銀黎のファルシリア

秋津呉羽

エピローグ

 イクスロード・ミスリルドラゴンを倒してからは相当ドタバタした。

 ククロはだくだくと血を流しまくった状態で病院に放り込まれ、数日後には包帯でグルグル巻きになって、ベッドで横たわる羽目になった。ミイラのようだ、とは眞為の談である。
 それに続き、必要になったのはファルシリアとククロの装備品の修繕だ。

 ファルシリアの蛇腹剣も機構や刃がかなりガタついてしまったし、ククロの鎧も全身にまんべんなくひびが入ってしまっている。漆黒の大剣に至っては完全に消滅である。
 今回は、街の危機を救ってくれたということで、報酬とは別にアイアーナスが全額負担で装備を直してくれるということで、ファルシリアもククロも安堵の吐息をついたものである。

 ファルシリアの蛇腹剣も、ククロの鎧と剣も、両方とも一級品である。これを自前で修理しなければならないとなると、今回の報酬もほとんどが吹っ飛んでしまう。
 また……他にも今回のドラゴン討伐の死者の葬儀など諸々をこなしていたら、結局二ヶ月近く錬成都市アイアーナスに逗留することになってしまった。
 ようやく帰りの馬車に乗って、ファルシリアはホッと安堵の吐息を付いた。馬車から見える錬成都市アイアーナスはまだ破壊の傷跡が生々しいものの……それでも、復旧の兆しは見えている。中央錬成所も現在急ピッチで修復作業が進んでおり、アイアーナスが再び錬成都市としての役目を果たすのもそう遠い日ではないだろう。

「今回の依頼は本当に疲れたな……」
「そうだねぇ」

 馬車の中でグデッと寝ころぶククロに対して、ファルシリアは苦笑を浮かべる。 正直、あれだけボロボロになるまで怪我を負ったにもかかわらず、リハビリも含めてたったの二ヶ月で完治まで持って行くククロの治癒力は尋常ではない。相変わらず、常人離れしている頑丈さである。 幌馬車の窓から顔を覗かせ、街の方を見ていた眞為は微かに笑みを浮かべている。

「でも、皆が助かってよかった。冒険者さんに犠牲者が出たのは残念だったけど、住民に被害が出なかったのは良かったね」
「うん、それだけは僥倖だね」

 今回、イクスロード・ミスリルドラゴンのクライシス・ノヴァの直撃を受けたAランク冒険者三名が死亡してしまったが……それでも、他の冒険者や一般住民で死傷者はいなかった。死者を数の大小で数えるのもどうかと思うが、イクスロード・ドラゴンが全力で暴れまわったのを考えれば、劇的に少ない。
 これも、ファルシリアとククロが善戦したおかげであろう。
 ちなみにだが……ソルフィレイジュ・ドラゴンが暴れていたことに関しては、後からファルシリアがドロップ品を持ってきたことで発覚した。これを単独で討伐したファルシリアに、改めて勝算が贈られたことに関しては言うまでもない。
 ちなみにだが、イクスロード・ドラゴンを単身で抑え込んでいたククロに関しては、称賛というよりも『マジかよ、化け物か』と悪評の方が高まったという。
 日ごろの行いの大切さがこんな所でも。

「んで……なんでお前まで一緒に逗留してるんだよ。しかも、馬車まで一緒だし」
「う、ウルサイなー」

 ククロの言う通り、馬車の隅っこで翡翠が膝を抱えて小さくなっていた。 ククロの向けてくる胡乱気な視線から逃げるよう顔をそむけながらも、翡翠はどこかふて腐れたかのように口を開く。

「今回の戦いで、色々と自分に足りないものが分かったから……それを、学ぼうと思って……」

 素直ではない翡翠の言葉に、ファルシリアは思わず苦笑を浮かべてしまった。 ククロがミイラになっていた間、翡翠は積極的に復興の手伝いをしたり、稽古に汗を流していたりしたのである。特に……稽古には力を入れており、ファルシリアに何度も頭を下げてきた。
 ファルシリアは詳しくは知らないものの、今回の戦いできっと、翡翠なりに思うことが色々とあったのだろう。もしかしたら、翡翠は今回、初めて死闘というものを経験したのかもしれない。 今回の経験を経て、彼女はまた一つ、自身の殻を破り強くなるだろう。そのための手伝いをするために、力を貸すのは、ファルシリアとしてもやぶさかではない。
 ただ……ファルシリアは得物が蛇腹剣という特殊武装であるため、剣士というには少々語弊がある。そのため、必然的に教えてあげられることは少なくなってしまう。
 翡翠に剣士としての心得を教えることができる、Sクラスレベルの実力を持つ剣士と言えば、身近に一人いるといえばいるが――

「ん?」
「…………ファルシリアさん、なんかやっぱ、抵抗があります」
「だろうね」

 恐らく、ククロに稽古をつけてくれと言ったら、物凄く嫌そうな顔をするのは目に見えている。それ以上に、この男が懇切丁寧に誰かに物事を教えるという姿勢が想像できない。
 翡翠は何とも言えない様子でククロを睨み付けていたが……うん、と自分を納得させるように頷くと、ファルシリアの方に顔を向けてきた。

「ファルシリアさん、やっぱり例の件、お願いします!」
「うん、いいよ。はい、承認」
「やったー!」

 喜んでいる翡翠と、微笑ましいものを見るような眞為、そして、穏やかな様子で佇むファルシリア……そんな女性陣を不審そうな目で見るククロという図ができあがった。

「なぁ、ファルさん……何が承認なんだ?」
「うん、翡翠さんが家のリングに入るの」
「はぁッ!?」

 寝転がっていたククロがガバッと起き上がって、盛大に眉間に眉を寄せる。

「待て待て待て! 俺は反対だぞ、こんなジャジャ馬入れるなんて反対―!!」
「誰がジャジャ馬よ、不良冒険者!」
「んだとコラー! なぁ、眞為さんも反対だよな!?」
「賛成かな。リングが賑やかになることは良い事だよ」
「おぅふ」

 一刀両断である。この眞為という女性、割と自分の指針をしっかりともっているので、言うべき時はスッパリというのは好感が持てる。
 今回のリング加入の件、実は結構前から決まっていたことだったりする。 どうせ、天邪鬼なククロに稽古をつけてもらうことなどできないと、長い付き合いから理解していたファルシリアは、『ならば、見て盗む』という方法を取ることにしたのである。つまり、ククロの傍にいて、戦う姿を見て、そこから剣士として大切なモノを盗んでもらうのである。
 幸いにして、ククロと一緒にいれば激闘に困ることはない。その中で、見て、学習することはたくさんあるだろう。

「……謀ったな、ファルさん」
「謀ったよぉ、ククさん」
「くそぉ……」

 くすくす、と笑うファルシリアを見て、抵抗は無駄だと悟ったのだろう……ククロは大きくため息をついて再びボスッとその場に倒れ伏した。まるでそれは、不貞腐れた大きな子供のようであった。この男がドラゴンをほぼ一人で抑え込んだなどと、誰が信じるだろうか。
 そんなククロの姿に多少なりとも不安を感じたのだろう。翡翠がどこか窺うような視線でククロを見て、首を傾げた。

「私がリングに入るの、そんなに嫌だった……?」
「…………別に嫌じゃねーよ。好きにしろ。あーもう、俺は寝るー!」

 そう言って、不貞寝を始めるククロを、女性陣は全員で苦笑しながら眺めるのであった……。


 こうして、リング『野良猫集会場』に新しく翡翠が加入することになった。
 彼女が加入することによって、ファルシリアにもひっきりなしにモデルの仕事が舞い込むことになり、頭を抱えることになるのだが……それはまた、別の話……。

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