だんます!!

慈桜

第百四話 悲劇の蒐集?

  前回のヒルコが進入した際の露国が起こしたスクランブルの影響もあり、現状日本領空は間髪入れずに哨戒機が回っている為、カルラの進入経路は海を渡る事となった。
 見た目はか弱い美少女であるが、その実、兼ね備えた力は口が裂けてもか弱いなどと言えない。 クロールをして80kmから100km程のスピードが出るのだから、どれだけ異常なのかご理解いただけるだろう。
「はぁ…やっとついた」
 カルラは東京湾から川を逆上して陸に上がると、全裸でつるぺたの体を惜しげも無く晒しながら着替えを始め、犬の散歩をしている一般人に奇異な目で見られても気にせずに見慣れた黒のブレザー姿になると急ぎ早に駆け始めた。
 カルラが目指す先も当然に秋葉原である。 ダンマスとの交渉をする為にもやはり、彼の本拠地に攻め入るしかないと考えたのだろう。
 冒険者を人質にしたり、ダンマスに奇襲を仕掛けたりと、思い浮かぶ手段はチンピラが考えつきそうな安い手口が関の山であろうが、それでも彼女が訪れたタイミングは抜群としか言いようがない。
 一期、二期の冒険者の多くが露国へ向かい、他の冒険者達は次に備えて駅前に集合している。 ほぼ強制で登録を余儀無くされているのだが、中には素知らぬふりをして迷宮に潜っている者達も少なからずいる。
 そしてダンマスや各世界の罪喰いシンイーター達も、閻魔がいる為に動きが取りづらい状況下での彼女の訪れは、冒険者にとっては災害と言っても過言ではない。
「ヒルコと同じ轍は踏まないよ」
 カルラは秋葉原に到着すると、息を潜めて極力人目につかないように行動をする。 彼女とて冒険者を殺せば、システマのように否応無しに殺されるのだとは理解しているつもりであるからだ。
 彼女は先程から、冒険者を見ては観察して、冒険者を見ては周囲を確認してを繰り返している。
 恐らく1人で行動をしている弱そうな冒険者を探しているのだろう。 十中八九、カルラは人質を取る方向で考えていると見ていいだろう。
 しかし運命の歯車は、悪戯に化け物を産み出すように廻るものである。
 凶悪な魔物の群れを連れ歩いた悪ガキ5人組と、余所行きの可愛らしいフリルワンピースを着た鶲の一行が、そのカルラの背中を見つけてしまったのだ。
「あれ何歳ぐらいかな?」
「中1ぐらいじゃね?」
「同い年ぐらいだよ」
「やばくない?1人かくれんぼ?」
「捕まえてみよっか」
 子供と言う生物は、何故か街中で同年代の子供を見掛けると、同じ世界の住人なのだと言わんばかりに関わりを持とうとする。
 これが本当に小学生同士の交流であらば、微笑ましく見ている事が出来ただろう。 しかしカルラはただの子供ではない。
「ちょ、あいつ足早いな。みんな分散しろ。捕まえるぞ」
「鬼ごっこになってるじゃん!」
 寝ぼけ眼のチカラと少し背の高いチルが、自身の使役する魔物を伴って二手に分かれると、仕方ないなぁとマルとリンリンも分散する。 しかしタロウは鶲を一人ぼっちにしてはいけないと、その場にそのまま残った。
「知らない子なんだよね?」
 鶲は顔面凶器とも言えるタロウに首を傾げると、タロウは即座に首肯する。
「うん、友達いないのは寂しいじゃん? 喋りかけて仲良くなれそうなら仲良くする。いつもみんなそうしてる」
「でも、さっきの子、なんか嫌な感じがする」
 鶲の言葉と同時だった。 一斉に何処にいたのかもわからない大量のカラスが空に舞い、凶事を知らせる不吉な鳴き声が空に響き渡ると同時に、首を押さえつけられた小太りのマルが地面に叩きつけられる姿が目に飛び込んできた。
「マルっ!!!!」
「タロウ!ヒタキ連れて逃げろ!!」
 思わずタロウが声をあげるが、カルラはタロウをギロリと睨みつけながらマルにプラズマボールを叩き込む。
 突如放出された紫電はマルの体を一瞬で炭化させてしまう。 ヒタキの身を案じて声を捻り出したマルは、一瞬で物言わぬ黒い塊となってしまったのだ。
「いっ、いやぁぁぁあああ!!!」
 鶲の悲痛な叫びに一早く気付いたのはリンリンだ。
 速攻で駆け寄り、怒りに顔を歪めて幽天を纏い、姿を消したままに殴りかかる。
「マルに何をしたぁぁ!!!」
「うるさい」
 カルラが裏拳を振り抜くと、其処には顔面を弾き飛ばされたリンリンの裃姿だけが残るが、邪魔だと言わんばかりに、マルとリンリンの亡骸は蹴り飛ばされてしまう。
 鶲はガタガタと歯を鳴らしながら、膝を着いてしまうが、その横でタロウがゆっくりと歩き出す。
「タロウ君…だめ……」
 鶲は震える手で、その袴を掴もうとするが、その手は届かずにするりと空を掴んでしまう。
「ごめん、ヒタキ。あいつは……あいづは…ぜっだい゛、ゆるざない」
 丸坊主のやんちゃ坊主のタロウは、目の前にいたミノタウルスのような魔物を纏い、三色の巨鳥を大剣に武器化して襲いかかる。
「よくもマルを!!よくもリンリンを!!ぶっ殺してやる!!」
「私は冒険者に用があるの」
 巨大な牛の化け物の姿になったタロウが大剣を振り下ろすと、周囲は凍てつき、紫電が地を抉り、焔が爆ぜるが、既にそこにカルラの姿は無い。
 跳躍して躱したカルラは上空から踵落としで頭を叩き割り、ゆっくりと倒れ伏せたタロウの角を腕一本で掴み軽々とビルに叩きつけた。
 その衝撃に腰の骨が折れ、真逆に折れ曲がってしまったタロウに追い打ちをかけるように顔面を蹴り上げると、真っ赤な花が咲いた。
 鶲は既に元の顔がわからないほどに悲しみに顔を歪め、天を仰いでしまっている。
「子供にしては強いんじゃない?」
「そうかよ」
 声と同時にカルラが飛び上がると、氷の柱が自動追尾してカルラの右腕を吹き飛ばす。
 肉が爆ぜ、血が飛び散るが、カルラは不機嫌そうに地上を睨みつける。
 そこには白い虎の玄天を見に纏ったチルと、黒馬の昊天を纏ったチカラが立つ。
 チルが手を翳すと無数の氷柱が撃ち出され、チカラが手を翳すと、全てを溶かす黒い雨が降り注ぎカルラに襲いかかる。
「いってぇな!クソガキ!!」
 チルもチカラも、勝利を確信していた。 言わば天を冠する獣の纏依は超常の力を有している。 ダンマスにして、制限をかける程にプライズモンスターは兵器として優れている。 いるのだが、その必殺の攻撃はカルラには届かなかった。
 もし5人揃ってヨーイドンで万全を期していれば、悪ガキ達はカルラに完勝する事も出来たかもしれない。 しかし突発的な戦闘は、冷静な判断をする時間すらも与えなかった。
 彼女の周囲一体が紫色の結界に守られ、そして爆ぜた自身の右腕をも瞬時に再生してしまったのだ。
「化け物が。お前は絶対許さない」
「許されようとも思ってないよ」
 システマがカルラに施した改造は、肉体そのものを雷へと変化させる改造だ。
 カルラが元々得意としていた雷のルーンをデバイスに直接書き込み、存在そのものが紫電と化す力。
 その瞬身たるは、人間には捉える事は叶わない。
「私の邪魔をするなら、紅く美しく死ねばいい」
 チカラとチルが振り向くと同時に、既に2人の視界はズルリと溢れ落ち、血を振り落とすカルラの姿を見上げていた。
 鶲は筆舌にし難い超音波のような断末魔のような悲痛な叫びを繰り返すと、カルラは溜息混じりに鶲へ向けて歩き出す。
「別に恨みは無いけど見られたから殺すよ?」
 鶲は、普段の可愛い少女と同一人物とは思えない程にカルラを睨みつける。その冷酷なまでの視線は殺されても呪い殺してやる言わんばかりの眼光だが、カルラはそれを鼻で笑い飛ばしながらチカラとチル同様に首を斬り落とそうと腕を引く。
「ぐっばいかわいこちゃん」
 しかしカルラの手刀は鶲に届く事は無かった。
 突如としてコンクリートの地面が爆ぜ、それ・・を知覚できなかったカルラはいとも容易く吹き飛ばされてしまう。
「あーあ、ごっつイラついてんのに、ごっつやなもん見てもうたわ」
 登場が遅いと愚痴を零してしまいそうになるが、5人の子供達の命が奪われた直後、不機嫌そうに首の骨を鳴らす漆黒の大剣を背負った赤髪の青年が舞い降りた。
 異世界グランアース罪喰いシンイーターギルド副長グレイルである。
「お前は異世界の」
「喋んなゴミクズ」
 グレイルがデコピンをするように指を弾くと、空気が歪み衝撃波がカルラを殴り飛ばす。 その一撃だけでカルラの前歯が3本もへし折れる。 空気の歪みだけでだ。
「これは、洒落にならない」
 カルラは即座に雷身にて逃げだそうとするが、ほんの小指の爪ほどのコンクリートの破片のような小石を投げつけられ即座に地面に叩き落とされる。
「遅いんじゃ」
 デコピンの動作を何度も繰り返すと、衝撃波は次第にカルラの骨を歪ませ、血を吐き出す程にまでもがき苦しみ、地面にのめり込み始める。
「この世界の空がどんだけ高いか知らんけど、お前地獄行くやろから最後天国見せといたるわ」
「やめで」
 グレイルはカルラの髪の毛を掴み、そのまま真上に投げるモーションに入る。
「子供殺すような奴とは話できひんわ」
 腕を振り抜くと同時に、カルラの首だけがグレイルの手に残り、体はべちゃりと目の前に落ちてしまう。
「ほら一発地獄やろがい雑魚が」
 グレイルはイラつくままにカルラの上半身に首を叩きつけると、衝撃で肉体は塵となりカランコロンと金属音を響かせてデバイスが転がる。
「なんやこいつ冒険者やったんか?始末書書くんめんどくさいなぁ。まぁ、えっか。俺自由やし」
 グレイルはそのままにデバイスを手にして歩き去ってしまうが、その背中を見つめていた鶲の元には、五柱の幼女達が集まり、必死で鶲を慰めていた。
「ヒタキ…」
 だが皆名前を呼ぶだけでかける言葉は見つからない。 あまりの悲しみに放心してしまっているが、幼女達も突然に主を奪われて混乱してしまっているのだ。
 ただただ、鶲の名前を呼び、抱きしめてあげるしか出来ないのである。
「あ……まって」
 だが鶲は震えながらに立ち上がり、そのままグレイルの背を追った。
 その微かに呟いた声にグレイルは足を止めて振り返ると、仕方ないと鶲の元に訪れた。
「どないした? 友達の仇はとったったぞ?」
「あ、淡路島って所に、連れて行って下さい…」
「どっか知らんけど、そこ行ってどないすんねん」
「わからない……でも、でも、みんなと、行こうね、って、ぐすっ、やぐぞぐ、じだがら」
「……まぁ、しゃあないか。俺が仇とってもたんやし、区切りは大切やもんな。お前ら五天五柱のバッタもんも一緒にいくんけ?」
 グレイルの言葉に幼女達と獣達も無言に頷く。 怒り、悲しみ、憎しみ、どうしていいのかわからない感情の渦に飲み込まながらにも、鶲が必死で思い出せたのは、最後の一柱を捕まえに行こうと約束した事だった。
「わかった。ほなお兄ちゃんが何処でも連れてったる。せやけどな、先ずは死んでもた友達の弔いしたれ。ちゃんとみんなにお別れ言うて、そっから約束守りにいけ。俺はいつでも呼んだら駆けつけたるから。ええか?」
 ヒタキは目の光を失った無表情なままにコクンと頷いて踵を返した。 グレイルと鶲は背中合わせに別々に進むが、その瞬間に視界に入った老人に違和感を感じて振り返る。
「閻魔?」
 其処には既に悪ガキ達の亡骸も、鶲の姿も消えてしまっていた。 その代わりに、その場に立っていたのは、丸眼鏡をした老人である。
「ようワレわいの前に立てたなコラ」
「流石グレイル君と言った所かな?この世界は悲しい事が溢れているね」
「ワレみんなに監視されとったんちゃうかい」
「そうだね、でも前回はズルいから使わなかったけど、私は至る所に存在できるのだよ。ヒントは死なない。グレイル君には難しいかな?」
 グレイルは一瞬で詰め寄って大剣を振り抜くが其処には既に靄が消えかかる煙のような老人しかいない。
「正解は思念体、私はこの星の悲劇を集めて、ヤムラ君の為に最高のゲームを用意してあげようと思うんだ。この少女もきっといい駒になってくれるだろうね」
 そう言い残して閻魔の姿は消えていく。
「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁあ!! だから言うたんじゃ!! 覚えとけよ閻魔コラ、そのガキとはアワジシマ連れて行くて約束しとんねん! お前の思い通りにはさせへんぞ」
「楽しみにしているよ。ヤムラ君の最高の駒が離脱しているのはつまらないからね」

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