銀黎のファルシリア

秋津呉羽

真実

 ファルシリアが目を覚ますと、そこはリングハウスのベッドの上だった。
 どうやら、生家の近くの森でククロに負けてから、ここまで帰って来る途中で寝てしまったようだ。視線を周囲に向ければ、リングメンバーが勢ぞろいしていた。
 その中でも、ククロだけがミイラよろしく全身を包帯で巻かれていた……この男、何かあるたびにミイラ男みたいになっているような気がする。

「そうか……私はククさんに負けたんだっけ……」
「正確には俺の他にツバサさんと翡翠の助力もあったんだけどな」

 ククロの言葉に苦笑するツバサと、うんうんと強く頷く翡翠の対比が印象的だ。そんな二人を見て乾いた笑いを浮かべたファルシリアは……部屋の椅子に座るスウィリスの姿を見つけて、笑みを消した。
 反射的に腰の蛇腹剣に手が伸び……そして、そこに何もない事に気が付いた。

「悪いが、武装は全部解除させてもらってるぞ。俺の家で暴れられたら困るからな」
「アンタの家じゃないって言ってるでしょーが」

 げし、と翡翠から割と容赦のない突っ込みが入る。ギャーギャーと喧嘩を始めたククロと翡翠に任せたら進まないと判断したのだろう……ツバサが一歩前に出て口を開いた。

「スウィリスさんにはここに来てもらったんだ……一応、ファルさんと話してもらった方が良いかもしれないと思ってね」
「もうこれ以上話すことなんて……ッ!!」
「でも、色々と疑問はあるんじゃない?」

 そう言ったのは、眞為だ。
 まっすぐな、嘘偽りのないその瞳を前にして、ファルシリアは言葉に詰まった。確かに、実際はファルシリアにも疑問はあった。なぜファルシリアの父親を殺したのか、なぜその娘であったファルシリアを育てたのか、なぜ復讐するように仕向けたのか、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
 頭の中に去来する『なぜ』という言葉。その先が言葉にならないファルシリアに変わって、ククロが腕を組んでスウィリスに話しかけた。

「んで、そこら辺どうなんよ、スウィリスさん」
「………………」

 ククロに話を振られて、スウィリスが一瞬だけ視線を動かすが……すぐにまた俯いてしまった。その陰鬱な仕草に辟易した様子で、ククロが軽く肩をすくめた。

「ファルさんの口から聞いてみ。少なくとも、俺達から聞かれても口割らないと思うぜ」
「…………スウィリス」

 ファルシリアがその名を呼ぶと、スウィリスが小さく震え……そして、疲れ切ったように大きくため息をついた。

「そうだな……お前が望むなら、語るべきだろう……」

 そう言って、スウィリスは静かに語り始める……ファルシリアの知りたがっていた事実を……。

 ―――――――――――――――

 私は昔、アップタウンで両親と妹と弟の5人で暮らしていた。
 父は厳しく不器用だったが優しい人だった。母は妹や弟に甘くよく父にまとめて叱られていた。妹は素直で言うことはなんでも聞いたが、頑固なところがあって手を焼いた。弟は生意気で乱暴だったが、人を決して傷つけることはなかった。皆、私の愛する家族だった……それなのに、あの男が全てを奪い去っていった。

 あの男は家に押し入ると妹を、弟を、父を次々に殺していった。私は母にクローゼットに隠れているように言って……私の直ぐ側で殺された。私だけが生き残った……母の、父の、妹の、弟の遺骸の前で私は誓った。こんなことをしたやつを引き裂いて殺してやる、と。

 それから私は冒険者……アサシンとなって『奴』を探し続けた。けれど『奴』の手掛かりはまるで出てこなかった。それでも私は探し続けた。何年も何十年だって探し続けた。そしてやっと見つけたんだ……私は『奴』を尾行して人気のない森の中で襲撃した。

 『奴』は手ごわかったがなんとか背中にナイフを突き立ててやった。勝てる見込みがないと悟ったのか逃げ出した『奴』を追って……そこで私が見たのは『奴』の遺体に縋り付いて泣きじゃくる子供の姿だった。
 一目でわかった。あの子供は『奴』の子供なのだと。
 衝撃だった。私は復讐を誓った『奴』と同じ、誰かの家族を殺してしまったのだと理解した。子供が泣く姿は、まるで幼い頃の自身を見ている気分だった。最悪の気分だったよ。
 私はその子供を介抱して、起きたその子供に尋ねたんだ。『父親の復讐がしたいか?父親を殺した奴が憎くないか?』と。

 私の中には後悔しか残っていなかった。だから私はその子供に殺されてもいいと思った。いや、むしろ殺して欲しいとさえ思った。『憎い』という返事を聞いて、私はすべてを打ち明けて殺されるつもりだった。
 だが、ふと思い出した。『奴』を調査していた時に子供がいたなんて情報は一切出てこなかった。それに家の様子からして二人暮らし。父親をなくした10歳ぐらいのこの子はこの先どうやって生きていくのだろうかと。

 だから私は自身のことを隠して子供を育てることにした。その子供が独り立ち出来るようになった時には、全てを打ち明けて殺されようと。今思うと……私は命が惜しかったのかもしれない。もちろん、当時はそんなつもりはなかった。ただ子供のことを思ってのことだった。
 子供が育ち、そろそろ外に出してもいいだろと思う頃、誤算があった。子供が私に懐いていたのだ。いくら懐いたとしても、私が父親を超えることはないだろう。それぐらい子供は父親を慕っていた。
 そして私が父親より慕われることがないのなら、いずれ全てを明らかにした時、私を慕えば慕うほど子供にとっては辛いことになるだろう。だから私は子供が外に出る時に適当な理由をつけて別れることにした。子供は既に独り立ちできるようになっていたが、私は心配だった。

 子供は誰とも深い付き合いはせず、やっと出来た友達も喧嘩別れしてしまった。
 打ち明けるのは、子供に私より親しい友や恋仲が出来てからにしよう。それからでも遅くない。そう思ったのもつかの間、子供には友達が出来始め、多くの仲間を持つようになった。
 今度こそ打ち明けよう。だけど、もし打ち明けた結果、子供の心や仲間との仲が壊れやしないだろうかと。私は怖くなった。そうしてずるずると打ち明ける機会を伸ばしていった。

 ……いや、言い訳だな。私は、私はただ……その子供と、お前と一緒にいたかったんだ。
 死ぬのは嫌だ。お前に憎まれるのは嫌だ。お前が笑っている顔が、幸せそうな顔をずっと見ていたかった。
 だが駄目だった。いくら消したと思っても過去は追ってくる。
 ミスリアが証拠を掴んだと言った時、口封じすれば大丈夫かと思った。でも駄目だった。全てバレてしまった。だったら後は清く死のうと思った。余計なことは教えず、単純な『悪』としてお前に殺されたほうが良かった。死ぬのは嫌だが、お前を傷つけて生きていくのも嫌だった。

 なあ、ファルシリア……こんな私を、お前は殺してくれるか?

 ―――――――――――――――

 あまりにも……あまりにも予想を超えた事実が明らかにされ、場の空気が凍りついた。
 スウィリスはこう言っているのだ……ファルシリアの父親が、スウィリスの一家を皆殺しにしたのだと。そして、スウィリスはその復讐をしただけなのだと。最愛の家族を殺され、その復讐を誓った――これでは、まさにファルシリアの境遇と瓜二つではないか。

「嘘だ……嘘だッ!!」
「お、落ち着け、ファルさん」
「これが落ち着いていられるものかッ!!」
 
 ファルシリアが悲鳴にも近い咆哮を上げる。
 そして、ベッドから立ち上がると、リングメンバーの静止の声も聞かずにスウィリスに近寄ると、その胸ぐらをつかみ上げた。

「そんな……あの優しいお父さんが人殺しだったなんて嘘だッ!!」
「嘘じゃない。今更、つくような嘘なんてないよ、ファルシリア」
「…………」

 疲れ切った……この世界に倦み疲れた老人のようなスウィリスの声に、ファルシリアは言葉を詰まらせた。確かに、今更ファルシリアを騙したところで、スウィリスに何の益も存在しない。
 それは、ファルシリアも理性では分かっているのだ。
 だが、幼い頃の記憶は優しくて。ファルシリアに限りない愛情を注いでくれた父が、誰かを手に掛けるなんて姿は想像もつかない。
 真実と理想、その二つがフラフラと天秤の上で揺れ動く。

「それでも……例え、スウィリスの言葉が正しかったとしても……! 私にとって、お父さんは、ただ一人の家族で、優しい父親だったんだ……!!」

 憤怒、憎悪、愛情、同情、悲哀、憐憫、絶望……様々な感情が混ざりあって、ファルシリアの心を混沌とさせる。何が正しいのか、何が間違っているのか、分からなくなりかけながらも、ファルシリアは必死に口を開いて、スウィリスに語りかけた。

「私のお父さんを殺したのは、スウィリス……なんだよね」
「……そうだ」
「私のことを……愛しているの?」
「……そうだ」

 答えを聞いたファルシリアは一拍おいてスウィリスを殴りつけた。

「わ、ファルシリアさん!?」
「ちょっと、ファルシリアさん! 止めて、止めて!!」

 眞為と翡翠が必死になって止めに入るが、それを振り払い、涙を流しながらファルシリアはスウィリスの顔をひたすらに殴り続けた。殴る拳が裂けて血が出て、殴られたスウィリスの顔が腫れ上がり、目が開かないようになる段階に至って、やっとファルシリアの拳が止まった。
 肩で荒い息をし、フラフラと背後に下がると、ぺたりとその場で尻餅をついた。

「わ、私は……スウィリスが憎い……」
「…………そうか」
「でも、それと同じぐらいスウィリスが好きなんだ……」
「…………そうか」

 熟練の冒険者とは思えない……ただの年相応の少女のように、ファルシリアは顔を覆って静かに涙をする。その日、リングハウスの中に、ファルシリアの泣き声はいつまでも響いていたという……。

「銀黎のファルシリア」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く