銀黎のファルシリア

秋津呉羽

復讐を止めるか否か

「そ、そんなことがあったのね……」
「なるほどな、だからあそこまで険悪だったわけか」

 肩を落としながら語り切ったミスリアに、翡翠とククロは頷き返す。
 どう受け取っていいのか分からずに戸惑っている様子の翡翠とは対照的に、ククロは平静そのもの。欠片も動揺していないククロに、疑問を抱いたのだろう……ミスリアが、おずおずと言った様子で窺うようにククロへと声をかけてくる。

「あの、ククロさんはファルシリアさんが復讐のために冒険者をやっているって知って、驚かないんですか?」
「個人的な心情云々はこの際置いとくとして、復讐のために冒険者やってる奴は、昔はそこそこいたしな。むしろ、ファルさんの戦い方が、異様に攻撃的な理由が分かって、ストンと納得したという方が大きい」

 ファルシリアはレンジャーの上位職であるストライダーのギルドに所属する冒険者な訳だが……他のストライダーに比べて、攻撃方法が非常に苛烈なのだ。
 基本的なストライダーはどちらかというと間接攻撃職であるため、他職のフォローに回ったり、バックアップを担当することが多い。

 だが、ファルシリアに関してはこれに当てはまらない。

 蛇腹剣を片手に最前線へ走り出て、剣士も顔面蒼白な勢いで敵へと切り掛かる。剣の腕もさることながら、その技能もそこら辺の剣士や騎士など相手にならない程に高い。これに、ストライダー特有の搦め手が加わるのだ……かなり特殊で、かつ、面倒な戦い方をする。
 実際、ファルシリアとククロでは、直接的な剣の腕前だけで言うならククロの方が上だが、相手を殺す腕前という意味ではファルシリアの方が格段に上だ。
 味方としては途轍もなく頼りになるのだが、敵に回すと途方もなく面倒なのである。

「しっかし、父親を殺した奴への復讐なぁ。そんなバックグラウンドがあったんだな」

 ファルシリアはククロよりも冒険者となった経歴が長い。それだけ幼い頃より冒険者をやっていたということなのだが……言い換えればそれは、幼い頃より冒険者をしなければならない理由があったということなのだ。
 その理由というのが、父親を殺した犯人への復讐ということなのだろう。

「……ククロはこれからどうするの?」
「あん?」

 珍しく……どこか、心配そうな翡翠の声が聞こえてきて、ククロは思わず変な声が出るのを抑えきれなかった。目を丸くして振り返れば、どこか心配そうな表情をした翡翠がいた。
 一体何をそんなに心配そうな顔をしているのか理解できないククロが、怪訝そうに視線を返すと、翡翠が少し怒ったような……または、焦ったような口調で言葉を続ける。

「だ、だから、その……相方のファルシリアさんの復讐を手伝うのかなって……」
「何で俺が手伝わなきゃいかんのだ?」
「だって、いつも一緒に行動してるし」
「いやいや、ファルさんから頼まれたとかならまだしも……話を聞いただけで、自分からファルさんの事情に首突っ込もうとは思わん」

 じゃあ、と前置きして、翡翠は更に言い募る。

「ファルシリアさんに頼まれたら、手伝うの?」
「んー止めるかもしれん」

 そう言うと、パッとミスリアの表情が明るくなった。そして、ガシッとククロのガントレットをつかむと、熱のこもった瞳で真っ向から視線を向けてくる。

「や、やっぱり復讐はいけませんよね!!」
「いや、復讐は否定しないぞ」
「アンタ、結局何がしたいのよッ!?」

 見るに見かねた様子で翡翠が叫ぶと、ククロはうるさそうにチェリーパイの最後の一欠けらを口に放り込んだ。そして、モグモグと咀嚼して呑み込み……大きくため息をついた。

「もう一度言うが、復讐は否定しない。別に俺は正義の味方じゃないんだから、善悪云々をとやかく言うつもりはない。でもなぁ……」

 そう言って、一度言葉を切ると、考え込むように腕を組んで目をつぶる。

「犯人を見つけ出して、復讐を完遂することでファルさんが幸福になるなら良い。だが、今のファルさんを見てると、そうならないと思うんだよな……ま、あくまでも俺の考えだが」

 今のファルシリアは、平穏な日常の中で安寧を得ているようにククロには見えるのだ。
 初めて出会った時……研ぎ澄まされ過ぎた自壊寸前の刃のようなファルシリアよりも、今のファルシリアの方が幸福なのではないかとククロは思うのだ。
 復讐という名の目的が達せられた時……ファルシリアは、生きる理由を見失ってしまうのではないか。復讐の成就が、そのまま人生の終着に繋がっているのではないかと感じるのだ。そう思わせるだけの危うさが、過去のファルシリアにはあった。

 ――復讐を忘れて生きてるファルさんの方が、きっと幸せなんじゃないだろうか。

「だからまぁ、そのためにファルさんを止めるかな。最悪、俺の方で秘密裏にファルさんの復讐相手を殺しても良い。俺の考えはそんなところだ」
「何か……納得しがたいものがあるわ」

 複雑そうな表情をした翡翠に対し、ククロは苦笑を浮かべている。

「お前はそれでいい。翡翠も、ミスリアも、迂闊に裏の世界に入って来るな」
「裏の世界を語る時のククロって、上から目線で気にくわない」
「はいはい」

 不貞腐れたように言う翡翠に対して、ククロは適当に手を振ってみせる。そして、翡翠から視線を外してミスリアの方へと顔を向ける。

「ミスリア、ファルさんの復讐に関してどうこう言っているが……お前はどうしたいんだ?」
「止めたいです」

 迷いない言葉だった。
 普段は気弱なミスリアだが、その言葉を発する時だけは真摯な光を瞳に宿し、一切の躊躇もなく断言してみせた。それだけ……ミスリアにとってファルシリアの復讐は止めたいことなのだろう。

「私、そのために、ファルシリアさんの復讐相手を探しているんですけど……ククロさん、翡翠さん、何か心当たりはないですか?」

 ミスリアが、ククロと翡翠の顔を見回すようにして言うと、翡翠は困ったような表情を作った。それもそうだろう……翡翠はA級冒険者でこそあるが、まだ冒険者になって日が短い。その分、この界隈に伝手が少ないのである。

「大丈夫大丈夫、翡翠、お前がファルさんの尻尾をつかめるとは思ってねーよ」
「ぐ、確かにそうだけど、ぐぬぬぬぬ……!!」
「噛みつくな噛みつくな。といっても、お前に偉そうなこと言っておきながら、俺もあんまり伝手はないんだよなぁ……」

 素行最悪評価であるククロも、言うほど冒険者間で伝手はない。広い伝手を持っている冒険者と言えば、やはり最優良冒険者であるファルシリアやツバサだろうか。
 だが……素行最悪評価のククロだが、ファルシリアに次ぐほど長く冒険者をやっている事だけは確かだ。その中で、得た伝手は確かにある。

「ユスフィナさんの所に行ってみるか。あの人は、年齢不詳だしな……冒険者も長い事やってる。冒険者になりたての頃のファルさんのことも知ってるかもしれん」
「ユスフィナさんって、冒険者互助組織『リリーブの御手』のリングマスターで、詩人の……?」
「わぁ、スゴイ大物の名前が出てきましたね! ククロさん、凄い伝手持ってるんですね!」
「いや、古参冒険者なら、大体の奴があの人と関わったことがあるはずだ。根っからの慈善家だからなぁ……助けられた奴も多いはず」

 そう言って、ククロは皿を流し台に持って行くと、ポンポンと手を打った。

「ま、善は急げだ。さっそく行ってみようぜ。アポは取ってないが……まぁ、何とかなるだろ」
「あ、待ってよ!」
「あうあう、待ってくださいー!」

 足早にリングハウスから出ていくククロを追って、翡翠とミスリアは慌てて外に出たのであった……。

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