銀黎のファルシリア

秋津呉羽

幕間 トランスレイト

「な、何事だ!?」

 ノースダンジョンで起きた爆発はもちろん、厳戒警備中の警備兵にも聞こえていた。
 街道を警備していた五名ほどの警備兵達がやってきて……ボロボロに崩れ、完全に封鎖されてしまっているノースダンジョン入口を見てギョッと目を見開いた。

「一体何が起きたんだ……」
「完全に入口が封鎖されている……もしかして、中に人がいるんじゃないか!?」

 そう言って、その中の一人が崩落しているノースダンジョンの入り口に近寄ると、ん? と眉を寄せた。

「おい、誘獣香の臭いがするぞ……」
「なに? なんでこんな所で……。と、ともかく応援を呼ぼう。狼煙を焚いて来てくれ!」
「了解しまし……だぐ……っ」

 上官に言われて、すぐさま走り出そうとした男は……けれど、腹からグラディウスが生えたことで、全てを言い終えることができなかった。雪の上に鮮血をまき散らしながら倒れた男……そして、その背後にはまだ年端もいかぬ少女が立っていた。

 返り血で全身を真紅に染め上げ、無言で雪原の上に立つその姿は、言い知れぬほどの不気味さを醸し出しており……その場にいた警備兵達は誰もが唖然として声も出ない。

 そして、その間が完全なる命取りとなった。

 明らかに体よりも大きなグラディウスを、少女――ハルは、手の中で回転させると瞬時に警備兵との距離を詰めた。そして、擦れ違うようにして兵の首筋に剣を当て……引き抜く。
 切断された頸動脈から噴水のように鮮血が溢れ、雪原を生命の色に染め上げる。
 しかし、ハルはそれを見ることもなく次の兵士の腹にグラディウスを埋めている……明らかに、訓練された熟練者の動き。少なくとも、この年端の少女がしていい動きではない。

「くっ! 何者!」

 残っていた残り二人の警備兵が、その手に持っていたハルバードを掲げるが……完全に戦闘態勢に入るよりも先に、ハルは道具袋から取り出した投げ矢を二人の足に向かって投げ放つ。警備兵は二人とも軽装とはいえ鎧を纏っていたにもかかわらず……まるで、吸い込まれるように投げ矢は鎧の間隙に命中。さらに、ハルは接近して跳び蹴りを見舞う。

 まるで、蛇が地を這うような動きを見せるハルに対し、完全に翻弄されている兵達は急いで起き上がろうとして……体が動かないことに気が付いた。

「ぬ……うぁ……毒か……!」

 即効性の神経毒が塗ってあったのだろう。投げ矢による傷自体は深いものではなかったのだろうが……足の傷から入り込んだ毒を無効化することはできない。
 慌てて兵はまだ動く上半身で道具袋を漁り、アンチドートの魔法石を取り出そうとするが……それよりも、ハルの方が速い。

 グラディウスの二閃――それが、兵士たちが最後に見たものだった。

 ごとりと雪上に兵二人分の体が倒れ込むのを見ても、ハルは無表情。見渡せば、純白一色だった雪原は、物の見事に真紅に染まっている。

「伝令は潰したが……それでも、異変に気が付くのは時間の問題か」

 普段の陽気な声からはかけ離れた、冷たく、凍てついた言葉で状況を俯瞰すると、ハルはその場で目を閉じた。

 そして、次の瞬間……その姿が、陽炎のようにブレた。

 そのブレは次第に大きくなり、そして、ものの数秒で全く違うものへと置き換わっていた。
 深緑のローブと、目隠しで顔を覆った一人の暗殺者――ファルシリアの師でもあるスウィリスである。スウィリスは大きくため息をつくと、兵に刺さっていた投げ矢を回収する。

「長期間『トランスレイト』を使いすぎたか……体が鈍く痛む」

 『トランスレイト』――それは、ククロにとっての『ベルセルク』と同じように、スウィリスが有している固有能力である。相手の姿に自分の姿を似せる魔法はあれど、それとは明らかに一線を画する能力である。
 思いのままに外見を変更する……という、暗殺者にとって理想的ともいえる能力だ。自分が行使できる腕力や能力はそのままに、身長、体重、外見、性別を変更することができる。
 ただ――明らかに今の自分とかけ離れた姿形に変更すると、元の体に戻った際に反動が来る。スウィリスは完全に表情を隠しているため、今、どのような表情をしているのかは分からないが……それでも、言葉の端々からは隠しがたい倦怠感が見え隠れしている。

 そう……『ハル』はスウィリスがトランスレイトを使って変身していた姿なのである。

 スウィリスは『トランスレイト』を完璧に使いこなしている……ククロや翡翠が見破ることができなかったのはしょうがない事だろう。『トランスレイト』を見破ることができるのは、唯一この世界でファルシリアだけだ。

「……………………」

 スウィリスは、ノースダンジョンの入り口へと一度だけ視線を向ける。

 ククロを確実に封殺するために、ノースダンジョンの入り口にはファシネイションボムをたらふく仕掛けていたのだ……どれだけ馬鹿力を持っていようが、あの量の岩石をどかすのは相当時間が掛かるはずだ。また、岩石をどかす暇を与えないように、誘獣香も仕込んだ……モンスターの相手をして、とてもではないが岩石除去などする暇などないだろう。

 更に……ノースダンジョンはもう少しでディメンション化が解かれる。つまり、モンスターを倒しすぎるとダンジョンが溜め込んでいた魔力消費を促進させ、ダンジョンのリセットを引き起こしてしまうのである。

 そうすると、内部にいた人間はどうなるのか……無論、『リセット』され、消滅する。
 つまり、ディメンション化ノースダンジョンに閉じ込められたククロは、次々と襲いかかってくるモンスターを、倒しすぎないように捌きつつ、岩石を除去しなければ、外には出られないのである。
 まぁ……数日後には異変を察知した警備兵達が岩石の除去を開始するだろうが、それまで戦い続けるのは無理だろう。楽観などではなく、常識的に考えて、モンスターの攻撃が苛烈なディメンション化ダンジョンの中で数日間過ごすなどありえない。

「念のため、見張りは継続するか……」

 確実にククロは死ぬだろう。だが……それでも、妙に嫌な予感が止まらない。
 スウィリスは自分自身にそう言い聞かせるように言うと、森の中に身を隠して息をひそめるのであった……。

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