だんます!!

慈桜

第八十二話 礼文島?

  礼文島の中でも大きなリゾートホテルのロータリーにて、白髪交じりの眼鏡を掛けた優しそうな人物が立っている。
 彼の横には、腰まである長い黒髪に、白磁を思わせる白い肌、その両極端な色を否定するように特徴的な赤眼、ゴスロリ調の黒いレースアップのワンピースを着た幼女がチョコンとチノパンの裾を握っている。
 その幼女は背から黒い蝙蝠のような翼が生えている事から、人間では無いと一目でわかる。
「怖くないよ黒夜コクヤ、君の友達もいるみたいだからね」
「ともだち?ともだちなんていないよ」
 その返答に対しての問答が面倒になったのか、男は黒夜コクヤと呼んだ幼女の頭をポンポンと撫でると、幼女もよくわかっていないのか、気持ち良さそうに目を細める。
 その安らぎの時間に終わりの時を知らせるように、数台のタクシーが訪れ、中から自衛官が降りてくる異様な光景になる。 しかも、ロープで雁字搦めに縛られた露国の軍人までもがいる通常絶対にありえない、いやあり得てはならない状況に、何がどうなっているのかわからないと不安げな表情を浮かべてしまうのも仕方がない事だろう。
 ロータリーに立っていた男はその一団と待ち合わせをしていたのだろうとは思うが、明らかに他人のふりをしようとしている。
「なんでしばられてるの?」
「見ちゃいけません」
 一人明らかに浮いている帝国時代の軍服姿の男が日本刀を杖代わりに降りくると、男は軽い会釈をし、そして互いに頭を垂れた。
「あなたが鶫さんと鶲さんの父親かな?」
「えぇ、小鳥遊と申します。遠いところまでありがとうございます。」
「これは失礼、私が電話で話させてもらった時田じゃ」
「ええ、一目でわかりましたよ。本当に帝国時代の軍服を着ていらっしゃるとは。この度は娘達が大変お世話になりました」
「いやいや、世話になったのは此方の方ですぞ。気立てのいい、良い娘さん達じゃ」
 社交辞令の挨拶を交わしていると、自衛官が並ぶ異様な光景すらも霞んでしまう程の魔物の群れが押し寄せる。 ある意味千葉何某のパレードのようである。
 小鳥遊はその様子をその目で見て、あまりに驚き、直立不動に固まってしまっている。
「いたぁ!!人型五柱だぁ!!でぃさいしぶばとる!!」
「ちょ!!」
 小鳥遊は、目の前の魔物の群れに襲われてはいけないと黒髪の幼女を抱きしめるが、その行為がバトルに抵触し、あっという間に幼女を奪われてしまう。
「ありがと、たのしかった」
 幼女は魔物達から守らんと抱きしめたその手を振りほどき、白い虎の魔物、玄天の上に跨る2人の幼女の元へ駆け寄った。
「つくよ、はくや、げんき?」
「黒夜ちゃん!会いたかった!」
 天使の姿をした、金髪碧眼の幼女が手を差し出すと、こくりと頷くが、その手を握ろうとしない。 それを見兼ねた狐耳の巫女服の月夜が手を差し出すと、黒夜は笑顔でその手を掴み、よっこいしょと玄天の背に跨る。
「ムキー!黒夜ちゃん嫌い!!」
 所謂、天使と悪魔は相容れないと言う事なのかも知れない。 それにしてはあまりに可愛らしい絵面であるが。
「お前黒夜って言うのか。お前は何ができるんだ?」
 寝ぼけ眼の悪ガキFiveのリーダー的存在であるチカラが黒夜を見上げると、黒夜はコテンと首を傾げる。
「なにがって?」
「人型五柱の特殊な力だよ! 月夜は纏依で魔物を纏えるだろ? 白夜は聯綴れんていで魔物を合体させれるだろ! だから黒夜は何が出来るんだって聞いてんの!」
 黒夜は困ったように眉尻を垂れさせるが、仕方ないなと玄天の背から降り、目の前に立つ氷熊の進化個体、氷を纏った姿の白と水色の毛並みを持つ熊、氷帝アイステュランに触れると、その首には瞬時に金属のシンプルな首輪が嵌められる。
「んっ」
 幼女がその氷帝をグッと握ると刹那、氷帝はその姿を白銀の大剣へと姿を変える。
装囀そうてん
 悪魔幼女は無表情ながらにドヤァと大剣を掲げるが、その体よりも遥かに大きな剣を軽々と持ち上げている様は違和感の塊だ。
「うぉぉ!! すげぇ!! 武器にできるのか!!」
「うん」
「すげぇなぁ。これからよろしくな!」
 チカラはガシガシポフポフと悪魔幼女の頭を撫でじゃくり、彼女もまた満更では無さそうに目を細めている。
「あとね、このこ」
 褒められて上機嫌な悪魔幼女黒夜はステテテと日蝕エクリプス、黒馬のモンスターの元へと駆け寄っていき、おいでおいでと誘われる。
 黒馬は嬉しそうに嘶き、黒夜に誘われるがままに鼻先をその手に近づけると、黒夜は優しく口付けをする。
 その口付けに反応するように、黒馬は黒い靄に包まれ、その靄を纏った一回り大きな馬へと変貌を遂げる。
「いひひ、昊天コウテンだよ」
「きたぁぁ!! これで俺も天柱ゲット!!」
 チカラはあまりの喜びに小躍りしてしまい、周囲の苦笑いなど関係無しに黒夜を抱き抱えてくるくると回り始める。
「なぁ、黒夜!この武器化の首輪って一杯作れるのか?」
「うーん、すこしよわいけど、ませきあったら、いっぱいできるよ」
 黒夜の言葉に、チカラは嬉々としてチル達の元へ向かう。
「なぁなぁ、新しい人型五柱の能力見ただろ? あの首輪、魔石があったら似たようなヤツ作れるらしいんだけど、売れると思わねぇ?」
 スラッとした5人の中では背が高いチルはそれを聞いてニヤリと笑う。
「絶対売れるな」
 その話を横で聞いていたチビ助のリンリンも賛同する。
「それじゃあ、纏依用の魔物と武器用の魔物を合体で作ってセットで売ろうよ! 大金になるよ!」
「うん、それ賛成」
 ぽっちゃりのマルもそれがいいと頷く、だが顔面凶器の喧嘩上等面のタロウだけは難しい顔をしたままに固まっている。
「タロウ?どしたん?」
「いや、鶲の病気ってお金かかるのかなって」
「たしかし。噛んだ。たしかに。きいてみる?」
 子供達が小鳥遊の元に走ると、それに釣られて使役している魔物達も駆け寄ってしまう。
 その圧巻の光景に小鳥遊は一歩引いてしまったのがいけなかった。
「鶲のおっちゃん! おっちゃんから貰った黒夜の力、俺たちすげー金に出来ると思うんだ!」
「なんと子供らしくない意見だね?」
 チカラは一歩引いた小鳥遊を見て、僅かながらにも自分の方が上だと本能的に勘違いしてしまったのだ。 魔物達と共に過ごす時間も長くなっている為、本能的にどちらが優位なのかと言った野生の駆け引きに敏感になってしまっている為だろう。
「もし鶲を助けるのにお金が一杯かかるなら俺たち手伝うよ?」
「いや、そんな事をしてもらう義理はないよ」
 家の事は放っておいてくれと、突きはなそうとするが、一度食らいついたら離さない子供達であるのは、ご存知の通りだ。
 5人の中でも背が高く、裃の着物が中々様になっているチルが、前に出ると、ぺこりと頭を下げる。
「鶲のおっちゃん。俺たちは国に魔物を売ったりしてるんだ。なっ! 小野田のおっちゃん!」
「ん? おぉ、確かにこいつはこの子達から購入しました」
 小野田が呼ばれ、心配そうに空から舞い降りて前に立つガーコを撫でる小野田。
「小野田のおっちゃんに売った魔物は雷鳳って言う魔物なんだけど、鶫さんから勝ち取った白夜は聯綴って言って魔物を合体させられる力があって、あいつ見て」
 チルの指差す先にはガーコなど比べ物にならぬ程に巨大な赤青黄三色の鳥が上空で太陽を遮りながら旋回している。
「あいつは雷鳳、氷鳳、炎鳳を五頭ずつ合成した魔物なんだ。もしあんなすげぇヤツをさ、鶲のおっちゃんの黒夜で武器にしたらすげー事にならない?」
「確かに、さっきの熊の大剣ですら神々しい程の力を感じたが」
「そそ、だから俺たちは鶫さんとおっちゃんのお陰で、すごい飯の種見つけちゃったんだよ。だから恩返しのつもりで鶲の手助けがしたいんだ!」
「しかし何故君達はそこまで鶲に…」
 小鳥遊がそこまで言って、言葉を詰まらせてしまうと、チルはニコッとわらって小指を立てる。
「俺たちみんな、鶲とずっとマブダチだって約束したんだ。だから鶲の病気がどんなのか知らねぇけど、金なんかでどうにかなるなら、いくらでも渡すから絶対元気になって欲しいんだ」
 以前国との交渉で一夜にして数千万の大金を稼いだ子供達からするならば、金なんかと言ってのけるのは、容易い事なのかもしれない。
 現状防衛省に五つのゴブリンダンジョンがある為、日本の魔石の供給は潤滑であり、国は自らの手でプラモンを育てている、そして前回の販売益は、全て親達に預けてしまっている。 そこで子供達は子供達なりに、どうすれば国からもう一度大金を引っ張れるかと試行錯誤していたのだ。
「なっ! 小野田のおっちゃん! 俺たちが母ちゃん達に内緒で武器化の首輪渡して、鶲の治療費にしてくれる事って出来るよなっ! 」
「こればっかりは黒夜がいないとできないからな。上と掛け合ってみるが、十分に可能だろうな」
「じゃあ合体した魔物も高くで買ってくれるよな?」
「それも白夜がいないと、どうにもならんからな。十分に可能だろう。
 それを聞いて自信満々のチルは再び小鳥遊に向き直る。
「なっ! 鶲のおっちゃん! 俺たちはメイズの作ったゲームで遊んでただけで大金稼げるんだ! だから手伝わせてくれよ!!」
「あ、あぁ、そうだな。そこまで言ってくれるなら」
 勢いに負けた小鳥遊の言葉に子供達は飛び跳ねて喜びまくるが、そこに納得いかないと、1人の狐耳幼女がトテトテと小野田の元に歩み寄る。
「やい小野田。きさま、余が役立たずと申すか?」
「えっ、えっ? 月夜ちゃん? なんで? なんで怒ってるの?」
「きさまの纏依など、余の纏依とは全く別物であるからな! この紛い物め!」
 月夜はそれだけ言ってプイッとそっぽを向いて皆の場所へ戻って行ってしまう。
 先程のチルとのやりとりで、存外に纏依に関してはどうにかなると言われた気がして憤慨していたなど、小野田は気付くはずもない。
 ━━
 時は僅かに過ぎ、物のついでに小鳥遊の宿泊していたホテルで一泊する事になる。 子供達はどんちゃん騒ぎで大浴場をプール代わりに暴れ倒すと、遂には疲れ果てて用意された部屋へと戻る。
 礼文島の大きなホテルのエントランスにて、白髪をバックに流した軍服姿の男、時田がソファに深々と腰掛けていた。
「ふぅ、長い1日じゃった」
 その対面には、同様に白髪頭で眼鏡をかけた、白のポロシャツ、ベージュのチノパン風スラックスを履いたの初老の男がコーヒーを啜っている。
「小鳥遊殿、本当に良かったのかの?」
「何がです?黒夜コクヤの事ですか?」
「うむ、それもあるが、黒夜をきっかけに鶫と鶲に会う口実が欲しかったのではないのかと思ってのう」
  「なるほど、確かにそれもありますね、碌に帰らない父親失格の私ですから。けれど結果鶫から連絡が来たので、それはそれで構いませんよ。後は鶲の治療費の為にバリバリ働くだけです」
 そう言って小鳥遊と呼ばれた初老の男は力こぶを作って強がって見せるが、此処にいるのは時田と小鳥遊の両名だけであり、笑いの一つも起きやしない。
「黒夜の能力、魔物の武器化に関しては国からも幾許かの報奨金が出るだろう。チビ達も武器化の首輪を売りつけて鶲の治療費を稼ぐと言っておったしの」
「あの子供達の気持ち嬉しくはありますが、男親としては、あまり喜ばしいことではありませんけどね」
「娘が見目麗しく育った証拠じゃ、あいつらはガキにあるまじき程には稼いでおるし、金のなんたるかをよく分かっておらん。素直に甘えておけ」
 二人の会話に誘われるように、浴衣姿に着替えた小野田も現れる。 髪が濡れているので、大浴場にでも行っていたのだろう。
「あれ、晩酌ですか?」
「いんや、年寄りの世間話じゃよ」
「小鳥遊さんはまだお若いでしょうに。何処かの伝説の撃墜王とは違って」
 この長旅で、小野田は持ち前の馴れ馴れしさを時田相手にも出せるようになっていた。 時田はふんと鼻で笑うと、顎で空いている席へと促す。
「して、あの露助の引き渡しどうなった?」
「地元警察に頼もうと思ったのですが、上の判断で明日にもヘリで迎えを寄越すらしいです。昨今テロに敏感ですから、極秘裏に政府の預かりにするんでしょう」
「ふん、さっさと拷問にかけてしまえばいいものを」
「時代は変わってしまったんですよ」
 国の極秘事項とやらをペラペラ喋る2人に小鳥遊は苦笑いを浮かべるが、よくよく考えたらタクシーに乗せていたからそこまで極秘でもないのかと首を傾げ、遂には疑問を口にする。
「あの、何故そんな重要な件でタクシーなどを使ったのですか?」
「それは時田さんの案なんですよ。捕らえた彼は何も話しませんが、明らかに軍人です。田舎は噂が広がりやすいですから、仲間がいるならば、炙り出そうと言うことです」
「それはなんとも危険な。ここには私も含めて一般人もいますし、子供達もいると言うのに」
「それは心配ありません。子供達の魔物も四方八方取り囲むように警戒していますし、同行した自衛官も作戦経験のある精鋭ばかりです。それに、時田さんが冒険者だと、ご存知ですか?」
 その言葉に小鳥遊はピクリと反応を示す。
「娘からも、それは伺っておりますが、冒険者とはなんなのですか? 」
「冒険者をご存知ないのですか?」
 小野田が小鳥遊の言葉に驚くとほぼ同時であった。 小野田が耳に挿している、イヤホン型の無線が受信中の赤に光る。
『小野田、御影と遠藤が交戦中だ。確認出来てるだけで敵数16、完全武装で南南東から向かってる。どうやら奴さん戦争でもおっぱじめるつもりらしいな。送れ』
「御影と遠藤は無事か? 俺もすぐ向かう。送れ」
『トリガーハッピーって奴だな。心配いらん。あいつらには玄天様とやらがついてるしな。俺も応援に向かってる。以上』
 通信が切れると、時田は目を細め楽しそうに笑うと、アイテムボックスから いそいそと零戦のラジコンを取り出し、何やらいかがわしい出歯亀御用達のナイトゴーグルらしきヘッドギアを装着し始める。
「時田さんそれは?」
「よくわからんがメイズから送られてきたんじゃよ。零戦乗って暴れるぐらいなら、ラジコンに乗れとか言ってのう」
 その場で飛び立った零戦ラジコンはエントランスの中でアクロバット飛行を繰り広げると、一つ納得したように頷く。
「よし、行くか」
 時田さんの呟きと共に、センサーの前にラジコンを飛ばし、自動ドアを開きくと、そのまま外へ飛び立って行く。
「ほれ、小野田も早くいかんか!」
「は、はい! って着替えますよ流石に!」

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