だんます!!
第二十話 罪喰いってそゆこと?
異世界、フィレンツェの罪喰いギルド本部では、日本の罪喰いの面々が黒と白のコントラストが特徴的な、いかにも厨二なジャケットに着替え、更衣室で待機していた。
「ったくメイズもこんなとこに放置して行きやがって、あっ。」
シシオは不機嫌を隠すつもりも無く、苛立ちのままに更衣室の壁を殴ると、そのまま穴が空いてしまう。
そして貫通してしまった穴からは、お約束の下着姿のギルド職員がいるわけも無く、岩石を寄せ集めたかのような肉弾戦車のオッサンが眉間に皺を寄せて覗きこんでいる。
「あ゛ぁ!?」
「はい、シシオ死んだ」
ホリカワが冷静に一言呟くと同時に、更衣室の壁は更にぶち抜かれ、既に壁としての役割に享年を迎えている。
「仮眠室の壁ブチ抜いたら仮眠できねぇよなぁ!? 寝てて顔面に壁落ちてきたらムカつくよなワーレオンちゃんよぉお!?」
撃ち抜かれた壁から、まさに筋肉の岩山が二足歩行をしているかのような巨体の男が、真上からシシオを見下ろす。
比較的体格のいいシシオですら子猫のようである。
「ひぃぃ!!すいません!!!わ、わかりません!そんな経験ないからわかりません!!」
その威圧感にシシオは知らぬ間に尻餅を付いて、じりじりと後ずさりしてしまうが、岩石兄貴は口を歪ませて拳を振り上げ……嗤う。
「じゃあ寝かしつけてから壁に叩きつけてやるよぉぉ!!!」
そしてその拳が振り下ろされようとした時、ガンジャが間に入ってそれを制する。
「だめ!死んじゃう!やめてアンディ!!」
突然ガンジャが叫ぶが、大男はキョトンとした顔で問う。
「いや、誰だよ」
「えと、じゃあフランクさん!!」
ガンジャが大男の左胸に指を指すと、大男は地面を叩き割り、床に大穴を開けた後に胸筋をピクンピクンと動かしまくる。
「そんなやわな筋肉じゃねぇ!!」
「「「「通じた!?」」」」
日本でしか通じないようなネタであるにも通じてしまった事に一同が驚いていると、更衣室の扉が開かれる。
「よし、着替えたな。行くぞ。それとストーム、壁と床、お前の報酬から引いとくからな」
「チッ、わかったわかった。おいワーレオン」
「はいっ!!!!」
「その面覚えたからな?」
「はいぃぃ……」
大男は怒り覚めやらんと、壁を蹴り壊すがブッチー達はそそくさとその場を後にする。
「すまないな。ストームは強くていい男なんだが短気が過ぎるところがある。まぁ、見た所、まだお前らは冒険者同士の戦闘プログラムをロックされているようだから、ストームに殴られても吹っ飛ばされるだけで済んでいたんだがな」
シリウスはそう言いながら階段を降りて行くが、ストームを怒らせた原因のシシオは冷や汗が止まらない状態である。
「大丈夫? シシオ」
「ああ、すまんなガンジャ。正直助かった」
「シシオが無事でよかったよ。まさか通じるとは思わなかったけど」
一階のエントランスに降りると、皆同様の制服を着た、罪喰いの面々が馬鹿騒ぎをしている横を通り過ぎ、裏庭に抜けると転移陣が用意されている。
「マスターのように、好きな所で自由に無詠唱で転移出来ればいいんだが、私の場合はこうして陣を敷く必要があるんだ。手間をかけてすまない」
「いえ、時空魔法のルーンなんて、宇宙人しか解けないって思ってましたけど……スゴイ……」
これには魔法ヲタとも呼ばれるブッチーが目の色を変えて興奮しているが、それを見てシリウスはクスッと笑ってしまう。
「全ての魔法を覚えてからなんとかって感じのルーンだからね。私も苦労したよ…しかし、その宇宙人っていうのは、私達の世界の魔女のようなものかい?」
「えーと、はい!空の上の星々に住む人間じゃない生物です!」
ブッチーの言葉にシリウスは驚き、そして嬉しそうに笑顔を見せる。
「ふふ、やはり世界が変わると会話は難しいね。空の上の星々か、目で見えているのに転移の術式が組めない程の距離がある星々に住む者達……面白い……本当にいるなら見てみたいな……あ、話が逸れてしまっていたね。じゃあ、みんな乗って。転移するよ」
シリウスが促すと、全員が転移陣の上に乗る。
すると術式が起動して、一瞬で景色が切り替わる。
そこは山間の獣道であった。
ここになにがあるのか?
日本の罪喰いの面々は何が何やらわからずにシリウスについて行く事しか出来ない。
「じゃあこれより、罪喰いのクエストを開始する」
シリウスがそう言い放つと同時に、森の中から1人の男が飛び出してくる。
その表情、体の強張りから、その男が何かから逃げ惑っているようにも見える。
「君達には、まだまだ早いかもしれない。けどね、罪喰いが何故、犯罪者で形成されるか。何故、罪喰いは罪を喰らう者なのか」
シリウスは指をパチンッと鳴らすと、突如として樹々が蠢き、逃げ惑っていた男を捕らえる。
「うわ!!うわぁぁあ!!!」
「君達の世界でもこの先、冒険者はどんどんその数を増やすだろう。そして、10層、20層とダンジョンが進化して行く。だが、50層以上のダンジョンを生み出す為の進化条件の一つに、多国籍冒険者の在籍人数の増加がまず一つ目の条件として加えられる」
捕らえられた男は必死でもがき、自身を焼く程の大炎を発するが、シリウスは更に手を翳し、その樹々を炎ごと凍らせてしまう。
「そして、100層を超えるダンジョンへの進化条件として、冒険者同士の戦闘禁止プロテクトの解除が必要となる」
グキュっと肉を絞ったような音が響き渡ると、捕らえられた男は痙攣を始め、口からドス黒い血を垂れ流す。
「すると、冒険者は気付いてしまうんだ。今まで辛く過酷なダンジョンを何度も死にそうになって潜り続けて、やっと手に入れていたデバイスを……」
ゴキャッと声にもならない声と共に男が絶命すると、樹々の呪縛は解かれ、肉塊がボトリと音を立てて地面に落ちる。
そしてシリウスは、インベントリから取り出した長剣をその男の胸に突き刺すと、そこから黒い長方形の薄い板のような物を残し、まるで魔石を抜かれた魔物のように黒い靄となって消える。
「……冒険者を殺せば簡単に手に入れる事ができるってね」
日本から来ている罪喰いの面々は唖然としたままに言葉を失う。
「そして、冒険者のデバイスを奪った場合のみ、その者が積み重ねてきた努力そのものを取り込む事が出来てしまうんだ。過剰経験値とスキル、そして魔法、必要なルーンの知識。こんな馬鹿げたシステムがあると、何が起きるかわかるかい?」
目線を向けられたブッチーは、震えながら小さな声で呟く。
「ころし……あ、い……」
捻り出したその言葉に、ブッチーは更に震えてしまうが、シリウスはクスッと笑い、ブッチーの頭を優しく撫でる。
「そう、愛すべき友であったはずの冒険者達が他国へ回り、冒険者同士の殺し殺されの争いが起きる。だが、マスターはそれを許さない。選ばれし存在であるはずの冒険者が、楽に強くなる為に仲間であるはずの冒険者を殺す者を絶対に許さない。マスターが冒険者に優しいのは知っているだろう?特にワーレオンの君、マスターはブっても蹴ってもタメ口を聞いても怒らないだろ?それは勿論口喧嘩とかの話じゃないよ?」
「あ、あぁ。じゃなくて、はい。冗談で返してくれる……ます」
「そうだね、マスターはいつだって私達の事を考えてくれている。伸び悩んでいれば強くなる方法を教えてくれる。目標が無ければ、その者が好きな趣味などを聞き出して全力で頑張れるようにサポートしてくれる。そして、わざと無能なふりをして皆の心に余裕を持たせてくれる。それを彼は何百年も繰り返してきたんだ。ずっと変わらずにあのままでね。だから絶対に許せないんだ。自分の子供のような存在の者同士が殺しあうなんて事は」
シリウスは、デバイスを拾い上げ、懐へしまいこむと、再び転移陣を組み始める。
「だからマスターは、組織罪喰いを作った。その昔、餓死寸前の子供が一切れのパンの為に人を刺した。そして処され殺されそうになった時に彼はその子供を目がくらむ程の大金で買い取った。そして彼は言った、その罪を贖う為に罪を喰らう者になれるか?とね」
シリウスは、左胸に光る金色の罪喰いの紋章に拳の腹を押し当てる。
そしてその紋章をもう一度強く叩く。
剣の突き刺さったウロボロスの紋章を強く叩いたのだ。
それは彼の意志を示す為に必要な事なのだろう。
「私は答えた。する、なんでもすると。そしてクエストの内容をしっても尚同じ答えを返した。冒険者を殺す罪人を喰らってやると!!」
転移陣の準備が出来て、鋭い眼光になっていたシリウスは、再び優しい笑みを浮かべた元の表情へと戻っていた。
「だから、君達も罪喰いとして、そのジャケットに袖を通すのなら、覚悟しておいた方がいい。罪喰いこそは、マスターの真の理解者であるべきなのだとね」
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