銀黎のファルシリア

秋津呉羽

イクスロード・ドラゴン

 中央錬成所三階……ククロは群がってくるレッサー・クリムゾンドラゴンを相手に、苛烈な戦いを繰り広げていた。すでに、七体のレッサー・クリムゾンドラゴンを屠っており、今、目の前にいるドラゴンが最後の一体だった。

「これでラスト――ッ!!」

 ドラゴンが吐き出した火球を勢いよく斬り飛ばすと、斬撃の勢いのままククロは体を一回転。そして、踏込みと同時に全身を捻る様にして、右腕に力を集め……真っ直ぐにドラゴンに向けて大剣を投げ放った。 空気の壁をまとめてぶち破りながら、唸りを上げて漆黒の大剣が飛翔。慌てて壁に空いた穴から逃げんとしていたドラゴンの胴体を見事に貫いた。魔力となって還元されてゆくドラゴンを見ながら、ククロは荒い息を吐いて剣を回収した。

「くそ、メンドクサイことしやがって……」

 このレッサー・クリムゾンドラゴン、ククロが近接強者だと分かるや否や、中央錬成所の壁面を破って外部から奇襲をかけてくるようになるわ、外から火球だけ内側に撃ち込んでくるわとやりたい放題だった。 直接的な攻撃は受けていないが、おかげで鎧から煙が吹くほどに火球を浴びてしまった。

「あっつ……ヒエヒエ石の在庫がなくなってきたな」

 ククロは鎧に括りつけていた拡張ポーチから真っ青な石――ヒエヒエ石を取り出すと、それを片手で握りつぶした。キンッ! という澄んだ音ともにククロの全身から熱が抜けてゆく。
 ヒエヒエ石とは、サウスダンジョンでは必須ともいえる鉱物であり、カナヅチ等で割ると周囲の熱を急激に吸収してくれるという特性を持っている。無論、ククロのように片手で握りつぶすなんて常人離れしたことは普通しない。

「残るは屋上のイクスロード・ドラゴンか……」

 破壊され尽くした中央錬成所の内部を見渡した後、ククロは頭上を見上げた。 ぼっこりと壁に相手穴から外を見てみれば、南部では冒険者達が善戦して、モンスター達を上手いこと押し留めているようだった。避難誘導は住んでいるところから見て、人的被害が出ることはないだろうが……それでも、家財を焼かれてしまうようなことは避けたい。 この調子であれば、街まで侵入を許すようなことはないだろう。

 そう……この調子であれば。
 もしも、ここにイクスロード・ドラゴンが入ってくるようなことがあれば形勢は簡単に逆転する。それをさせないのがククロの役目だ。 ククロは階段を上ってゆく。 どうやらこの中央錬成所、上の階層に行く毎に金属の希少性が上がっていくようだった。つまり、イクスロード・ドラゴンは最上層の希少金属を体の中に流し込んでいることになる。

 ――なんか嫌な予感がするんだよな……。

 冒険者の直感だ。 過去、ククロも一度、ファルシリアと一緒にイクスロード・ドラゴン討伐隊に参加し、これを倒した経験を持っている。そのため、イクスロード・ドラゴンの大体の強さや、その攻撃パターンなどは重々承知しているのだが……それだけでは今回は終わらないような気がしているのである。
 根拠はない。だが、先ほどからククロの中で大きな音で警鐘が鳴り続けているのだ。 これまで、何度も命を救われた自身の生存本能に根差す警鐘だ……無視するわけにはいかない。

「しゃーない。あんまり使いたくないんだが……これも使っとくか」

 そう言って、ククロがポーチから取り出したのは、キラキラと虹色に輝く魔法石『アイギス』だ。虹色に輝いているということは、これは極めて強力な魔法が宿っていることを意味している。
 それを割り砕くと、砕かれた破片がククロの周囲を回り、光となって溶けていった。これで、どのような攻撃も一度だけは防ぐことができる。

「あーぁ、高かったんだけどなぁ……くそ、後で請求してやる」

 ちなみに、魔法石『アイギス』一個で、一件分の家が建つほどの高額品である。ククロが冒険のためにお金を使っているというのは、割と本当なのである。
 壁沿いに設えられた階段を全力で登り、五階までやってきたククロは、屋上へと続く扉の前で耳を澄ませる。ドア越しに聞こえてくる音はない……静かだ。
 もっと言えば……静かすぎる。 先ほどから胸の奥で鳴る警鐘が止まらない。こういう時、二人いると色々と出来る対応の幅が変わるのだが……贅沢を言ってもしょうがない。

「くそ、行くしかないか……」

 舌打ちをしたい衝動をこらえ、ククロは体ごとぶち破るように扉を開き――



 次の瞬間、直上から放たれたブレスの直撃を受けた。



 頑強という言葉がそのまま形になったかのような建築物である中央錬成所が、まるで飴を溶かすかのようにアッサリと半壊してゆく。むろん、最上階にいたククロもまた、地上まで叩き落されしまった。恐らく、イクスロード・ドラゴンは、ククロが最上階まで登ってきていることを察知して、上空で待機していたのだろう……なんという狡猾さか。

「痛ってぇ……爬虫類の癖に舐めた真似しやがって……ッ!!」

 地面に転がって、ククロはうめき声を上げた。 事前に使っていた『アイギス』のおかげで何とか炎のブレスは防御することができたが……落下の衝撃までは完全に殺せなかったようだ。だが、それでも命あってのものだねである。
 もしも、ククロが自身の直感を信じずに『アイギス』を使っていなかったら、今頃消し炭になっていた所である。

 だが……危機はまだ完全には去っていない。

 ククロの視界いっぱいに、イクスロード・ドラゴンの体が急降下してくる。ククロは舌打ちを一つすると、ハンドスプリングの要領で下半身を跳ねあげ、そして、両手をバネのようにして、大きく後ろに飛び退いた。
 その瞬間、上空から轟音と共に巨体が降りてくる。舗装されたアスファルトは放射状に破壊され、パラパラと思い出したかのように破片が頭上から降ってくる。 ククロが剣を構えて前を見据えると……砂煙の向こう側から巨大な姿が出現した。
 別名『真紅の焔帝』と呼ばれるほどに鮮やかな紅の鱗は、月光を反射して妖しく光り、天を覆い尽くさんばかりの翼の先端には、真珠のように美しい光沢を持った爪が輝いている。
 軽々とコンクリ-で舗装された道を破壊した強靭な後ろ足と、前脚にも爪を有しており、その切れ味は剣にも匹敵する。そして、長い首を経て強靭な顎を持つ頭部は、先ほど、中央錬成所を一瞬で融解させるブレスを放つことができる。

 これぞまさに、人間を抹殺するためだけに生まれしモノ――イクスロード・ドラゴン。

 ククロは口の端から溢れた血を荒々しく拭い去ると、漆黒の大剣を構えた。過去、ククロがこのドラゴンの討伐隊に加わった時は、BランクとAランクの冒険者が合計六人死んだ。 そんな強敵と……今、たった一人で相対しているという絶望的状況。
 にもかかわらず、ククロの顔に浮かんでいるのは愉悦にも似た笑みだった。死と隣り合わせにいるが故の生への実感。自分の両足が今、地面を踏みしめている喜びを再認識する。

「さぁ、殺し合いだ、爬虫類。全力をもって俺を殺してみせろ!!」

 ククロは咆哮し、全力で地を蹴った。
 小細工は必要ない……真っ向から突進し、切り伏せるのみ。 これに対し、イクスロード・ドラゴンは右翼を大きく引き絞り、ククロに向けて横薙ぎ一閃を繰り出す。先端についた爪が空気を抉り、ククロの肉を引き裂かんと迫る。

「せえぇぇ!!」

 振り抜かれる翼を、漆黒の大剣をもって全力で打ち据える。金属と金属が噛み合う激音とともに、ククロの体が地面を滑る。連続で振り抜かれた左翼を、旋回と同時に剣で打ちぬくが、やはり、体が持って行かれる。

「力負けはしてないんだがな……重量差がありすぎるか……」

 これだけの巨体に対して、『力負けしていない』という事実が、どれだけ異常なのか認識することなく、ククロは渋い顔で言う。そんなククロの前で、イクスロード・ドラゴンは大きく息を吸い込み始める。

「げ!? くそ……ッ!!」

 その予備動作が何なのか認識した瞬間、ククロは全力で走り出し、空になった街の中に飛び込んだ。そして、ククロの予想通り……イクスロード・ドラゴンの口から轟熱のブレスが吐き出される。
 炎というよりもレーザーと言ったほうが正しいかも知れない。コンクリートで作られた家々が、アイスのように溶け、燃え、崩れ落ちる。背後から迫ってくる真紅のレーザーを見ながら、ククロは必死に路地裏を走り、そして、路上に置いてあったタルを足場に一気に跳躍。
 そして、屋根の上に飛びあがると、イクスロード・ドラゴンの上顎に向けて、渾身の力で漆黒の剣を投げ放った。狙い違わず漆黒の大剣はドラゴンの上あごに直撃……強引に口を閉じさせることによって、ブレスを中断させることに成功した。
 基本的に、この手の生物は口を閉じる力は強いが、口を開く力は弱いのだ。

「まだ終わりじゃねえぞッ!」

 ククロは屋根から屋根へと飛び移って、イクスロード・ドラゴンに近づくと……弾かれてクルクルと回転する大剣を空中でキャッチ。そして、ドラゴンの鼻っ面に渾身の唐竹割りを叩き込んだ。ゴシャリ、と異音と共にドラゴンの鼻が潰れる。
 クリティカルヒット。
 だが、同時にドラゴンが振り抜いた翼の一撃がククロに突き刺さる。宙に浮いた体でこれに抗する手段などなく……ククロの体が軽がると吹っ飛び、近くの民家の壁面に突っ込んだ。

「ぐっ! ……やるじゃねぇか」

 ガラガラと崩れ落ちるコンクリートの瓦礫から、何とか身を起こす。ギリギリで剣を引き寄せてガードできたが、脇腹に激痛が走る。骨をやられたかもしれない。

「上等」

 血混じりの唾液を吐き出し、ククロは瓦礫の山から全力で駆けだす。 接近してくるククロに、鼻を潰されたイクスロード・ドラゴンが憤怒の咆哮をもって応える。巨体からは想像できない軽やかさで疾走してくると、上方から右前脚で叩き潰しにかかる。
 ククロはこれをサイドステップで回避、更に接地した腕を伝って飛び上がると、ドラゴンの側頭部に旋回気味の横薙ぎを叩き込む。 轟音と共に、イクスロード・ドラゴンの巨体が吹っ飛び、盛大に民家を巻き込みながら地面を転がる。ククロは追撃を掛けんと、一気に駆け寄るが……内心で微かに首を傾げていた。

 ――手応えがおかしい……何があった。

 確かに、ドラゴンの鱗は強靭ともいえる硬度を有しており、そう簡単には傷つかない。 だが……それでも、硬すぎる。
 一瞬だったので確認した訳ではないのだが、手ごたえとして、大剣の刃が全くと言って良いほどに通っていなかった。ここにきて、ククロの中で再び警鐘が鳴り始める。 一度、ククロが足を止めようとした……その時だった。

「ディストラクション・ブラストッ!」
「ホーリージャッジメントッ!」

 イクスロード・ドラゴンが倒れている場所で大爆発が起き、ククロはその余波を受けて真後ろに吹っ飛んでしまった。民家の壁にぶち当たって何とか止まったククロは、舌打ちをして剣呑な目をしながら視線を上げる。
 そこでは、四方八方から冒険者がイクスロード・ドラゴンに向かって駆け寄っているところだった。先ほどの爆発も『ディストラクション・ブラスト』と『ホーリージャッジメント』と呼ばれ、ソーサラーとカーディナルが使用する最も強力な魔法だ。 例え強靭なイクスロード・ドラゴンと言えども、確実にダメージが入ったことだろう。

「横槍か……ハイエナが」
「それは失礼ってものじゃないか、ククロ?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには髭面をした老齢の冒険者が立っていた。
 イクスロード・ドラゴンに突っ込んで行こうとした翡翠を嗜めた、指揮官の冒険者である。ククロはそんな指揮官を見て、景気の悪そうな顔をした。

「よう、ロイのオッサン。まだくたばってねぇのかよ」
「私は九十まで生きる予定でね。貴様よりは長く生きるつもりだ」

 棘のあるククロの言葉をスルーしながら指揮官――ロイは、ピクリとも笑わずに答えてみせた。ククロと、元は軍人であるこの老冒険者とは因縁浅からぬ仲である。過去にも、何度か剣を交わしたこともある。
 まぁ、ファルシリアと組むようになってからはちょっかいを掛けてくることもなくなったが。

「ファルシリア殿は?」
「知らん。たぶんどっかで交戦してるんだろ。さて、老人の長話に付き合ってる暇はないんでな。トドメは俺がもらうぞ」
「相変わらず口の減らん男よ。お前は座って休んでおれ。邪魔になるだけだ」
「あ?」

 漆黒の大剣を担いで立ち上がったククロの前に、ロイが立ちふさがる。 確かに、コンビネーションが取れている一団の中に、ソロでククロが突っ込んで行けば連携が途切れてしまうことは必至かも知れないが……ククロからすればそんなこと知ったことではない。途中から横やりを入れてきたのは相手の方なのだから。
 ロイを殴り倒して、イクスロード・ドラゴンの方へと行こうと考えたククロだったが……それが実行に移されることはなかった。
 まるで大量の火薬が炸裂したかのような轟音と共に、民家が根こそぎ吹き飛んだ。慌ててククロが視線を向ければ……先ほどまで一気呵成に畳み掛けていた冒険者達が、いたる所で倒れていた。
 ククロは毛嫌いしていたが、彼等はAランクの優良冒険者達だ……腕前は今更疑う訳もないし、無論、弱ったモンスター相手に油断などするはずもない。そんな冒険者達がゴロゴロと倒れているのだ……何らかの緊急事態が起こったと思って良い。

「一体何が起こっ……」

 そして……大量に倒壊した民家の向こう側にいた『ソレ』を目にした時、ククロは言葉を失った。同時に、なぜ、イクスロード・ドラゴンが中央錬成所の最上階で液状化金属を呑んでいたのかも理解することができた。

「くそ! 早く討伐しないとマズ――」

 だが、最後まで言葉が続くことなく。 次の瞬間に炸裂したエネルギーの塊に、消し飛ばされてしまったのであった……。

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