銀黎のファルシリア
モルティナ平原
自由都市ユーティピリアから東へ丸一日移動することで到着するのが、モルティナ平原だ。
ここを抜ければ東の国イーストルネへと向かうことができるのだが……この平原、ちょっと問題がある。
アクティブなモンスターが多いのだ。商人の馬車から、個人の冒険者まで、とにかく人間の姿を見つけると襲い掛かってくるのである。定期的に一掃討伐クエストが配布され、モンスターの数が過剰にならないようにしてはいるものの、ここを通過したいだけの人からすれば厄介極まりない。
まぁ、見境なしに人を殺すような残虐なモンスターこそいないが……商人の馬車から積み荷を奪い、冒険者をボコボコにしてはストレス発散するモンスターなど害悪そのものだ。
そのため、商人や一般人はここを抜ける際には、ギルドで冒険者を護衛として雇ってから通過するのが通例となっている。イーストルネのギルドには、毎日のように護衛依頼のクエストが舞い込むほどだ。
そして……今回、ハルとククロが受けたクエストも、増えすぎたゴッズヘルズボアを減らすための討伐依頼なのだろう。ゴッズヘルズボアは人間を見れば一直線に突進してくる上、食害まで起こす厄介なモンスターだ。地元の人間からすれば頭痛の種だろう。
「と、いうことでモルティナ平原まで来たわけだが」
そう言って、ククロは馬車から降りて、半眼で後ろを振り返る。
「なんでお前がついて来てんの?」
「別に、今日は仕事がなくて暇だったし……メンテ終わった神聖剣の調整にもちょうどよかったし」
そこには、仏頂面の翡翠が腕を組んでククロとハルの方を見ていた。腰に佩いているのは調整を終えた神聖剣……試し斬りに来たということなのだろう。
そんな翡翠の言葉に、ククロは呆れたようにため息をついた。
「神聖剣の調整が出来るような匠が、メンテしくじる訳ねーだろ」
「うるさいなー。こんな可愛い女の子がついて来てくれたんだから、感謝しても良いぐらいでしょ! それに、アンタがロリコンだっていう疑惑も解けてないし」
「ロリコンじゃねーって言ってんだろ!?」
到着早々、視線で切り結ぶククロと翡翠の横では、ハルがモルティナ平原を見てほわーっと声を上げている。
「広いですねー!」
「ん? あぁ、モンスターがアクティブなこと以外は、どこにでもあるような平原だ。何らかのギミックがあるダンジョンや、異常気象に注意が必要なフィールドでもないから、安心して歩いていいぞ」
「はーい! でも、そこら辺にうようよモンスターいますね!」
そう、ハルが指摘する通り、ここら辺のモンスターの出現率は異様と言って良いレベルで高い。街道周辺は掃討されているため少ないものの、一端道から外れると、ワラワラとモンスターがやってくるため、しんどいことこの上ない。ここで腕を磨こうとした冒険者が、モンスターを捌き切れずに袋叩きになるのは、割と多くの初心者が経験する道かも知れない。
「とりあえず、腕前を見せてみろ。ほれ、行ってこい」
「はい! うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スティレットを片手に、突進して行くハルの後ろ姿を見ていると、隣に翡翠が並んで何とも言えない表情をした。
「D級冒険者を一人でモルティナ平原に放り出すって……厳しすぎない?」
「だから、保護者として俺がついてきたんだろ。モンスタートレイン状態になるのは目に見えてるから、そうなったら助けてやれば――」
「助けてぇぇぇぇぇ!! 師匠ぅぅぅぅぅぅ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!! っと、物凄い量のゴッズヘルズボアと、他諸々のモンスターを引きつれてハルが戻ってきた。この間、わずか数十秒……誘獣香でも焚いたんかい、と内心で突っ込みながら、ククロは顔を引きつらせた。
「ほらー。ゴッズヘルズボアが異常繁殖してるからクエストが出たんでしょ。なら、こうなることも予想してしかるべきじゃない?」
「いくらなんでも多過ぎだろ! 異常繁殖の一言で片づけていい量じゃないわ!!」
予想外過ぎる量に焦るククロに対し、翡翠は冷静そのもの。彼女は冷めた視線のままに、ククロに向かって依頼書を突きつけてきた。
「ほら、これって元々は複数パーティー推奨のクエストよ。アンタ、所詮は初心者用のクエストだと思って詳しく読んでなかったでしょ」
「ぐ……」
確かに、ククロは依頼書をサクッと斜め読みしかしていなかったが……確かに、そこには『異常繁殖に伴う討伐(※複数パーティー推奨)』とシッカリ書かれていた。
これは完全にククロの凡ミスだ。
「ぐぬぬぬぬ……ッ! おい、討伐するから翡翠も手伝え!」
「うん、良いわよ。私はハルちゃんを連れて逃げるから、後よろしく♪」
「はっ!?」
言うなり、翡翠は素早く半泣きだったハルに接近すると、その小柄な体を抱き上げてサッと木の上に退避した。一瞬だけ目標を失ったボアの勢いが弱まったものの……すぐに、目の前にククロがいることに気が付き、ブモーッ! と声を上げた。
津波のようなボアの大群がククロに襲い掛かってくる。
「だぁぁぁぁあ!! この薄情者――!!」
剣を引き抜き、その剣圧で第一波を吹っ飛ばしたククロだったが……もちろん、その後には第二波、第三波が来ている訳で。
「ギャ―――――――ッス!」
こうして、ククロは獣臭い茶色いボアの波にのまれて、消えてしまったのであった……。
そして、10分後。
「わぉ、すごいすごい。あれだけの量を一人で倒せちゃうもんなのね。さすがS級相当の実力者。今回は褒めてあげましょう」
「そりゃどーも……」
「し、師匠師匠! 大丈夫ですか! 今すぐにでも手当をわぷっ! 師匠、獣臭い!」
「そりゃどーも……ッ!!」
さんざんゴッズヘルズボアにもみくちゃにされたククロは、ボアの毛だらけになりながらも全てのモンスターを討伐し尽くしていた。周辺にはドロップ品であるボアの肉が山のように落ちており……その生臭さも手伝って猛烈な臭いを発していた。
一匹一匹の強さは大したことなくとも、100匹以上の数が一斉に襲い掛かってくると、流石のククロも本気を出さざるを得なかった。このクエスト……複数パーティーが戦略的に動いて、ボアの数を分散させ、確固撃破――という、動きをしなければ、とてもではないがクリアは不可能だ。C級というか、B級相当の割と高難易度クエストだったようだ。
ただ……一つ疑問に思うことがある。
――しかし、討伐中に感じたのは……殺気か……?
全身に残っている毛を叩き落としながら、ククロは疑問を覚えて内心で首をかしげていた。
ゴッズヘルズボアにもみくちゃにされている最中、どこからか殺気混じりの視線を感じたのである。獣が放つ敵意などではなく……もっと、研ぎ澄まされた刃物のように鋭いものだ。
それが、心臓、こめかみ、首筋などにちりちりと感じたので、たまったものではない。ククロとしてはゴッズヘルズボアを討伐している間、いつ攻撃を受けるのかと気が気ではなかった。
――ただ……一度も手を出してこなかったな。結局、ボアも全て倒したし。
ゴッズヘルズボアに揉みくちゃにされている最中は、攻撃するには最適だっただろうに……結局、何が目的だったのかよく分からない。ククロは不気味な感触を抱きながら、剣を鞘に叩き込む。
「翡翠、お前は何か感じたか?」
「……? 『ミートパイの恨みだ! ざまぁみろ!』とは感じたけど……?」
「張り倒すぞ、お前」
どうやら、殺気を感じたのはククロだけだったようだ。指向性を持った殺気など、訓練された暗殺者ぐらいしか使いこなせる者はいない。めんどくさい相手に目を付けられているかもしれないと、内心でため息を一つ。
ただまぁ……命を狙われるのは今回が初めてではない。来るなら来いというのが本音だ。
「依頼達成ですね、師匠!」
「ほぼ全て俺がやったがな!!」
「師匠が頑張ってる間、私もコケッコーを一匹倒しました!」
「はいはい、頑張ったな……」
ドロップ品であろうコケッコーの羽を見せながら、自慢げに胸を張るハルの頭をワシャワシャと撫でてやる。まるで、投げたものを持ってきた子犬扱いだが……ハルは満更でもなさそうだ。
「せっかくここまで来たんだ……もうチョイ戦いの経験積んでけ。ほら、翡翠も試し斬りするんだろ、俺は疲れたから付き合ってやってくれ」
「甲斐性のない師匠ねぇ。それじゃ、ハルちゃん、私とパーティー組みましょうか」
「はい! よろしくです、翡翠お姉ちゃん!」
こうして、二人は仲良くモルティナ平原に踏み込んで行き……ククロは平原の入り口で殺気の主を探し続けたのだが、結局、何も見つけることはできずにこの日は終了したのであった……。
ここを抜ければ東の国イーストルネへと向かうことができるのだが……この平原、ちょっと問題がある。
アクティブなモンスターが多いのだ。商人の馬車から、個人の冒険者まで、とにかく人間の姿を見つけると襲い掛かってくるのである。定期的に一掃討伐クエストが配布され、モンスターの数が過剰にならないようにしてはいるものの、ここを通過したいだけの人からすれば厄介極まりない。
まぁ、見境なしに人を殺すような残虐なモンスターこそいないが……商人の馬車から積み荷を奪い、冒険者をボコボコにしてはストレス発散するモンスターなど害悪そのものだ。
そのため、商人や一般人はここを抜ける際には、ギルドで冒険者を護衛として雇ってから通過するのが通例となっている。イーストルネのギルドには、毎日のように護衛依頼のクエストが舞い込むほどだ。
そして……今回、ハルとククロが受けたクエストも、増えすぎたゴッズヘルズボアを減らすための討伐依頼なのだろう。ゴッズヘルズボアは人間を見れば一直線に突進してくる上、食害まで起こす厄介なモンスターだ。地元の人間からすれば頭痛の種だろう。
「と、いうことでモルティナ平原まで来たわけだが」
そう言って、ククロは馬車から降りて、半眼で後ろを振り返る。
「なんでお前がついて来てんの?」
「別に、今日は仕事がなくて暇だったし……メンテ終わった神聖剣の調整にもちょうどよかったし」
そこには、仏頂面の翡翠が腕を組んでククロとハルの方を見ていた。腰に佩いているのは調整を終えた神聖剣……試し斬りに来たということなのだろう。
そんな翡翠の言葉に、ククロは呆れたようにため息をついた。
「神聖剣の調整が出来るような匠が、メンテしくじる訳ねーだろ」
「うるさいなー。こんな可愛い女の子がついて来てくれたんだから、感謝しても良いぐらいでしょ! それに、アンタがロリコンだっていう疑惑も解けてないし」
「ロリコンじゃねーって言ってんだろ!?」
到着早々、視線で切り結ぶククロと翡翠の横では、ハルがモルティナ平原を見てほわーっと声を上げている。
「広いですねー!」
「ん? あぁ、モンスターがアクティブなこと以外は、どこにでもあるような平原だ。何らかのギミックがあるダンジョンや、異常気象に注意が必要なフィールドでもないから、安心して歩いていいぞ」
「はーい! でも、そこら辺にうようよモンスターいますね!」
そう、ハルが指摘する通り、ここら辺のモンスターの出現率は異様と言って良いレベルで高い。街道周辺は掃討されているため少ないものの、一端道から外れると、ワラワラとモンスターがやってくるため、しんどいことこの上ない。ここで腕を磨こうとした冒険者が、モンスターを捌き切れずに袋叩きになるのは、割と多くの初心者が経験する道かも知れない。
「とりあえず、腕前を見せてみろ。ほれ、行ってこい」
「はい! うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スティレットを片手に、突進して行くハルの後ろ姿を見ていると、隣に翡翠が並んで何とも言えない表情をした。
「D級冒険者を一人でモルティナ平原に放り出すって……厳しすぎない?」
「だから、保護者として俺がついてきたんだろ。モンスタートレイン状態になるのは目に見えてるから、そうなったら助けてやれば――」
「助けてぇぇぇぇぇ!! 師匠ぅぅぅぅぅぅ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!! っと、物凄い量のゴッズヘルズボアと、他諸々のモンスターを引きつれてハルが戻ってきた。この間、わずか数十秒……誘獣香でも焚いたんかい、と内心で突っ込みながら、ククロは顔を引きつらせた。
「ほらー。ゴッズヘルズボアが異常繁殖してるからクエストが出たんでしょ。なら、こうなることも予想してしかるべきじゃない?」
「いくらなんでも多過ぎだろ! 異常繁殖の一言で片づけていい量じゃないわ!!」
予想外過ぎる量に焦るククロに対し、翡翠は冷静そのもの。彼女は冷めた視線のままに、ククロに向かって依頼書を突きつけてきた。
「ほら、これって元々は複数パーティー推奨のクエストよ。アンタ、所詮は初心者用のクエストだと思って詳しく読んでなかったでしょ」
「ぐ……」
確かに、ククロは依頼書をサクッと斜め読みしかしていなかったが……確かに、そこには『異常繁殖に伴う討伐(※複数パーティー推奨)』とシッカリ書かれていた。
これは完全にククロの凡ミスだ。
「ぐぬぬぬぬ……ッ! おい、討伐するから翡翠も手伝え!」
「うん、良いわよ。私はハルちゃんを連れて逃げるから、後よろしく♪」
「はっ!?」
言うなり、翡翠は素早く半泣きだったハルに接近すると、その小柄な体を抱き上げてサッと木の上に退避した。一瞬だけ目標を失ったボアの勢いが弱まったものの……すぐに、目の前にククロがいることに気が付き、ブモーッ! と声を上げた。
津波のようなボアの大群がククロに襲い掛かってくる。
「だぁぁぁぁあ!! この薄情者――!!」
剣を引き抜き、その剣圧で第一波を吹っ飛ばしたククロだったが……もちろん、その後には第二波、第三波が来ている訳で。
「ギャ―――――――ッス!」
こうして、ククロは獣臭い茶色いボアの波にのまれて、消えてしまったのであった……。
そして、10分後。
「わぉ、すごいすごい。あれだけの量を一人で倒せちゃうもんなのね。さすがS級相当の実力者。今回は褒めてあげましょう」
「そりゃどーも……」
「し、師匠師匠! 大丈夫ですか! 今すぐにでも手当をわぷっ! 師匠、獣臭い!」
「そりゃどーも……ッ!!」
さんざんゴッズヘルズボアにもみくちゃにされたククロは、ボアの毛だらけになりながらも全てのモンスターを討伐し尽くしていた。周辺にはドロップ品であるボアの肉が山のように落ちており……その生臭さも手伝って猛烈な臭いを発していた。
一匹一匹の強さは大したことなくとも、100匹以上の数が一斉に襲い掛かってくると、流石のククロも本気を出さざるを得なかった。このクエスト……複数パーティーが戦略的に動いて、ボアの数を分散させ、確固撃破――という、動きをしなければ、とてもではないがクリアは不可能だ。C級というか、B級相当の割と高難易度クエストだったようだ。
ただ……一つ疑問に思うことがある。
――しかし、討伐中に感じたのは……殺気か……?
全身に残っている毛を叩き落としながら、ククロは疑問を覚えて内心で首をかしげていた。
ゴッズヘルズボアにもみくちゃにされている最中、どこからか殺気混じりの視線を感じたのである。獣が放つ敵意などではなく……もっと、研ぎ澄まされた刃物のように鋭いものだ。
それが、心臓、こめかみ、首筋などにちりちりと感じたので、たまったものではない。ククロとしてはゴッズヘルズボアを討伐している間、いつ攻撃を受けるのかと気が気ではなかった。
――ただ……一度も手を出してこなかったな。結局、ボアも全て倒したし。
ゴッズヘルズボアに揉みくちゃにされている最中は、攻撃するには最適だっただろうに……結局、何が目的だったのかよく分からない。ククロは不気味な感触を抱きながら、剣を鞘に叩き込む。
「翡翠、お前は何か感じたか?」
「……? 『ミートパイの恨みだ! ざまぁみろ!』とは感じたけど……?」
「張り倒すぞ、お前」
どうやら、殺気を感じたのはククロだけだったようだ。指向性を持った殺気など、訓練された暗殺者ぐらいしか使いこなせる者はいない。めんどくさい相手に目を付けられているかもしれないと、内心でため息を一つ。
ただまぁ……命を狙われるのは今回が初めてではない。来るなら来いというのが本音だ。
「依頼達成ですね、師匠!」
「ほぼ全て俺がやったがな!!」
「師匠が頑張ってる間、私もコケッコーを一匹倒しました!」
「はいはい、頑張ったな……」
ドロップ品であろうコケッコーの羽を見せながら、自慢げに胸を張るハルの頭をワシャワシャと撫でてやる。まるで、投げたものを持ってきた子犬扱いだが……ハルは満更でもなさそうだ。
「せっかくここまで来たんだ……もうチョイ戦いの経験積んでけ。ほら、翡翠も試し斬りするんだろ、俺は疲れたから付き合ってやってくれ」
「甲斐性のない師匠ねぇ。それじゃ、ハルちゃん、私とパーティー組みましょうか」
「はい! よろしくです、翡翠お姉ちゃん!」
こうして、二人は仲良くモルティナ平原に踏み込んで行き……ククロは平原の入り口で殺気の主を探し続けたのだが、結局、何も見つけることはできずにこの日は終了したのであった……。
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