だんます!!
第五十五話 アルベルト博士の決断?
露国研究機関の収容所で涙を流しながら天を仰ぐ人物がいる。
「あぁ、なんて事だ。なんて君は美しいんだナージャ、君は美しすぎる」
手入れのされていない白髪に白衣、ここが研究機関と呼ばれる施設であるのも十二分に力を発揮し、彼は誰が見ても研究員であると見抜くだろう。
その男が醸し出す、奇人変人の類の人間が持つ特有な空気、馬鹿な事を言っていても滲み出る独特の聡明さに、彼が上位職の研究員だと理解する者も少なくないだろう。
「ダリアに電話してカメラを持ってきてもらおうか」
「さっきもスマホで撮ったじゃないですか!」
そう、お気付きであったかも知れないが、彼はいつぞやのロシアの博士だ。
「もう、やめてください博士。そんなに褒めずとも、どんな命令にも従いますよ。あなたは恩人ですから」
「命令だなんてとんでもない!!君はもはや、この地球上で最も美しい知的生命体だと私は断言しよう」
「まぁ、お上手だ事。ならばお礼にブローチなどは如何?」
ナージャと呼ばれた者、その身体を形成する滑らかな曲線から女性である事は間違いないだろう。
腰までの長い髪、長い睫毛に大きな瞳。
なるほど確かに、それだけ見るならば本当に美しい欧州美人である。 その全身が銀色の金属である事を除けばと但し書きが必要だが。
「美しい。かつて此れ程までに美しい薔薇があっただろうか」
彼女は艶やかに左手をそっと広げると、掌から薔薇のブローチが浮かび上がってくる。 まるで植物の成り立ちを超高速で早送りしているかのように、一瞬で創り上げられたのだ。
「本当に変わりないのかい?ナージャの聖銀の体積が減少するんじゃないかい?」
「ご心配いりません。このブローチは先程教授から頂いたマヨトーストとホットミルクで賄えています。私は存在そのモノが聖銀の心臓だと何度も申し上げたではないですか」
「何度聞いても、何度この目で見ても信じられないんだ。君は間違いなく、現存する女神だよ」
世界各国が日本発端の迷宮に対して慎重に動き始めた頃、露国は誰よりも一番に魔石の研究に着手していた。
僅かな難民を残し、国そのものを失った某国と並び、中国迷宮から魔石が持ち込まれた頃より研究を開始していた露国は、既にこの分野で最先端をひた走りしていると言っても過言では無いだろう。
迷宮関連で各国の動きを追ってみると、露国の異常さはよくわかるだろう。
北国は、魔石をパープルフィズと呼称し覚醒剤を混合したブルンフェルシアたる新薬を利用し、知能を持つ魔物を製造したが、現在は本土の大半を命の森に変えられ失ってしまい研究は停滞したまま再開の見込みもない。
中国では国家地盤の再編成を急務としているので、中国冒険者から流れる魔石の覚醒剤利用が頻発し、多くの魔物被害が出ている。
同国トルキスタンでは、システマが主導となり、また違う形で発展しようとしているが国規模ではない。
そして日本では、新たに出現した魔物使いゲームからの自衛利用、その成果を米国に小出しにしているのが現状となる。
露国を詳しく見てみよう。
亡国のように、あからさまに人体実験などは行わず、人道的な実験から始まる。 動物への魔石投与、進化過程、そしてミスリルの採取が繰り返されていた。
日に増すごとに増える難民の中に、角と牙が生えた女性がいるとの報告が入り、研究方針に大きな修正が入る。
彼女こそが、全身ミスリルのナージャだ。
彼女は亡国へ難民として連れていかれ、保護を名目とした薬物実験をされていたと語る。 そして、同様にモルモットとされていた者達の話をも。
魔石の投与によって適応する環境へ進化する事、覚醒剤と混合する事で自我を持って進化する事などを聞き、博士は興奮した。
動物実験で得た進化の仮説は間違っていないと確信したのだ。 そして博士は一線を超え始めた。
鬼人進化の抑制剤として、思考を読みとらせ液状化したミスリルを聖銀と称して投与する。 次第に症状は回復、角が消え牙も消えた頃から、ナージャは時より体の一部を全てミスリルにしたりと、自身の体で遊ぶようになる。
その姿に博士は着想を得て、何人もの新たな検体を飼育するようになった。
成功の最たる例はミスリル製造機のナージャであるが、戦闘要員としては不向きである。 そこで博士は元軍属の不随患者や部位欠損の患者へ魔石を投与し、回復を促しながら経過を観察し、形状変化が見え始めるとミスリルを打ち込むを繰り返す。 その絶妙なバランスで完成したのが、鋼と呼ばれる四肢のいずれかに強化点を持つ人型兵器だ。
これだけ見ても如何に露国の魔石研究が進んでいるかは火を見るよりも明らかである。
「派手にやってるみたいだな。」
「これはこれはマカロン総長、軍部がこんな所まで如何な御用ですかな?」
軍服に身を包んだ初老の男が音も無く現れ、博士は警戒を微塵にも隠そうとせずに睨みつける。
「そうイキがらんでいい。鋼共の運用が決定した。奴らはそのまま強化訓練を続行し、部隊配属となる、ここには戻ってこない。それを伝えに来た」
博士はギリッと奥歯を噛み締め、血が滲み出る程に拳を握りこんだ。
男はそれだけ言い切ると踵を返すが、小さく博士は首を左右に振り続ける。
「お待ち下さいマカロン総長! 話が違います!彼らの中には未だ鬼人化が進む者もいます!それにデータも不十分です、とても許可できません!!」
博士が振り絞るように意見すると、マカロン総長は溜息混じりに再び踵を返し、博士の額と自身の額が触れる程までに接近し、歯を噛み締めながら博士の胸を指先で押す。
「はぁ……私がわざわざ此処に足を運んでいる事の意味がわかるかね?これは提案ではない、命令だ。そこの女を取り上げないだけ感謝して欲しいものだ。貴様は引き続き聖銀の弾丸の生産を行っていれば良いのだ」
「……はい」
「よろしい」
押し込まれていた指が緩むと、間髪入れずに強く押され、博士は尻餅をついてしまう。
「あぁ、博士…」
「大丈夫だナージャ、そんな悲しそうな顔はしないでおくれ」
聞き耳を立てながら足音も無く立ち去るマカロン総長を待っていたかのように甲高いヒールの足音が追従し始める。
腰まで伸びるプラチナブロンドに長い脚、赤いヒールが白衣からちらつく女がマカロンの腕に腕を巻きつけ体を預ける。
「ダリア…クソビッチめ」
日頃からは想像もつかない暴言を吐き出すと、マカロン、ダリア双方がその足を止める。
「そうそう、アルベルト・ゼェレイニ研究所長殿。事後報告となるが、鋼の運用の際に生じる不具合調整に備えて、君の助手であるダリア・クリークは転属となった」
ダリアは振り返ると、男を誘うような妖艶な表情を浮かべ、ウィンクを飛ばした。
博士は双方に返事をするように生唾を吐き捨てると、親指を立てて喉を切り裂くジェスチャーを残し中指を突き立てる。
「まぁ……」
ナージャはその様子に、思わず声を漏らすが、軍人と娼婦のような研究員は蔑んだ笑みを残して消えて行った。
「くそっ、やはり助手を伴っての人体実験は間違いだった。もっと小出しにするべきだったんだ」
「どうしてです博士?」
「国の上層部はヒステリックな殺し屋集団のイカレ野郎ばかりなんだよ。だから軍事転用できる技術は少ないと報告し、少しずつ少しずつ研究成果を回していたのだが、あのダリアが裏切った。そして私はこのザマだ」
博士はカードキーでナージャを収監している牢の鍵を開けると、その手を握る。
「ナージャ、このままでは危険だ。我々は研究所を離れよう」
「だけど、どうするんです?あなたの為ならば、私は戦いの場に立ってもいいですよ」
「君にそんな事はさせられない。君と共にあれば、私は何処でも生きて行ける、君を失うぐらいならば、私は死んでしまった方がマシだ。必ず守り抜いてみせるよ」
この日の深夜、露国の頭脳とまで名を知らしめた研究者が消息を絶った。
「あぁ、なんて事だ。なんて君は美しいんだナージャ、君は美しすぎる」
手入れのされていない白髪に白衣、ここが研究機関と呼ばれる施設であるのも十二分に力を発揮し、彼は誰が見ても研究員であると見抜くだろう。
その男が醸し出す、奇人変人の類の人間が持つ特有な空気、馬鹿な事を言っていても滲み出る独特の聡明さに、彼が上位職の研究員だと理解する者も少なくないだろう。
「ダリアに電話してカメラを持ってきてもらおうか」
「さっきもスマホで撮ったじゃないですか!」
そう、お気付きであったかも知れないが、彼はいつぞやのロシアの博士だ。
「もう、やめてください博士。そんなに褒めずとも、どんな命令にも従いますよ。あなたは恩人ですから」
「命令だなんてとんでもない!!君はもはや、この地球上で最も美しい知的生命体だと私は断言しよう」
「まぁ、お上手だ事。ならばお礼にブローチなどは如何?」
ナージャと呼ばれた者、その身体を形成する滑らかな曲線から女性である事は間違いないだろう。
腰までの長い髪、長い睫毛に大きな瞳。
なるほど確かに、それだけ見るならば本当に美しい欧州美人である。 その全身が銀色の金属である事を除けばと但し書きが必要だが。
「美しい。かつて此れ程までに美しい薔薇があっただろうか」
彼女は艶やかに左手をそっと広げると、掌から薔薇のブローチが浮かび上がってくる。 まるで植物の成り立ちを超高速で早送りしているかのように、一瞬で創り上げられたのだ。
「本当に変わりないのかい?ナージャの聖銀の体積が減少するんじゃないかい?」
「ご心配いりません。このブローチは先程教授から頂いたマヨトーストとホットミルクで賄えています。私は存在そのモノが聖銀の心臓だと何度も申し上げたではないですか」
「何度聞いても、何度この目で見ても信じられないんだ。君は間違いなく、現存する女神だよ」
世界各国が日本発端の迷宮に対して慎重に動き始めた頃、露国は誰よりも一番に魔石の研究に着手していた。
僅かな難民を残し、国そのものを失った某国と並び、中国迷宮から魔石が持ち込まれた頃より研究を開始していた露国は、既にこの分野で最先端をひた走りしていると言っても過言では無いだろう。
迷宮関連で各国の動きを追ってみると、露国の異常さはよくわかるだろう。
北国は、魔石をパープルフィズと呼称し覚醒剤を混合したブルンフェルシアたる新薬を利用し、知能を持つ魔物を製造したが、現在は本土の大半を命の森に変えられ失ってしまい研究は停滞したまま再開の見込みもない。
中国では国家地盤の再編成を急務としているので、中国冒険者から流れる魔石の覚醒剤利用が頻発し、多くの魔物被害が出ている。
同国トルキスタンでは、システマが主導となり、また違う形で発展しようとしているが国規模ではない。
そして日本では、新たに出現した魔物使いゲームからの自衛利用、その成果を米国に小出しにしているのが現状となる。
露国を詳しく見てみよう。
亡国のように、あからさまに人体実験などは行わず、人道的な実験から始まる。 動物への魔石投与、進化過程、そしてミスリルの採取が繰り返されていた。
日に増すごとに増える難民の中に、角と牙が生えた女性がいるとの報告が入り、研究方針に大きな修正が入る。
彼女こそが、全身ミスリルのナージャだ。
彼女は亡国へ難民として連れていかれ、保護を名目とした薬物実験をされていたと語る。 そして、同様にモルモットとされていた者達の話をも。
魔石の投与によって適応する環境へ進化する事、覚醒剤と混合する事で自我を持って進化する事などを聞き、博士は興奮した。
動物実験で得た進化の仮説は間違っていないと確信したのだ。 そして博士は一線を超え始めた。
鬼人進化の抑制剤として、思考を読みとらせ液状化したミスリルを聖銀と称して投与する。 次第に症状は回復、角が消え牙も消えた頃から、ナージャは時より体の一部を全てミスリルにしたりと、自身の体で遊ぶようになる。
その姿に博士は着想を得て、何人もの新たな検体を飼育するようになった。
成功の最たる例はミスリル製造機のナージャであるが、戦闘要員としては不向きである。 そこで博士は元軍属の不随患者や部位欠損の患者へ魔石を投与し、回復を促しながら経過を観察し、形状変化が見え始めるとミスリルを打ち込むを繰り返す。 その絶妙なバランスで完成したのが、鋼と呼ばれる四肢のいずれかに強化点を持つ人型兵器だ。
これだけ見ても如何に露国の魔石研究が進んでいるかは火を見るよりも明らかである。
「派手にやってるみたいだな。」
「これはこれはマカロン総長、軍部がこんな所まで如何な御用ですかな?」
軍服に身を包んだ初老の男が音も無く現れ、博士は警戒を微塵にも隠そうとせずに睨みつける。
「そうイキがらんでいい。鋼共の運用が決定した。奴らはそのまま強化訓練を続行し、部隊配属となる、ここには戻ってこない。それを伝えに来た」
博士はギリッと奥歯を噛み締め、血が滲み出る程に拳を握りこんだ。
男はそれだけ言い切ると踵を返すが、小さく博士は首を左右に振り続ける。
「お待ち下さいマカロン総長! 話が違います!彼らの中には未だ鬼人化が進む者もいます!それにデータも不十分です、とても許可できません!!」
博士が振り絞るように意見すると、マカロン総長は溜息混じりに再び踵を返し、博士の額と自身の額が触れる程までに接近し、歯を噛み締めながら博士の胸を指先で押す。
「はぁ……私がわざわざ此処に足を運んでいる事の意味がわかるかね?これは提案ではない、命令だ。そこの女を取り上げないだけ感謝して欲しいものだ。貴様は引き続き聖銀の弾丸の生産を行っていれば良いのだ」
「……はい」
「よろしい」
押し込まれていた指が緩むと、間髪入れずに強く押され、博士は尻餅をついてしまう。
「あぁ、博士…」
「大丈夫だナージャ、そんな悲しそうな顔はしないでおくれ」
聞き耳を立てながら足音も無く立ち去るマカロン総長を待っていたかのように甲高いヒールの足音が追従し始める。
腰まで伸びるプラチナブロンドに長い脚、赤いヒールが白衣からちらつく女がマカロンの腕に腕を巻きつけ体を預ける。
「ダリア…クソビッチめ」
日頃からは想像もつかない暴言を吐き出すと、マカロン、ダリア双方がその足を止める。
「そうそう、アルベルト・ゼェレイニ研究所長殿。事後報告となるが、鋼の運用の際に生じる不具合調整に備えて、君の助手であるダリア・クリークは転属となった」
ダリアは振り返ると、男を誘うような妖艶な表情を浮かべ、ウィンクを飛ばした。
博士は双方に返事をするように生唾を吐き捨てると、親指を立てて喉を切り裂くジェスチャーを残し中指を突き立てる。
「まぁ……」
ナージャはその様子に、思わず声を漏らすが、軍人と娼婦のような研究員は蔑んだ笑みを残して消えて行った。
「くそっ、やはり助手を伴っての人体実験は間違いだった。もっと小出しにするべきだったんだ」
「どうしてです博士?」
「国の上層部はヒステリックな殺し屋集団のイカレ野郎ばかりなんだよ。だから軍事転用できる技術は少ないと報告し、少しずつ少しずつ研究成果を回していたのだが、あのダリアが裏切った。そして私はこのザマだ」
博士はカードキーでナージャを収監している牢の鍵を開けると、その手を握る。
「ナージャ、このままでは危険だ。我々は研究所を離れよう」
「だけど、どうするんです?あなたの為ならば、私は戦いの場に立ってもいいですよ」
「君にそんな事はさせられない。君と共にあれば、私は何処でも生きて行ける、君を失うぐらいならば、私は死んでしまった方がマシだ。必ず守り抜いてみせるよ」
この日の深夜、露国の頭脳とまで名を知らしめた研究者が消息を絶った。
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