だんます!!

慈桜

第百四十一話

  日本が魔女の出産ラッシュに沸き上がっている頃。
 インドで勢力を拡大し、人を喰らう事を覚えた屍喰鬼グールの一団はハクメイと正面から衝突し、互いに鎬を削る攻防の末に舞台をサウジアラビ……沙国へと移している。
 屍喰鬼グールのピラミッドの頂点に立つ女型のグール。
 金髪の美女でありながらも、彼女がただのグールでは無いのだと知らしめるように額から二本の赤い角が伸びている。
 夜の闇に身を隠し、灯りも無い暗い部屋の中で人を喰らうその姿を、配下の者達は羨ましそうに見つめている。
「リリリ様、あの白髪がこの街に訪れているようです」
「しつこいわね、あのナルシストロン毛。パキスタン、アフガニスタン、イラン、イラクと追いかけて来て懲りずに此処にまでってちょっと頭がおかしすぎるわ。一発殴りに行こうかしら」
 リリリ、そう呼ばれた女型の屍喰鬼グールが立ち上がると、目の前に転がる女性の遺体を見るように手を広げて見せる。
「おいしいとこは食べちゃったけど、どうぞ召し上がれ。白髪には内緒だから魔力は消しておきなさい」
 リリリはそう言い残してガラスの無い窓から飛び降りる。
 満月に女性特有のシルエットが浮かび上がり、赤い稲妻のような魔力が溢れ出ると同時に白い閃光が疾る。
「やっと見つけたっすよリリリちゃん」
「いくつも国を飛び越えてまで追いかけてくるなんてストーカー冥利に尽きるわねナルロンちゃん」
「喋ると美人が台無しっすよ!!」
 ハクメイは開始早々にトップギアで忍者刀を抜く。 有無を言わさずに斬りかかり、リリリの首と胴を同時に撫で斬りにするが、当人は噴出した血液で己が肉体を繋ぎ止め、背後からハクメイの脇腹を抉る。
「だから核を狙わないと死なないって教えてあげたじゃない。もしかしてもう忘れたの?」
「忘れてないっすよクソカニバリ娘」
 光のルーンで即座に再生したハクメイは踵を返すと同時に四方八方から斬りかかる。
 リリリは即座に細切れにされるが、血液全てが刃となり、返す言葉の代わりにハクメイを斬りつける。
「核なんてないじゃないっすか」
「その核で斬りつけてあげたじゃない」
 ふいに背後から膝の裏を蹴り抜かれ、バランスを崩すと同時に顔面に膝蹴りを振り抜かれる。
「っ?!」
 なんとかルーンで体を光に変える事が間に合ったが反撃に出ようとすると既にリリリの姿は無い。
 彼女は既に時計台のある大きな建物の屋根の上で足をブラブラさせながらにカラカラと辺り憚らずに笑い声を上げている。
「やーい! ナルシスト! ロン毛! ストーカー! ばーか!」
 ハクメイは僅かに眉間に皺を寄せて、瞬きする間もなく斬りかかるが、そこには女性用のショーツと一枚の書き置きだけが残されている。
『これでも使ってオナっとけ変態』
 ハクメイはショーツと書き置きを握り潰して街を見渡すが、既にリリリの魔力は消えてしまっている事に小さく舌打ちをする。
「いい匂いっすね。アンデットのくせに」
 キャラ崩壊するからやめて欲しいのだが、好奇心に負けてハクメイはショーツを匂う。
「だめっす。あほらしいっす」
 その実、彼女の夕飯・・のクローゼットから拝借したものであるのだが、ハクメイはイラつきながらに書き置きとショーツを投げ捨てる。
「血を蒸発させたら殺せるんすねリリリちゃん」
 ハクメイは再びリリリの捜索の為に身を光へと変え、夜の街を自身の光で隙間無く彩る。

 この地には彼等だけでなく、まだ多くの来客がある。
 低空飛行で飛竜を操り、背の高い建物の間をすり抜けながらに屍喰鬼グールの追跡をしているスウェット姿の男。
 ぼっさくれたギッシュな髪を風に靡かせる麦飯小僧だ。
「わぶべっ!」
 彼はDMの出稼ぎ遠征で中東に訪れているのだが、リリリ配下の屍喰鬼グールが単体で多くのDMを稼げる事を知り、メイファー捜索はそっちのけで屍喰鬼グール狩りに精を出すようになったのだが、なんの悪戯かハクメイが投げ捨てたショーツと手紙が飛行中の彼の顔面に張り付く。
「これでも使ってオナっとけ? 何故私が変態だと知っている!!」
 麦飯小僧は戦々恐々と真剣な面持ちで周囲を見渡すが、それらしい人影が無い事に眉を顰める。
「しかし、据え膳食わねばなんとやら。これは中東美人からの贈り物に違いない。そうに違いない」
 麦飯小僧は躊躇いなくクンカクンカとショーツに鼻を押し当て、神妙な面持ちで首を傾げると、躊躇い無く口の中に含み、はむはむとかみしめると、般若のような険しい表情を浮かべながらにショーツを投げ捨てる。
「洗濯しとるやないか!!」
 これを麦飯小僧は挑発と受け取ったようである。 彼は空中に支援ルーンを幾つも浮かべ、トンネルを潜り抜けるように赤腹の飛竜ポチを加速させて逃げ回っていた屍喰鬼グールを粉々に轢き潰す。
「使用済みかどうかもわからんとでも思ったかクソグール!! ざまぁみろ!!」
 いつも冷静沈着で相談役的な立ち位置の彼が激昂しているのは珍しい。 ハクメイには効果が薄かったが、自身を変態だと認めている彼の琴線に触れるには充分だったのだろう。
 魔石の回収などそっちのけで轢き潰したグールの物言わぬ顔面を蹴り上げ踏みつけると再び空へと舞い上がる。
 空には既に麦飯冒険団の面々が飛竜で隊列を組み次なるハグレグールに照準を定めている。
「団長が潰しクラッシュなんて珍しいな」
「とんでもなくヘイト操作に長けた奴が紛れてる。冷静になるようみんなに伝えてくれ」
「それはとんでもないな、おっけい各自連絡いれとくよ。次はあのグールだ」
 あろう事か、次に照準を合わせた屍喰鬼グールは、高層ビルの屋上プールにてワイングラスに満たした血を楽しむリリリである。
 彼女は上空にて編隊を組む変態を中心に弧を描く飛竜の一団を眺めながらにグラスを傾ける。
 その傍らには首筋に爪を立てられ血を流しながらに震える女性の姿がある。
「良かったわね、私はお腹が一杯なの。血を分けてくれたらそれでいいのよ」
 人が家畜を扱うかの如く、彼女は人間を食材として認識している。 単純に人間の視点から見るならば、彼女は食物連鎖の頂点とも言えるだろう。 その実この世界は彼女など比べ物にならぬ程の魑魅魍魎が跋扈しているが、そんな事を知る由もないのだから。
「あの変態よりずっと弱そうね。美味しそうだわ」
 血液を硬質化させた刃が伸びると、回避が間に合わなかった飛竜は翼を貫かれる。
「菊本さん!!」
「大丈夫です麦さん! ゴンザレスの治療が終われば直ぐに合流します!」
 遂には自由落下を始めるが、防寒着を着こんだ菊本さんと呼ばれた男は回復薬を飛竜の翼に振り掛けようと、必死に踏ん張るが、その背後から何者かに抱きつかれ背筋を凍らせる。
「かわいいのね」
 リリリは首を掻き切ろうとするが、無駄に防御力が高いと知ると、菊本の首筋に口付けをし、再び屋上へと転移する。
「折角の冒険者ですものね、みんな食べてあげなきゃ」
 リリリが消えた事により、屋上にいた者達は一目散に逃げ出している。
 そこに立つは既にリリリのみ、その隙を麦飯小僧達が逃すわけがない。
「来たぞ!! あの乳でか娘を焼き払え!!」
 集中砲火、背の高いビルの上層階は次々と撃ち込まれる炎弾により炎に包まれる。 遠目に見たならば巨大な聖火台にも見えるだろう。 夜の闇を赤く照らす大炎に包み込まれるが、リリリは既に菊本の首筋に残した血を使い転移をして逃げ果せている。
「火は嫌いなのよね」
 再び背後から抱きつかれた菊本は震えながらに振り返ると、角を伸ばしたリリリが妖艶に嗤う姿を見て硬直する。
 だがしかし、彼も歴とした麦飯冒険団の一員、どうせ殺されるならばと振り向きざまにリリリの唇に自身の唇を重ね、貪るように舌を入れようと試みるが、リリリは歯を食いしばり必死でそれを拒否しながらに菊本を吹き飛ばす。
「にゃ!にゃにをしゅる!!」
 上下黒のビニール製の防寒着に、無造作に肩まで伸びた黒髪にぽっちゃりとした見た目の菊本。 彼は冒険者でありながら、町工場でのバイトの事も考えて、見た目を変えなかった初期組の一人である。 今ではそんなふざけた存在はいないが、当時の東京一期では珍しくはなかった。 そして麦飯冒険団はそんな失敗をしてしまったが、自分らしくある為だと言い訳をしながらにもがく男達の集まりでもある。
「俺がプロ以外の女性に抱きつかれて冷静でいられるとでも思ったか」
 人とは不思議なもので、如何に特異な力を持っていようとも、いかに富や権力を持っていようとも、自身の容姿に自信が無ければ卑屈になり自身の殻に閉じこもる事があったりする。
「俺は冒険者TOP100以内にありながらも素人童貞を貫く猛者。魔物っ娘など当然守備範囲である!」
 どんな自信を持ってこの言葉を豪語したのかは理解できないが、リリリはグールとなって初めて捕食される側の恐怖に似た感覚を覚える事となる。
 単純な戦闘力であらばリリリは菊本を上回るだろう。 しかし鼻息荒く躙り寄る菊本に、リリリは身を硬直させて後退りするしかなくなっているのだ。
「あっちいけ変態!! くるな! くるな!!」
 魔物であろうと人であろうと、追い詰め過ぎると防衛本能が働く。 実際には危険な状態にある菊本は、なんとかやり過ごせそうであったにも関わらず、リリリを追い詰めすぎて反撃を許す事となってしまう。
 これまでに計り知れない程の人間を喰らってきたリリリは、その身の内に溢れるラディアルを魔力に変換し赤い稲妻を奔らせる。
「君がどんなに強いか知らないが、こちらも冒険者としてのプライドがある」
「しらないわ、もうあなたは塵にすると決めたの」
 菊本、いや菊本さんはアイテムボックスから大盾を取り出すとリリリの一撃を弾き返す。
「一期の一流盾職を舐めるなよ乳娘。お前は俺の防御力の前に貞操を失う運命なのだ」
 言っている事は無茶苦茶だが、彼の盾はリリリの攻撃の悉くを跳ね除けている。
「この盾は不退転の神盾。麦さんや仲間が節約をして買い与えてくれた150万DMのアークスだ。お前が殺意、いや殺意だけではないな、なんらかの感情を持っている限り俺に傷一つ付ける事は無い」
 そしてリリリは大きなミスを犯している。 こんなにも魔力を放出していれば、当然彼女を滅したくてたまらない奴が訪れるのだ。
 上空より放たれる図太い光線、直撃する寸前にリリリは回避するが、間に合わずに左足首から下が蒸発してしまう。
「リリリちゃん専用にルーンを組んでみたっすよ。これで殺せるっす」
 リリリはなんとか逃げようとするが、ハクメイは再び光線を撃ち込む為のルーンを組み始める。
「クソハクメイ!! 俺の乳娘に何しやがる!!」
「え? 菊本先輩?! なんで!?」
「シールドバッシュ!!」
 だがそれは味方であるはずの男に阻止される。 ハクメイは攻撃を回避しようと自身を光と変えるが、菊本の盾はハクメイに叩き込まれ、呆気なく地に叩き伏せられると、菊本は何度も何度もハクメイを叩きのめし、遂には意識を手放してしまう。 普段如何なる攻撃でも透過するハクメイにとって、大楯で何度も殴られるのはダメージよりもショックが大きかったのだろう。 どんなに強くなっても後輩的立ち位置である。
「逃げろリリリ。そして傷を癒してまた抱かれに来い」
「そこのナルシストロン毛は遊び半分でおちょくってたけど、あんたには本当にもう会いたくないわ」
 上空では懲りずに炎弾を撃ち込み続ける麦飯小僧達の姿があるが、彼らの知らぬ所では一つの戦いが幕を閉じようもしていた。
 そして血の転移をした直後、リリリは突如顔面を殴られ意識を手放す。
「シュテン、此奴はなんだ? 殴ってしまったのだが」
「うん? うーん、レヴァナントだな。亜種の吸血鬼みたいな奴だ。神酒でも飲ませてみようか。デュラハン、こいつ運べ」
 星虎が吸収したデュラハンよりも輪郭がはっきりとした黒い怪物は手に持つ首を頷かせると、荷台にリリリを運ぶ。
 彼らもまた、沙国のこの街に到着したのだ。
「見ろシュテン、あの大きなビルが燃えているぞ」
「遠いけど多分飛竜がいっぱいいるな。竜って改造したらどうなるんだろ」
「気になったのであらば試さねばなるまい。しかしこの街はグールが多いな」
「とりあえずデュラハンとデュラハンを合体させてみよう。多分面白い」
 星虎と酒呑が新たな遊び場に胸を馳せている最中、また一人この地に誘われる者がいた。
 子象にこれでもかとマジックアイテムを装備させ空を舞わせながらに、その背で寝そべりながらに煌々と燃える高層ビルを眺める男。
 金色の織田木瓜がプリントされた黒いジャージにワニのマークのサンダル。 そして茶筅に見立てた丁髷頭。
「ダン○ちゃん、あれ何? マッチ棒のギネス挑戦的なやつ?」
「ぱおおぉぉん!」
「あ、ビルなのね。よくわかったねダン○ちゃん」
 この激動の沙国へ、殺戮大臣信長までもが引き寄せられたのだ。
「旅は道連れ世は情け。俺ちゃん的に寄り道の匂いがしてきた感じ」

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