だんます!!

慈桜

第四十九話 エルフ保育革命?1

 
 時は少々遡る。
 南北からなる半島に広がる光の森の中で、まだ幼児と言っても過言では無い、エルフの子供が意気揚々と森を闊歩している。 生まれたばかりなのか、彼はすっぽんぽんの全裸姿にも関わらず気にした様子も無く、朽ちて折れた木の枝をブンブン振りながらに森を進む。
 聴力の優れた長い尖った耳で、精霊を介して樹々や森の動物達の笑い話を聴きながらご機嫌な様子であるが、ふと異変に気付き足を止める。
 傍目からは鳥の囀りと、草木が揺れる風の音しか聞こえないが、何やら少年は何度も何度も首を傾げている。
「誰か叫んでる?」
 森の外で呻き声が響いているような気がすると、エルフの少年は覚束ない足取りで森の外を目指すが、その愚行に森がざわざわと騒めき始める。
「大丈夫だよ。すぐ森に隠れるから」
 激しく揺れる木を優しく撫でると、少年はもう一度森の外へ耳を傾ける。
『のむっ…ぐばぐはっ、ばべべべ』
 やはり森の外との境にたっても、その声は水の中で叫んでいるかのようにノイズが入って聞こえない。
 少年は堪らずに、ヒョイっと森から飛び出してしまったのだ。
「あっ」
 飛び出した先には複数人の人間がいる。 実際には3人しかいないのだが、エルフの少年は体を強張らせてしまい尻餅をついてしまう。 俯いてしまった為に、沢山の人に囲まれてると勘違いしてしまっているのだ。
真的小精灵本当にエルフだ
这是不是骗人的嘘じゃなかった
告诉过你了だからいったろ
 言語から見て中国難民だろう。 北経由でのロシア入りを目論んだのか断念して南端まで訪れたのか。 経緯はわからないが、確かに彼らはここに居てエルフの少年を見て下卑た笑みを浮かべている。
 エルフの少年は自分に話しかけられていると勘違いしたのか、首を必死に左右に振るが、男達はおかましなしである。
 だが、不幸な事にエルフの特性として、聞いた事の無い言語でも、森の精霊を介して徐々に言葉の意を理解してしまう。
「こいつを売ったら大金持ちだ」
  「でも何処に売るんだ?俺たち自体が根無し草だってのに」
「漁村に行ってみるか?なんらかの船ぐらいあるだろ」
「とりあえず連れて行こう。逃げられたらだるいからな」
 難民が金になりそうだと少年の脇腹に肩を入れて持ち上げようとするが、確かにそこに居たはずのエルフの少年は消え、代わりに全身白尽くめの眉目秀麗な偉丈夫が立つ。
 ハクメイだ。
 髪が異常なまでに伸びているので、一瞬目を疑うが、此処まで全身真っ白の変態は彼しかいないだろう。
 腰まで伸びる長い光沢のある白髪を邪魔そうに搔き上げると3人の男達を見て深く溜息を吐く。
「ニイイチンスラ」
「ふっ!ふざけんな!めっちゃ生きてるわ!!」
「言ってみたかっただけっすよ。此処は貴方方には縁も所縁も無い場所なんで、もう立ち寄らないで下さい。次に同じ事をしたら、その時は本当に命で償ってもらうっす」
 ニマッと笑みを見せると、ズブズブと森の中に消えて行く。 男達は、その光景に何か不気味さを感じたのか、それぞれが身震いをしながら諦めようと踵を返して行く。
「お兄さんだれ?」
「エルフ教育委員会のハクメイっす」
 ハクメイは慣れた手付きで、エルフに果物の取り方や、おもちゃのような小さな弓の使い方を教える。
「そうっす。エルフはさっきの奴ら、人間の血を浴びたらドラウになってしまうっす。だから弓矢を覚えるっすよ」
「ドラウ?」
「そうっす。ドラウっす。肌の黒いエルフで、命の森に入れなくなるっす。悲しい事っす。じゃあ次は弓の手入れと作り方っす」
 弓の作り方、矢の作り方を教えて行く。  
「弓に適した竹林、麻畑を森が彼方此方で管理してくれてるっす。そこで、竹を選んで」
 アイテムボックスから取り出された竹を削り加工して行く。 その様子にエルフのちびっこは「おお!」と楽しそうに作業を見つめる。
「弦は麻の繊維を編み込むっす。たまに森の精霊が加護をくれて粘り強い、いい弓になったりするっすよ」
 パイン、パイーンと弦を弾くハクメイ、うんと頷きご満悦の様子、どうやら納得の出来だったらしい。とても殺傷力があるとは思えない子供用のおもちゃの弓が完成する。
「矢は矢竹を使うっす。じゃあこれをあげるっすよ」
 ハクメイはそれまで実演で使っていたミスリルのナイフと弓矢を手渡し、すっぽんぽんのエルフ少年に麻の服と麻の靴を着させる。矢筒を背負い、腰帯にミスリルナイフを差し込むと、お遊戯会の滑稽さに似たものも感じるが、一端のエルフとなって、力強く頷く姿が見てとれる。
「この金属はミスリルだから大丈夫っすけど、他の金属を触ったら火傷するから気をつけるっす」
「うん、ありがとうハクメイお兄さん」
 ハクメイのお仕事は本来ここで終わりなのだが、少し寂しそうにする少年を見て眉尻を垂れる。
「まだ自律できない子を保護したりもしてるけどくるっすか?」
「大丈夫。大丈夫だけど、行ってみたい。教えて欲しい事がある時会いに行けるように知っておきたい」
 エルフは長き時を経て、少しずつ少しずつ研鑽を重ね、いつしかは誉れ高い森の戦士として育つのは定説のようだが、反面幼少期はとても無力である。
 それこそ、斯様な者達にも簡単に攫われてしまうぐらいに無力なのだ。
 いつかは森を穢す者への怒りを明確に示さんが為に、暴力を振るう事もあるだろう。 死が森との繋がりを分かつまで、弓を穿ち続ける修羅にもなれるだろう。
 だが今の彼らは偉大なる森に保護されている、か弱き森の民でしかない。 そしてその性格は総じて猫のようにキマグレで、甘えたければ寄り添い、好奇心に駆られるなら果てなく旅をする種族なのだ。
 その美しい姿と柔らかい物腰で、触れ合った多くの者達と交友を結ぶ。 本能に刻み込まれているとしか思えない程のエルフらしいと言われる習慣である。
 その社交性は生涯森から出ないエルフは、全てのエルフを知ると言われる程であり、外界に旅に出るエルフも多くの人脈を築く所以とすら言われてる。
 簡単に言うと、エルフええ子庇護欲マックス以上まる。これに尽きる。
「了解っす。じゃあ行くっすよ!」
「え?ビィヤァァアァアアア!!」
 安全運転と言えど、それはハクメイ基準である。 グロッキーになってしまった少年はフラフラと突っ伏してしまう。
「ん、また拾ってきた」
「はぁ、仕方ないのう」
 グレージュカラーのポニーテールを揺らしながら突っ伏したエルフ少年を抱き上げるメイファー。 その横で腕を組みながら溜息を吐くラオ。
 東洋美少女のメイファーに相反するように、すみれ色の美しい髪をツインテールにした西洋美少女のラオは、そっとしゃがんでメイファーへと背を向ける。
「おぶったほうが楽だからのう」
「ラオ、やさしい。すき」
 側から見るならば、白地に赤いリボンをあしらったボレロ型制服のようなコスチュームに身を包む二人は、紛う事無き天使に見えるだろう。
 しかし間違ってはいけない。
 荒野に咲くは一輪の白百合。
 天使はメイファーただ一人、相反する紫髪紫眼の美少女は、元は糞尿垂れ流しの禿げたジジイなのだから。
 閑話休題すまん、熱くなった
 軽々とエルフ少年を背負い、簡易テントを幾つも建てているヴィレッジまで運ぶ。
 テントは森にとって異物なので、エルフ達は忌避感を持つが、今ではすっかり慣れた様子で、ひょっこりと窓から顔を出していたりする。
「新人だ。また色々教えてあげてくれ」
 テントの窓から顔を出していたエルフの少女はうん!と頷きラオの背の少年を寝床へと運ぶ。
 その様子を見届け、満足気に頷くと、ハクメイは再び大木に背を預け座り込む。
 すると、エルフの小さな女の子がステテテとハクメイに駆け寄り、その手をギュッと握る。
「どうしたっすか??」
「あれ、とって」
 エルフの幼女が指差す先には、一粒一粒が林檎程の大きさの葡萄が実っている。
「仕方ないっすねぇ!ほらっ」
「うん、おいち」
 ハクメイは続けて、その隣に群生する薄紅色の木苺を毟り取る。
「ほら、これも美味しいっすよ」
「ほんと、にちゃ、これおいち」
 エルフの幼女と手を繋ぎ、果樹を採るハクメイの笑顔を照らしていた陽光は、まるで示し合わせたかのようなタイミングで大きな影に遮られる。
 その影にゆっくりと振り返ると優しい笑みを浮かべるハクメイ。
「あれあれ?モモカちゃんっすね、お久しぶりっす。うわ、でか!赤雷なんか凄くなったっすか?うわっ、やめるっすよ赤雷!!」
 その白髪の男を見るや否や、赤雷はその顔をペロペロと舐める。
「ハクメイ?なの?」
「そうっすよ?あっ、なんか髪いきなり伸びたんすよ」
 運命の歯車とは、時に趣向を凝らし、時にいとも容易く人の出会いを演出する。
 本来では繋がるはずの無い者達までもが、舞台の上に立たされる事もしばしば。
「みんな元気っすか??」
「うーん、あたしは掲示板とか見ないから良くわかんないかなっ?教授なら知ってるよね??」
 話を振られた教授はハクメイに見惚れてしまっていたが、即座に意識を取り戻し、聞こえていなかったのを誤魔化すようにブンブンと首肯を繰り返す。
「全然わかんないっすよ!」
「あはは!教授聞いてなかったでしょ!」
 懐かしい顔ぶれにテンションが上がるが、ハクメイは突如、痛そうにコメカミを抑える。
「ハクメイ?どうしたの?」
「モモカちゃん、教授さん。ゆっくりして行って欲しいっす。ちょっと行かなきゃっす」
 それだけ言い残し、身体を光の粒子に変化させその場から消えてしまう。
「え?どゆこと?」
「心配いらんよ。保育園の園長先生のお仕事じゃ」
 そこへエルフの幼児達に纏わりつかれて、エルフ鎧を装備したラオが、割って入る。
「冒険者?」
「お初に目にかかる。儂はラオ、こっちがメイファー。中国の冒険者だの」
「ん、よろしく」
 何故かドヤッとしているラオと、ぺこりとお辞儀をするメイファーに、よろしくねと声を掛けるモモカ。
「ハクメイは何処いったの?」
「森から飛び出たエルフを保護してるんじゃよ。」
「ふーん、じゃあ見に行ってみよっ!!赤雷いくよっ!!」
「クェェェェエエ!!!」
 慣れた様子で赤雷の背に飛び乗るモモカ、だがドラゴン教授は待ったをかける。
「ちょ、置いてかないで下さいよ!!それにさっきまで赤雷の背に乗るの怖がってたのに!!」
「もう慣れた!!すぐ戻ってくるからぁ!!」
 教授の制止もむなしく、モモカは赤雷と共に空へと消えていってしまう。
 教授は膝を地に着きながら、静かに涙を流す。
「私はどうすればいいのですか…」
「粗茶ですが」
 メイファーはラオに着替えさせられ、メイド服でそっと教授にお茶を差し出す。
「あ、どうも」
「中々お転婆なお嬢さんのようだのう」
「そうなんですよ!ほんとに!!本当にお転婆すぎるんですよ!」
 その後ラオとメイファーは教授と暫くの間ティータイムを楽しんだとか楽しんでないとか。

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