だんます!!

慈桜

第百三十八話

 「深雪様、これ以上の金の流出はよろしくありません。このままだと市場が傾く可能性もあります」
「金の価値が無くなるってのも面白いんじゃないかい? ダンマスさんはそれも見越してこんなダンジョン与えてるんだろうさ」
 ガボンに最前基地を置く深雪の一団、殺戮大臣と鉢合わせにならないように沿岸部を縫うように迷宮を攻略している深雪達であるが、彼女達の悩みの種としては特産ダンジョンが貴金属や宝石の類が多い事である。
 資産価値としては高価なモノが多いのだが、やはり武具や便利なアイテムを揃える為には途方も無い程のDMが必要になる。 当然、迷宮を攻略した上で獲得されるDMなどは現金換算にして物資と給与として自軍の生産者に分配され、自己申請により武具の買い替えなどが行われる為、DMは常に枯渇状態に近いと言ってもいい。
「このままでは殺戮大臣のド畜生に敗北してしまうかも知れません。奴らは怒濤の勢いで迷宮と国を征服しています」
「やり方が酷すぎるけど、それが成り立ってるから困ったもんだねぇ。おかげで流民がこっちの冒険者として頑張ってくれてるからなんとも言えないけど」
「できる事ならこの手で叩き潰してやりたいのですが」
「やめときな。どうやって用意したかはわからないけど、あの九色備えの軍団は異常だよ。まともに武力でやり合えばひとたまりもないさ。素直に提案通りに落とした迷宮の数比べが現実的だよ」
 発情しながら襲い掛かるオークキングの心臓をくり抜き、ダミーコアの制御を獲得すると、生産者の撤退と再配置の命令を下す。
 交代制で24時間稼働。 4交代制で6時間ずつ魔物のリスポーンを狙い狩りを続けるのが業務だ。
 来る者拒まず去る者追わずで大所帯となった深雪の一団には、既に若者達だけで無く、難民の大人達も多数存在する。
 深雪に頭を下げ、ゴブリンダンジョンで一から始める。槍を持ち、魔物と戦い位階上昇と見合った富の恩恵を受ける。強くなれば新たに訪れた者を鍛え、そして階級の高い迷宮へ転属となる。
 一つの永久機関のようなサイクルを考え出し、実行に移しているのは深雪の右腕のギブルである。
 迷宮攻略が完了し、外に出ると即座に素振りを開始するギブル。
「少しでも強くならねば」
「あまり無理はするんじゃないよ」
 斧と槍が融合したハルバードを素振りするギブルを横目に、特産ダンジョンから運び込まれた花の蜜を吸って舌鼓を打つ深雪。 そんな折、目の前には見慣れぬ武人然とした老人が目を瞑りながらに小さく会釈をすると深雪の前に進み出る。
「あなたが西方貴族の長である深雪殿かな?」
「えぇ、そうですけど貴女は?」
「これは失礼、私はレィゼリンと呼ばれる世界の罪喰いシンイーター総代を務めるアスラと申す」
 剣の突き刺さったウロボロスの紋章が両胸に刺繍された紅白の着物を着込んだ長い白髪を総髪に纏めた老人、アスラは単独行動の末に深雪の元を訪れていた。
「はじめましてアスラ殿、改めて深雪です。ここにはどう言ったご用で?」
「いや、実はですな、深雪殿の特産ダンジョンにて浮遊石があると伺いましてな、自分としてはコレをどうしても買い取らせて頂きたいのだ」
「浮遊石ってあの丸くて天井に突き刺さるヤツかい? 使い道がわからないけど一応人は配置してるから有り余ってるよ。あんなのでいいなら幾らでも買い取って欲しいけどね」
「おぉ、それは有難い。差し支えなければ早速購入したいのだが」
 誰の目に見てもアスラの闘気は尋常では無いと理解出来るのだが、それ程の武人が謙ってまで購入したいと言う浮遊石とやらの価値を一瞬で見抜いたのはギブルである。
「失礼致しますアスラ殿、私は特産関係の取引を任されているギブルと申します」
 ハルバードの石突きを地面に突き刺し、恭しく一礼するギブル、それに小さく礼を返すアスラ。
「失礼ですがアスラ殿は浮遊石をどれぐらいの量を必要としておられるので?」
「相場を調べようとしておるのか? まどろっこしいのはやめよう。地球の特産売買であらば、一つ50も値がついてないだろう。しかし儂であらば一つ300は出す。上限も設定せんよ」
「それは勿論DMで?」
「DM以外で何がある」
 ギブルは脳内で算盤を弾き、ニコッと笑みを浮かべるとアスラに握手を求める。
「交渉成立か」
「勿論です、しかし条件があります」
「ほう、条件とな? 言ってみろ」
「東方の殺戮大臣信長殿に生産者の雇用改善を求めたいのです。一つアスラ殿からお言葉添え頂けないかと」
 その言葉にアスラは求められた握手を弾き返す。
「言ってやるのは簡単だが、改善させるのは難しいぞ」
「アスラ殿程の武人からお言葉添えして頂けるだけで価値があるのです。お約束頂けるならアスラ殿には浮遊石290で卸されて頂きます」
 アスラがグッと握り返すと、お互いに更に強く握り交渉は成立する。
「食えぬ男よの、約束は守ってやる」
「では、それまでの間に浮遊石の段取りを致します」
 絡みは無くとも大臣の噂は音に聞こえている。 アスラが忠告をするならば一戦交える可能性は十分にあるのだ。 互いに冒険者同士で、100層到達していない今だからこそ戦う事は出来ないと思われているが抜け道はある。
「浮遊石、用意出来るだけ頼むぞ。あればあるほどレィゼリンが潤うからの。では、深雪殿失礼する」
 そう言ったと同時にアスラの姿は消える。 ただ走り去っただけなのだが、ここにいる誰の目にも転移術を使ったように見えただろう。 それ程にまでアスラは速い。
「あんまり年寄りからかうんじゃないよ。あの殺戮大臣ってのは放っておいていいなら放っておいた方がいいんだからね」
「そうですね。確かにそうです。しかし深雪様を無碍にするあの態度がどうにも私には許せないのです」
「若いねぇ。じゃあ浮遊石は頼んだよ。次の迷宮に進んでおくからね」
「極力迅速に参戦します」

 その頃、アスラを嗾けられた事など知る由も無い殺戮大臣信長は、ジャージ姿のままに青空を仰いでいる。
「あぁ……だる。クソ眠い」
 殺戮大臣信長の勢力は怒涛の勢いを見せ、既にタンザニアやコンゴにまで到達しようとしている。
 南阿国・ジンバブエ・ボツワナ国境が混じり合う地にて今も尚続けられている築城の他にも、ボツワナ・ナミビア、ザンビア・アンゴラの国境にも、深雪の勢力を睨みつけるように築城が開始されているのだが、当の大臣は象の背中に寝そべりながらに気だるそうに一軍を率いている。
「ダンジョン見つけたらガンガン攻めちゃってねぇ。俺ちゃんに報告とかいらないから」
 大臣の引き連れる軍勢の様相は以前とは打って変わっている。 白銀のフルプレートアーマーの者達がメインであったが、今は和風な鎧兜姿に、赤・黄・緑・青・紫と色分けされており、少数だけが白・黒・銀・金の鎧を纏っている。
 DMが余りすぎているので遊び心満載で自軍の備えを充実させた結果である。
「大殿様、またもや内戦地帯に突入したようです」
「忙しいこって。全部捕まえてきて」
 果てなく続く大自然の中、数多くの鉱山地帯、点在する町からは銃声が鳴り響いている。
 大臣達が進む先、コンゴ…公国は、鉱山資源を巡った内戦が勃発しており、毎日が生き死にの修羅場となっているのだが、彼らは鼻歌混じりに銃弾飛び交う戦場を横断し、双方容赦無しに殴り潰して行く。
 弾丸は意味を成さず、ただ迫り来る暴虐の嵐。 赤備えの織田木瓜の鎧兜に身を包んだ者達はパワー強化型。 帯刀した刀を抜かずに首を掴んだままに布切れを振り回すように敵を投げ捨てる。
「ふぁっはっは!! 信長様のお通りだぁ!!」
 火を吹き続ける銃口を笑いながら圧し折り、まるで球技だと言わんばかりに人を軽々と投げる。
「これだから赤猿共は嫌いなのだ」
 黄備えの者達の特筆すべきは速度、目にも止まらぬ速度で動き回り、黄色の閃光となりて次々と拘束を始める。 応戦する者は何が起きたかも分からぬままに拘束されてしまうのだ。
「いいな、あいつら。好きに暴れられて」
「お前なぁ、俺らが緑備えになるまでどれだけ苦労したか忘れたのか?」
「けど金銀白黒が守ってる上に、やっと大殿様だぞ? 誰が辿り着くんだよ」
 緑備えは防御特化。 升で覆うように大臣を中心に展開しているのだが、仕事が無さ過ぎてチラホラ私語が過ぎる場合もある。 だが、その防御力は鉄壁である。
「不殺の弓を構えよ」
 先が布で覆われた矢を番える青備えの一団。 混戦の最中必中の弓で眉間を貫いて行く。 彼らは命中に極振りされた者達であり、皆々が弓の名手である。
「…………」
 そして不気味なのは、戦場を見渡せる位置に展開しながらも、なんの動きも見せない紫色の一団である。 ただチラホラと隊列を抜ける者なども見受けられる事から、遊撃的な役割なのかもしれないが、ただただ言葉に表すならば不気味な一団である。
「大殿様、そろそろ我々と戦ってはくれませぬか」
「またその話? なんでそんな自殺願望高い感じなの? バカなの? ねぇ、バカなの?」
「こうして側に仕えるのも至上の喜びでは有りますが、やはり大殿の中で真なる意味で力となりたいのです」
「ダメだ。忠誠値高すぎるとキモいわ」
 金色の鎧に身を包んだ男が願い出ると、多くの者達もそれに賛同し始めるが、大臣は素知らぬふりで鼻をほじっている。
「我々も金備えと同様に多くの力をこの身に宿しております。果てるならば大殿様に斬り伏せられたく」
「だからなんで俺ちゃんが一々お前ら吸収する必要があるんだよ。お前らなんて俺ちゃんからしたらミジンコだよ? ミジンコ食っても腹の足しにもならないの」
「しかし武将クラスのみで構成される九色備え全てを大殿様が喰らえば、それは果てない力になるのは目に見えております」
「俺ちゃんが強くしてやったのに俺ちゃんが喰ってたら意味ないだろっつの」
 金備え同様に銀備えも大臣と武士選考で刃を交える事を希望するが、大臣は気怠そうにため息を吐き、アイテムボックスからアイスを取り出す。
「大殿様の嫌がる事をそれ以上言うならここで俺が切り捨ててやるぞ」
「名案だな。大殿から頂いた新たな刀の試し斬りにしてやろう」
 黒一色と白一色の鎧兜に面頬までしている一団が抜刀しようと刀の柄に手をかけると、突如大地が揺れ動く。 立っているのも困難な程の大地震が起きたのだ。
「そろそろ黙ろっか。イライラしてきたわ。逆に」
 地震の原因は気怠そうにアイスを食べている大臣である。 バランスを崩して転んでしまった象の背から降り、ハリセンで肩を叩きながらに歩み始めると、それまでの緩い空気が引き締まり、皆が一様に膝を曲げて平伏する。
 主より高い目線で居られないと考えたのだろう。
「よし、赤のお前」
「はっ!!」
「今回の養殖お前に任せちゃうから」
「ありがたき幸せにございます! 」
 この地で捕らえられた数百にも及ぶ兵士達が、縄に繋がれたままに一人一人大臣の生産者として認定されて行く。
 そして中でも忠誠値が一番高い者、恐怖で混乱し圧倒的暴虐の頂点に君臨する大臣に全てを捧げてでも許しを乞おうと、恐怖を通り越して崇拝にも似た忠誠値を持った者を1名だけ選出する。
「じゃあ行ってらっしゃぁい!」
 後は捕らえた者達の対戦相手に赤備え一人と新たに参列に加える者を設定し、武士選考を行うだけである。
 2対684名。 多勢に無勢と言えば、赤備え一人と新人一人の二名は圧倒的に不利にも感じるが、その実内容は真逆である。
「ここは、ここはなんなのですか?」
 言葉も知らぬ少年兵の混乱から生じる呻き声が翻訳されて赤備えに届く。
「ここは我らが主である大殿様の能力で創り出された空間だ。勝ち抜けばお前にも戦う力が与えられる。今は見ておけ。いつか戦うその日の為に」
 虐殺と一文字で表すのも莫迦げている殺戮ショーの始まりだ。 赤備えは身の丈を越える巨大な朱槍を縦横無尽に振り回し、鮮血の雨を降らせながらに人の海を割って行く。
 理不尽な暴力の次は殺戮だ。 どうにか逃げてやろうと走り回るのも一つの道理、しかし赤備えは誰一人とて逃がさない。 きっちりと六百を越える捕虜達を斬り伏せていくのだ。
「や、やめてくれ」
 最後の一人が腰を抜かしながらに後退するが、赤備えはそれを聞く筈もない。
「やめるはずがないだろう」
 両脚を斬り落とされ、首根っこを掴まれ引き摺られる。 断末魔のような悲痛な叫びを上げ続けるが、赤備えは無表情のままである。
「おい新人。お前がとどめを刺せ」
 こいつマジかと震えながらに視線を送る新人だが、目の前であれ程の殺戮を見せつけられては、只頷く事しか出来ない。
 渡された匕首を逆手に心臓を目掛けて振り下ろす。 脚を斬られた軍人は首を何度も横に振ってやめろやめろと喚いていたが、容易く胸が貫かれる。
 一思いに殺してやったのは新人なりの慈悲であったのかも知れない、やってる事に慈悲は無いが。
「これでお前は342名の力をその身に宿す事となる。我々は大殿様に力を一度預けいれ、筋力にその力の全てを割り振って頂いた赤備えだが、9色備えになる為には最低でも1000人力は必要になる。後方の迷宮守りに配置されるか、はたまたこの地での侵攻で更に力を蓄え我々と共に歩むかは大殿次第だが、この先も励め。殺せと命ぜられたら殺し、死ねと命ぜられたら死ね。それが我々九色備えの在り方だ」
「あぁ、あああ!! 亡霊が!亡霊が!!」
 ラディアルが亡骸から抜け落ち、その人間が有した能力の全てが吸収されて行く。
 傍目にはキラキラと美しい光が吸い込まれて行くように見えるのだが、新人からするならば、それは多くの亡霊に襲い掛かられるように見えるのかも知れない。
 今回吸収された者達に戦友や友人もいた事だろう。 言葉が通じずとも、何かしら通ずるモノがあった者達がいた筈である。 そんな者達のラディアルが自身に宿ると、新人は鼻水と涎を流しながらに号泣をし始める。
「誰もが通る道だ。彼らは死んだのでは無い。お前の中に生きているのだ」
 気がつくとそこには既に大臣達の姿は無い。
 武士選考を待っているわけも無く、進軍し、既に遥か彼方に軍勢が移動しているのだ。
「この速さはまさか? 行くぞ!! 」
「何が起きてるんですか?」
「大殿様が御自ら参戦している可能性が高い! 一見しておくがいい、我らの頂に立つ方の理不尽なまで力を!」

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