銀黎のファルシリア

秋津呉羽

決着

 肩に剣を担いだ姿で現れたククロは、ファルシリアの姿を見てニッと笑った。轟々と燃え盛る林をバックにするには少々似つかわしくないが……それでも、この男の登場で少しだけ場の空気が柔らかくなった。

「クローキング魔法石の在庫処分ができて助かったわ、ファルさん。まぁ、途中で林を燃やされた時は、蒸し焼きになるかと焦ったがな」
「なにを……しているの?」
「異なことを聞くな、ファルさん」

 そう言って、構えた剣を真っ向から突き付けてククロは語る。

「アンタを止めに来たんだよ」
「…………邪魔しないで欲しいんだけど」
「邪魔するさ。理由はもう言ったから分かってるだろ? それに、ファルさんがいなくなったら翡翠や眞為さん達が悲しそうにするんでな……自分でもヌルイとは思っているんだが、こればっかりはしょうがない」

 軽口を叩くククロに対して、ファルシリアは無言。
 ただ、その真紅の瞳が冷酷な光を宿したままに、殺意の色に染まる。

 ――あぁ、マジで怒ってるなこれは。

 この瞳は、敵対する相手に向けるそれだ。今、ファルシリアはククロのことを完全に敵として認識しているはずだ。前回は、ククロの助力を借りるために本気を出していなかったが、今回は確実に息の根を止めに来るはずだ。
 ならば……ククロも出し惜しみなしの本気で掛からなければなるまい。

「なぁ、ツバサさん。そこの暗殺者を制圧したまま聞いて欲しんだが」
「うん、何かな」
「俺がファルさん殺すようなことになったら、その時は遠慮なく背後から、俺の息の根を止めてくれ。ツバサさんだけが頼りだ」

 それだけで、ツバサはククロがこれから何をしようとしているのか理解したのだろう。
 何とも言えない表情を作ったままツバサが頷くのを確認したククロは、剣を両手で構えて……そして、己の奥底にある拘束を一つ一つ解除していく。ゆっくりと、ククロから発せられる覇気が高まっていくのを感じ、これからこの男が何をしようとしているのかを理解したのだろう。ファルシリアが、ギョッと目を剥いて慌てて腰の蛇腹剣を抜こうとした……その前に、ククロの中の拘束が壊れるように解除された。

 己の内から湧き上がる覇気が物理的な風を巻き起こし、ククロが発する威圧がその圧を増す。奥底で闘争心を燃やす瞳は、眼前に立つ脅威を一直線に睨み据えており、今まさに解き放たれんとする猟犬の如く牙を剥く。

 ククロの固有スキル――『ベルセルク』起動。

 ファルシリアに負けず劣らず、圧倒的な気迫を放出しながらも、どこか辛そうにククロは顔を歪める。その表情と、何よりも瞳に欠片の理性が残っていることに気が付き、ファルシリアは感心したように目を細めた。

「そうか……一応、制御はできるんだ」
「ノーライフキング戦が終わってから何とか使いこなせるようになってな。さて、ファルさん。俺もあんまり余裕がないもんでな……とっとと死合おうか」
「…………」

 ファルシリアは無言。
 だが、右手に蛇腹剣を、左手にコンバットナイフを構えるその姿からは、裂帛の覇気が放たれている。少なくとも……ベルセルクを起動したククロを前にしても全く引くつもりはないようだ。

 双方の威圧が相克し、無色の火花が派手に爆ぜる。激動と静寂の均衡は一瞬で崩れ、互いの一歩目の踏込みが開戦の合図と化す。

 じゃらりと、ファルシリアの蛇腹剣が威嚇の音色を奏でながら、猛烈な速度で襲い掛かってくる。その剣先は、まるで針の穴を通すが如く正確無比にククロの心臓部位を狙っている。
 反応が難しいほどの高速で剣先が迫り……けれど、ククロは無表情のままに蛇腹剣の剣先を、ガントレットに包まれた左手で『掴んだ』。

「………………っ!?」
「ベルセルクは身体速度の底上げと上限の突破……そして、動体視力の強化を行うスキルだぞ。普段の状態ならまだしも、今の俺に迂闊な攻撃しかけたら真正面から止められると思え」

 そう言った瞬間、ククロはファルシリアの蛇腹剣を渾身の力で引っ張り上げた。
 まるで、三日前の夜の焼き直し……釣り上げられたファルシリアが大きく体勢を崩したのを見て、ククロが猛烈なチャージを仕掛ける。

「く……!」

 だが、ファルシリアもそう簡単に一撃を許さない。
 地面に片手を付き、ハンドスプリングの要領で体を宙に跳ねさせる。その瞬間、擦れ違うように繰り出されたククロの剣圧で、ファルシリアの体が煽られた。
 相変わらずの馬鹿力……直撃すれば、それこそ肉どころか骨まで両断されかねないだろう。

「ちっ!」

 蛇腹剣を引き戻しながら、ファルシリアはコンバットナイフを二連続投擲。本来なら、ナイフ程度ならククロの鎧を貫通することはできないのだが……投擲しているのはファルシリアだ。
 二本とも鎧の継ぎ目を狙って正確に投げ放ってきている。油断をして前進すれば、それこそ思わぬ手傷を負わされかねない……なにより、毒でも塗られたりしていたら、目も当てられない。ククロはコンバットナイフを二本とも弾き返し……改めて剣を構え直す。

 燃え盛る木々を背景にして、双方とも武器を構えてジリジリと距離を測る。じれったいほどのにらみ合いが続くが……それも栓ないこと。
 この勝負、互いの得意な間合いに相手を引き込んだ方が勝利するということを、ククロもファルシリアも理解しているのだ。
 ククロはもちろん圧倒的な制圧力を持つ近距離戦、ファルシリアは蛇腹剣と投擲武器を使用しやすい中~遠距離。相手の得意距離に持ち込まれると、互いに手も足も出ない状況だ。
 そのため、ククロとしては速攻で突っ込みたいところではあるのだが……正直、ファルシリアがどんな手を使ってくるか分からないため、迂闊に突っ込めないのである。
 だが……いつまでも引っ込んでいては勝負がつかない。

 じり、と一歩すり足で前に進んだ瞬間に、ククロは一足飛びで駆けだす。そして、同時にファルシリアもそれを待っていたと言わんばかりに動き出す。
 道具袋から魔法石を取り出すと、それをククロに向けて投げ放ってくる。そして、タイミングをずらすようにコンバットナイフを投射。
 一瞬、後退の選択肢が脳裏をかすめるが……ククロは前進を選択。魔法石に向けて突進を仕掛けて――

「マグナ・ブラスト!!」
「いっ!?」
「うあっ!?」

 予想していたよりも更に苛烈な名前を聞いて、ククロだけではなくツバサも引きつった声を上げた。

 マグナ・ブラスト――複数のフォースマスターが連携を取ることで発動させることができる、大魔法だ。以前、ククロが一発喰らって瀕死まで追い込まれたノーライフキングのオメガ・ダークフレアと同レベルの魔法と言えば、その威力を想像しやすいかも知れない。

 まさか、ファルシリアがここまでの隠し玉を持って来ていて……しかもそれを、巻き添えを喰らってもおかしくない至近距離で、躊躇いもなく使用に踏み切ったその胆力に舌を巻く。それほど、本気でククロを殺しに来ているということか。

「アイギ――く、間に合わんかッ!!」

 眼前、魔法石が割れ、超高熱の火球が顕現する。
 数秒もすればその火球は、内在する火力を爆発的に高め、この周囲一帯を焦土に変えるだろう。それこそ……ツバサとスウィリスさえ巻き込んで。

「つ……ッ! だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ククロは咆哮を上げながら突貫……そして、眼前の火球に向かって全力で剣を下ろした。
 魔力すらも両断するオニキスアフィアー製の大剣が、唸りを上げて火球を両断せんとするが……まるで、大地を直接斬りつけたかのように硬い手応えが返ってくる。
 剣と火球が互いに干渉しあい、激しく火花が散る。一見、ククロの剣が押し負けているように見えるが……その実、ジリジリと漆黒の剣が火球に食い込んでいる。

 このままいけば、何とかマグナ・ブラストを両断できるかと思われたが……そんなことを悠長に待ってくれるファルシリアではない。
 次々とコンバットナイフがククロに向けて飛んでくる。容赦なく鎧の隙間を縫って、コンバットナイフがククロの肉を抉る。鮮血が吹き出し、激痛が走るが……今、ここで力を抜けば、まず間違いなくこの場にいる全員が吹っ飛ぶ。

 顔面だけは何とか攻撃をかわしつつ、ククロはファルシリアに向かって咆哮する。

「無理心中でもする気か! ファルシリア!!」
「私の復讐の先にあるのが虚無だってことは、ククさんだって分かってるでしょ?」

 そういうファルシリアの瞳は虚ろ。そう、巻き込まれることを覚悟してこの魔法を使ったのではなく……自分が巻き込まれても構わないと、そう考えても使用だったのだ。

「ぐ……そう簡単に死なせねぇからな!!」

 マグナ・ブラストの中ほどまで漆黒の剣が食い込んだところで、ファルシリアが大きく蛇腹剣を振り上げた。これが直撃すれば、とてもではないが無事では済まない。
 そして、特徴的な威嚇音と共に、蛇腹剣がククロに襲い掛かって――

「つ……せぇ!!」

 だが、その蛇腹剣がククロに直撃する瞬間、脇から飛んできた鉄礫が剣先に直撃し、その軌道を微かにずらした。視線を端に走らせれば、道具袋から鉄礫を取出し、投射したツバサの姿があった。スウィリスを拘束しながら、何とかできる最大の支援だった。

「ククさん、大丈夫!?」
「助かった! だありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 裂帛の気合を込めて、ククロが剣に力を込める。次の瞬間、漆黒の剣が火球を両断。
 真っ二つにされた火球が爆発して、ククロが燃え盛る林の方へと吹っ飛ばされたが……それでも、正規の手順を踏んでマグナ・ブラストが発動していたらこんなものでは済まなかったことを思えば、安いものだった。
 だが……。

「うお、剣が……!?」

 超高密度の魔力球を叩き切った影響だろう……今まで、ククロの馬鹿力にも耐えてきた漆黒の大剣が、中ほどまで溶解してしまっていた。飛翔してきたコンバットナイフを何とか回避し、ククロは剣の残骸をファルシリアに向けて投げ放つが……無論、そんな攻撃ではファルシリアに届くはずもない。
 全身に突き刺さったコンバットナイフを抜くククロに、ファルシリアが冷笑を向けてくる。

「詰んだね、ククさん」
「いやいや、舐めんなよ。ファルさんが俺の体にぶっ刺してくれたナイフがあるだろ?」

 口では強気なことを言ったククロだったが……実際、ファルシリアの言った通り、詰んだといっても過言ではなかった。確かに、ファルシリアが使っているコンバットナイフは、特殊な製法で作られた極めて頑丈な代物だ。

 だが、これをメインに据えて戦うには明らかにリーチ不足。蛇腹剣も防げなければ、魔法石の発動を止めることもできないだろう。再度、強烈な魔法石を使われたら終わりだ。
 そして……それは、ファルシリアも良く分かっている事だった。
 無言で蛇腹剣とコンバットナイフを構えるファルシリアに対し、ククロは自分の血で染まったナイフを構える。そして、ファルシリアが蛇腹剣を振りかぶるタイミングで、ククロは突っ込む。
 再び魔法石を使われることが分かっていても……近接しなければ、戦えない。
 そして、ファルシリアが再び、魔法石を使おうとした……その時だった。

 

「ククロ―――――! 使って――――ッ!!」



 凛とした高い声が戦場に響き渡り、同時に、空を切り裂く音が聞こえてくる。
 それを聞いて、ククロは不覚にもニッと笑みを浮かべてしまった。

「癪だが、ナイスアシストだ、翡翠!」

 ククロはその手に持っていたナイフをファルシリアに向けて投げ放つと、ファルシリアの背後の林から飛んできたブロードソード――翡翠の使っている神聖剣へと走った。

「つっ! まさか、翡翠さんを潜ませていたなんて!」
「アイツが勝手にしたことだ!」

 ククロは空中で神聖剣をキャッチすると、そのままの勢いに大上段からファルシリアの蛇腹剣に叩き付けた。激音が鳴り響き、ファルシリアが大きく体勢を崩す。近距離に持ち込めばそこはククロの独壇場だ。
 一合、二合、三合と打ち合い……そして、四合目の打ちあいで蛇腹剣が空高くに跳ねあげられた。互いに荒く息を付く中、空中でクルクルと回転した蛇腹剣が地面に突き刺さる。
 ククロの神聖剣はファルシリアの首筋に添えられており……その刃は、彼女が父親にもらったチョーカーだけを、薄く切り裂いていた。

「三対一ではあったが……勝負ありだ、ファルさん」
「……………………」

 ククロがそう言って剣を引くと……ファルシリアは、無言で力なく膝をついたのであった……。

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