銀黎のファルシリア

秋津呉羽

限界クエスト

 ――思ったよりもリミットが近い。

 茜色に染まる中央ギルド会館から出てきたククロは、顎に手を当てて考え込んでいた。
 太陽は既に山の稜線に半分ほど姿を消しており、夜のとばりが淡く降りてきている。もうすぐで夜になる時間帯に、ククロが何をしているのかというと……ディメンション化ノースダンジョンの情報をギルドから仕入れていたのである。

 ハルから事のあらましを聞いたククロは、ハルを家に帰らせた後、一人でギルドに来たのである。そこでディメンション化しているノースダンジョンがどの程度まで攻略されているか等々、詳細な情報を手に入れたのだが……思っていた以上に状況が悪い。
 手に入れた情報を簡単にまとめるとこうだ。


 ①ノーライフキング出現に伴って、ノースダンジョンは五年前からディメンション化されたまま閉鎖。現在は、北方の国であるノーザミスティリアが管理しており、数百人態勢での厳重警備態勢が常に敷かれている。


 ②ノースダンジョンのディメンション化はあと二十日ほどで解かれる。そうすると、中にいたモンスターはすべてリセットされる。無論、ノーライフキングに囚われているハルの母親の魂は消滅することになる。


 ③ディメンション化ノースダンジョンの攻略情報はない。最悪の場合、一層にノーライフキングがたむろっている可能性もある為、大変危険。時折、ダンジョンからモンスターが這い出してきて、ノーザミスティリアの警備隊によって撃退されているらしい。


 つまり、まとめるとこうだ。

 ハルの母親を倒し、ノーライフキングの下僕化から解放するためには……五日程度でノーライフキングを倒せるだけの戦力を用意し、十日程度で北方に移動。ノーザミスティリアに交渉してディメンション化ノーザンダンジョンに進攻。一日でベースキャンプを設営し、『まったく攻略情報のない』ダンジョンの中で、『ほとんど攻略情報のない』ノーライフキングと大量のA級相当の下僕を相手に、『四日以内に』勝利を収めなければならないということだ。
 更に、ノーライフキングが三層まで引っ込んでいた場合、第一層のボスである『デストロイプギー』と、第二層のボスである『ジャッジメント・デス』まで倒さなければならない。

 ――無理だ。どう考えても現実的じゃない。

 D級冒険者どころか、一般人が聞いても無理と一言でバッサリ切られるような……夢物語にも近い行程だ。突っ込み所が多すぎるというか、突っ込みどころしかない。

 更にいえば……最優良冒険者であるファルシリアは現在、東の国イーストルネに帰郷中。ツバサ&サクラは良い建築家を探すためにウェスタンドルク方面へ向かっている。
 他のS級冒険者達は、ほとんど海外のカーマイン砂漠にある遺跡の調査に向かっている。一応、この自由都市ユーティピリアにも複数S級冒険者――天球の紡者『エルシオ』、暗愚の魔手『茜』、輝煌剣士『アクアリア』などがいるが、彼等も大規模リングのリーダーを務めている関係で非常に多忙だ。ククロのようにヒョイヒョイ動ける身ではない。

 ――ギルドに頼んでA級冒険者を……いや、下僕化が進行したら元も子もないか。

 相手はノーライフキングと――下僕と化してこそいるが――過去に優良冒険者と呼ばれていたA級冒険者達だ……戦力の質は極めて重要だ。

「八方塞か……いやまて、考え方を変えろ。ノーライフキングを倒すんじゃなくて、あくまでもハルの母親の魂の解放を最優先に考えれば……」
「ククロさん……?」

 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 振り返ってみれば、そこには眞為が佇んでいた。その手に食料品がぶら下がっていることを思えば、食料を買ってきた帰りなのだろう。
 ただ……普段は大抵の頃があっても泰然としている眞為が、どこか険しい表情をしていることにククロは気付いた。

「今、ノーライフキングって聞こえたけど?」

 ――まずった。聞かれたか……。

 考えに没頭しているあまり、周囲に注意を払うことを忘れていた。
 正直に言うべきか、それとも、適当に誤魔化してこの場を去るか迷っていると、眞為が険呑な気配を出しながら口を開いた。

「もし、適当なことを言ったら翡翠さんとファルシリアさんに言いつけるよ?」
「おっふ……」

 ファルシリアはこの場にいないが……翡翠に聞かれると不味い。勘の良いあの少女の事だ、ククロが裏でコソコソ動いていると知れば、ノーザミスティリアまで付いて来かねない。
 あ゛ーと変な声が出たが、珍しくまったく引く様子がない眞為を前にして、ククロは肩を落とした。どこまで話すべきかと思案しながら、口を開く。

「とりあえず、ノーライフキングに支配されたハルの母親を斬りに」
「…………危険極まりないね」

 どうやら、最近になって冒険者になった眞為も、ノーライフキングの噂は知っていたようだ。

「危険……は、まぁ、危険だな」
「私は、危険極まりないって言ったんだけど」
「いや、その……はい……」

 小さくなるククロを前にして、ふぅ、と眞為は嘆息すると……顔を覗き込むようにして聞いてくる。

「それ、できそうなの?」
「正攻法で潰すのは無理だな。ただ……クローキング魔法石を大量に仕入れて、不意打ちでハルの母親だけ斬って、離脱……すれば、できるかもしれん」

 クローキングとは、姿を消すことができる魔法である。
 ただ、姿を消すことはできても気配を完全に殺すことができない上に、攻撃などの大きな動作をすると効果が消えるという、大きな欠点がある。だが、モンスター相手には効果があり、ダンジョンなどでモンスターとあまり戦いたくなり時や、非常用に幾つか持って行く冒険者は多い。かくいうククロもその一人で、魔法石を三つほど所持している。
 ただ、一つ問題がある。

「クローキングの魔法石、結構値段するけど」
「それな」

 クローキングの魔法石はその汎用性から結構な値段がする。
 ノーザンダンジョンの一層から三層に潜り、更にそこから脱出するまでに必要な魔法石の量を考えると、眩暈がしてくる。手に入れた金は片端から冒険用の装備に換金しているククロだ……手持ちはない。最悪、自慢の冒険用装備を売りに出さないといけないかもしれない。

「そっか……救えるのは、ハルちゃんのお母さんだけなんだね」
「まぁ……なぁ……」

 本音を言えば他の者達も救ってやりたい。
 だが……そんなことをしていては、命がいくつあっても足りない。それこそ、完全なる背水の陣で挑まなければならないだろう。
 まぁ、ハルの母親を斬るだけでも、十分に命懸けだが。
 ククロがクローキングの魔法石の値段を頭の中で簡単に換算していると、眞為が顔をじっと見つめてきていることに気が付いた。

「どうした、眞為さん?」
「ククロさんが他人の事情にそこまで踏み込むのは珍しいな、と思って」
「……らしくないことをしている自覚はある。自覚は……あるんだが……」

 そう、自覚はあるのだ。自覚はあるのだが……。
 ククロが何とも言えない表情をしているのを見て、眞為は追及するのを止めたように、ふい、と視線を逸らした。そして、小さく頷くと、再びククロの顔を見る。

「ん、変なこと聞いてゴメン。じゃあ、この事は翡翠さんとファルシリアさんに報告しておくね」
「うおぉぉぉぉぉぉい!? 正直に言ったら報告しないんじゃないのかよ!?」
「ククロさん、一つはっきりさせておくよ」

 そう言って、眞為はズイッと一歩踏み出して、ククロの鼻先に指を押し当てた。

「死んでる人より、生きてる人の方が大事」
「……………………」
「そんなこと、ククロさんの方が良く分かってると思うけど」
「…………今回の事は俺の我が儘なんだ」
「貴方の我が儘で泣く人がいるんだよ?」
「大丈夫大丈夫。皆ドライだから、俺が死んでも――」
「私が泣くよ?」

 言葉に詰まった。
 深緑の洞窟で、彼女が最初に手に入れた仲間たちは全滅した。
 その時、眞為は大声を上げ、大粒の涙を流していた……それを、確かにククロは見ている。そして、彼女はククロが死んでも泣いてくれるという。
 ありがたい、と思うと同時に止めてくれ、ともククロは思う。
 誰かに泣いてもらえるほどの価値が自分にあるとは思えないと、考えてしまうのだ。
 ただ、それをこの場で口にする必要はない。

「ありがとう。だけど、行かせてくれ。そうじゃないと、なんか言葉にできない違和感を抱えたまま生きていくことになっちまいそうだし。これ以上抱え込むのはゴメンなんだ」
「………………そっか。ハルちゃんには?」
「成功したら伝える。無駄に期待させるわけにもいかねーし」
「うん、その方が良いと思う」

 そう言って、眞為は一歩だけ後ろに下がった。
 そうして、どこか納得が言ってないような……でも、何かを諦めたような表情をしたまま、ゆっくりと手を振った。

「いってらっしゃい、ククロさん」
「んむ、いってきます、眞為さん」

 それだけを伝えて……ククロは一路、ノーザミスティリアに向けて進路を取ったのであった……。

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