だんます!!

慈桜

第百五話 一確?

  統制のとれた軍隊のような動きをする黒いフルプレートアーマーの隊列が露国の街中を埋め尽くす。
 連日の下位悪魔との交戦によって、街はかつての華やかさを失い、浮浪者や世捨て人が僅かながらに歩いている閑散とした街の中、かつての栄華を取り戻さんと、身の丈3mを優に越える巨体の行軍が統制のとれた金属音を響かせ続けている。
 露国のテレビ放送では、連日露国の研究の成果が報告され、街で暴れる悪魔やジンジャー、通称鎖騎士の討伐に全勢力を挙げると通達を行っている為、室内に閉じこもっていた住民達も、窓を開け、体を乗り出して大声で声援を送っている。
 そんなパレードのような光景を背の高い建物の上から満足気に見渡しているのは緑色の髪に同色の瞳の少年。
「素晴らしいです。本当に美しい」
「君はやはり神をも凌駕するね。本当に世界は変わったのだと実感するよ」
 そして白衣を着た、いかにも研究者と言った男性は、子供のように喜ぶシステマを讃えると、両名は祝杯と言わんばかりにコーヒカップで乾杯をすると、寒空の下に白い吐息を吐き出し小さく微笑む。
 それ程までにリビングアーマーの軍団を創り出したのが嬉しくてたまらないのだろう。
 そんな最中、ビルを飛び越えながらに駆け寄ってくる2つの人影を発見する。
「多々羅さん!博士!!」
「無事か、良かった」
 急ぎ早に駆けつけたのは銀仮面のマースカ、そして白銀の片翼を持つクルイロの両名だ。
「どうしたのです? そんなに慌てて」
「冒険者だ、冒険者が其処彼処にいやがるんだが、あいつらおかしい。手も足も出なかったぞ! 」
「それは無いでしょう。貴方達にはダミーコアを埋め込んで、出力を戦闘力の向上のみに使用しているのです、冒険者如きに劣るはずがありません」
 システマは嫌な予感を払拭するように思考を整理し、なんとか自身を納得させようとしているが、白髪に近いブロンドを風に靡かせながらクルイロがシステマの肩を掴み、その考えを否定するように首を振った。
「要注意リストにすら乗ってない冒険者が同等の力を持っていた。なんとか不意を突いて勝つ事が出来たが、手札の多さで辛勝できただけだ」
「あぁ、彼とコアさんはまた私の知らない力を使ってきたのですね。それを解明する為にもサンプルが欲しいのですが…難しそうですか?」
 システマの問いにクルイロはすかさず頷く。
「確かに殺した。しかしその直後から消えてしまうのでね。回収は難しい」
「消えた? 一体何が起こっているんだ?」
 システマがわからなければ、ここに居る誰もが理解できないだろう。 彼の知識は既にその領域にあるのだから。
「マースカ!! クルイロ!!」
 屋上へ抜ける鉄扉が勢いよく開かれて、全身をミスリルで構成した女性が急ぎ早に駆け寄り、突如としてマースカとクルイロを抱きしめる。
「ナージャ様っ?! おっは、どうしたんです?」
「いけませんナージャ様、我々はここにいます、手を離して」
 それでも尚、全身ミスリルのナージャは強く2人を抱きしめながら安堵の息を漏らす。
「貴方達、危ない事に巻き込まれたでしょう。貴方達の感覚が伝わってきていた。最近は凄く敏感にわかるようになってきたの」
「大丈夫ですよ、ナージャ様。確かに強い敵と戦いましたが、俺たちは負けませんよ」
 しかしナージャはマースカの言葉を一蹴するようにシステマの元へ詰め寄る。
「多々羅さん、貴方が何をしようと勝手ですが、この子達を戦いに巻き込まないで下さい」
「えぇ、それは重々承知しておりますよ。今回は突発的な戦闘です。これからはあなた達には研究室から出ないでいただきたい。これから私が街を調査してきます」
 そう言い残してシステマはその場から消えてしまうが、その選択は間違いだった。
 いや、ある意味では正解だったのかも知れない。
「ミスリリアムか、これはまた珍しい魔族だね」
 そこには1人の老人が立っていた。 誰もいなかったはずのその場所に、初めから存在していたように現れた老人にナージャ達は後退りをしてしまう。
「失礼ですが貴方は?」
「これは失礼、私は閻魔と申します」
 閻魔は胸に手を添えて、恭しく一例をすると、優しい老人の笑みを浮かべ、丸眼鏡に繋がったチェーンを揺らす。
「しかし君達は可哀想だね。ヤムラ君にゲームを申し込んだ彼が半端者のようで残念だよ。何よりヤムラ君が可哀想だ。ね?」
 閻魔が瞳を開くと同時に、ナージャはミスリルの壁を展開する。
「逃げなさい!! あれはダメ!!」  「ナージャ様!しかし!」
「私は死なない! いいから逃げなさい!! はやく!!」
 しかし、その場面はガラスが砕け散るように崩れ落ち、真っ黒な空間に視界は切り替わる。
「おやおや、ヤムラ君達には効かなかったのですが、まだ生まれたての魔王には有効でしたか」
 次第に平衡感覚を失い、ナージャ達は無重力の中を彷徨うようにふわふわと浮いてしまう。
「ここはどこ?」
「ここは何処でもないよ、ミスリリアム。そうだ、君に1つ知識を与えよう。君の眷属達は不純物が混ざり合って醜い姿になっている」
 そう言われ振り返ると、マースカもクルイロも白眼を剥いて事切れている。
「い、いや、そんな、そんな…」
「心配しなくてもいい。君のお腹の中に入れてあげて、本当の魔族として産んであげるといい。さぁ、優しく包み込んであげて、君が母となり王となるんだ」
 ナージャは言われるがままにマースカとクルイロを体内に包み込んだ。 そして彼らが纏っていた服が不純物として取り除かれていく。
 そして次第に、ダミーコアまでもが浮き上がってくる。
「これで心配いらないね?」
「あぁ、あの子達が私の中で生きてる」
「そう、君は幸せ者だね、とても、幸せ者だ。ならばこんなのはどうだろうか?」
 次第に真っ黒な空間は、命の森のような壮大な大自然へと姿を変える。
「あぁ、ありがとう。貴方は神様なのですか?」
「私はただのダンジョンマスターですよ。ただ、貴方の幸せを願ったまでです」
 閻魔が瞳を閉じると、そこには博士と罪喰いシンイーターの面々が閻魔を取り囲んでいた。
「ヤムラ君、これは本来私のコレクションだが、君にプレゼントするよ。迷宮の管理権限の移行のやり方は覚えているね?」
「えぇ、勿論です先輩」
 ラビリは黒い球体を受け取ると、そのままアイテムボックスへと収納する。 残すは閻魔の左手に握られている黒い球体だ。
「そしてこれはいらないね?」
 左手に握られた2つのダミーコアは、容易く粉砕されてしまう。
「夢幻の迷宮は、彼女の願う幸福な世界で彩られている。ヤムラ君の庇護下の魔族も、一早くミスリリアムの世界へ送ってあげるといい」
「そうですね、ありがとうございます」
「では悠久の書庫へ帰らせてくれ、また何時でも困った時は呼ぶといい。しかし、また次に私に頼み事をする時は、あの頃のように先生と呼んでもらいたいがね」
 開かれた金と銀の装飾を施した重厚な扉が開かれ、閻魔は自身のお気に入りのロッキンチェアに腰掛ける。
 そして書庫に置かれた漫画の数々に、納得の表情で頷くと、ラビリに親指をグッと立てて見せた。
「では先輩、さようなら」
「あ、そうそうヤムラ君」
 週刊誌を膝の上に広げながらに、閉じようとした扉に待ったをかける閻魔。
「なんでしょう?」
「今の君にチュートリアルは勿体無いよ」
「それでいて楽しんでますので、お気になさらず」
 扉が閉ざされ鍵が閉じられると、その鍵を再びシリウスへと渡す。 その鍵を受け取ったシリウスは白銀の髪を掻き上げて首を傾げる。
「妙な程に大人しく引き下がりましたね」
「そうだな、摑みどころのない奴だからな。コアにも監視して貰っていたが妙な動きはしてない。久々に外に出て楽しんだんだろう、さて」
 ラビリは閻魔に渡された黒い球体を取り出す。
 そして球体へ莫大なラディアルを流して行くと、黒い球体は白い球体へと姿を変え、遂には粉砕する。
 そして3つの人影が現れる。
 そこにはナージャ、マースカ、クルイロの姿があり、驚いたように周囲を見回している。
「あれ? ここは? 」
 ナージャは混乱しているようだが、ラビリはそっと抱き寄せて、その額に口付けをする。
「悪い夢を見ていたんだろう。お前達も俺の庇護下に入れてやる」
 そう言ってラビリはマースカとクルイロを立たせて、その額に口付けをする。
「あぁ、やっとだ。すっきりした」
「マスター、これは一体何が?」
「閻魔の夢幻の迷宮は、閉ざされた者の理想を夢想させる迷宮だが、そこにラディアルを注ぎ込んで現実として此方の世界とリンクさせた。下を見てみろ」
 ビルの下には、巨大な湖と美しい森が円形に広がっている。
「これはカグツ湖とゼント神域……」
「閻魔はグランアースのミスリリアムが好むゼント神域を夢幻迷宮で創り出していたんだろう。おかげで馬鹿げたDPを使ったが予定通りだ。これで魔族を全て庇護下に入れる事が出来た。後はシステマを消すだけだ」
「マスター、いつの間にそんなにも凄まじい力を」
「もうここで4つ目の世界だぞ? 理論上は出来ると確信していた。一先ずお前らは各世界の迷宮停止によって起きる弊害に備えて仕事に戻ってくれ、停止は明日の昼に行う、それまでに出来る限り通達を出しておいてくれ。あと、グレイルは俺が監視しとくから心配するな」
「はい、しかしそれならば閻魔の魔玉に喰われた者達も」
「どうだろうな。みんなはあの夢の中を現実だと信じてしまっているだろう。長く時間が過ぎてしまっているし、今回3名だけでもかなりのDPを使った。もっと別の方法を考える方がいいな」
「そうですか、では次はグレイルを捕らえる時にまた呼んで下さい」
 時空の穴が開かれ、罪喰いシンイーター達が戻って行くが、何故かフェリアース総代のアスラ、お爺ちゃん侍だけが何故か残る。
「あれ?アスラ何してんの?」
「む、主よ、聞いておらんのか? グレイルのワガママが通るなら、フェリアースからも1人派遣しておこうとなったのだよ。この世界の罪喰いシンイーターはすこぶる弱いから鍛えようと言った名目でな」
「ねぇ、やめて? なんでお前らってそんな勝手なの?」
「はて、誰かに倣っておるのではないかの?」
 その言葉を残してアスラは消えてしまう。 仕方ないかと向き直り、未だに驚いているナージャ達に笑いかける。
「心配すんな。先ずは日本に連れてく。とりあえずはゆっくりしてくれ」
「ちょちょちょちょっと待って下さい!! 私はナージャの恋人ですよ! 勝手に連れて行かないで頂きたい!」
 アルベルト・ゼレェイニは慌ててラビリの服にしがみつき、転移を邪魔しようとする。
「お前のせいで俺がどんだけ苦労したと…」
「私を庇護下に置いたのならばお願いします。彼も連れて行って欲しい」
 ナージャはラビリに頭を下げて博士を連れて行って欲しいと願う。 彼の研究がミスリリアムを生み出し、そこから今の騒動に発展したと考えると、ラビリも考える所があるだろうが、魔族のトライブを全て支配下に置いたのは、彼にとって何よりも喜ばしい事柄なので、機嫌はすこぶるいい。
「はぁ…わかった。だが、その薄汚いデバイスは抜き取らせてもらうぞ?」
「代わりにあなたの世界式に組み込んで頂けるなら喜んで」
「勝ち馬に乗ろうってか。あまり好きなタイプではないがいいだろう。連れて行ってやる」
 こうしてシステマとの戦いは最終局面へと突入する事となる。


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