だんます!!

慈桜

第百四十六話 破軍四将?2

 「やっぱり力ってのを使うと喉が乾きやがるな」
 ラブロフはダスターコートを翻して屋根から屋根へと飛び移る。 くすんだ金にチラホラ白に近いメッシュの金髪が風に靡き、その琥珀色の瞳で街を眺める。
 トマトジュースとスコッチ、そして僅かなイリーガルジャムを混ぜた液体を入れたスキットルの蓋を外すと一気に煽る。
「あら貴方。上位種なのに血の味を知らないの? よかったら飲む?」
 女は指先を犬歯で嚙み切り、風に吹かれて赤い血液が宙に舞う。 ラブロフのコートに僅かに血が付着するが、当人は気にした様子も無く街を眺める。
 鉾部ダンジョンパークで一番背の高い建物は鉾部時計塔。 その傾斜がキツイ屋根の上での絶景を前にしての来客にラブロフは溜息を吐く。
「爺さん、女の姿になっても返事は変わらんぞ。俺は別にあいつの死を悲劇だとは思ってない」
「貴方はなんの話をしているの?」
 女は赤いピンヒールを脱ぎ捨てると、それは塔の下に落ちていってしまう。 少し残念そうにアチャーと額を押さえるが、それで切り替えられたのか、気にした様子も無くラブロフの隣に座る。
「巨乳だな、それに脚もすらっと長くて綺麗だ。その角が無けりゃ傾国の美女と言ってもいいな。金髪碧眼の英国女系か。それが爺さんの趣味か?」
「だからなんの話をしてるの? 私はリリリ、種族的には貴方より下位に当たるレヴァナントよ。上位種の匂いに釣られて来たの」
「そうか。そう言われたら爺さんみたいに無臭じゃないな。お前は……そうだな、アルメニアコニャックみたいに美味そうな匂いがする」
 ラブロフは至って冷静なフリをしているが、実際は首や後頭部に焼け付くような恥ずかしさが迸っている。 恥ずかしさに顔を紅く染める醜態を晒すぐらいならばとスキットルを一気に煽る。
 もはや其処まで行けば騙せる筈が無いのに酒のせいにしようと酔いに任せて腹をくくったのだ。
「で、何の話だったっけか?」
「それよりも場所変えない?」
 リリリが顔を動かさずに目線だけを塔の下に向ける。 ラブロフはなんら気にせずに覗き込むと、其処には冷やかす気満々の冒険者達が続々と集まって来ている。 既に先頭には赤い革ジャンに金髪リーゼントの男がリア充反対と書かれた旗を振っている。
「バイオズラだ。マズイな、ヒナタ達が来ちまう、逃げるしかねぇ」
 ラブロフは風が吹いた次の瞬間には姿を消している。 まるで初めから其処には誰も存在していなかったと錯覚させる程鮮やかに姿を消したのだ。
 リリリはビクンビクンと体を痙攣させながらに乱れ始めた息を必死で整える。
「あなたを知ればもっと強くなれる気がするわ。その力を分けて欲しいわね」
 誰にも聞こえる筈のない、小さくかすれる声で言い放つと、リリリもその場から姿を消す。 ラブロフのコートに付着した血液で転移を行ったのだ。
 場面は変わり海岸沿いの小さなカフェ、ここは元々この地に住んでいる人が経営している軽食店だ。 店の看板にはデカデカと種族特性や魔法の使用は禁止しますと書かれているのがシュールである。
 ラブロフは閑古鳥が鳴く店内でスキットルにトマトジュースとスコッチを注いでいる。
「よく知らないけどあんたも吸血鬼だってんなら一丁前に人でも襲ってみたらどうなんだい」
「勘弁してよおばちゃん。これでも必死なんだぜ。中身は変わってても人らしくありたいんだよ」
「何処からともなくぴょんぴょん飛んでくる奴に人間を語ってもらいたくないけどね。ほれ、あんたの好きなクソマズイやつ」
 差し出されたのはトマトスープに浸したパンにトマトを挟んだ謎のサンドイッチだ。
「トマトなんて嫌いだったんだけどな。今じゃ吸血衝動を抑える為に必要不可欠だよ」
「そうかい。払いはDMにしておくれよ」
「すっかり冒険者を当てにしてやがるな」
「長い物には巻かれろってヤツだよ。たかがサンドイッチで6000ルーブル相応で飛ぶように売れるんだ。今更300ルーブルでちまちまと売る気にはならないよ。DMだとネットで簡単に仕入れも出来るし」
 おばちゃんがタブレットを操作すると、何処からともなく白いフクロウが大きなバスケットをぶら下げて現れる。
 バスケットの中には山盛りのトマトだ。
「欲しい時に手に入るからね」
 トマトをバスケットごと受け取り、DM紙幣をフクロウへ渡すと、そのまま壁を擦り抜けて飛んでいく。
「おかげでおばちゃんもこのクソマズイサンドイッチで大金持ちってわけだ」
「あんたが吸血鬼なんかじゃなかったらおばちゃんが最高に美味しいサンドイッチ食べさせてやるんだけどね」
「食ったけどパサパサのスポンジ食ってるみたいだったよ」
「それはあんたが人外だからだろい。いつもの猫ちゃん達はうみゃーうみゃー言ってたじゃないか」
「あいつらはなんでも食えたらうまいって言うんだよ」
 カランコロンと店のドアに吊るされたドアベルが鳴ると、艶やかなブルネットの腰までの長い髪に青い瞳の白人女性が顔を見せる。
「あっ、ラブロフさん来てたんだ! あははは!またクソマズイの食べてる!西部劇のコスプレやめたの?」
 赤いコートを脱ぐと、薄手の白い長袖シャツとジーンズ姿となり、程よい膨らみの胸と反比例する細くしまった腰、そして腰骨の膨らみのままに長く伸びる細い脚が、彼女が目を離せない程に美しい女性なのだと再認識させられる。
「おかえりオリガ。コスプレはやめろ。あれも中々気に入ってたんだぞ。もう今日はバイト終わりなのか?」
「そう、カレーにしたら夜は自分達で作るからいいよって!」
 オリガはラブロフの問いかけに答えながらに髪をポニーテールに纏めてエプロンを掛ける。 そして鞄の中から金色の睡蓮と薔薇を取り出す。
「ほいお母さん、今日佐々木さんがくれたんだ。店で飾ったらどうだって」
「あのドワーフ共はゴツい手で本当器用な事するもんだね」
 オリガはこの店の娘で、開拓地交流の仕事を日本政府から受け、ドワーフの飯場での炊事のアルバイトをしている。
「だから今日はお店手伝わせてねっ!」
「なんでウチの娘はこんな働きもんになったかね。好き勝手してくれたらいいのに」
 日本政府からは月々50DMと、炊事のアルバイトとしては破格の報酬が約束されているのだが、その容姿とハツラツとした性格のおかげで、ドワーフ達がせっせと貢物をするお姫様のような扱いとなっており、それらを売却するならば50DMなどはした金でしかない。ドワーフ印の金細工や工芸品は金で買えない程の資産価値があるからだ。
 オリガはドワーフ達に貰ったマグにコーヒーを注ぎ、ラブロフのカップにもついでと言わんばかりにお代わりを注ぐと、その対面に腰掛ける。
「今日は猫ちゃん達いないの?」
「ネコワンダーZの改造が忙しいんじゃないか?」
「あはは! あの動く猫耳ダンボールロボット? まだあれで遊んでるんだ 」
「猫共が世界各地で掻き集めたガラクタの結晶だからな。あれでいて中身は凶悪だ」
 ラブロフはオリガを見つめながら湯気の立つコーヒーの飲む。 その大きなオリガの宝石のような瞳は、一度見つめてしまうと目を背ける事は許されないかと感じてしまうが故に、ラブロフは見つめ続けるのだ。
「よく見たら狼みたいな目なんだね」
 オリガはラブロフの右頬に手を当てて親指で瞼を撫でると立ち上がる。
「洗い物してくる。ゆっくりしてってね」
「あ、あぁ」
 その琥珀色の瞳はオリガの背を見つめながらにとろんと蕩ける。 そりゃあそうだ、絶世の美女にそんな事をされたらどんな男だって勘違いする。
 おばちゃんはそんなラブロフを見ながらに鼻で笑いながらトマトを切り続ける。
 そんな折、再びドアベルがカランコロンと音を立て、ほぼ同時に扉が壊れそうな勢いで開かれる。
「見つけたわよ! なんでコートを捨てるのよ!」
 そこでいきり立っているのはリリリである。 自身の血液が付着したダスターコートを両手で握りしめながらラブロフを睨みつけている。
「悪いな。鼻が効きすぎるもんで、血の匂いがするから捨てたんだが、なんか都合が悪かったか?」
「私はレヴァナントなの! だから転移する為の目印に血が必要なの! あんたみたいに目で見た所に好き勝手飛べないのよ!」
「お、おう」
 ラブロフは既にいつものちょいワルなトレンチコートに着替えている。 ダンジョンパークの整備されてない街並みにはこれだろうと西部劇のようなダスターコートを着ていたのだが、血の匂いが体に毒だと早々に捨てていたのがリリリの逆鱗に触れてしまったのだ。
 それのせいで家兼店舗の扉を壊されそうな勢いで蹴飛ばされたおばちゃんとオリガからするならば傍迷惑な話であるが。
「悪いと思ってるなら私の血を吸いなさいよ! 早く!ほら噛んで!」
 リリリはブロンドを掻き上げて首筋をラブロフに見せるが、ラブロフはなんだこいつと可哀想な奴を見る目でコーヒーを啜る。
 それに気付いたリリリは苛立ちを隠さずに裸足のままにフロアタイルを踏みつける。
「とりあえず座りなよ、美人さんが台無しだよ」
「誰よあんた」
「んー!もうっ!いいから座りなさい! 追い出すよ!それとも蝶番の修理させられたい?」
 先程腰掛けていた椅子へリリリを座らせるオリガ。 リリリもあまりの勢いに促されるままに座ってしまう。
「あぁ、もう爪まで土が入ってる! 靴のサイズ教えて貰ってもいい?」
「24.5だけどって、あんたなに? たかが人間風情が調子に乗っているなら食べるわよ?」
 リリリがオリガへ手を伸ばそうとすると空気が変質する、そして突如体を震わせながらその手を止める。
「もしそんな事をしようとしたらお前の存在そのものを消すぞ劣化物」
 そこには琥珀色の瞳を真紅に染め、緋い殺気が漏れ出すラブロフの姿がある。
 リリリはぶるぶると体を震わせて自身の過ちに気がついたのか、ゆっくりとラブロフに平伏しようとするが、パコンと気の抜けた音と共に変質した空気が一掃される。
 オリガが雑誌を丸めてラブロフの頭をしばいたのだ。
「女の子脅したらダメでしょ! 」
「いや、だってよオリガ! こいつが」
「だってもくそもない! それに猫ちゃん達にラブロフさんが王様モードになったらしばいてでも止めろって言われてるの!」
 形無しである。 リリリはオリガに強く、オリガはラブロフに強く、ラブロフはリリリに強い謎の三角関係が出来てしまったのだ。 そのせいでリリリもオリガを餌として見る事が出来なくなってしまったのだ。
 場が落ち着くとオリガは二階への階段を駆け上がり、ピンク色のミュールと洗面器とタオルをその手に降りてくる。
 キッチンで洗面器にお湯を入れると、土だらけのリリリの足を洗い、タオルで丁寧に拭き取るとミュールを履かせる。
「新品だから心配しないで」
「でも、いいの? 新品なら尚更気を使うわ」
 リリリもラブロフの手前、横柄な態度はいけないと流石に気を使うと、オリガはピースで答える。
「私が作ったの! だから貰ってくれると凄く嬉しいよ!」
「死んだ爺さんの工房があってね、オリガは其処で女もんの靴を作ってるんだよ。親指の皮が厚くなるからやめろって言ってんだけどね」
 厨房で野菜を洗うおばちゃんの声が後押しとなり、何故かリリリは黒い眼球と金色の虹彩の不思議な瞳に涙を浮かべる。
「えっ? えっ、なんで?!」
「あらごめんなさい。何故かわからないの。魔物になってもこんな感覚が残ってたなんて。ありがとう、大切にさせて貰うわ」
 血も涙も無い人食い鬼が、人からプレゼントを貰って喜び、嬉しさに感極まるなど誰が予想したであろうか。
「私の所に裸足で訪れるなんて、きっと何かの導きだよ! それに同年代の女の子だなんて! 私達お友達になれると思うよ! 私はオリガ! よろしくね!」
 オリガは快活な笑顔のままに握手を求めると、リリリは涙を拭いながらに苦笑いを浮かべ、その手を取ろうかどうしようかと迷っている。
「オリガ、でもね、私は魔物なの。人殺しだし、とても悪い奴なのよ。だから貴方みたいに陽だまりのような人の友人としては相応しくないわ」
「じゃあこれからは魔物をやめて私と友達になろう! 人殺しは絶対ダメだし、自分は悪い奴なんだぁって思わなきゃダメな人生なんておかしいよ! 友達になれるのにならないなんてもったいない!」
 困り果てたリリリは自身の足元の綺麗なミュールを見た後にラブロフを見やる。 ラブロフは返事をしてやれと小さく頷くが、目を瞑り腹を括ったとリリリはオリガの手を握る。
「いいわ。あなたと共にある時は一人の女性として、貴女の、いやオリガの友人として在れるように努力するわ。私はエリザベス・リズ・リウム。リリリと呼ばれているわ、よろしくね」
 オリガはリリリと友人となれた事が嬉しいのか手をブンブンと揺らし、大きく頷いて笑顔を見せる。
「じゃあオリガ。何もお返しは出来ないけれど、これを預かっていて」
 首からぶら下げた赤い液体の入った小瓶をオリガに渡すリリリ。
「これはなに?」
「私の血よ。嫌かも知れないけど私なりの親愛の証よ。血は私の命、その命を預けるの。私なりのあなたと友人になる覚悟よ」
「うん、わかった! じゃあ大切にもっておくね!」
 小瓶を胸にギュッと抱きしめてオリガは再び満面の笑みを見せると厨房へ帰って行く。
 本当に私なんかが彼女の友人でいいのだろうかと、不安げな表情でオリガの背を見つめるリリリを見て店主であるおばちゃんは鼻で笑う。
「ここらは元々犯罪者の流れ者が多い土地でね。あの子は変に人の過去にはこだわらないのさ。あんたもあの子の友達であろうってんなら下手にあの子が悲しむような事はしないでおくれよ」
 リリリは其処らの殺人鬼など比にならない程の極悪人であるが、それを知ってもオリガは友と呼んでくれるだろうか、そんな葛藤の中でおばちゃんの言葉を話し半分に聞きながらに薄く笑う。
「えぇ、ご忠告ありがとう。この素敵な靴の恩は返すわ」
 そう言う事じゃないんだけどねと聞こえるか聞こえないかの声で愚痴るおばちゃんを背に、リリリは再びラブロフへ向き直る。
「これでゆっくり話が出来るわ」
「俺は別に用事は無ぇんだけどな」
「ねぇ? お願い。私の血を吸って欲しいの。きっと私がこれ以上強くなる為には貴方の力が必要なのよ」
 リリリは真剣な面持ちでラブロフの目を見つめるが、ラブロフはどうしたものかとコーヒーを啜る。
 お店とは不思議なもので、来客があれば人の気運に左右され、それに引き寄せられるように暇な時間帯でも忙しくなったりする。
 カランコロンと聞き慣れたドアベルが鳴り響くと、其処には白髪に白尽くめの青年が現れる。
「やっと見つけたっすよリリリちゃん」
「ねぇラブロフさん。空気正常機・・・ってどこかに売ってないのかしら」
「家電量販店でも見てきたらどうだ?」
「それもそうね、それでストーカーが空気を読めるようになるのか確かめてみるわ。さっきの話考えておいて頂戴ね。きっとあなたにもメリットがあるわ」
 リリリはその場から転移して姿を消す。
「待つっす! くそ!!」
 ハクメイもリリリを消す為に放とうとしていたルーンを組み込んだ手を掴まれ、動くに動けなかったのだ。
「店の敷地内で魔法禁止って看板に書いてたの見ませんでしたかお客さん!」
 オリガが頬を膨らませて怒ると、窓の外から見える看板にはデカデカと敷地内での種族特性や魔法の使用は禁止しますと書かれている。
「うちの常連のケットシーが何回も店を破壊してるからね」
 おばちゃんの一言に様々な予測が出来たハクメイはルーンを握り潰して一礼をして踵を返す。
「あなたは! あなたはリリリちゃんの敵なの?」
 オリガの声に、ドアに手を掛けたハクメイが振り返り、その白銀の瞳でオリガの青い瞳を睨み返す。
「悪い魔物を殺しに来た正義の味方っすよ」
 その一言を残し、光の残滓を残して消えて行く。
 ハクメイの一言にオリガは眉間に皺を寄せてグッと拳を握りしめるが、それを見兼ねたラブロフが、固く握りしめられたその手を優しく両手で包み込む。
「あいつらに何があるのかは知らねぇけど、この件は任せておいてくれ。猫共に連れられて迷宮潜ってるのも伊達じゃない。あの魔物の小娘はちゃんと連れて来てやるよ」
「折角ケーキを焼こうと思ったのに」
「それは後でのお楽しみにしておこう。俺はよく冷えたケーキの方がすきだからな」
 立ち去ろうとするラブロフのコートの袖を掴むオリガ。
「リリリちゃんを助けてあげてね」
「あの小娘は気に食わんが、オリガの頼みだ。承知した」
 そう言ってニカッと男臭く笑うとラブロフは瞳を真紅に染めて姿を消す。

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