だんます!!

慈桜

第百四十話

  時はゆるりと過ぎ去る。
 世界の歯車が閻魔との戦いへとゆっくりと回り始めている頃、目覚ましい経済発展を遂げている日本では、産めや増やせやの出産ラッシュが訪れている。
 国が全面的に援助を行い、破格の補助金が支払われるようにしたのだ。
 急速に範囲を広げる命の森の濃厚な魔素を受けた状態で出産ラッシュを迎えた日本では、新たな存在の息吹に沸き上がっている。
『ご覧ください! この見紛う事なき天使の姿を!!』
 テレビの画面に映し出されるのは、ごく普通の生後1〜2ヶ月程の赤子であるのだが、どう言ったわけか見れば見る程に吸い込まれそうになる程美しく、最も容易く魅了させられてしまう不思議な赤子である。
 それが一人や二人では無い。 ゲストで呼ばれたママさん達の数だけ、その不思議な赤子達が存在するのだ。
 ゲストの芸能人達も震えながらに顔を綻ばせる者や、繊細なワレモノを見やるかの如く手を添えてしまう者もいる。10代のモデルの女の子など私も赤ちゃんが欲しいと泣き出す始末である。
『リノちゃんのお母さんの柊さんは魔女出産のお祝いに何を願ったのですか? やはり子育ても考えて大金であったりですか?』
『金銭の願い事は願い事の内には入らないようで、リノが産まれるとあのお方は泣いて喜んでくれて、DM紙幣で馬鹿げた額面の支援を頂きました。ですので願い事はまだ挙げて無かった結婚式に出席して欲しいと願いました』
『そう願うと彼はなんと答えたのですか?』
『そんなのは此方が感謝する事であって願い事には入らない。もっとありえない事でもなんでいい、お金があっても出来ない事でもなんでもいいから言ってくれって』
 赤子を抱きかかえてリズムを取りながらに安心させようとする若奥様は照れくさそうにインタビューに答えると、会場には驚きの声が漏れる。
『それで貴女は何を?』
『これです』
 彼女はそう言って右手を前に翳すと、親指と人差し指だけを立てて笑顔を見せる。
『私は先天性指形成不全で、右手の指が二本しか無かったんです。これ以上あれこれして頂くのも申し訳ないので、願い事を言わないのが願い事でいいですと言うとあのお方はそっと私の手に触れて、ずっと指が二本しかなかった私の手を治してくれました。何かあったらいつでも呼んで欲しいとも言ってくれて』
 テレビの前では新商品のカップラーメンを啜りながらラビリ、麻草太郎、鶫、ミュース、ナージャ、そしてナージャの腕の中にはスヤスヤと眠る銀の魔女レジーナが抱かれている。
「さて、どうしてこうなったか説明してもらってもいいか?」
 本題は鶫の一件である。 遂にラビリにバレてしまったのだが、ナージャは極めて冷静に微笑む。
「この子が暴走しないように鶫が力を貸してくれたのよ」
「それは聞いたが何故そんな事になる。隔離して生活するだけでいいんだぞ」
「それがありえないわ。レジーナと離れ離れになるなんてありえない」
 横で麻草太郎はズルっズズズと音を立てながらラーメンを食べる。
「やっぱ定番の奴がいいな」
「そら新商品は客寄せパンダだろうよ」
 そこだけ見るならばいつもの麻草邸であるが、空気はやはりどんよりと重たい。
「ラビリさんごめんなさい。どうしてこんな事をしてしまったのか……」
「俺に謝られても困る。鶲の記憶の有無と魔力ボケでハッピーになってたのが原因の一つだろうが、それを言い訳にしてもやり過ぎだ」
 溜息をしながら額に手を添えるラビリ、頭を傾けた事によって前に垂れた長い藍色の髪をかきあげ、ナージャに抱かれる銀の魔女レジーナを見遣る。
「3歳になるまでにレジーナに供給するミスリルの他に、毎日魔力枯渇が起きる寸前までミスリルを溜め込めるか? それが出来るなら側に置いても構わないが、出来ないのであれば悲惨な結末になるぞ」
「この子と居られるならどんな条件であろうともやり遂げて見せるわ」
「わかった、なら無理をし続けろよ。それが成しえなかった時、レジーナは暴走してミスリリアムの眷属の全てが殺される。そうなった時ナージャは最愛の愛娘であるレジーナを恨むしか道は無くなる。そんな悲劇は俺は見たくないからな」
「これでもミスリリアムの始祖。それなりに魔族としての在り方も理解しているつもりよ? 心配しないで、これまでの人生を考えるなら、自分が苦しいぐらいならなんて事はないわ」
 魔族とは言え元は人間、ミスリリアムに存在が改変される程にまで魔石とミスリル投与の検体として扱われていたのだ、これまで歩んで来た人生が過酷であったのだと予測は容易い。
「レジーナといられない世界なんて考えたくもないわ」
 彼女の言の中には愛する者と共にある為の覚悟が滲み出ていて、母は強しとはこの事かと納得せざるを得ない。
「わかった、一先ずは許そう。解散してくれ。鶫は残れ」
 頭を悩ませてしまうのはラビリだ、彼は銀の魔女がいかな存在なのか知っているのだろう、少し不機嫌そうに目の力が抜けている。
「ナージャ様、レジーナを抱っこさせて!」
「ええ、勿論よ。そっとよ、そっと持ってねミュース」
 ミュースはキラキラと瞳を輝かせてレジーナを抱きかかえると、あひる口でピューピューと変な声を出しながらあやす。
 そんな二人の背を追いながら、退室するまでを見届けるとラビリは鶫に向き直る。
「やってしまったものは仕方がない。確かに銀の魔女が産まれたら俺が預かると言ってしまっていたからな、警戒させた俺の責任でもある。だがな」
 鶫は姿勢を正し、真っ直ぐにラビリの瞳を見て頷く。 鶲が消えてから精神状態が不安定になり、思考力が低下していた鶫とは打って変わり、本来の彼女に近い落ち着きを取り戻しているように見える。
「近い将来、レジーナはお前が預からねばならなくなる。親元から無理に引き離すと、ミスリリアムの眷属は爆発的に数を増やす事となるだろう。その状況下で鶲を助け出す戦いに参加させる事は出来ない」
「それは嫌ですラビリさん。レジーナの一件は私の未熟さ故の失態であったと理解はしています。ですけど、ナージャさんの全てがレジーナであるように、鶲は私の全てです」
「それは理解してるつもりだ。だがもしレジーナに傷一つでもつけられてみろ、ミスリリアムの軍勢が戦乱の舞台に立つ事になる。そうなればミスリリアムの眷属の多くは命を落とすだろう、ナージャの復讐の連鎖の始まりだ。今回の敵は魔族の存在を許さない者が相手なんだ、そうならない為にもお前が参戦する事は了承出来ない」
 将棋にチェスの駒は要らない。 閻魔は執拗なまでにダンジョンマスター以外の魔族を嫌う。 その実、魔族の有用性も認めてるが故に夢幻に閉じ込めて自身の力に変換してもいるのだが。
「なら今すぐそいつの所に連れて行って下さい」
「だからそれは出来ないと何度も説明しただろう」
 本来の落ち着きそのものは取り戻しているが、次は怒りで冷静さを失っている。
「ラビリさん、私の師匠ならわかりますよね。今の私は決して弱くない」
「戦う事ばかりを考えるな。お前に何かあればレジーナは不安定になる。そうすればナージャ達もタダではすまんぞ。自分に置き換えろ、鶲がお前を無意識に殺してしまった場合、成長した鶲はどうなる!」
 これまで妹の為であらば何者にでもなれた鶫。 記憶を取り戻してから気を失い、暫く寝込んでいたのだが、ふと目を覚ました後、カレンダーを見て彼女は声にならない奇声を発しながら発狂した。 そして長い間妹が居ない世界をそれなりに楽しんでいた自分自身に嫌気がさして額に爪を立て自傷行為を始める始末、なんとかナージャが宥めたのだが、その日を境に彼女は激変したのだ。
 自身への、そして閻魔への怒りがホワイトノイズのように彼女を包み込んでしまっているのだ。
「鶲が今も何処かで怯えているかも知れないと考えるだけで……もう」
「それは心配いらない。居心地のいい世界で保護されているのは間違いないからな。彼女達にはそれだけの付加価値がある」
 なんとか気持ちを鎮めようと小さく深呼吸するのだが、冷静になればなる程、次は冷たい怒りとなって彼女に襲いかかる。
 これまでミュースやレジーナに行って来た非人道的な行動の原因そのものである鶲の存在の喪失、記憶が無かった彼女でそれなのだから、記憶が戻ればこうなるのは目に見えていた筈である。
 だからこそまだ猶予があるだろうと楽観して放置していたのだが、ここでもダンマスの放置癖が今回のような事態を招く結果となってしまったのだ。
 そしてまた……。
「鶫お前、未だに宝玉一つにすら認められていないだろ」
「はい。ただの綺麗なアクセサリーじゃないのかって疑い始めてます」
「そうか。ならこうしよう、いつ来るかはわかっていないが、決戦のその日が訪れた時、五天五柱に認められていたのならば参加を許す。だが、条件を満たしていなければ拘束させて貰う」
 そんな事を言えば鶫の瞳に火が灯ってしまうのは目に見えているの。
「はい、わかりました。それで構いません」
 鶫は深々と一礼をして退室する。 ラビリは鼻から僅かに溜息をもらすと、ソファに座り込みラーメンの続きを食べようとするが、中身が汁だけになっている事を見て麻草を睨みつける。
「おい、なんで俺のまで食った」
「ダンマスの方は美味かったな」
「別にいいけどめっちゃむかつく」
 カップをテーブルに置くと寝転がるが、やはり未だに難しそうに眉を顰めて考え事をしている。
「何をそんな難しい顔をしているんだ?」
「ん、いや、レジーナのこれからの扱いに関してな、色々と」
「あんな可愛らしい赤子が魔女だのなんだと言われても理解できんがな。そんな腫れ物扱いするようなもんなのか?」
「そうだな、扱いを間違えたなら腫れ物そのものになってしまうぐらいに危険ではあるよ。鶫の一件は予想外だったが、逆に好都合だったかもしれないと思ってしまうほどにはな」
 二人の見つめる先には、再びバラエティ番組に魔女の赤ちゃん達が登場している。 麻草の奥さんが淹れたコーヒーを一服するとチェリーの香りがする安物の葉巻に火を灯し、リビングには独特な香りの紫煙が揺蕩う。
「この子達の親に色々やってるんだろ? そんなに嬉しいのか?」
「ここ最近で一番ぐらいは嬉しいな。これで俺の世界式の土台は整ったからな。後は時の流れに任せるだけだ。喜んでもいいだろう」
「前途多難な感じがヒシヒシと伝わって来てるがな」
「そうなの。すんごい困ってるの。太郎ちゃんもそろそろ冒険者やる?」
「悪いな、どっかの誰かのおかげでそんな暇ないんだわ」
「クソ暇そうだけどな」



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