だんます!!

慈桜

第三十一話 剪定の序章?


 
「あれから…何日過ぎたっすか」

 巨大な異形の鬼の喉笛を掻き斬り、その胸に刃を押し込み魔石を回収する。

 白を基調とした、白銀の髪を揺らすメイズに瓜二つな冒険者ハクメイは、ただ目の前に現れるオーガの命を刈り取り、魔石を集める作業を繰り返していた。

「いつ……終わりが見えるっすか」

 ハクメイは焦り苛立ち、そのやり場の無い感情をオーガにぶつけては命を刈り取り、終わりの無い狩りを続けている。

「ノルマ達成……すか」

 知る限りでは、ハクメイと言う名の冒険者はこのような瞳に絶望の色を浮かべた無表情な男のイメージは無い。
 ひょうきんで愛嬌があり、皆に愛されている、それがハクメイという男だったはずである。

「はぁ……」

 ダンジョンの出口を前に、まるで無音の海で鯨が潮を吹くように静寂を切り裂く溜息を吐き出すと、意を決して門を潜る。

 和風の城を背後に一面を見渡すと、そこには連日連夜その数を増し続ける難民達が、餌を待っていた雛鳥のように叫び声を各々にあげる。

「何をしていたんだ!!早く食物を寄越せ!!」
「元を辿ればお前らのせいでこうなったんだ!!」
「たまには美味いものを食わせろ!!!」
「お前だけ美味いもの食ってるんだろ!!」
「日本人ならもっと誠意を込めろ!!!」

 ハクメイがダンジョンに潜り、難民達に食料を振る舞う。
 それが当たり前となった難民達は、行き場の無い怒りを次第にハクメイへ向けるようになった。
 日に日にハクメイを頼る難民が増え、食料が行き渡らずに腹を空かせた難民達は、石を投げつけ、罵詈雑言の雨を彼へと浴びせていたのだ。

 心を痛め口数すら少なくなってしまったハクメイは、一頭200DMのオーガを死線を潜り抜けながらも日に50頭討伐し、10000DMを10kg1000円のじゃがいもに変換し大量に揃えてもまだ足りない。
 実に金銭に換算すると、1億円分のジャガイモを毎日提供しているにも関わらず、難民達は少しでも腹を満たそうと奪い合い争いを始める。

 ハクメイはジャガイモの山を築きあげると、その背に罵声を浴びながら無言のままダンジョンへと潜って行く。

「ころ、して……やりたい……なんで……なんでこんな無駄な正義感……なんすか、まじで」

 人は飢えると攻撃的になるというが、これは果たして飢えなのだろうか。
 オークから救い、オーガから救い、飢えぬように食料を提供しているにも関わらず、感謝されるでもなく賞賛されるでも無く、ただただ罵詈雑言を投げつけられる毎日。

「アニキ……すいません……でも、おれ……どうしたらいいか……わかんないっす」

 自分がここから抜け出せば大勢死ぬ。
 でも自分は既に限界を迎えてる。
 考える事を破棄して、ただひたすら無心でオーガを殺し、比例してレベルが上がり強くはなるが、心は弱る一方であった。

 陽が暮れるまで魔物を狩り続け、夜になるとこっそりとオーガダンジョンから抜け出して、その裏手でひっそりと眠る。

 月を見上げながら目尻から筋を引いて静かに涙が流れるが、救いの手が差し伸べられる筈もない。

 だが……その日はいつもとは違った。

 バラララララっと夜空に轟音を響かせ、壁の内側へ軍事用ヘリが飛んで来たのだ。

 ハクメイは飛び起きる。
 飛び起きてライトの魔法を幾つも展開し、SOSの文字を描くと、ヘリはゆっくりと降下を始める。

 だが、あっという間に難民に囲まれてしまい、ヘリは着陸するには至らず、2名の軍人がロープを使いラペリング下降を実行し、着地した軍人に難民達は群れるが、軍人は迷わず上空へ向けて威嚇射撃をする。

 軍人が何やら叫んでいる言葉が韓国語のような発音であったので、ハクメイはすぐに韓国をアクティベートすると、何を言っているのかがわかるようになる。

「寄るな!!寄るなクソが!!撃ち殺すぞ!!」

「あぁ!すいません!俺、言葉わかります!」

「おぉ、これはこれは! 冒険者の方でしたか」

 ハクメイが声をかけると、軍人は安心したかのように銃を降ろす。
 もう一人の軍人はそのまま警戒態勢を続け、男はハクメイを人の少ない所へと連れ出して行く。

「私は北朝鮮・ロシア合同の民間軍事会社CAMsのハンと申します」

 男は自己紹介を交えて握手を求めると、ハクメイもその手を握る。

「あ、はい。自分はハクメイです。あの、救援でしょうか?」

「はい、遅くなりましたが、難民の救援です。受け入れ施設の段取りに時間を要してしまいまして」

「本当ですか!!!!本当ですか……よかった」

 ハクメイはその手を強く握り、深く深く目を閉じて、突如訪れた幸運に感謝する。

「ですが……我々のような民間軍事会社が今回の救出に踏み切る為には、ある条件を満たす必要があるんです…」

「条件……ですか?」

 そう言うと、ハンは肩から下げたバックから、何やらクリアファイルに閉じられた書類を取り出し提示する。

「はい……実は、中国の冒険者から持ち出された魔石と呼ばれる未知の結晶が、新手の覚醒剤として現在出回っているのですが、それが不治の病、所謂、AIDSや癌の特効薬になることが分かったのです」

「えぇぇ!?すごいじゃないっすか!!」

「はい……ですが、あの結晶は冒険者にしか手に入れる事が出来ません、そして我々の国がダンジョンを統括する者に認められるとは到底思えません……そこで、ネットで情報があったこちらの壁の中にいる冒険者様に結晶の提供をお願いできるのであれば…と。交渉役を任されたのですが、ここは素直に全てお話した方が良いかと思ったのですが」

「やるっす!やるっすよ!!魔石!俺!魔石集めるっす!!」

「本当ですか!!それは良かった…これで多くの命が救える…それにこれが上手くいけば、我々もボーナス期待できます」

「あはは!そう言う素直なの嫌いじゃないっすよ!!」

 再びハクメイとハンは強く手を握り合せて、互いの喜びを示す。

「では、明日より大型輸送ヘリで救援に参ります、我々の用意できるのが2機ですので、一度に運べるのは90名が限界です。魔石はどれほど用意出来そうかわかりますか?」

「魔石ですか…実はここの皆さんの食事提供に、1日、ちょっと待ってくださいね。このサイズの魔石が50個必要になるんすよ。ですので、それ以上となると5個が限界っすね…」

 ハクメイは唇を噛み締め申し訳無さそうに眉を垂らすが、ハンはニヒルな笑みを浮かべてハクメイの肩をポンポンと叩き強く握る。

「ハクメイさん!!十分です。それなら毎日ヘリを飛ばすに値します。共に難民を助け合いましょう」

「本当ですか!!はいっ!!本当嬉しいです!!まじで!!」

 それを機にハクメイは連日無心でオーガを狩る。

 連日連夜救出ヘリは訪れるが、難民も増える一方でエンドレスとなる。

 だが、いつか救われる。

 いつか終わりが来ると、ハクメイは戦い続けた。

「いつ………終わるんすか……ね」

 ハクメイは終わりの無い毎日に、再び天を仰いでいた。

 ハンが訪れたあの日のように、満月を見上げながら瞳から涙を流していると、突如目の前から月が消える。

「お兄ちゃん、何してるの?あれ?お兄ちゃんじゃない」

 そこには大きな二つの瞳が、月明かりに照らされたハクメイの白いコートを反射してキラキラと輝いていた。

「こらメイファー、先々行くな。いかに冒険者と言え警戒はせんかい!!」

「待って頂けませんか、この建物が迷宮なのですか?」

 突如目の前に現れたのは2人の少女と1人の少年、メイファー、ラオ、ウェイツーである。

「冒……険者っすか?」

「そうだよ。お兄ちゃん、冒険者は自由だけど悲しむのは嫌だよ、何かあったの?」

 神の思し召しか、運命の悪戯なのか。

 メイファーとハクメイはここで巡り会う。

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