だんます!!

慈桜

第六十四話 乱戦と終局?

  古びたビジネスホテルの一室、ベッドサイドに置かれたランプが破砕音と共にガラス片を飛び散らす。
「くそっ、なんなんだあいつら」
 苛立ちを隠せない北欧風の男は、金髪混じりのブルネットの癖毛を搔き回し、揉みくちゃにしながらベッドを何度も蹴る。 恐らく憤怒の表情を浮かべているのだろうが、その顔は銀仮面に隠れてしまい窺う事は叶わない。
「マースカ、怒るのは構わないが部屋を汚すのはやめてくれ」
 白髪に近いブロンドの長い髪に、翡翠を思わせる美しい瞳を持つ男は、呆れ混じりに肩を落とす。
「ここはクルイロの部屋じゃねぇだろ!あぁ、クソ!あのヤポンスキークソジャップマカーキーチ◯ポ猿共め!」
「あまり下品な言葉も使うな。あれでいて首を飛ばせば嘸かし綺麗で美しい薔薇が咲くのだろうから」
「血が飛び散るだけだろきめーんだよ」
「これだから翼の無い者は…」
 話にならないとため息をこぼしながら、クルイロと呼ばれた白髪の男は、その背から伸びる片翼白銀の翼を広げては折り畳み、再びため息を吐く。
「クルイロ、言っとくけど片方しか翼が無いとか鳥だったらお疲れ判定Maxだからな?」
「鳥であれば…だろう?私はスターリの戦士としては優秀だと自負しているが?」
セレブロな?雑魚のスターリと一緒に考えんな。俺まで安く見られるだろ」
 同室にて口論しているぐらいであるから、2人の関係は其処まで悪いモノでも無いと思うのだが、先ほどから火花を錯覚するかのよう睨み合いと口喧嘩を続けているのを見るに、あまり仲はよろしくないのかも知れない。
 一触即発と言える空気を軟化させたのは、ノッカーの金属音だった。
『くぉら開けろ!ミュース様のおなぁりぃっだぞっ!』
 何度も骨に響く金属音が響き、幼少期特有の甲高い声が聞こえ始める。 マースカとクルイロは互いに視線を合わせて小さく頷きあうと窓の外から飛び出した。
 12階の高さからなんら躊躇いなく飛び降りる両名。 マースカは銀仮面を剥がすと、焼き爛れた顔面が浮き彫りになるが、再び銀仮面がそれを隠すように顔を覆うが、またそれをも引き剥がす。 両手に持った仮面をそっと投げ捨てると、仮面は突如糸のように解け始め、マースカの全身に絡みついた。
「なんでミュースがいんだよ。あいつ捕らえた冒険者の護送に回ってなかったか?」
「運び終えて舞い戻ったのでは?ミュースならありえる。それよりマースカ、もう地面だぞ?」
 クルイロは言葉と同時に白銀の羽根を地面に突き刺し、何事も無かったかのように地へ降り立つ、しかしマースカは一向に降りてこない。
 マースカはまるで傀儡師が糸繰りを止めたような、手を広げてダラリと脱力した状態で宙に浮かんでいる。
「クルイロ、地面がなんだって?」
「頭が高いぞ。さっさと降りてこい」
 マースカがはいはいと気怠げに返事をしてから地を踏みしめると、宙でマースカを繋いでいたミスリルの糸が、まるで意思を持っているかのよう、その銀仮面に吸い込まれて行く。
「はぁ…私はナージャ様に会いたい」
「誰だってそうだろうよ。こっちだ、行くぞ」
 共に肩を並べ、広範囲に警戒を広げながら2人は路地裏へと消えて行く。
 こう言ってはなんだが、スターリの面々は、浮浪者のような格好の者が多い。 それは極秘裏に進められた今作戦が難民を装っての冒険者及び迷宮へのアタックだったからである。 しかし、このマースカとクルイロの両名は黒い高級スーツに黒いコートを羽織っており、とても浮浪者を装っているようには見えない。 それなりに権限を与えられているのだろうとは発言や格好から解する事が出来るが、何を持って彼らに権限が与えられているのかは不透明である。
 果たしてセレブロとは何なのだろうか? それを知る為には、もう少し彼らを追いかける必要があるだろう。
「日本の冒険者の要注意リスト見た?俺見てないんだけど」
「あぁ、一通り目は通した。だが内容は分かりきった事ばかりだ。青白の奴らと猫2匹は確実に殺しに来る、リーゼントとカブキメイクの奴はトラウマとなり、スケボーのストリートボーイとデカイ鳥と犬の奴らは生きたまま聖銀を抜かれる。など、知った話しか記されていない」
「見つけたでござるよ」
 突如、背後から響く声にクルイロは咄嗟に反応し振り向きざまに翼を突き刺すが、そこには丸太しかない。
「危ないでござるねぇ。さて、片翼、同志を返してもらうで御座るよ」
「おぉーう、ヤポンスキーニンジャ!クルイロ、こいつの情報は?」
「ニンジャスタイルの冒険者は報告にないな」
「んだよ、雑魚かよっ!!!」
 マースカは仮面を剥ぎ取り忍者に投げつけ、仮面が繊維に分解して捕らえるが、其処は既に木の葉が詰まった45ℓの業者指定ゴミ袋にすり替えられている。
「拙者、殺生はあまり好まぬが、死合いなれば容赦せぬで御座るよ」
 全方位から容赦無く手裏剣が襲い掛かり、マースカとクルイロは互いに背を合わせ必死に対応する。 だが、全ては防ぎきれない。 2人の血が飛び散り、血霧が舞い始めた頃に、忍者は絶望を用意していた。
「では新作ニトロ手裏剣にて、安心して逝ってくだされ」
「むちゃくちゃつえぇじゃねぇか忍者」
「拙者の姿を見れただけでも賞賛に値するで御座るよ」
 先程の倍程の大きさの手裏剣の雨が降り注ぎ、マースカクルイロ両名は最早これまでと諦める。
 だが、その手裏剣は2人を穿つ事は無かった。
 1人の男が割って入り、その全てを粘土で受け止めていたのだ。
 肥満体型にぼっさぼさの黒髪、ニキビ面の眼鏡デブ。 まさしくなんらかの筋のプロである見た目の中年が、セレブロの2人を守ったのである。
「マースカ、クルイロさんで間違いありませんか?あなた達にヌプ蔵さんは荷が重いでしょう」
「あなたは?」
「話している暇はないようです」
 関係ありませんよと、忍者は身の丈倍程の手裏剣を高速回転をさせながら展開する。
「しめた。首撥手裏剣は追尾型だ。お二方これを持って逃げて下さい。出来ればミュースさんも連れて。ナージャさんと博士の願いだと言えば信じてくれますか?」
 その言葉に2人は互いに視線を合わせて踵を返して走り出す。
 それには温厚な忍者ヌプ蔵をしても、苛立ちを隠せないようで、頭巾に隠れた眼光を強める。
「あなた、もしかして元冒険者で御座るか?」
「さぁ?情報を仕入れるのは好きですが卸すのは嫌いですから」
「ならばとっておきにて早漏にて候」
「私は元々早漏だ!」
 どう言った仕掛けか、ヌプ蔵は宙空を走りながらに印を組んでいく。
「臨兵闘者皆陣列在前!時割り」
「出来れば死んでください」
 眼鏡デブは粘土で龍を組み上げヌプ蔵へ嗾けるが、それは軽々と避けられ、忍者刀が引き抜かれる。
「そんな馬鹿な」
「時割りは体感時間に0.01秒の誤差が生まれるで御座る。もまいのラグは致命的になるで御座る」
「はは!強くなっても一期には足元にも及ばないじゃないか!!」
「命までは取らん。暫く寝ているで御座る」
 峰打。 刀の棟で滅多打ちにされた眼鏡デブは膝下から崩れ落ちる。
「はっ、はっ、はっ、はぁはぁ、紙にはなんて書いてあんだ?」
「18:00にセレブロの3名で空港に来るように。訳あって私とナージャは研究所を出た。君達も共に来て欲しい。博士の字だな」
「くそっ、まだ2時間もあるじゃねぇか」
 路地裏で身を隠しながら、マースカは二枚の仮面を脚に巻く。
「操り人形はしないのか?」
「今は逃げ足の方が重要だからな。くそ冒険者、相性さえ悪くなかったらブッ殺せんのに」
「いや、今この地に来ている上位冒険者とやらは格が違う。そこは素直に認めた方がいい。一先ずここは身を隠そう」
 コトン、コトンと、無情にも身を隠す2人の元に、鎖のようなネックレスをした男が歩み寄る。
「HEY!YO!俺はガシラ!お前らかしら?Fuckしらける奴らのお頭!おかしいな、何故か弱腰か?まぁ関係ないぜお陀仏しな」
「クルイロ!こいつ弱そうだぞ、やっちまおうぜ」
 マースカが加速して、B-BOYガシラに殴りかかるが、その拳はガシラに受け止められてしまう。
「よーわいからわいは1人ではよー動きませんこわいから。自分で言ってて悲しいわい、わいMYMEMYbyガッシー」
 チュインと金切音と共に矢が放たれる。
 咄嗟に飛びのけるマースカ、その後方からはインディアンのような格好の男が現れる。
「くそっ!なんでこんな俗物ばかりでつえーんだ!」
「どうもこんにちわ。元佐藤、今はシュガーと名乗っております。とりあえず死んでください。私のDM達」
 続けて光の矢が放たれる。 マースカとクルイロは踵を返し再び必死で走って逃げるが、そのうちの一本は、マースカの太腿をかすってしまう。
「確かにあいつらすげーDMもらえる。でもBGMは殺戮、俺は純なジャパニーズなんだBOO、シュガーが恐いぜまったく」
「それが遠征の配給なんだから仕方ないだろう。おかげでこんな素敵な武器も買えたしな。あの大物が松岡達に見つかる前にぶっ殺してやろう」
「どうせ俺はデコイ、やられてやるから出てこい、恐いシューガーに行ってこいされるのがセオリー」
「撃つぞ、走れ」
「あいあいさー!!」
 ダボダボのジャケットを揺らしながらガシラは血の跡を追いかける。
 一口に優しい日本人の冒険者達と言えど、皆が皆慈悲を持ち、死を尊ぶわけではない。 当然殺人に忌避感を持つ者もいれば、戦いなのだからと割り切る者もいる。 そう言った感性のバランスも、コアの冒険者選出に関係あるのかも知れないが、それを知るのはコアだけだろう。
「絶体絶命ってやつだな、これじゃミュースを迎えにいけねぇ」
「いや、奴なら必ず我々を探しているはずだ。一先ず空港へ向かおう、ナージャ様に会えずして死ぬなど絶対にあってはならない」
 いつの時代も争いは不条理だ。 きっかけはなんであれ、殺し殺され埋まらない溝が出来れば、後はとことんまでやるだけだ。
 指導者の小さな欲は、やがて民衆に広がり大きな化物へと変化して行くのだから。
「光拳っ!!」
 突如として家屋が大破する。 その塵煙から姿を現せたのは裸に赤い革ジャンを着たリーゼントの男だ。
「見つけたぞクソ共。俺はバイオズラ、お前ら露助のラストファックのお相手だこの野郎」

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