だんます!!

慈桜

第百四十九話 土下座?

  翌日、復調した殺戮大臣信長は、既にお家芸となっているやっすい土下座をしている。
 その頭をゲシっと踏みつけるのは茶虎のケットシーであるヒナタとキイロである。
「どうかぁぁあ! どうか平にご容赦をぉぉお!!」
「ラブロフだけじゃなくネコワンダーZまで寄越せとかお前は頭がおかしいにゃにゃん!」
「そうにゃんにゃん! 髪型もおかしいにゃんにゃん!」
 これでは埒があかないと、信長が土下座しながらにウインクをすると、今にもケットシー達に襲い掛かりそうな赤備えが、アタッシュケースを差し出す。
「粗品ではありますが」
 開いた先には1万DMが収納されており、そのアタッシュケースを次々と積み重ねて行く。
 100のケース、言わば100万DMの実弾と、ダメ押しに差し出された2つのアイテムにヒナタとキイロはゴクリと音を立てて生唾を飲み込む。
「ヒナタ殿は盗賊王の眼鏡を買うのが夢だったとか?」
 大臣はすっかり商談モードである。
「盗技が使えれば人のアイテムボックスだろうがなんだろうが好きに奪えるにゃにゃん。欲しくないわけがないにゃにゃん」
 しかしお値段300万DM、遊ぶ金を持っていようとも、根本は庶民派でホットドッグやライスドッグしか食べないヒナタ達にはとても手が出る代物ではないのだ。
「そしてキイロ殿は雷神の護符が欲しいとか、しかし値段としては盗賊王の眼鏡の半額、今回は対を成す風神の護符と合わせて2つ用意させて貰いました」
 大臣は手を広げてGODスマイルを浮かべると、さぁひれ伏せ! 財力の前に傅け!と仕上げに掛かるが、ヒナタとキイロはふんっとそっぽを向く。
「Why?」
 納得出来ない信長は金髪のヅラをかぶりぴっちり横分け鼻デカ兄さんだ。
「マロンの分がないにゃにゃん!」
「ネコワンダーZの目はマロンが倒したイビルアイの魔石にゃんにゃん!ネコワンダーZはマロン無しでは語れないにゃんにゃん!」
「そんな事もあろうかと!!」
 大臣は指をパチンと鳴らすと、星虎が何やら謎の機械を取り出し、やってごらんなさいと合図を送る。
 ワンタッチでベタンベタンと高速で歪な音が響くと、下のトレイからこげ茶とベージュのコントラストが美しい栗饅頭が出てくる。
「く、栗饅頭みゃ!」
「マロン!だまされるにゃにゃん!」
 しかし手遅れである。 栗好きなのは名前からも一目瞭然、マロンは手渡される栗饅頭を次々と平らげて行く。
「これは勿論ただのプレゼントですよ、本題はこちら」
 大臣がアイテムボックスから取り出したのは白い翼が生えた赤いランドセルである。
「「「ジェットランドセル!」」」
 それには流石にケットシー達もぴょんぴょん跳ねて喜び始める。 まるでクリスマスと誕生日が一度に訪れた小学生、いや、盆と正月が一遍に来たブラック企業のリーマン状態である。
 ジェットランドセルはケットシー専用装備、お値段ご察し300万のネタ装備である。 空を飛べるのは二の次で、普通にかわいいと世界に三匹しかいないケットシーの中ではおしゃれアイテム一位と目されているのだ。 ランドセルだが。
 マロンがよっこらせとランドセルを背負うと、一気に空へと飛び上がる。
「次わし! 次わし!!わしにもかせぇ!! 」
 キイロもキャラ崩壊する喜びようである。
「ラブロフ殿の一件と、ネコワンダーZの一件、譲っていただけるなら、それらを全て差し上げますよ」
 さぁ来い猫共と大臣はGODスマイルで手を広げるが、ヒナタは頬を膨らませてプイッとそっぽを向く。
「Why? Why?」
「ネコワンダーZの整備士はシズクとサブロウにゃ! 整備士の分の代金が足りないにゃ!」
「そんな事もあろうかと!!」
 別に用意などしていない。 信長がその場で買い与えているのだ、これでもか! それでもか! と札束で頬をしばき続ける作戦なのだ。
 目の前にジェットランドセルが2つ並べられると、ケットシー達は互いの肩を取り円陣を組み始める。
 振り向きざまに何かを言おうとしたヒナタの口元は、大臣が手に持つ何かで塞がれる。 それは青い宝石が嵌め込まれた杖である。
「氷雪姫の召喚石みゃ」
「イエス! マロンちゃんがコアさんに頼んで動画を見せて貰う程に欲しがっているアイテムだ! これでダメならあきらめるが、どうする?」
 ケットシー達は仕方ないかと、朱肉に手を捏ねくりまわして、大臣のジャージにペタペタと足跡を残す。
「契約成立にゃにゃん!!」
 これにて恐喝にも似た売買契約は完了する。 話がややこしくなったのは全てネコワンダーZである。 見た目はただのダンボールロボットなのだが、その中身を見せてもらって信長はただ呆然と立ち尽くしたのだ。
 そして無意識に呟いた。 欲しい、手に入れねばならないと。
 ラブロフだけで無くネコワンダーZまで取り上げる気かとあわや殺し合いにまで発展しそうであったが、大臣の平身低頭な姿勢が功を奏し、商談を成功するまでに至ったのだ。
 後は阿国へ帰るだけとなったのだが、リリリとラブロフが居ない事に鼻の穴を広げながらに変顔で困ったふりをする大臣。
「閻魔陣営が日本にいるってんなら一回行っとくべきかな? けどだんますに任せた方が良さげだしなぁ」
 つい独り言を漏らすが、ドワーフの小松からの情報によれば、既に日本の中にもブラックカードが紛れてる実態は調べた方がいいよなと思考の渦に飲み込まれて行く。
「よし、悩んでいても仕方ない。あのおばちゃんとこでメシでも食おう!」
 大臣がネコワンダーZに追従するように命令すると、これ程までに対価を支払われていながらもケットシー達は名残り惜しそうに切ない顔をしている。 しかしわからんでもない。 ネコワンダーZは文字通りケットシー達の思い出の結晶なのだから。
「また造るにゃにゃん」
「次はドワーフに外装を造らせるにゃんにゃん!」
 歩き去る大臣の背中を見つめながらに、新たなネコワンダーZを造ると誓いを立てていると、シズクとサブロウがケットシー達の前で一礼をする。
「今までお世話になりました!」
「色々教えてくれてありがとうございました!」
 これは流石に予測していなかったのか、ヒナタとキイロは返事に困り互いに目線を合わせながらにお前が言えと譲り合いをしている。
 そこで前に出るのはしっかり者のマロンである。
「これまで整備士お疲れ様でしたみゃ!これは今までのお給料みゃ!」
 大臣から渡されたアタッシュケースを1つずつ渡され、ついでに栗饅頭を大量に持たせる。
 ケチに感じるかも知れないが、元を辿ればサブロウが馬糞をネコワンダーZにブチまけてしまい、怒り心頭のヒナタとキイロにボッコボコにされてから召使いとして扱き使われていたのだ。 シズクに至っては連帯責任で連れ去られた被害者である。 報酬などある筈も無いし、埃一つ無くピカピカに磨いていたのも解放して欲しい一心しか無く、1万DMもの報酬を渡されるなど夢にも思っていなかったのだ。
 結果ヒナタとキイロはこの二人の売却で900万DM相当の品を大臣にふっかけたのだが。
「私はここで学んだ事、それとゴーレム技師としての知識、絶対に忘れません」
「自分も、自分も絶対忘れません!」
 感極まる二人にヒナタとキイロは変顔で返す。
「死ぬまで感謝しろにゃにゃん!」
「外科医としても高レベルにしといてやったにゃんにゃん!」
 ゴーレムだロボットだの言われているが、結局の所は外科医の夫婦が魔物の素材を存分に使用し、自律稼働する生命体を造り出したのだ。 智慧を与える方法が分からずただただ強化し続け、いつの間にやら、ついて来い、歩け、殴れ程度なら遂行出来るようになっていたが、どうしてそうなったかなど造った猫達もよく分かってないのだ。
 シズクとサブロウは再び深く一礼をして踵を返して大臣達を追う。
「またもふ猫連に逆戻りにゃにゃん」
「次はさらに強固なもふ猫帝国を創り上げるにゃんにゃん!」
「みゃ!」
 謎の覚悟と共にヒナタ達はジェットランドセルで空に舞い上がる。 地球上で最も勝手な生き物達が空に進出してしまったのだ。

 その頃、おばちゃんとこではおばちゃんとリリリとオリガで話し合いの席が設けられていた。
「お母さんは絶対に反対だよ。オリガはオリガなんだから出て行く必要なんて無いじゃないさ」
「でもね、決めたんだよ! このまま私がお母さんを襲ったりしない為にもリリリちゃん達と一緒に行くよ!」
「私は反対だわ。オリガは真祖とは言え戦いの場に身を置いて欲しくないの」
「そんなぁぁ!! リリリちゃんは好きにしたらいいって言ってたじゃない!」
 ご察しの通り、話し合いはオリガの今後についてである。 真祖となったオリガが今後家に居ては、いつ母親やドワーフを開祖として転生させてしまうかわからない。 そんな恐怖と隣り合わせになるぐらいならば、同じ魔に属する者で友人であるリリリと共に居た方が得策だと考えたのだ。
 しかし……。
「オリガ、こんな辺境にお母さんを捨てていかないでおくれよ」
「そんな辺境で生まれ育って一歩も出た事ないのはそっちじゃない!」
 状況は平行線のまま、進展は一切無いのだ。 どちらの言い分も間違っていない為に、リリリもなんと言っていいのやらと頭を抱えこんでいる。 互いが大切に想っているが故の問答に同席している時点でリリリからして頭痛の種なのだ。
「私は信長さんのおかげで力を取り戻したままにこうして生きていられるけど、戦いとなれば戦士として多くの命を奪うわ。勝手な話だけど、そんな姿はオリガには見せたく無いの」
「殺しちゃダメだよ! どんな相手だってきっと話せばわかってくれるよ!リリリちゃんも悪い魔物だったんでしょ?」
「あぁ……ダメだこりゃ」
 そうなるとわかっているからこそ、オリガは残るべきだと言っているのだが、オリガにそれは伝わらない。
 そこへ救世主の参上だ。 なに食わぬ顔で訪れ、窓際のテーブルに腰掛けると冒険者のニュースが満載な新聞を手に取り、如何にも視力に問題があるように見せかけて眼鏡をかける。
「見ろよ、おっぱい小娘が二匹もいやがるぜ」
「宮司殿、それは盗撮と言われる行為であり、あまり勧められたモノではないと思うんだが」
「最近喧嘩ばっかり投稿してたら暑苦しい奴ばっかりチャンネル登録してくるんだよね。俺ちゃんとしてはもっと聖人ちゃんとした変態のリスナーがもっと増えて欲しいわけ」
 大臣が来た事により騒がしくなり、リリリとオリガの話し合いも終わりに思えたが、オリガは持ち前の笑顔のままに椅子を持ち上げて大臣の隣へ駆け寄る。
「ねぇねぇ! 信長さんなら私が付いて行っても守ってくれるよね? すんごい強いんだよねっ!」
「おばちゃんごめん、ナンパされたから娘さん抱いていい?」
「そんな事してごらんよ。下のちょんまげ切り落としてやるからね!」
 一先ずはと厨房でコーヒーを淹れたおばちゃんが出刃包丁を向けると、大臣は指先をオリガに向けて、元の席へスライドさせる。
「抱けない美人なんて仕事帰りにハロウィン仮装したエロい姉ちゃん見てムラムラするだけと同じじゃん? 色んな意味で守ってやれない」
「信長の言う通りだオリガ。お前はおばちゃんの為に残るべきだと思うぞ」
「ラブロフさんなんて嫌い! べーだっ!」
 オリガのあっかんべーに、しょんぼりと眉を垂らすラブロフの肩を寂しいのう悲しいのうと背中をポンポン叩く大臣、明らかにざまぁと言った邪念が見てとれる。
「おばちゃんこの際若返らせてあげるから青春やり直したら? とりあえずサンドイッチね」
「後ちょっとで旦那のとこに行けそうなのにやり直しとか地獄だよ。ほんと間が悪い注文しやがるね」
 大臣もお手上げだよとオリガに目配せをする。 オリガはそんなぁと悲しそうに目を細めるが、大臣は首を横に振る。 なんでも出来ても人の母親に娘の巣立ちを納得させる能力などは無いのだ。
 結婚や留学ならまだしも、危ないと分かってる場所になど言語道断である。
「あっ、いい事考えた。じゃあオリガは留守番して転移術式のお勉強ってのはどう? 調子乗るけど転移は俺ちゃんでも首を傾げるパターンが多いんだわこれが。最低限リリリぐらいの転移でも出来たらかなり有効だと思うんだよな」
「簡単だよ? そこに行きたいと思ってズバッてやったら!」
「そう、ルーンが漏れないから視認できないし、ルーンで強引にやろうにも自分自身を再構成するルーンを組み上げる時間を考えたら実用的じゃない。ラディアルも腐る程使うしな。だからお前らみたいなアンデッド不死だけの特典かと思ったんだけど、知り合いがポンポンやりやがるんだわ。だから俺陣営の研究者ってことで」
 大臣は玉璽を取り出しておばちゃんとオリガを交互に見回し首を傾げる。
「おけ?」
「あたしゃオリガがここにいてくれってんならそれでいいよ」
「でも……」
 それでも悩むオリガに大臣は荒技に出る。
「シュテンさんシュテンさん」
「は! それでは失礼します。店主、この器失敬するぞ!」
 目の前で存在しない時間軸の自分を創り出し、酒呑童子が首を手刀で斬り落とす。 そのまま大臣の遺体を逆さまに血をボールに満たして行くと、遺骸をお猪口一杯分の神酒に変え、これどうします?と大臣を見つめる。
「神酒は飲んでいいよ。死んでも神酒に出来るとか流石俺ちゃんだわ」
 ボールに満たした血を拾い上げると、大臣はオリガの前に置く。
「俺ちゃんなら血の安定供給をしてやれる。それに、普通より濃いだろうから渇きを抑える程度の摂取なら長持ちするしな。だから周りを巻き込む心配もない」
 ここまで狂ったもてなしをされては、オリガも無言で頷くしかない。 そして追い討ちをかけるように木札を手渡す。
「これ俺ちゃんとこのハズレ品ね。けど、札を持ってる相手を思い浮かべるだけで、どんなに離れてても会話出来るって代物。時代が違えば俺ちゃんは神になれた」
 おばちゃん、オリガそして、リリリ達にも木札を配るとバチンと最高のウインクをかます。
「これでガールズトークでもしてちょうだいな。友達なんだろ? 友達っていいよな!」
 大臣が踵を返し、星虎が100DMの札束をカウンターに置いてトレイごとサンドイッチを回収すると店を後にする。
 ここまでの流れ、大臣の台本通りである。
「じゃあね、オリガ。沢山話しましょ」
 リリリは木札を頬に当てて満面の笑みを見せると、薄っすらと涙を浮かべたオリガも木札を頬に当て、リリリの真似をしながらに笑みを返す。
「リリリちゃんに似合いそうなヒール造っておくね!」
「楽しみにしてるわ!」
 人と魔物の友人関係は、いつぞや魔に属する者同士の友人関係と変わる。 そして互い不死に属す、ある意味では真の友と呼べる関係になったのではないだろうか。
「ラブロフさんっ!」
 無言で立ち去ろうとしたラブロフへ、オリガが転移して胸に抱きつく。
「オリガ……」
「本当はね、私はラブロフさんの事好きだったんだよ。リリリちゃんの事があって絶対許さないって思って、気がついたら私はあなたの血族になってた。だから言えなかったし、言わないでおこうって思ったけど「ありがとう、感謝してるよ」え?」
 捲したてるオリガを黙らせるように感謝の言葉を伝えるラブロフ。
「感謝するのは俺の方だ。結果はどうあれ丸く収まったが、一度はリリリを殺したのは事実だ。それに、オリガを血族にして渇きが無くなった。俺は得しかしてないさ、だからこそ、俺はオリガに二度と同じ悲しみを味合わせない為にリリリを守ると決めたんだ。だから俺が感謝する事はあれ、オリガが俺に感謝する事は何一つないよ」
 ラブロフはオリガの頭をポンポンと叩いて店の扉に手をかける。 そして思い出したかのようにおばちゃんに向き直ると深く一礼をする。
「またおばちゃんのクソまずいの食いに来るよ」
「オリガと協力して次はうまいって言わせてやるよ」
 おばちゃんはラブロフ用に大量に注文しているバスケットのトマトを一つ投げつける。
 それを受け取ったラブロフはおばちゃんに不器用なウインクをして退店する。
 カランコロンとドアベルが鳴り、閑古鳥が鳴く店内で、オリガは小さく鼻をすすっていた。
「ずるいよラブロフさん。私だって本当は感謝してるのに」
「これが最後じゃないよ。どうせまた遊びに来るんだから、そん時にありがとうって言ってやりゃいいさ」
 前掛けで濡れた手を拭いながらにおばちゃんはオリガを抱き寄せる。
「お母さんだって、こうやって生きてるあんたを抱き締める事が出来るんだ。ラブロフには感謝してもしきれないよ」




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