銀黎のファルシリア
エピローグ
「本当に、この前はありがとうございました」
深緑の洞窟救助作戦から、数日後。
ククロとファルシリアは改めて眞為から呼び出され、礼を言われていた。場所はセントラル街の大通りに面したお洒落なカフェである。注文した紅茶を一口飲みながら、ファルシリアは淡く微笑んで眞為の礼に首を振る。
「いや、いいんだよ。どちらにしろ、私達は間に合わなかったしね」
「まぁ、ファルさん。折角眞為さんがお礼を言ってんだから、素直に受け取っておきなよ」
ファルシリアの隣では、山のように積んだホットケーキを、ククロが次々と切り崩している所であった。恐らく、前回の救助作戦の功労者ということで四ヵ国騎士団から大目に依頼料を貰って懐が温かいのだろう。 貯金しなよ、とファルシリアとしては声を大にして言いたい。
ククロの言葉に、眞為は微笑んで縦に頷く。
「そうですよ。それに……皆をきちんと弔ってあげられたのは、どちらにせよファルシリアさんとククロさんのおかげですから」
話に聞くところだと、眞為は一人でリングメンバー全員の遺体を葬って、その遺族の元に事の次第を説明しに行ったのだという。眞為自身も相当ショックを受けていただろうに……ここまでできるのはたいしたものである。
「あの、これ少ないですけど報酬です」
「ありがとう。受け取りますね」
元々は眞為から依頼を受けて初めて救助作戦だ。むしろ、ここで遠慮する方が気まずくなってしまうと考えたファルシリアは、それを素直に受け取った。ファルシリアの隣で、ククロが嬉々として受け取っているのを見ると、もう少し金に意地汚くなった方が良いのかと悩んでしまう。
「そういえば、これから眞為さんはどうするの? リングメンバーは眞為さんだけになってしまったんでしょう?」
ファルシリアの言葉に、眞為は少しだけ無理をしたような笑みを浮かべる。
「はい、リングは解散することになりました。私一人でもう一度リングメンバーを集めようかとも思いましたけど……一度全滅してしまったリングですから。縁起が悪いかなって」
「そうか……どこか、新しいリングに心当たりとかあるの?」
「いえ、特には。ただ……」
そう言って、眞為は少しだけうかがうように上目遣いになった。
「ファルシリアさんや、ククロさんが所属しているリングに入れてもらえればな……と」
基本的にリングのメンバーは人数規制こそあれど、その上限はかなり高い。そのため、人数上限に達している一部の大手のリング以外、この眞為の申し入れは大変喜ばしい事なのだが……。眞為のその言葉に、ファルシリアはククロと目を合わせた後……どこか申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「あーその、申し訳ないんだけど……私もククさんも実はリングには所属してないんだよ」「え……そうなんですか? 意外……」
確かに、リングに加入することにより、セントラル街に入るための費用が零になったり、他にも色々とギルドから恩恵を受けたりできる。だが、ククロはもちろんのこと、ファルシリアも裏に様々な事情を背負って冒険者をやっている。リングの規律に縛り付けられて、行動の自由を奪われてしまうのは困るのである。
ファルシリアがフリーなのは結構有名な話である。
実際に、それを受けて新興リングなどからひっきりなしに勧誘を受けていて若干うんざりしているところはある。まぁ、ファルシリアがリングに入隊すれば、一気に名声を得られることを思えば当然と言えば当然であった。 ちなみにだが、ククロがフリーであることもまた有名な話だが、それ以上に悪名が高すぎることもあり、恐れて誰も近寄ってこない。
「そういうことなんで、リングの件に関しては力になれないんだ。申し訳ないけれど――」
「いっそ、俺たちで作っちまうか?」
ファルシリアの言葉を遮るように、ククロの言葉が前に出た。 ファルシリアと眞為が目を丸くする中、ククロは口元についたメイプルシロップをフキンで拭きながら更に言葉を続ける。
「いやさ、確かリングの構成メンバーの最低人員は三名だろ? 毎回毎回、セントラル街に入るのに職務怠慢の四ヵ国騎士団に税金払ってやるのも癪だし、ファルさんもリング勧誘がしつこいのは嫌だろ。だから、形だけでもいいからリングを作っておけばいいんじゃないかと、今思ったんだよ」
「それは……」
悪くないんじゃないか、そうファルシリアは思った。
構成人員がファルシリア、ククロ、眞為ならばリングの事情に縛られることもないだろうし、セントラル街への立ち入り許可証も、ファルシリア一人分の名声と実績で十分に許可が下りるだろう。それに、ファルシリアがリングに入ったと聞けば、面倒な勧誘も減る。
そう考えれば悪い話ではない。何よりもデメリットがほとんど無い。 ただ、問題が一つあるとすれば……。
「ふむ、良いんじゃないかな。でも、リーダーはククさんがやりなよ」
「えーっ!? ファルさんがやってよ」
どうやら、ククロも同じ所に行きついたようだ。
問題があるとすれば……リーダー役を誰がするかである。
リングを立ち上げるには色々と煩雑な手続きをしなければならないし、トラブルがあったら矢面に立たなければならない。リングのリーダーをするということは、名誉あることなのかもしれないが、同時に著しく面倒事を背負い込むことをも意味するのである。
「ファルさんがやった方が良いだろう? ギルドからの覚えも良いんだし、何より優良冒険者として有名じゃないか。絶対良いリングになると思うよ!」
「確かに悪名は轟いているかもしれないけど、ククさんがやった方が良いよ。何よりもトラブルがあった時にククさんが前に出てくれると色々と揉めないで済むと思うよ!」
「…………」「…………」
凄まじく微妙な沈黙が流れる。
相手の本音が丸見え状態の、えらく薄っぺらい言葉の応酬である。そして、ファルシリアとククロは同時に眞為の方へと視線を向ける。妙に威圧感のある視線が同時に突き刺さり、ビクッと眞為が体を跳ねさせた。
「眞為さんもククさんの方が良いと思うよね?」
「眞為さんはファルさんの方が良いだろ?」
「どっちでも良いかな……」
賢明な判断であった。 ふぅ、とファルシリアはため息をついてトントンと机を叩いた。今の状況を続けても埒が明かないし……恐らく、このままではククロが折れるということもあるまい。
「なら、ククさん。一応名目はククさんがリーダーということにしておいて、トラブルの時、矢面に立つ役目をして欲しい。私が書類とかの煩雑な事務はやるから」
「ふむー。俺の名前が出てれば変な奴も近づいて来ないのは確かだけどな……よし、分かった。それで手を打とう」
そう言って、ファルシリアとククロはガシッと握手を交わす。
ファルシリアが折衷案を出すと、案外簡単に折れてくれるのがククロだ。ファルシリアとククロのペアが長く続いている秘訣はこういった所だったりする。
「さて、それじゃ、何とかリングも形になったことだし……これからよろしくね、眞為さん」
「おう、これから一緒の仲間だしな」
ファルシリアとククロがそう言うと、眞為は目をパチクリした後……フッと柔らかい笑みを浮かべた。
「はい……よろしくお願いします」
こうして、リング『野良猫集会場』が結成。 リングに全く所属することがなかったファルシリアと、悪名高いククロが一緒にリングを組んだという事実は瞬く間にセントラル街へと広がり……数日間、ギルド内の話題を掻っ攫うこととなる。まぁ、その件でまた違う形の厄介ごとが色々と転がり込んでくるのだが……それはまた、別の話。
深緑の洞窟救助作戦から、数日後。
ククロとファルシリアは改めて眞為から呼び出され、礼を言われていた。場所はセントラル街の大通りに面したお洒落なカフェである。注文した紅茶を一口飲みながら、ファルシリアは淡く微笑んで眞為の礼に首を振る。
「いや、いいんだよ。どちらにしろ、私達は間に合わなかったしね」
「まぁ、ファルさん。折角眞為さんがお礼を言ってんだから、素直に受け取っておきなよ」
ファルシリアの隣では、山のように積んだホットケーキを、ククロが次々と切り崩している所であった。恐らく、前回の救助作戦の功労者ということで四ヵ国騎士団から大目に依頼料を貰って懐が温かいのだろう。 貯金しなよ、とファルシリアとしては声を大にして言いたい。
ククロの言葉に、眞為は微笑んで縦に頷く。
「そうですよ。それに……皆をきちんと弔ってあげられたのは、どちらにせよファルシリアさんとククロさんのおかげですから」
話に聞くところだと、眞為は一人でリングメンバー全員の遺体を葬って、その遺族の元に事の次第を説明しに行ったのだという。眞為自身も相当ショックを受けていただろうに……ここまでできるのはたいしたものである。
「あの、これ少ないですけど報酬です」
「ありがとう。受け取りますね」
元々は眞為から依頼を受けて初めて救助作戦だ。むしろ、ここで遠慮する方が気まずくなってしまうと考えたファルシリアは、それを素直に受け取った。ファルシリアの隣で、ククロが嬉々として受け取っているのを見ると、もう少し金に意地汚くなった方が良いのかと悩んでしまう。
「そういえば、これから眞為さんはどうするの? リングメンバーは眞為さんだけになってしまったんでしょう?」
ファルシリアの言葉に、眞為は少しだけ無理をしたような笑みを浮かべる。
「はい、リングは解散することになりました。私一人でもう一度リングメンバーを集めようかとも思いましたけど……一度全滅してしまったリングですから。縁起が悪いかなって」
「そうか……どこか、新しいリングに心当たりとかあるの?」
「いえ、特には。ただ……」
そう言って、眞為は少しだけうかがうように上目遣いになった。
「ファルシリアさんや、ククロさんが所属しているリングに入れてもらえればな……と」
基本的にリングのメンバーは人数規制こそあれど、その上限はかなり高い。そのため、人数上限に達している一部の大手のリング以外、この眞為の申し入れは大変喜ばしい事なのだが……。眞為のその言葉に、ファルシリアはククロと目を合わせた後……どこか申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「あーその、申し訳ないんだけど……私もククさんも実はリングには所属してないんだよ」「え……そうなんですか? 意外……」
確かに、リングに加入することにより、セントラル街に入るための費用が零になったり、他にも色々とギルドから恩恵を受けたりできる。だが、ククロはもちろんのこと、ファルシリアも裏に様々な事情を背負って冒険者をやっている。リングの規律に縛り付けられて、行動の自由を奪われてしまうのは困るのである。
ファルシリアがフリーなのは結構有名な話である。
実際に、それを受けて新興リングなどからひっきりなしに勧誘を受けていて若干うんざりしているところはある。まぁ、ファルシリアがリングに入隊すれば、一気に名声を得られることを思えば当然と言えば当然であった。 ちなみにだが、ククロがフリーであることもまた有名な話だが、それ以上に悪名が高すぎることもあり、恐れて誰も近寄ってこない。
「そういうことなんで、リングの件に関しては力になれないんだ。申し訳ないけれど――」
「いっそ、俺たちで作っちまうか?」
ファルシリアの言葉を遮るように、ククロの言葉が前に出た。 ファルシリアと眞為が目を丸くする中、ククロは口元についたメイプルシロップをフキンで拭きながら更に言葉を続ける。
「いやさ、確かリングの構成メンバーの最低人員は三名だろ? 毎回毎回、セントラル街に入るのに職務怠慢の四ヵ国騎士団に税金払ってやるのも癪だし、ファルさんもリング勧誘がしつこいのは嫌だろ。だから、形だけでもいいからリングを作っておけばいいんじゃないかと、今思ったんだよ」
「それは……」
悪くないんじゃないか、そうファルシリアは思った。
構成人員がファルシリア、ククロ、眞為ならばリングの事情に縛られることもないだろうし、セントラル街への立ち入り許可証も、ファルシリア一人分の名声と実績で十分に許可が下りるだろう。それに、ファルシリアがリングに入ったと聞けば、面倒な勧誘も減る。
そう考えれば悪い話ではない。何よりもデメリットがほとんど無い。 ただ、問題が一つあるとすれば……。
「ふむ、良いんじゃないかな。でも、リーダーはククさんがやりなよ」
「えーっ!? ファルさんがやってよ」
どうやら、ククロも同じ所に行きついたようだ。
問題があるとすれば……リーダー役を誰がするかである。
リングを立ち上げるには色々と煩雑な手続きをしなければならないし、トラブルがあったら矢面に立たなければならない。リングのリーダーをするということは、名誉あることなのかもしれないが、同時に著しく面倒事を背負い込むことをも意味するのである。
「ファルさんがやった方が良いだろう? ギルドからの覚えも良いんだし、何より優良冒険者として有名じゃないか。絶対良いリングになると思うよ!」
「確かに悪名は轟いているかもしれないけど、ククさんがやった方が良いよ。何よりもトラブルがあった時にククさんが前に出てくれると色々と揉めないで済むと思うよ!」
「…………」「…………」
凄まじく微妙な沈黙が流れる。
相手の本音が丸見え状態の、えらく薄っぺらい言葉の応酬である。そして、ファルシリアとククロは同時に眞為の方へと視線を向ける。妙に威圧感のある視線が同時に突き刺さり、ビクッと眞為が体を跳ねさせた。
「眞為さんもククさんの方が良いと思うよね?」
「眞為さんはファルさんの方が良いだろ?」
「どっちでも良いかな……」
賢明な判断であった。 ふぅ、とファルシリアはため息をついてトントンと机を叩いた。今の状況を続けても埒が明かないし……恐らく、このままではククロが折れるということもあるまい。
「なら、ククさん。一応名目はククさんがリーダーということにしておいて、トラブルの時、矢面に立つ役目をして欲しい。私が書類とかの煩雑な事務はやるから」
「ふむー。俺の名前が出てれば変な奴も近づいて来ないのは確かだけどな……よし、分かった。それで手を打とう」
そう言って、ファルシリアとククロはガシッと握手を交わす。
ファルシリアが折衷案を出すと、案外簡単に折れてくれるのがククロだ。ファルシリアとククロのペアが長く続いている秘訣はこういった所だったりする。
「さて、それじゃ、何とかリングも形になったことだし……これからよろしくね、眞為さん」
「おう、これから一緒の仲間だしな」
ファルシリアとククロがそう言うと、眞為は目をパチクリした後……フッと柔らかい笑みを浮かべた。
「はい……よろしくお願いします」
こうして、リング『野良猫集会場』が結成。 リングに全く所属することがなかったファルシリアと、悪名高いククロが一緒にリングを組んだという事実は瞬く間にセントラル街へと広がり……数日間、ギルド内の話題を掻っ攫うこととなる。まぁ、その件でまた違う形の厄介ごとが色々と転がり込んでくるのだが……それはまた、別の話。
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