だんます!!

慈桜

第百四十七話 破軍四将?3

 「うーみゃみゃみゃみゃみゃあ!!」
 水色の毛色に変色したマロンが閃技で地面を凍らせて行くと、その背後からはヒナタとキイロがスピードスケーター顔負けの足取りで滑走していく。
 エッジを効かせた直角カーブには、ギャラリーも手を叩いて喜ぶ始末である。
 その背後からは凍らせていない地面を韋駄天を彷彿させる速度で走る酒呑童子の姿がある。
「あのケットシー、ラブロフを探す気ないな」
「で、あるなら別行動をしてはどうだ? 」
 その横には黒い翼で滑空する星虎の姿がある。 だん○ちゃんに貫かれた翼を回復させたついでに飛行試験をしているのだ。
 だん○ちゃんとデュラハンにおいては、我関せずと買い食いをしている。
「ぱぱぱおん!」
「イカ焼き、くだ、さい」
「お、この世界も冒険者側の魔物がいるんだね。しかも黒騎士様が裸でご登場とはこいつぁ縁起がいい! 一本サービスだ。持ってきな!」
「あり、がとう」
 先程からデュラハンはやたらとダンジョンパークの運営側の人達にサービスをして貰える。 見た目は黒く塗り潰した歩く人型な謎生物なのだが、先程の店主が言うようになんらかの理由で縁起がいいのかも知れない。
「ちっ、黒騎士なんて考えても無かったよ。いるってわかってたら用意してたんだがよ。くそ、うちに来たって防具なんてねぇぞ」
 防具屋の店主などは悔しさに歯軋りまでする始末である。
「ぱおおん?」
「わから、ない。みんな、やさしい」
 そして何故か大臣だけが理解出来るとされていりだん○ちゃんとの会話まで成立している。
 そんな両名の前に、突然空間が歪みブロンドの美しい女性が現れる。
「あらだん○さんとデュラハンだけなの?」
「みんな、吸血、鬼、さがしに、いった」
「あぁ、タイミングが悪い。信長さんが帰って来たら言っておいて。ハクメイが来たから身を隠すって」
「わかった、べつに、たおして、しま「やめておきなさい。それはあまり縁起のいい言葉ではないわ」」
 リリリが再び転移すると、デュラハンの真横には一条の光が駆け抜けて行く。
「ぱおぱおぱお」
「相手に、されて、ない。腹が、立つ」
 デュラハンは踵を返すと怒りに黒い靄を発するが、容易くだん○ちゃんに弾き飛ばされる。
「ぱぱぱおおおん!」
「そう、だった。だん○様の、買い物、優先」
 デュラハンは興奮しながらもハクメイが消え去った先に首を向けるが、だん○ちゃんの鼻で背を押され再び歩み始める。
 用心深いリリリは世界各国に血を残しているが、血の転移も完璧ではない。 遠くに飛ぼうとするならば、それなりに力を消費してしまうので、同じ力を手にしようとするならば、多くの人を食らわねばならないのだ。
「この街狭すぎる」
 ただ友達が出来ただけで人を喰らうのを止めるほどリリリは単純では無いが、僅かながらにも此れ迄とは変わって、人と見るならば喰らう考えは変えようとしているのだ。
 力を失わずに逃げるには鉾部で逃げ切るのが妥当だと考えているのだが、大都市とは訳が違う。
 飛ぶ先々にハクメイの魔力を感じては転移を繰り返すが、此れ迄リリリを殺す為だけに自身の時間を使ってきたハクメイがいい加減に血の転移に気が付かない筈がない。
 遂にリリリはハクメイの目の前に転移してしまったのだ。 ハクメイはリリリの転移点全ての血を拭っていたのだ。
 刹那の逡巡、リリリには時が止まって見えただろう。 彼女の胸からはハクメイの腕が生え、熱を持ったルーンが組み上げられて行く。
 斯くなる上は力を消失しようとも海外へ飛ぼうとするが、その転移点全ての血痕が消えている事に気が付き、彼女は大粒の汗を浮かべながらに驚きに目を見開く。
「俺が何もしないと思ったっすか。リリリちゃんが存在した全ての国を命の森に変えて浄化したっすよ」
「流石ストーカーね。完敗だわ」
 消失。
 腕を引き抜かれると同時に、ハクメイの手に握られたルーンが爆発的な光と熱を放ちリリリを蒸発させる。
「靴を脱ぎ捨てるなんてよっぽど大事な物だったんすかね」
 そこには脱ぎ捨てられた二足のミュールがある。
 ハクメイはその二足を拾い、リリリを消し去った場所に並べて手を合わせる。
「樹にすらさせてあげなくて申し訳ないっす。でもリリリちゃんは命を奪いすぎたっすよ」
 少し悲しげに目を伏せるとハクメイは光へと身を変える。
 一足遅れて辿り着いたのはラブロフだ。
 二足のミュールが並べられているのを見て、全てを悟ったのか無表情のままにタバコに火をつける。
「オリガになんて言やいいんだよ」
 煙を吐き出しながら空に向けて呟く。 その煙が空に昇ると、既に其処からはラブロフの姿は消えていた。
 オリガと友人になれた魔物。 その魔物を助けてあげて欲しいと願ったオリガ。 そして、一歩間に合わなかったラブロフ。
 彼はリリリとの初対面の時計塔の屋根の上で吼えた。 もしかしたら彼女は追手に怯えて、時計塔に隠れているかも知れないと現実逃避にも似た思考に陥った故である。だがラブロフはオリガとリリリの契りを見ている、リリリがオリガの靴を残して何処かに消える筈がないのだ。
 わかっている、わかっているからこそ、どうしようもない感情が渦巻き叫ぶしか無かったのである。
「怒らせてしまったか? まさか私が一番に見つけるとは思ってもいなかった。申し訳ない」
 その慟哭にも似た叫びに吸い寄せられるように現れたのは三枚六対の黒い翼で空を舞う星虎だ。
 申し訳なさそうに一礼すると、屋根の上に立ち翼を折り畳む。
「ラブロフ殿、皆が探しているぞ。そろそろ戻ってはどうかな?」
 瞳を真紅に染めたままのラブロフは星虎の首を鷲掴みにすると、転移した勢いのままに壁に頭から叩きつける。
「ラ……ラブロフ殿」
「仲間一人守れねぇんならトライブなんか作ってんじゃねぇぞ」
 八つ当たりである。 普段の剽軽なラブロフとは打って変わり、怒りの化身となった彼は二の手で星虎を地面に叩きつけるが、星虎もダンマスに魔改造された魔物である。 地をヘコませながらに障壁を展開し、ラブロフを一歩遠ざけるが、その障壁ですら容易く殴り破られてしまう。
「下等生物が対等に口きいてんじゃねぇぞ」
 ラブロフの鼻息が荒くなると、手の甲には紫色の血管が浮かび上がり、血液を硬化させた爪が指先から伸びる。
「出来れば全力で手合わせ願いたかったのだが、そうは行かぬようだ」
「あぁ、お前は俺に生意気な口きいた罰により死刑だ」
 ラブロフは怒りに任せて星虎の心臓を穿とうとしたが、その手が届くより先にラブロフの心臓が引き抜かれ、彼は瞳を琥珀色に戻しながら前のめりに倒れる。
「ヒナタ殿……いくらなんでもそれはやりすぎでは?」
「不死身は何回殺してもいいにゃにゃん。それにラブロフの心臓はネコワンダーZの強化に使えるにゃにゃん!」
 穿たれた心臓部で血が蠢き、咳き込みながらにラブロフは再び目を開く。
「ゲホッ、ガフッ。くそ、喉がカスカスだ」
「また暴走してたにゃにゃん! 吸血鬼の始祖は腐女子がトキメク美男子であるべきにゃにゃん! お前は美男子とは程遠いからダンディズムなオジ様を目指せとあれ程言ったのにら理解出来てないにゃにゃん!」
「あーあー! わかったわかった! わかったから黙ってくれ!」
 ラブロフは聞きたくない聞きたくないと連呼しながら耳を塞ぐが、ケットシー達もラブロフが理由無く暴走はしないのを知っている。キイロがラブロフの膝にチョコンと前脚を置くと、下から顔を覗き込む。
「何があったにゃんにゃん?」
 それからラブロフは事の顛末をぽつぽつと語り始める。 リリリとの遭遇、そして追いかけられた先におばちゃんの店でリリリとオリガが仲良くなり、ハクメイが訪れた事。
 そして探した先にオリガから貰ったミュールだけが残されており、リリリの匂いが消えてしまっていた事。
 それらをゆっくりと話し終えると、ヒナタはワナワナと震えながらにシャドーボクシングを始める。
「ハクメイのクソ野郎、猫パンチの餌食にしてやるにゃにゃん!」
「屋上に連れ出してやるにゃんにゃん!!」
 ヒナタとキイロは激昂するが、マロンは悲しげに耳をペタンと垂らしてしまっている。 優しい子なのだ。
「オリガになんて言えばいいのかわからなくてな、気付けば其処の兄ちゃんに八つ当たりしてた」
 星虎は気まずそうに頬を指でぽりぽりと掻くが、それより気まずそうにしているのはその話を聞いていた酒呑童子である。 彼は腹を括ったと前に一歩出ると、ラブロフに目を伏せながらに小さく会釈をする。
「仲間が迷惑をかけた。そして、色々悲しんでもらっている所悪いが、先程の話が本当ならリリリは生きてる」
「は?」
 ラブロフ達が一悶着起こしている最中、沿岸部の小さなカフェの厨房にて、オリガは胸にぶら下げた小瓶が火傷してしまいそうな程に熱を放出している事に気が付き、慌てて取り出していた。
 瓶は持っていられない程の熱を放ち、遂には罅が走り始めると、オリガは慌てて布巾でそれを包み込み、先程リリリの足を洗った洗面器へと置く。
 リリリが命と同義であると説いた血を無駄にするわけにはいかないと考えたのである。
 瓶が破裂し、血が宙に浮かび上がると急速に血液は人型を形成して行くが、血が少なすぎるのか、リリリは手乗りの妖精ほどの大きさで再生し、目の前の大きなオリガを見て落胆する。
「か、かわいい」
 力を失ってしまい落胆するリリリを見て瞳をキラキラとときめかせるオリガ。
 彼女はリリリを鷲掴みにして二階へと駆け上がって行く。
 クローゼットを開けてピンクと白のネルシャツを着込むと胸ポケットにリリリを入れて全身鏡の前に立つ。
「うん、最高だよ。リリリちゃんは私が守ってあげる」
『やめなさい!恥ずかしいわ!』
 動画を倍速にしたような甲高い声で抵抗するリリリは、レヴァナントとは程遠い美人の見た目の蚊と言った戦闘力しかない。 オリガがもしも極悪非道な性格で、興味本位にフライパンで炒めたなら即座に昇天するのは目に見える程にか弱い存在である。
 物置部屋に入り埃まみれのダンボールをドッタンバッタンと引っ張り出しては、箱に書かれた文字を見て次の箱へを繰り返していると、胸の中のリリリはケホッケホッと埃を吸い込み咳き込んでしまう。
「ごめんねリリリちゃん! 今だけポケットの中に隠れてて!」
 あまりにもガタンガタンと音が激しいので、心配になったおばちゃんがチーターを思わせる速度で階段を踏み鳴らし駆け上がってくる。
「オリガ! ドワーフとは言えお客さんがパンパンなんだよ!あんまり変な音立てるんじゃないよ」
「ん、よいしょ! ごめんお母さん。ジェシカちゃん人形って何処にあるかわかる?」
「はぁ……早く聞いてくれたらいい物を。コッチだよ、置くとこないからお母さんの部屋の押入れに突っ込んでたはずさ」
 母の記憶力の凄まじさである。 19歳のオリガがお人形遊びをしていたのはもはや10年以上も前だ。 本来なら覚えているはずもないと思うが、辺境の片田舎で職人家系である為に、いつぞや孫が生まれた時の為にと保管していたのだろう。
 綺麗なままのダンボールと、開けた中には衣装の全てが痛まないようにラッピングでラミネートされている。
『すごいたくさんあるのね』
「新作が出たりするとお母さんが作ってくれたんだよ!」
『すごい。料理も裁縫も出来るなんて女の鏡ね!』
 普通に話しているようでリリリは必死に叫んでいる。 それを見ておばちゃんは目尻に皺を作り苦笑いすると、ファイルをパラパラと捲り、ニットのワンピースの封を切る。
「これなんかは大変だったね。今でも覚えてるよ」
 ラウンドネックレモンイエローのニットワンピに黒いレザーのヒールを合わせたシンプルなコーディネートだが、小さいながらにもスタイルがいいリリリにはベストマッチである。
「針金を埋め込んでタイトに見えるようにしてたと思うんだけど、痛くないかい?」
『キツめのベルトを巻いてるのと変わらないわ! ありがとう、いつもブロンドのせいで地味な服を選んでいたけど、とても楽しい気分になれるわ!』
 リリリは普段の高飛車なイメージとは変わり、くるくると回ってから片足を上げて首を傾げるポーズを取る。
「か、かわいい!」
「おーい! おかあちゃん! オリガー! どっちでもいいから酒くれぇぇい!!」
「あ、お店忘れてた」
 感極まったオリガは再び胸ポケットにリリリを突っ込んで店へと駆けて行く。
 おばちゃんは懐かしさに目を細めて優しく微笑むと、ダンボールを作業机の上に置く。
「また夜にでも綺麗にできるやつは綺麗にしておこうかね」
 ズダダダっとオリガが駆け降りて行く足音に苦笑いすると、よっこらせと立ち上がる。
「あの子のおはねは治らないね、まったく」
 そこで二階にまで響くドアベルがカランコロンと鳴り響く。 ドワーフの作業員達がテーブル席を征服して呑んだくれている最中登場したのは冒険者と魔物の大団円だ。
 ヒナタ、キイロ、マロンのケットシー。 ラブロフ、酒呑童子、星虎、デュラハンの魔物達。 そして申し訳無さそうに項垂れながら追従するシズクとサブロウ、店の外ではだん○ちゃんとまるで意思を持っているかのようなダンボールのロボットが睨み合っている。 しかしそれは店内でも同様だ。
「にゃーにゃーにゃー! また泥臭い髭もじゃが屯してるにゃにゃん!」
「あんだクソ猫コラ!」
「耳に土が詰まってきこえないかにゃにゃん! この樽デブ!」
「デブじゃねぇよ全部筋肉だよメス猫ぉ!」
 おばちゃんとこと呼ばれる名も無きカフェの名物ケットシーとドワーフの喧嘩である。 種族特性や魔法を禁止とされた所以とも言える恒例行事だ。
「ラブロフ、やっておしまいにゃにゃん」
「俺かよ。今日はそんな気分じゃねぇんだよ」
「聞いたかよ兄弟! 血も吸った事のねぇ童貞吸血鬼はドワーフ様に投げ飛ばされるのが恐ぇって金玉縮みあがってやがる!」
「上等だ鈴木コラ」
 暫くお待ち下さい。
 ラブロフとドワーフの殴り合いをBGMに酒が飛ぶように売れて行く。
 その様子をリリリはオリガの胸ポケットの中から見て行け行け!と楽しんでいる。
「力を失ってしまったか」
 無表情ながらにも瞼を僅かに伏せる酒呑童子、リリリは振りかざした拳をゆっくりと引き込むとコクンと頷く。
『はい……』
 酒呑童子は優しく頷き、安堵の息を漏らす。
「なにはともあれ生きてて良かったよ。宮司様になんて言えばいいか悩むけどな」
 そんな会話を横目に聞いていたラブロフはドワーフの鈴木を殴り倒して、鼻血を垂らしたままにオリガに頭を下げる。
「悪かった。一歩遅れちまった」
「私には謝らないでいいよ! それにリリリちゃんは生きてるし! それだけで充分だよ!」
 その背後では新入りへの洗礼と言わんばかりにドワーフと星虎が言い争いを始め、手加減がてらに殴った星虎が手首を押さえている。
「硬い!」
「はっは! 俺の常時発動型の種族特性だ! オリハルコンの鉄棒でも頭突きでへし曲げてやるぞ!」
「ちょっ! おまっ!」
「どけるにゃんにゃん! そいつはキイロが雷で殺すにゃんにゃん!」
 真面目な話をしているのに騒がしいのでオリガはコメカミをピクピクと動かし、空の酒瓶を鈴木に投げつける。
「種族特性禁止って言ったでしょ!」
 安物のウィスキーの分厚い瓶が鈴木の頭で粉砕すると、彼は演技でフラフラと足をよろめかせる。
「だってオリガちゃん! これは勝手に発動してるんだよ」
「じゃあ鈴木さんは喧嘩禁止!」
「そんなぁ!!」
 ガックシと肩を落とした勢いのままに椅子に座り込むと、椅子そのものがメキメキと音を立てて壊れでんぐり返しをしてしまった鈴木におばちゃんが追い打ちをかける。
「椅子壊してどうするんだい!」
 おばちゃんがビンタを振り抜くと、バチーンと肉と肉が触れ合う音が響きわたると、手をプラプラさせながら怒鳴る。
「痛いよあんた!」
 次は折れた椅子の足で頭を叩くと、鈴木は心が痛いと一言残して死んだフリをする。 おそらく彼からするならばおばちゃんが発狂しているのは山間で腹を空かせた熊に出会った気分なのであろう。
 そんな大団円で一件落着と思われたが、慎重になる事を覚えた男は再びこの店に訪れる。
 リリリが持っていた力の多くを奪い、力を増したハクメイが然もありなんとドアベルを鳴らしながらに扉を開ける。
「店主、あの忘れ物のコート。ちょっと見ていいっすか?」
 店は静まり返り、招かれざる客を冷たい視線で迎え入れる。
 異様な空気の中、気が付けばハクメイはコートをその手に取り、血痕を見つけると目の前で焼き尽くす。
「リリリちゃんとどういった関係かは知らないっすけど、此処に逃げるのは迷惑がかかると思ったのかも知れないっすね。邪魔したっす」
「ちょっと待てこらイケメン坊主」
 ハクメイが踵を返そうとすると、傾けていたスキットルを投げ捨てるラブロフが瞳を真紅に染め上げる。
「なんすか?」
「そのコート俺のお気に入りなんだよ……それが望みならお前も塵にしてやろう」
 類は友を呼ぶとはよく言うが、大臣陣営となんらかの縁が出来る物達は、何故かハクメイとは相容れぬよう因果が巡るようである。
「もう俺は自分の弱さを知ってるっすよ。だからもう二度と負ける事は無いっす。それでもいいなら受けて立つっすよ」
「あまり吠えんな。弱く見えるぞ男前」

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