銀黎のファルシリア
ギルド会館にて、不吉の気配
冒険者と無頼漢は紙一重……そう言ったのは誰だったか。
中央自由都市ユーティピリアのセントラル街にある、石造りの壮麗かつ勇壮なギルド会館は、今日もたくさんの人でにぎわっている。白と黒をベースとしたギルド会館は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いており、手入れが行き届いているのがよく分かる。 そして、内装もまた白を基調とした清潔感のあるものだ。待合所に設置された観賞用植物が、今日も目に優しい。
そして、そんな待合所で一人の女性が椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいた。
年の頃は恐らく十八ぐらいと言ったところか。 鮮血の紅よりは明るく、けれど、ルビーのようと形容するには、暗く妖しい輝きを宿した真紅の瞳に、腰まで届く煌めきを宿した銀の長髪。 顔立ちは整っており、流麗な流し目と朱色の唇は綺麗というよりも凛々しいという形容詞がしっくりくる。革のスラックスに包まれたスラリと長い脚や、落ち着いたその雰囲気も相まって、彼女が冒険者ではなく、貴族の麗人であると紹介された方が納得できるかもしれない。 しかし、そんな彼女の腰には、武骨極まりない長剣――正確に言えば伸縮自在の蛇腹剣なのだが――がぶら下がっており、彼女が冒険者なのであるとしっかりと主張している。
彼女の名前はファルシリア。数多いる冒険者の一人である。
「まったく……遅いなぁ、ククさん」
呆れたように言って、彼女はギルド内を見回した。 依頼が書きこんであるクエストシートが張り出してあるボードの前には、男女問わず多くの冒険者が集まっている。 そこから少し離れた所ではたくさんの机と席が設けてある区画がある。ここがパーティーの待合所である。ここで誰かをスカウトしても良いし、待ち合せに使用しても良いという場所だ。軽食や飲み物を提供するカウンターもすぐ傍にあるので、くつろぐのにもってこいである。
そして、ファルシリアはこの区画で待ち人を待っている。
冒険者と無頼漢が紙一重だった時代はもう昔のことだ。度重なる改革を経て、ギルドは制度を一新。様々な人に対して門戸を広く開放すると同時に、ギルド条項を厳しく引き締めることによって、好き放題にやっていた無頼漢を吐き出すことに成功した。 だが……どんなことにも例外はある。どうしても吐きだせない……吐き出しきれない無頼漢というのもいるものである。
「あーファルさん悪い。ちょっち遅れたよー」
そう、この男のように。
見た目は二十ぐらいか。 黒髪黒瞳に、漆黒の鎧、そして、背に吊った漆黒の片刃の大剣……黒くないのは肌ぐらいなものである。とかく全身漆黒に覆われた男は、ガリガリと後頭部を掻いて愛想笑いをしながらファルシリアに近づいてくる。 歩く身のこなしや、装備の着こなし方、総身から漏れる気配……その全てが熟練の冒険者のソレなのだが、いまいち威圧に欠ける。大切なネジが一本抜けて、どこかに転がっていってしまったような印象があると言えばいいか。
この男の名前はククロ。見た目の通り重装型の大剣使いである。
「はい、ペナルティー」
ファルシリアはククロが近づいてくると、机の上に置いてあった伝票を押し付けた。そこには、紅茶とケーキの代金がシッカリと書きこまれている。先ほどまでファルシリアが食べていたものである。そこまで高いものではないのだが……押し付けられたククロは随分と渋い顔をした。
「えー今、財布の中身が厳しいんだけど……」
「遅れた理由如何によっては免除しても良いよ」
「二度寝最高ぅぅぅぅぅぅ――!!」
「倍額ね」
「いや、本当にごめんて」
全く懲りてない様子のククロにため息をついて、ファルシリアは立ち上がる。ククロが色んなことにルーズなのは今更のことだ。いちいち気にしていたら神経がすり減ってしまう。
「ほら、ククさん。財布が厳しいならなおのことクエストを頑張らないと」
「せやね。今日は何すっかなぁ……ほとんど手間がかからなくて、一年中遊んで暮らせるようなクエストないかなー」
「そんなクエストあったら、暴動が起きてるよ」
呆れた様子でククロの軽口に応えながら、ファルシリアはクエストボードの前にやってくる。口元に手を当て、ざっと斜め読みでクエストを一覧する。
当然と言えば当然なのだが、報酬が安いものに関しては簡単な採集のお手伝いだったり、村を襲う可能性がある弱いモンスターの討伐。逆に、報酬が高いものに関しては危険度が高いモンスターの討伐だったり、緊急性が高かったりするものがほとんどだ。
「なぁ、ファルさん。ここから少し行った所で、ゴッズヘルズボアが大量に出たらしいぞ。肉も手に入って討伐報酬も手に入る……まさに一石二鳥!」
「やだよ。ボアの肉は筋張ってる上に、臭くて不味いんだから…………ん?」
とりあえず口に入れば何でも美味ぇぇぇぇえ!! と言ってしまう悪食なククロに苦言を呈しながら、ファルシリアはふと、妙な違和感に気が付いた。
――緊急性が高いクエストが多いな……しかも、ほぼほぼ揃って『深緑の洞窟』での行方不明者探索願い。
つまりは、深緑の洞窟で大多数が行方不明になっているということである。 ファルシリアは長い事行っていないが、深緑の洞窟と言えば割と初心者が経験を積むのに適した、いわゆる入門ダンジョンの一つだったはずだ。 致命的な毒や攻撃を持っているモンスターもほとんどおらず、少なくともある程度実戦経験を積み、しっかりと装備を整えた冒険者であれば苦にならないレベルだったはず。
「ふむ……」
ファルシリアはたくさん張ってある行方不明者探索願いの一つを手に取り、じっくりと眺める。 そこに乗っている冒険者のランクはC……冒険者のランクは上からS、A、B、C、Dの五段階に分かれている。Cランクの冒険者といえば、キチンと基礎と実績を積み上げ、ようやく一人前と認められたくらいだろうか。少なくとも、このランクの冒険者が、わざわざ深緑の洞窟まで足を運ぶメリットは少ない。
「ということは、これは二次遭難ということなのかな……?」
Dランクの冒険者に行方不明者が続出し、それを救出に行ったCランクの冒険者も行方不明になった……ということなのだろう。 ファルシリアが視線をクエストカウンターの方へと向けてみると、かなりドタバタしている様子だった。もしかしたら、中央自由都市ユーティピリアに駐屯している四ヵ国騎士団に連絡を入れているのかもしれない。
「なぁ、ファルさん、これ」
「ん?」
隣からククロに声を掛けられて振り向けば、そこにはクエストシートを持ったククロが真顔で立っていた。内容はDランクの冒険者仲間が深緑の洞窟に行ったきり戻ってこないというものだった。依頼者は『眞為』という名前の冒険者単独。
恐らく、名前からして女性。彼女も駆け出しの冒険者なのだろう……他のクエスト依頼に比べて、報酬額は極めて少ない。正直、明らかに労力にあっていない額だ。 だが、急いで書いたであろうぐしゃぐしゃになったクエストシートに、涙でぬれた水滴の痕が散見されるところを見るに……相当に焦っているのだろう。 恐らく、藁にもすがりたい状況なはずだ。
「ククさん、これ受けるの? 依頼はスズメの涙だけど」
「おう、依頼者は可愛い女の子っぽいからな。ファルさんも来るだろ?」
ニッと笑ってククロは言う。 このククロという男、割とこういった人情系に弱い。強気に強くて、弱気に弱い……とでも言えばいいのか。相手の威勢がいいと、嬉々としてボコりに行くが、相手が困っていたり弱っていたりすると、逡巡の末に手を貸してしまうのである。 ファルシリアは小ため息をつき……小さく頷く。 恐らく、今ここでクエストを受けようとも受けずとも、恐らく四ヵ国騎士団から救助隊編成の求めが来ると思われる。それまで、被害者に話を聞きに行くのも悪くないだろう。
「結構被害は出ているからね。とりあえず、被害者に話を聞いて、助けが必要なら私達も動こうか」
「おう、そうすっかー」
こうして、ファルシリアとククロは本日の行動指針を決めて、活動を開始したのであった……。
中央自由都市ユーティピリアのセントラル街にある、石造りの壮麗かつ勇壮なギルド会館は、今日もたくさんの人でにぎわっている。白と黒をベースとしたギルド会館は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いており、手入れが行き届いているのがよく分かる。 そして、内装もまた白を基調とした清潔感のあるものだ。待合所に設置された観賞用植物が、今日も目に優しい。
そして、そんな待合所で一人の女性が椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいた。
年の頃は恐らく十八ぐらいと言ったところか。 鮮血の紅よりは明るく、けれど、ルビーのようと形容するには、暗く妖しい輝きを宿した真紅の瞳に、腰まで届く煌めきを宿した銀の長髪。 顔立ちは整っており、流麗な流し目と朱色の唇は綺麗というよりも凛々しいという形容詞がしっくりくる。革のスラックスに包まれたスラリと長い脚や、落ち着いたその雰囲気も相まって、彼女が冒険者ではなく、貴族の麗人であると紹介された方が納得できるかもしれない。 しかし、そんな彼女の腰には、武骨極まりない長剣――正確に言えば伸縮自在の蛇腹剣なのだが――がぶら下がっており、彼女が冒険者なのであるとしっかりと主張している。
彼女の名前はファルシリア。数多いる冒険者の一人である。
「まったく……遅いなぁ、ククさん」
呆れたように言って、彼女はギルド内を見回した。 依頼が書きこんであるクエストシートが張り出してあるボードの前には、男女問わず多くの冒険者が集まっている。 そこから少し離れた所ではたくさんの机と席が設けてある区画がある。ここがパーティーの待合所である。ここで誰かをスカウトしても良いし、待ち合せに使用しても良いという場所だ。軽食や飲み物を提供するカウンターもすぐ傍にあるので、くつろぐのにもってこいである。
そして、ファルシリアはこの区画で待ち人を待っている。
冒険者と無頼漢が紙一重だった時代はもう昔のことだ。度重なる改革を経て、ギルドは制度を一新。様々な人に対して門戸を広く開放すると同時に、ギルド条項を厳しく引き締めることによって、好き放題にやっていた無頼漢を吐き出すことに成功した。 だが……どんなことにも例外はある。どうしても吐きだせない……吐き出しきれない無頼漢というのもいるものである。
「あーファルさん悪い。ちょっち遅れたよー」
そう、この男のように。
見た目は二十ぐらいか。 黒髪黒瞳に、漆黒の鎧、そして、背に吊った漆黒の片刃の大剣……黒くないのは肌ぐらいなものである。とかく全身漆黒に覆われた男は、ガリガリと後頭部を掻いて愛想笑いをしながらファルシリアに近づいてくる。 歩く身のこなしや、装備の着こなし方、総身から漏れる気配……その全てが熟練の冒険者のソレなのだが、いまいち威圧に欠ける。大切なネジが一本抜けて、どこかに転がっていってしまったような印象があると言えばいいか。
この男の名前はククロ。見た目の通り重装型の大剣使いである。
「はい、ペナルティー」
ファルシリアはククロが近づいてくると、机の上に置いてあった伝票を押し付けた。そこには、紅茶とケーキの代金がシッカリと書きこまれている。先ほどまでファルシリアが食べていたものである。そこまで高いものではないのだが……押し付けられたククロは随分と渋い顔をした。
「えー今、財布の中身が厳しいんだけど……」
「遅れた理由如何によっては免除しても良いよ」
「二度寝最高ぅぅぅぅぅぅ――!!」
「倍額ね」
「いや、本当にごめんて」
全く懲りてない様子のククロにため息をついて、ファルシリアは立ち上がる。ククロが色んなことにルーズなのは今更のことだ。いちいち気にしていたら神経がすり減ってしまう。
「ほら、ククさん。財布が厳しいならなおのことクエストを頑張らないと」
「せやね。今日は何すっかなぁ……ほとんど手間がかからなくて、一年中遊んで暮らせるようなクエストないかなー」
「そんなクエストあったら、暴動が起きてるよ」
呆れた様子でククロの軽口に応えながら、ファルシリアはクエストボードの前にやってくる。口元に手を当て、ざっと斜め読みでクエストを一覧する。
当然と言えば当然なのだが、報酬が安いものに関しては簡単な採集のお手伝いだったり、村を襲う可能性がある弱いモンスターの討伐。逆に、報酬が高いものに関しては危険度が高いモンスターの討伐だったり、緊急性が高かったりするものがほとんどだ。
「なぁ、ファルさん。ここから少し行った所で、ゴッズヘルズボアが大量に出たらしいぞ。肉も手に入って討伐報酬も手に入る……まさに一石二鳥!」
「やだよ。ボアの肉は筋張ってる上に、臭くて不味いんだから…………ん?」
とりあえず口に入れば何でも美味ぇぇぇぇえ!! と言ってしまう悪食なククロに苦言を呈しながら、ファルシリアはふと、妙な違和感に気が付いた。
――緊急性が高いクエストが多いな……しかも、ほぼほぼ揃って『深緑の洞窟』での行方不明者探索願い。
つまりは、深緑の洞窟で大多数が行方不明になっているということである。 ファルシリアは長い事行っていないが、深緑の洞窟と言えば割と初心者が経験を積むのに適した、いわゆる入門ダンジョンの一つだったはずだ。 致命的な毒や攻撃を持っているモンスターもほとんどおらず、少なくともある程度実戦経験を積み、しっかりと装備を整えた冒険者であれば苦にならないレベルだったはず。
「ふむ……」
ファルシリアはたくさん張ってある行方不明者探索願いの一つを手に取り、じっくりと眺める。 そこに乗っている冒険者のランクはC……冒険者のランクは上からS、A、B、C、Dの五段階に分かれている。Cランクの冒険者といえば、キチンと基礎と実績を積み上げ、ようやく一人前と認められたくらいだろうか。少なくとも、このランクの冒険者が、わざわざ深緑の洞窟まで足を運ぶメリットは少ない。
「ということは、これは二次遭難ということなのかな……?」
Dランクの冒険者に行方不明者が続出し、それを救出に行ったCランクの冒険者も行方不明になった……ということなのだろう。 ファルシリアが視線をクエストカウンターの方へと向けてみると、かなりドタバタしている様子だった。もしかしたら、中央自由都市ユーティピリアに駐屯している四ヵ国騎士団に連絡を入れているのかもしれない。
「なぁ、ファルさん、これ」
「ん?」
隣からククロに声を掛けられて振り向けば、そこにはクエストシートを持ったククロが真顔で立っていた。内容はDランクの冒険者仲間が深緑の洞窟に行ったきり戻ってこないというものだった。依頼者は『眞為』という名前の冒険者単独。
恐らく、名前からして女性。彼女も駆け出しの冒険者なのだろう……他のクエスト依頼に比べて、報酬額は極めて少ない。正直、明らかに労力にあっていない額だ。 だが、急いで書いたであろうぐしゃぐしゃになったクエストシートに、涙でぬれた水滴の痕が散見されるところを見るに……相当に焦っているのだろう。 恐らく、藁にもすがりたい状況なはずだ。
「ククさん、これ受けるの? 依頼はスズメの涙だけど」
「おう、依頼者は可愛い女の子っぽいからな。ファルさんも来るだろ?」
ニッと笑ってククロは言う。 このククロという男、割とこういった人情系に弱い。強気に強くて、弱気に弱い……とでも言えばいいのか。相手の威勢がいいと、嬉々としてボコりに行くが、相手が困っていたり弱っていたりすると、逡巡の末に手を貸してしまうのである。 ファルシリアは小ため息をつき……小さく頷く。 恐らく、今ここでクエストを受けようとも受けずとも、恐らく四ヵ国騎士団から救助隊編成の求めが来ると思われる。それまで、被害者に話を聞きに行くのも悪くないだろう。
「結構被害は出ているからね。とりあえず、被害者に話を聞いて、助けが必要なら私達も動こうか」
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