だんます!!

慈桜

第六十九話 時田さんと小野田さん?

  ガンプライズが空前の大ブームを迎え社会現象と化しているが、その裏でジワジワと人気が出ている遊びがある。
 きっかけは動画投稿サイトに投稿された一本の動画だった。
 冒険者文化が急速に浸透し始め、一部の上位冒険者は銀幕スターのような注目を集めている。
 その中でも、迷宮の主を中の人とする噂が流れたメイズの人気は底知れないモノがある。 某インターネット掲示板でメイズがダンジョンマスターであると囁かれるようになり始めると、滅多にその姿を見せなくなったメイズは、より一層ミステリアスに包まれコアなファンの人気を集めている。
 そんな彼が珍しく秋葉原から上野までの間を歩いていた際、当然のようにその様子をスマートフォンで撮影していた者達が少なからず存在する。
 その中の1人が投稿した戦闘機のラジコンで対戦する動画は瞬く間に再生回数を稼ぎ出し、次第にコメントは一つに集約して行く。
 欲しい。 頼むから売ってくれ。 どうやって手に入れるんだ?
 全国の猛者達が、この直感的に複数操作でき、超小型魔導エンジン搭載の為に轟音を鳴り響かせ高速で飛び回るだけでなく、その操作範囲の広大さに付け加え武装換装可能の撃墜機能搭載の戦闘機ラジコンを欲した。
 そして、その熱に反応したのは誰でもない。 メイズの対戦相手を務めた時田さんであった。
 30DMで一機購入出来る魔導ラジコンは、単純に日本円換算するならば30万円の高額なモノとなってしまう。 ジェットエンジン搭載のラジコンジェットが10万円前後で購入できる昨今、この値段は高すぎると思われるかも知れないが、魔導エンジンの緻密さ、操作性、そして武装の弾丸は人間に当たっても殺傷能力は無く、敵機体に触れた瞬間に爆発的に貫通力を増す魔導式が組み込まれており、修理パーツの数や換装武器の性能を計算しても実の所は格安である。
 これは補足としてだが、操縦者が冒険者であらば、自身の魔力を込めれる為、殺傷能力は十分に有するが、対象が一般人であらば、人を害する心配は無い。
 話は逸れたが、例え30万円相当で高額であったとしても、冒険者からするならば、ゴブリン1匹で購入出来るお買い得品である。
 いつかは夢の零戦をとDMをコツコツ貯めていた時田さんは、連日聖地不忍池に訪れる猛者達に、魔導ラジコンを破格の3万円の値段で譲り始めたのだ。
 全ては己が戦闘機の力を示すが為に。
 それからは全国各地より、猛者達が大金を握りしめ殺到した。 撃墜機の修理の講義までを受け持つ熱の入れようで、連日白熱の空戦が繰り広げられるようになったのである。
 流石に通販で買えて日本であれば何処でも楽しめるガンプライズと比べるのは酷だが、魔導ラジコンの熱は一部の大人達の心を熱く滾らせた。
 しかしその熱は次第に弊害が生じ始めた。 深刻なDM不足に陥ったのである。 自身が最高に楽しい環境を保つ為に最も自身を犠牲にしなければならないジレンマに、時田さんは大きく肩を落とし続けた。
 そんな時に彼の前に現れたのは、数多の魔物を引き連れた5人の子供達であった。
 洋服が主流のこの時代に、裃の着物姿で現れた子供達は瞬く間に迷宮内のゴブリンを狩り尽くし、ニヤニヤと時田さんを見つめながらリポップ待ちをする始末。
 ため息混じりに別ダンジョンへ向かえば、合鴨の雛達のようにトコトコと追従し、再びゴブリンを狩り尽くすを繰り返したのだ。
 低レベルの時田さんが選択するダンジョンはゴブリンダンジョンばかりであり、まさに打つ手無しとはこの事かと、大きくため息を吐いた。
「君達はどうしてこんな事をするのかのう?」
「おっちゃん。飛行機持ってるってガチ?」
 無造作ヘアと言い切られて母親にスキバサミで切り刻まれたザンバラ髪の髪を寝癖でボハボハにして眠たそうな眼で見つめながらに問うチカラ。
 時田さんはピクッと反応するが、表情は変えずままに、優しい笑顔のままに首を傾げる。
「どうしてそんな事聞くのかのう?」
「持ってんなら北海道連れてってくれよ。あさひかわのニコラスギフトパークってとこ!」
 唐突な願いに苦笑を返してしまう時田さん。
「くっくっ、確かに君の言う通りに飛行機は持っているが、わしの飛行機は戦闘機じゃ。誰も送ってやる事はできんよ」
「えぇぇ!?じゃあ買えよ!冒険者だろ!」
 あからさまに子供の反応だが、それで緊張感を失ったのか、深夜の牛蛙のように騒ぎ始める。
「やっぱ纏依で飛んでったらいんじゃね?」「それじゃあ主力無しだろ」「月夜がいないとかアウト」「あるじさま…」「飛行機っておいくらまんえん?」
 収拾が付かなくなった所でチカラは冷静に、黒馬の背にぶら下げた今日一日の狩りで稼いだ魔石が詰まった土嚢袋を時田さんの前へ転がす。
「おっちゃん。これが何個あったら連れてってくれる?」
「ふむ……チヌークなら、いやヘイローでも、40万DM…無理じゃな。途方も無いわい。ゴブリン10000匹殺しても届かんのう。船であらば4万DM程度の貨物船もある、じゃが時間もかかるし操船もできん。諦めるんじゃな」
 残念でした、と諭すように言い放つと、チカラは頬を膨らませて時田さんを睨みつける。
「いやだ。絶対にあきらめない!あきらめないからな!ん!これやる!」
 それだけを言い残し、チカラは魔石を差し出すと、ゾロゾロと迷宮から立ち去って行く。
「変なのに絡まれてしもたのう」
 この珍妙な邂逅より後、悪ガキ達は終わりの見えないゴブリン狩りを鬼気迫る勢いで開始する事となる。
 ガキ達のテリトリーである教会ダンジョンの各リスポーンポイントには複数の魔物が待機し、当人達も纏依で各自別々にダンジョンアタックを開始し始めたのだ。
 そんな殺戮の日々が続く中、新雪のような純白で、虎のような巨軀、歩く度にダイヤモンドダストの煌めきを散らす大狐を従えた鈴木凛、通称リンリンはダンジョンの中で珍客に出会う。
「小野田のおっちゃん!!」
「おぉぉ!!リンリン師匠!1人でこんなとこ危ねぇなって危なくはないか!雷帝狼はどしたよ?」
 そこには自衛隊員である小野田二尉が相棒であるガーコこと雷鳳をその身に纏いゴブリンを蹴散らしていたのだ。 休日にこっそり迷宮に潜っている小野田の方が危ないのだが、それは今は置いておこう。
 五人組の中でも一際小さく、裃の着物姿に限定発売のエアなんたらハイカットスニーカー、ドラ○もんの刺繍が施されたストリートなキャップを被るアンバランスなダサさを自身の鳶色のくりくりの瞳でカワイイにまで昇華しているリンリンを崇拝する小野田二尉は、逸る気持ちを抑えきれずに、纏化を解いて駆け寄っていく。
「今はこいつ育ててんの!一応レアなんだよ。獣型五天の1匹で幽天って言うんだ」
「レア系ってことか?青猫みたいな」
「うん、でもあれは条件を満たしてないみたいで青猫だけどね、本当はもっと進化させたら蒼天になるんだよ。チルが月夜に聞いた話では人型五柱が使役されるのが条件かもって言ってたけど、よくわかんない」
「いいなぁ。俺らは二頭目の所持を許されてないから羨ましいよ。ガーコがいるからいいんだけど」
 ガーコはアヒルのようなカワイイ濁声で鳴くと、スリスリと小野田に頭を擦りつける。 それに負けじと大狐の幽天もリンリンに頭を擦りつけるが、リンリンはコテンと尻餅をついてしまう。
「しかしなんで1人で?みんなはどうしたんだ?」
「うん、実はね……」
 それからリンリンは現状をゆっくりと説明し始めた。
 埼玉の山奥で捕まえた人型五柱の一柱である月夜が、特殊な力を持っている事がわかり、同じ人型五柱であろう北海道の天使モンスターをなんとか手に入れようとしている事。
 冒険者の時田さんに連れて行って欲しいと頼んだら戦闘機しかないから連れていけないと言われた事。
 ゴブリン1万匹以上狩ったらおっきい飛行機買ってくれるかもしれない、みんなでゴブリン狩ろう←イマココ。
 それらを頷きながら聞いていた小野田二尉は突如頭を抱えて座り込んでしまう。
「やべぇ、何からツッコんでいいのかわからねぇ。なんで冒険者が戦闘機持ってんだよ。しかも自家用機なんかそんなに運べるような…リンリン師匠、その人に会わせてくれないか?」
「うんいいよ。いこ!」
 小野田二尉が何を思ったのか、突然時田さんに会いたいと言い始め、その願いは容易く叶う事となる。
 まるで戦場、いや戦場そのままの様相と化し、警察の護送車輌が常駐しつつ警戒をしている不忍池にて、一人帝国時代の軍服に身を包んだ老人が日本刀を杖にしながら空戦を観察している。
「やっぱやばい奴だった」
 そんな事を言われているとはつゆ知らず、時田さんは視界に入ってきた魔物を横目で見つめながら再び溜息を吐く。
 リンリンは時田さんに駆け寄ろうとするが、小野田はそれを制し、深呼吸をしてからズカズカと時田に迫る。
「初めまして。自分小野田って言います」
「やっと大人がきたのう。わしは時田じゃ」
 初対面の印象はお互い最悪であろう、互いに牽制しあい、静かに睨み合っているのだ。
「単刀直入に聞きますが、子供達を利用して何を企んでいるのですか?」
「なんじゃと?」
「聞いたのですが民間人なのに戦闘機を持っていらっしゃるとか?しかもコスプレまでして。いくら冒険者と言えど危険な思想を持っているような方ならば、子供達との関係は黙って見過ごせませんが」
「こすぷれじゃと?よう言うたの若僧が。この時田庄二相手に吐いた唾飲まさんぞ」
 その眼光の鋭さに、小野田二尉は気が付けば二歩も後退りしてしまっている事に玉のような汗を流す。
 その眼は軍人特有の修羅を浮かべており、戦場での作戦経験がある小野田だからこそ、時田の中に潜む獣に震えを覚えたのだ。 知らぬ間に直立に背筋を伸ばしていた自分に驚く。
「失礼ですが、もしや貴方は自衛官ですか?」
 その驚いた自分に対する疑問を正そうとしたのか、突拍子も無い質問を投げかけてしまう。
「最終階級は戦死による二階級特進で海軍少尉とされているが、この通りワシは生きておる。撃墜され、海に落ち、ふかに襲われたが、どうにかこうにか生き残った。右足を失い流れ着いた南の離島で生き存え、今もこうして本土の地を踏みしめておる。戦えぬ体で生き残った腑抜けと笑えばいいが、今は戦える。その意味わかるな?若僧よ」
 時田さんの壮絶な過去が語られ、次第に小野田二尉は涙を流しながら敬礼をしていた。 アニメやゲームを生業として生きるキャリア組としては珍しい部類の小野田であるが、彼もまた帝国時代の歴史を学び、自衛官を志した男の一人である。
「生意気抜かしましたっ!!まさか空の神が生きていらしたとは」
「やめろこそばゆい。冒険者となり姿が変わった今、当時を知る者もおらん。今はラジコン好きのただのジジイじゃ。して、茶番は終わりじゃ。子供達の話どうにかならんか?ワシも困っておる」
 それから時田さんは全ての経緯を語った。 子供達が働き蟻のように魔石を届け、飛行機を買えと騒ぐのだと。
「俺、いや自分も、あの五人組とは何度か面識があるので、心中お察し致します。この際陸路で目指してはいかがですか?自分もあの五人関連であらば任務として同行出来そうですし」
「それワシいるかのう?」
「え?」
「え?」
 時田さんは切実そうに眉を垂らすが、小野田は逃しませんよと苦笑いをする。
「トラック一台では彼達の魔物は運べませんし、五人の子供を預かるのです、保護者は多い方がよくありませんか?」
「はぁ…なんでワシがこんなことに」
「あの伝説の撃墜王が冒険者だった。なんてインターネットに書き込んだらどうなりますかね?」
 小野田の言葉に時田は剣呑な表情を再び見せる。
「それはワシを脅しとるのかえ?」
「えぇ、一応保険としてスマホで先程までの会話を録音しています」
 小野田はニッコリといい笑顔を浮かべると、時田さんは伸びをしながら腰を伸ばし、いつの間にか抜いていた日本刀を小野田の首筋に押し当てる。
「一応脅しかえしておこう。さて、親御さんに挨拶に行かねばな」
「はっ!ありがとうございます!!」
 二人のやり取りが繰り広げられている間、リンリンは首を傾げ続けていた事を知る者は大きな狐とガーコしか知らない。

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