だんます!!

慈桜

第九十二話 改造素材?

 「いいか?日本の航空機は全て攻撃しる!」
「あっ、あっ、わかりましあっ」
 フードを深くかぶり、長い牙を覗かせながら顔を隠している鬼、綾鬼は長い爪を露国兵の頭に突き刺しながら、命令を下す。
 彼の能力は洗脳に近い。 脳に直接に命令を刻み込む事が出来る能力を有している。
 ダンマスが綾鬼に下した命令はただ一つ、露国兵に自衛隊を攻撃するように命じろ。だけである。 彼が綾鬼の能力を知っていたのかどうかは知らないが、彼程にこの任務にお誂え向きな人選は無いだろう。 なんと言ったって、爪を差し込むだけで人形が出来上がってしまうのだから。
 綾鬼は携帯電話を取り出し、誰かに発信を始める。
『♩I'm beyond tはぁいだんます!!』
 透き通るような女性の声の呼び出し音に合わせて電話に出る若者の声。
「ほぼ、露国兵は洗脳出来たンゴ」
『お前すげぇな!サンキューサンキュー! ちょっとそっち「行くわってもう来ちゃった」』
 綾鬼の目の前には、上半身がはだけたアラブの石油王のような格好をしている男が現れる。 言わずもがなラビリである。
「必死だったんだなお前。心配しなくても樹鬼も紗鬼も元気だぞ」
「狗鬼はやっぱり」
「どうやら彼は予防接種を忘れていたらしい。眠るように天に召されたと看護師から聞いている」
「嘘が下手な件。用事が済めば全員殺すンゴ?」
「どうかな? その予定だったんだが、ミュース、あ、俺が預かってる子供ね?そのミュースがやけに樹鬼に懐いててなぁ、色々考えてるんだ。とりあえずお前の仕事は完了って事で、一回連れて帰るよ」
 ラビリがそう言い残すと視界が歪み、気付けば見慣れた街並みの中に立っている。 綾鬼は転移の感覚が慣れないのか、自分の体を何度も触って確かめている。
「体を分解して再構築ぅ!とかじゃないから安心しろ。文字通りまんまの転移だからな」
 綾鬼はコクンと頷くと、ラビリの声がする方角へ歩き始める。 その先にはふわふわの体毛の猫に跨る黒い肌に青い眼の少年と、何故か青白ストライプのコンビニ制服を着ている少女がいる。
「ねー!樹鬼ぃ!早口言葉しよぉ!」
「うん、いいよぉ。じゃあ生鬼、なまはげ、生ナマコ!」
「なまもになまたげなま○んこ!」
「あぁ、ミュースだめだよぉ」
 なんとも言えない平和な光景が広がっている。 ミュースに悪気は無いのであろうが、一応良心として伏字は入れておこう。 彼はまだ小さな子供である。
 その様子を傍目で見ていた綾鬼は、フード越しに視線をラビリへと送ると、顎でどうぞと許可を得る。 それに喜んだ綾鬼は、嬉々として樹鬼の元へ駆け寄った。
「元気そうで何よりンゴ」
「あっ。綾鬼!どうしてここにいるのぉ?」
「ダンマスに頼まれてた用事が終わったからってあれ?ダンマスがいない」
 確かにそこに居たはずのラビリの姿は消え去り、そして再び姿を現した際には、黒い甲殻に身を包んだ紗鬼の姿があった。
 思わず鬼子達は互いに駆け寄り、互いが無事な事に喜びを分かち合っている。
「ダンマス…狗鬼はいないの?」
「彼は命の森で転生しているんじゃないかな?もう記憶は無いよ」
「っ!! お前!約束はどうなったぁ!!」
 その言葉と同時に紗鬼が殴りかかろうとするが、咄嗟に綾鬼と樹鬼はその体に飛びつき制止をかける。
「ダメ!殺されちゃうよぉ」
「狗鬼の死を無駄にするンゴ」
「でも! でもでも!! 人質にするって! 助けてくれるって!」
 樹鬼は必死でラビリに殴り掛かろうとするが、呆れ半分に鼻くそをほじっている。
「結局お前は狗鬼が好きだったってことか? 他の仲間ジンジャーに殺されてんのに普通に森で過ごしてたじゃん。お前、もしかして俺には殺されないとか思ってる? 」
「ま、待ってほしい! お願いだか ら紗鬼を助けて欲しい」
「ンゴつけないのかよ」
「真剣味に欠けるかと」
「もうどっちでも欠けてるぞ」
 既に全方位真剣味が足りてない状態であるが、前髪だけが白髪で他は黒髪ツインテールの紗鬼は、その赤い瞳に涙を浮かべ始める。
「ひどいよ……」
「諦めろ。全員殺すつもりが3人も助けただけでも喜んでもらいたいぐらいだ。どうしても会いたいなら殺してやるけどどうする?」
 冒険者にはとことん甘く、敵には容赦ないラビリではあるが、彼らは良い意味でも悪い意味でも優しいダンジョンマスターを知っている。
 その知識は安心と油断を招き、正常な判断を鈍らせてしまっている面も確かにある。
「はぁ……わかった、わかったよ。お前らは多々羅の所へ帰らせてやる。殺すのは簡単だが、仕事がスムーズに行ったのもまたお前らのお陰だ」
 ラビリはそう言って紗鬼の頭をポンポン・・・・・・と叩き、次は綾鬼の頭を触ろうとするが、彼はその場で土下座を始め、その手をするりとくぐり抜けてしまう。
「ダンマス、許して欲しいンゴ。おいらが間違ってたンゴ」
「え? なにが?」
「ダンマスの庇護下がいいンゴ。漏れ  なんとなく断りきれずにここまでやってきたンゴ。でも、もう日本にいたいンゴ」
「うーん。とりあえず保留だな、じゃあ樹鬼」
 ラビリが樹鬼の頭に触れようとすると、黒い濁流がその手を阻む。 ラビリは呆れた顔で手を引くが、同時に機嫌が悪そうでもある。
「ミュース、なんの真似だ?」
「わぁ!ごめんなさい!ダンマス痛かったの?」
 合掌しながらステテテとラビリに駆け寄るクリクリ頭の肌の黒い少年。 ダンマスの庇護下に入り、何かしらイジられてから更に子供っぽくなっているが、その能力は魔族と呼ぶに相応しい程までに成長している。
「いや、痛くはないが、何故邪魔をしたんだ?」
「樹鬼はダンマスがおいらにくれたんだよっ!! だからおいらの物なんだよっ!!」
「ふふ、そうか。じゃあ樹鬼、お前はどうなんだ? 多々羅の所に戻りたいか?」
 コンビニ店員の格好をしたゆるふわ系女子の樹鬼は、睨みつける紗鬼に目配せをしながらも声を振り絞る。
「ここに残りたい、です」
「樹鬼まで!?」
 紗鬼が詰め寄ろうとするが、その周囲をミュースが警戒しているので、不用意には近づけずに二の足を踏んでいると、紗鬼の周囲には転移の際に発生する空間の歪みに覆われる。
「よし、じゃあ綾鬼と樹鬼は話し合いをしよう。紗鬼、お前は多々羅の所へ帰らせてやるよ」
「いつか絶対に殺してやる」
「そのいつかはもう二度と訪れないよ」
 紗鬼が転移によって、その場から姿を消すと、ラビリは妖艶な笑みを浮かべ、綾鬼と樹鬼に向き直る。
「お前ら出戻りとか舐めた事考えてるんならむちゃくちゃ改造するけど覚悟できてんの?」
「もう鬼になってるンゴ。今更何も怖くないンゴ」
 綾鬼は小さく頷くが、その横で樹鬼は戸惑いながら僅かに震えている。
「ダンマス! 樹鬼、かわいい時の姿残せるのっ?あの木のおばけのままはいやだよぉ」
 ミュースが樹鬼の代わりに答えるが、ラビリはニコニコと笑顔を浮かべたままだ。
「楽しい実験になりそうだな」





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