や金目の物をパンパンに積んでいるのだ。
「メキシコペソだけじゃなくてアメリカドルも結構あったから持てるだけ持ってきてやった。武器もあるぜ!」
「戦争でもするつもりかよ」
「そうだな。けど冒険者にもどったらティーグレは絶対殺す」
「じゃあアブエロは俺が殺すよ」
 騙されたとて多少なりとも世話になった者達を殺そうと誓い合う様は見ていて中々シュールである。
 こうして一行はラレドを目指す事となる。
「メイファーちゃん、ごめんね」
 樹鬼はメイファーとお菓子の家を楽しむ約束を守れそうにない事を小さな声で謝罪する。
 だが、それはメイファーも同様である。 彼女もまた、今は・・約束を守れそうにないと、小さな声で樹鬼に謝っていたのだ。

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