だんます!!

慈桜

第百四十八話 破軍四将?4

 ハクメイとラブロフが一触即発の最中、揉め事の楽しみ方に余念が無い奴らはガヤガヤと騒がしくなる。
「ラブロフに10万にゃにゃん」
「ラブロフに10万にゃんにゃん」
「ラブロフに20万みゃ」
「レート高すぎるだろ馬鹿かお前ら」
 ドワーフがハクメイとラブロフのブックを買って出たのはいいが、賭け額がデカすぎて頭を抱えるドワーフ達、しかし何処まで行ってもTOP10以内に存在するヒナタとキイロからするならば小銭である。
「お前らは工芸品をオークションに出して荒稼ぎしているのは知ってるにゃにゃん!」
「安売りの鈍鍛え直して新人にドワーフ印とか言って売ってるのも知ってるにゃんにゃん」
 冒険者稼業に精を出しているドワーフは小松だけかも知れないが、金儲けがうまいドワーフは幾らでもいるのだ。 そうじゃないと冒険者相手に値段設定しているおばちゃんの店でただでも酒の強い奴らが毎日酔っぱらうなんて出来るはずがない。 当然信長印の酒華を仕入れていてもドワーフはザルなのだから。
「なぁ、星虎。DMってのはお前も扱えるのか?」
「それは勿論可能だが、やり方がわからぬな」
「俺の酒とか買ってくれないかな?」
「これはラディアルのみを抽出した貴重なものだ。勿論買ってくれるであろう」
 星虎が時空の狭間から神酒を取り出すと、酒呑童子は楽しそうに酒瓶を握りしめる。
「ラブロフ殿にこれを賭けるぞ」
「ん? ちょいと拝借」
 ドワーフがアイテムボックスに入れてちょいちょいと操作をすると、売却額には100万DMと表記される。
「初対面で悪いがあんたも馬鹿か?」
「む、馬鹿とはなんだ」
 其処へ割って入るは星虎だ。 羽を乱雑に毟り取り、テーブルの上に置く。
「ハクメイ殿の方への補填に使うといい。無価値では無いはずだ」
「ちょいと拝借。一枚5万? それがひーふーみー。10枚で50万って。なんだお前ら絶滅危惧種か? 酒呑童子の神酒に堕天使の羽ってむしろ剥ぎ取られる側じゃねーか」
「出来る物ならやってみるか? ドワーフの御仁」
「おっ? 喧嘩かコラ?」
 引かないのである。 勝てるはずが無くともドワーフとは喧嘩においては引いてはいけないのだ。
 既にラブロフとハクメイは舞台を海上に移している。 互いに隙を見計らって攻撃のきっかけを探ろうとしているのだが、観客達は速すぎて見えないので賭けに勤しんでいるのだ。
 それを視認できるのは酒呑童子や星虎と言った高位の魔物達だけであろう。 皆が盛り上がってる中、中坊のシズクとサブロウは肩を寄せ合って耳打ちをしあっている。
「なぁ、シズク。俺たちも賭けた方が良くないか?」
「嫌だよ。必死で働いて貯めたんだからいい装備を買うまでギャンブルなんてダメ」
 ダメって言ったらダメと首を横に振るシズク。 しかしサブロウは諦めない。
「けど額面は口頭だぜ。どうせヒナタさん達から解放されないんなら此処らでばっちり稼いでおこうぜ」
「いくら賭けるつもりなの?」
「ラブロフさんに100万」
「ぜっったいだめ。卒業祝いとかもぜーんぶ入れてサブロウと合わせても20万ぐらいしかないんだよ!」
「絶対大丈夫だって。だってラブロフさんって何しても死なないんだぜ?」
 その一言がシズクにはとても深く響いたのだろう。 彼女は亜麻色の髪を振り乱しながらピョンピョンと手を挙げてジャンプをすると、ブック鈴木を振り向かせる。
「ラブロフさんに100万DM!!」
「お嬢、言っちゃ悪いが10億だぞ? 後悔しねぇんだな?」
「大丈夫、お願いします!」
 シズクは目がグルグルと回り始めているが、サブロウがその肩を抱き寄せて真っ直ぐ立たせると、うんと頷く。 もう既にこいつらは賭博師である。
「ぱおん! ぱぱぱおんっ!」
 だん○ちゃんが声を上げると、デュラハンはせっせと牙に刺さる腕輪を取り外し、鈴木の元へ持って来る。
「賭けが、成立、しないなら、ハクメイ、に、いってみっ、て」
「破壊神の腕輪250万DM。そうか、ここにはまともな奴がいないのか」
 結果はハクメイ300万、ラブロフが240万となる。 レートは無しの口頭なので手数料で一割引いて賭け額をまんま渡すようである。 ハクメイが勝ってしまえばドワーフ勢は手数料を引いても30万のマイナスになってしまうのだ。
「で、どうなってるんだ?」
「森の冒険者が決め手に欠けてるようだな。光の速さで動けてもラブロフ殿のようにタイムラグが無い転移には敵わない」
 傍目には空中に光が渦巻いているようにしか見えないが、その渦の中では針の穴に糸を通すような攻防が繰り広げられている。
「ちょこまかちょこまかうぜぇよ」
「それはこっちもっすよ」
 忍者刀と突き刺したかと思えば、半身ズラしたラブロフが爪を振り抜く。 ポテンシャルで言えばラブロフはハクメイを圧倒できるだろう、しかし彼は吸血鬼でありながら血を吸わないのである。 本来吸血鬼が持つ能力を十全に発揮できていない状態で、転移を繰り返さねばならないハクメイを相手にするのは分が悪い。
 彼は常に渇きと戦っており、その渇きは力を使えば使う程に増して行く。 真紅の瞳と緋い魔力が不安定になりつつあるが、それを見逃す程ハクメイは優しくないのだ。
「息が上がってるっすよ」
「ほざいてろクソガキが!」
 ハクメイの直刀がラブロフの左目を突き刺す。 その切っ先は後頭部までに貫通するが、ラブロフは爪をハクメイの首に突き立てる。
 ハクメイは即座に光と身を変えて回避するが、刀を突き刺したままに距離を置いてしまったので残すは一本しかない。
「ルーンと完全に同化する刀か。お前の能力からするなら体の一部と言っても良いわけだ」
「あっても無くてもあなたにはまけないっすけどね」
「どうかな?」
 眼に突き刺さった直刀は緋い光を放ちながらに塵となり、次第にラブロフの爪は刀の形に変わって行く。
 爪全てを十本の直刀としたラブロフは更に転移の頻度を上げてハクメイへ襲い掛かる。
「あは、あははは! 幾ら手入れしてても微量の血は染み込んでるんだな! 柄紐にも刀身にも! うめぇ! うめぇぞ!!」
 間髪入れずに転移を繰り返すラブロフ、ハクメイも流石に回避が間に合わなくなり始めるが、やはり血を吸ったと言えど微量も微量、何度も渇き心の臓が停止しかけるが、それでも尚ラブロフは能力を行使し続ける。
「まずいな。ラブロフ殿は力を使い過ぎてる」
 酒呑童子の言葉にガバッと胸ポケットから顔を出したのは小さなリリリである。
『私を食べたら勝てるかもしれないわ』
「だ、ダメだよリリリちゃん!折角生きていられたんだから!」
『でもこうなったのは私のせいなのよ。今の私では来たる戦いの日に役に立てない』
「そんなのダメ、絶対にダメだよ!」
 小さなリリリはありがとうと口だけを動かし、酒呑童子の肩に飛び移ろうとする。 オリガは行かせまいと手を伸ばすが、酒呑は目にも止まらぬ速さでリリリを手に握ると、頭だけを出した彼女に問う。
「本当に良いのか?」
 リリリは真剣な面持ちに口を一文字に結びゆっくりと頷く。
「見事だ。その心意気、しかと受け取った。ラブロフ殿! これを喰らえ!」
「ダメ!! やめて!! 」
 既に空中にて干からびかけながらにも、ハクメイと刃を交えるラブロフ。
 酒呑童子の喰らうの言葉に過剰に反応し転移してリリリを受け取る。
 観客を掻き分けてリリリを追いかけるオリガ。
 そして邪魔はさせないとリリリに向けて光弾を撃ち放つハクメイ。
「お願いやめてぇぇ!!」
 ラブロフがリリリを口に含み、ゴリッと音を立てて咀嚼すると、オリガは声にならない悲痛な叫びと共に大粒の涙を浮かべるが、何の因果かハクメイの放った光弾はオリガの胸を貫く。
「オリガっ!!」
 おばちゃんは息を荒くしながら、オリガへと駆け寄る。
「お…かあ…さん」
 オリガの胸からは、植物の新芽が息吹始めている。 このままでは彼女は命の森同様に光を放つ樹木へと姿を変えてしまうだろう。 近くに命の樹があらば、彼女の清らかさがあればエルフとなれたかも知れないが。
 冒険者達も慌てて高級回復薬をドバドバとかけるが、オリガは薄れ行く視界の中で、ラブロフがハクメイを殴り飛ばす様子をぼんやりと見ていた。
「ラブロフさん……に、許さないって、言って……おいて」
「自分で言いな! 今は喋るんじゃないよ!!」
 オリガはリリリにされたと同じように、口元だけをありがとうと動かすと、その目を閉じてしまう。
「くそっ!! なんで回復薬が効かないにゃにゃん!!」
「鬼の神酒もダメだ!! どうなってやがる!」
 ドワーフも賭け金などどうでもいいと酒呑童子の酒をドバドバとオリガへかけるが、樹木への侵食は止まる様子も無い。
「ラブロフ殿、森の冒険者はどうなった?」
「……オリガを見て逃げてった。すまねぇ、こんなことになるなんて」
 おばちゃんは涙を浮かべ、わなわなと震えながらに立ち上がりラブロフの頬を引っ叩く。
「謝ってすまないよ!! 何をしてでもこの子を返しておくれ!! 」
 ラブロフは眉間に皺を寄せながら必死に涙を堪えるが、どうしていいのかわからずにただ俯き、ゆっくりと首を振ってしまう。
「ぱぉおおん!ぱぱおおん! ぱぱぱおんっ!」
「ラブロフ、血を、吸え、眷属に、してみっ!、て、言ってる」
 それを聞いておばちゃんはラブロフを睨みつけながらにうんと頷く。
「何がどうなったっていい。この子は私の全てなんだ。この子がもう一度笑ってくれるなら、この子がどんな存在になったっていい。だから頼むよ……なんだっていいから助けておくれ…」
 おばちゃんがぼろぼろと涙を流しながらにラブロフに縋る。 ラブロフも悲痛に顔を歪めながらにオリガを抱き起こし、そしてその首に犬歯を立てる。
 緋く光り輝く無数のルーンと魔法陣が浮かび上がり、オリガが干からびて行くと、循環したラブロフの血がその体に再び巡り、樹木の根ですらその体内に取り込んで行く。
「ん、んん、何これ眩しい」
 体が焼けるような事は無いが、目を覚ましたオリガの視界は白く染まり、その太陽の光を厭い手を翳す。
「オリガっ!!」
「お母さんっ? あれ、なんで寝てたんだっけ」
 そんな事は関係無いとおばちゃんはオリガを抱きしめるが目が陽の光に慣れ始めると、俯き無表情に佇むラブロフを見てオリガは青い瞳を真紅に染める。
「ラブロフさん! 私はあなたを許さない!! なんで! なんでリリリちゃんを食べたの!」
「すまん……何も言えん」
 オリガはラブロフの直系である正統な吸血鬼の真祖となってしまっているのだ。 リリリの事もそうだが、何より彼女を人外にしてしまった事に何の言葉も見つからないのだろう。 渇きとの戦いがこの先オリガに待っていると考えると、その苦行を強いた自分はいつまでも恨まれるだろうと。
 ラブロフの胸に頭を押し付けてバカバカと連呼しながら叩くオリガ。 今すぐに殴ってやりたくとも、自身の親に当たる存在なのだと本能で理解し、憎むに憎みきれないのだ。
 其処へ、朱槍を地面に叩きつけ、ジャキンと甲高い金属音が鳴り響く音がする。
「皆の者頭が高い!! 殺戮大臣信長様のおなぁぁりぃぃ!!」
 ジャキンジャキンと槍を鳴らすと、何故かサブロウもテンションが上がったのか、アイテムボックスから小鼓を取り出しポンポン、ポポポポンと大臣の登場の縁者に回る。
「お前熱いな! うちくる?」
 バキュンと指先で撃つようなジェスチャーをしながら、一連の騒動の渦中にいた酒呑童子達に最高の笑顔で向き直る。
「で、お前ら俺ちゃんに喧嘩売ってる?」
 それには流石のだん○ちゃんですら膝を折り、大臣陣営の者は皆が膝を折る。
「あのねぇ。たかが命、されど命ってわかる? 閻魔と戦う為には一機でも多い方が有利なわけ。それにリリリクラスになるとさ」
 大臣がハリセンで手をパランと叩くと、世界は暗闇に切り替わる。 そして、ラブロフがリリリを食い散らした場所に浮かぶ金色の織田木瓜を見つけると、大臣はハリセンを投げ捨てて合掌する。
 パンッと甲高い音が鳴ると、暗闇は既に真昼間へと変わり、織田木瓜が浮かんでいた場所から裸足のリリリが落下する。
「結構しんどいんだわこれ」
 大臣も白目を剥きながら直立不動で真後ろに倒れこむ。 赤備えだけでなく、星虎や酒呑童子、更にはデュラハンまでもが慌ててかけより大臣を支えるが、それよりもいの一番に転移をしてリリリを抱きとめたのはオリガである。
「リリリちぁん…良かった……よかったよぉ!!」
「あなたの友達だった私は死んだわ」
「そんな事ないよ! リリリちゃんはここにいるよ」
「そうね、でも…あなたに貰った靴も無くしてしまったわ」
「靴なんて何足でも作ってあげるよ!リリリちゃんがいればそれでいいんだよ!」
 瞳を真紅に染めながらボロボロと涙を零すオリガ。 リリリは抱き抱えられながらに、人差し指で優しく涙を拭う。
「吸血鬼なんかになっちゃって、ごめんね。私が弱いから」
「友達に強いとか弱いとか関係ないよぉ!」
 女三人寄れば姦しいとは言うが、二人でわんわん泣き喚くオリガとリリリは、二人でありながらに十分に姦しい。
 女二人寄れば喧しいとでも言っておこうか。
 その頃直立不動で気を失った大臣はおばちゃんのベッドにまで運ばれると、即座に目を覚まし、直立不動のままに起き上がり安堵の息を吐く。
「久々にクソ寝たら死んだと思って勘ぐったわって何? お前誰?」
 目を覚ますまではと側に付いていた星虎、酒呑童子、デュラハンの他に、何故かラブロフが胡座をかきながらに大臣の目覚めを待っていたのだ。
「俺はラブロフだ。私事で悪いが、俺はこれからリリリを守ると決めた。一応これでも吸血鬼の始祖だ、邪魔はしねぇから同行させて欲しい」
「よっしゃジャックポットぉ!! 風は俺ちゃんに来てる。ラブロフちょっとこっち来てみっ!」
 大臣は手を翳すと、其処には玉璽が握られている。
「宮司様、今は力を使うのは控えた方がいいのでは?」
「それでビビってたら一緒にベッドインしたのに紳士ぶって手を出さなかった後悔みたいになりそうで絶対嫌。それにあんな痛ぇ思いするぐらいなら俺ちゃんこれからもっとお前ら守っちゃうから心配すんな」
 リリリが死んだと同時に、大臣はダンマスが冒険者を失ったと同様の痛みにもがき苦しんでいた。 だからこそ、彼はこの場所を把握できたのだが、それは余談だ。 その満身創痍の痛みを持ってして、ラディアルを大量に消費してリリリを蘇生させたのだ、酒呑童子が心配するのも無理はないだろう。
「リリリってば超絶おっかないストーカーにつけ狙われてるから、これから頼んだよお巡りさん」
 玉璽をラブロフの甲に押し付けると案の定大臣は白眼のままに気を失った。
 そして今この場で殺戮大臣信長を見守る四名は、後に殺戮大臣信長を語る上では欠かせない、最強の四天王とされる破軍四将として名を上げるのは、これよりまだ先の話だ。

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