だんます!!

慈桜

第七十九話 ばあちゃんの決断?

  石畳の階段を上り、段々畑を越えた先にある古民家、その庭では青と赤の鱗を持つ美しい竜と、金髪碧眼のもの大人しい美青年が、陽光に照らされて眠気を堪えるように伸びをしている。
 その視線の先には、セーラー服に日本刀を帯刀した胸の下まで伸びる桃色の髪が特徴的な少女と、腰が曲がった老婆が草毟りをしている。
「はぁぁ。ダメだ。モモカさん寝てしまいそうです。草毟り手伝わせてもらってもいい?」
「ダメに決まってんだろヘタレが!あんたにどんだけ野菜をダメにされたかわかんないんだからね。ドラゴン教授かなんか知らないけど、赤雷よりも野菜の勉強してほしいもんだよ」
 それに答えたのは、白髪の老婆である。 言わずもがなモモカの祖母であるが、以前にドラゴン教授が、野菜の苗を抜きまくって以来、畑に入る事を禁止されているのだ。
「おばあちゃん、恐い恐い。赤雷がびっくりしてるから」
「ったく、この子も図体ばっかりデカくなっていつまで経ってもビクビクしおってからに」
 モモカの祖母は赤と青のコントラストの美しい竜である赤雷の鼻先をビシッと平手で叩くと、遊んでくれると勘違いしたのか、赤雷はコテンと寝転がりその腹を見せる。
「あんた竜だろうに!簡単に犬っころみたいに腹見せるんじゃないよ!」
 そう怒鳴りながらも、優しい笑顔でワシャワシャと腹を撫でると、赤雷はキュイーキュイーと喉から溢れ出る可愛い鳴き声を漏らしながらに甘えている。
 その様子にモモカも教授も優しい笑みを浮かべている。
「痛っつ」
「モモカさんっ?」
 しかし突如、モモカは自身のうなじを押さえてしゃがみ込んでしまう。 心配して駆け寄るドラゴン教授を手で制しながらに立ち上がるが、モモカは右目を瞑り、痛みに堪えているような悲痛な表情を見せる。
「また森で何かあったんだ。教授、赤雷と一緒に行こう」
 モモカの目の前には、空間が歪み朱塗りのアンティークドアが現れ、より一層痛みに顔を歪めるが、なんとか教授に支えられながら赤雷に跨る事が出来る。
「痛みが増してる、前よりずっと痛い」
「あの扉を開けたら、モモカさんは守護者ガーディアンになっちゃうんだよね?ダンマスに相談してなんとかならないかな」
「わかんない。今度聞いてみよ、今は命の森に急いで」
 いつもは明るいモモカだが、流石に痛みが激しいのか、小さな声でしか話せないようだ。 ハクメイに桜花天斬なる高価な武具を贈られてから、モモカの首筋に刻まれた三日月とガーゴイルの紋章は、森に何かがある度に激痛が走る悩みの種となっている。
 その痛みに負けて、守護者ガーディアンの扉を開けてしまえば、モモカは守護者ガーディアンと認められ、二度と命の森から出られなくなってしまう、だから彼女は痛みに堪えながら赤雷の背に乗り命の森へ向かうを繰り返しているのだ。
「お待ちよモモカ!!」
 一刻も早く森へ向かいたいモモカを止めるは、モモカの全てと言っても過言ではない最愛の祖母である。
「どうしたの?おばあちゃん」
「今はこうしてピンピンしてるけどね、もしあーちゃんになんかあったら、墓は爺さんの墓じゃなくていい。モモカが墓参り出来るところにしておいておくれよ」
「やめてよ、縁起でもない」
 モモカが仮の守護者ガーディアンとなり、その呪いについての説明は一度している。 それからモモカの祖母は機嫌が悪い口調になる事が多くなったが、この時ばかりは何時もとは違う、覚悟を決めた表情を浮かべていたのだ。
 モモカはそれが気がかりで、空に舞い上がってもなお、痛みを堪えながら何度も振り返り、何かを否定するように首を左右に何度も振るを繰り返した。
「変な事言わないでよおばあちゃん」

 その頃、モモカの祖母は袖から取り出した巾着袋から達筆な字で書かれたメモを取り出し、徐に黒電話のダイヤルを回し始めた。
『ご連絡お待ちしておりました、ミユキ殿』
 電話越しに聞こえる声は、頭の中に直接響き渡る風鈴の音色のように美しく澄んだ声だ。
「やっぱりあんたが言った通りに、私の存在が足枷になっちまってるみたいだよ。あの子をあの痛みから救ってやれるなら、あんたの案に乗るよ」
『そうですか、それでは以前お伝えした通りに、少し変わった方法でミユキ殿を冒険者に致します。少々お待ちください』
 モモカの祖母は、その間に手紙を書いた。 硯に墨汁を垂らし、達筆な字で和紙を埋めて行く。
 手紙を書き終え、筆を置くと同時に、まるで見ていたかのよう軒先には黒地に藤と椿が描かれた着物姿の見目麗しい黒髪の女性が立つ。
「あら驚いた。若い頃の私にそっくりだね」
『お肌は少しきめ細かくしておきましたが、ミユキ殿をトレースしております』
「そうかい。その体を貰っても、あんたは本当に消えたりしないんだね?」
『えぇ、今はサポートアバターとして使用しているだけですので、私にはなんら問題ありません。しかし本当に宜しいのですか?ミユキ殿の体のままでも、この姿で冒険者になれますよ?』
「それじゃあ、またおばあちゃんの扱いになっちまうからね。私はなんか別の形であの子の力になりたいんだよ。私なんかが生き残っちまったから、あの子は今の生き方を選んじまったんだ。私に人生捧げてくれた可愛い孫に、賭けれる命があるなら賭けてやりたいんだよ」
『かしこまりました。ミユキ殿への冒険者の打診は飽くまでご提案だけに留めておくつもりでしたが、まさか死を偽装するとは思いもよりませんでした。ミユキ殿がこの先、モモカの支えとならんとする優しきお気持ち、心よりご祝福致します。そして、阿国への遠征の件ですが本当に宜しいのですか?モモカに会うのが難しくなりますよ?』
「今すぐにあの子の力にはなれないからね。どんな形でも力になれるなら近道がある方がいいよ。正直、その話があったから提案に乗ったようなものさ」
『仔細了解致しました。それではミユキ殿の精神を、こちらのアバターへ移します。特例です故、他言しないようよろしくお願いします』
 此処に1人の人間が、その生を終え、新たに冒険者として生まれ変わった。
『モモカへ いつもいつも、あーちゃんの事ばかり気にかけてくれてありがとうね。 若くして逝ってしまったあんたの両親の代わりに、母親代わりになってやろうと思っていたけど、結局モモカに助けて貰ってばかりでごめんね。 でも本当に嬉しかったよ。 あんたが桃色の頭になって日本刀ぶら下げて帰ってきた時は本当に驚いたよ。 何処の馬の骨かわからないような男を連れてきた時も、おまけに赤雷みたいな竜がいた時も驚いたけど、モモカが冒険者になった時が一番驚いたよ。 あーちゃんとしては、あんたが戦って稼いでるのは心苦しかったけど、バカ息子と早苗さんが事故で亡くなってから塞ぎこんでたモモカが、また小さい時みたいに元気になったのを見て、安心してしまったのも事実です。 でも、あーちゃんは本当に幸せだったよ。 モモカ、ありがとうね。 いつか困った時は、必ず力になるよ。 最愛のモモカへ
 最後に、あーちゃんは寿命だからね、変に勘違いするんじゃないよ? 深雪』
 安らかに眠る老婆を背に、美しい着物姿の大和撫子がゆっくりと上品に歩みを進める。
 全ては最愛の孫の為に、最大の自己犠牲を払うミユキの決断。
 憖この世界には、常軌を逸した力が存在してしまう。
 その力は常識に囚われず、今までは選ぶ事ができなかった選択肢が生まれ、人を惑わせる。
 その決断が例え、最愛の者が嘆き悲しむ決断になったとしても。
 現在いまの幸せと、未来さきの幸せを天秤にかけさせるのは、少し酷なのかもしれない。
「空がこんなにも広かったなんて、久しく忘れていたよ。好きに生きなモモカ、あーちゃんはいつでもあんたの味方だよ」
 ただ、いまだけは、彼女の門出を祝福させて欲しい。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品